第161話 忍耐とプレスニッツ(2)
文字数 2,264文字
福音ベーカリーの中が、想像以上に狭かったが、イートインコーナーもあり、カフェのようにて可愛らしいクロスがかけられたテーブルがあった。なぜか柴犬がイートインコーナーでくつろいでいた。恵は、この犬のもふもふな毛並みを触りたかったが、桃果はそこは無視してイケメン店員を見ている。
確かにイケメンだった。顔は知的で優しそうな雰囲気だが、体格も良く、特に腕や指先は職人らしい強さが滲み出ていた。白いコックコートの胸元には、橋本瑠偉と刺繍してあった。そんな名前らしい。
店内は暖かみのあるオレンジ色の照明で、居心地の良い雰囲気だった。桃果は瑠偉と世間話をしている。顔見知りらしいが、桃果は顔を真っ赤にしている。桃果のイケメン好きは、翔の件があってもそう簡単には治らないようだった。それにしても、瑠偉は桃果に視線を合わせて、うんうんと頷きながら話を聞いてくれている。どうやら瑠偉は、単なるイケメンでは無く中身も良いようだ。バカなイケメンという地位を確立している翔に、爪の垢を煎じて飲ませたくなった。
確かにパン職人は、翔のようなバカではできない仕事だろう。体力ももちろん、コミュニテケーション能力や想像力も必要だろう。また、美的センスも時には必要かもしれない。店の中央にある大きなテーブルには、商品のパンが並べられていたが、見た目も可愛らしいのが多かった。どういう名前か不明だが、鳩の形のパンがあって可愛らしい。サイズは大きいが、表面はナッツやザラメ砂糖がトッピングされ、甘くて良い香りもする。
他にも丸ごと茹で卵が埋まったドーナツのようなパンもあったが、カラースプレーがトッピングされ、鮮やかだった。あんぱんやクロワッサンなどの普通のパンも美味しそうだが、鳩型のパンと茹で卵の派手なパンが気になってしまう。
「あ、恵! このパン、気になるの?」
パンを見てたら、桃果はようやくこちらに築いた。普段は冷静で頭の良い桃果だが、イケメンは弱点のようで、思わず苦笑してしまいたくなった。
「うん。可愛いパン!」
「お客様、こちらはイースターのパンですね。鳩型のはコロンバ、茹で卵のはスカルチェッラプリエーゼという長い名前ですが、うちでは茹で卵パンと短く言ってます」
瑠偉に丁寧に説明されてしまった。こんな小学生の客にでも、丁寧な言葉遣いと口調だった。やはり、瑠偉は中身もイケメンのようで、桃果が気に入っている理由もよくわかる気がしてしまった。
「他にもプレスニッツというイースターのパンがあるんですが、これは三十センチもある大きなパンでね。これは、予約しないと食べられませんが、試作品も作ってるし、試しに食べてみます?」
そんな事を言われたら、恵は即答するしかない。桃果もモジモジしながらも、頷き、瑠偉は厨房の方から試作品を持ってきてくれた。
小さな紙皿に入ったプレスニッツというパンを桃果と二人で食べる。小さく切り分けられ、手で食べるようだった。ちょっと行儀は悪いかなーと思いながらもパリとした記事に、中にはナッツやスパイスの餡子のようなものが詰められていた。見た事もないパンに、恵はすっかりワクワクしながら食べる。
「美味しい! 大人の味だよ。濃厚だけど、甘すぎないし、お酒の味がする。皮もパリっとサクサクで美味しい」
試食しながら、恵の目がうっとりとしていた。こんな大人風味のパンは食べたことはなかった。ジャムやチョコレートの甘さが全面に出ているぱばかり食べていた恵は、衝撃的でもあった。子供だからこそ、大人な味が余計に美味しく感じてしまう。それは隣で試食している桃果も同じようで、恵と同じようにうっとりとした表情を見せていた。
「恵、これは美味しいよ。本当」
「うん、大人の味〜」
そう言いながら、もっとこのパンを食べたくなってしまった。でもこのパンの値段を聞いたら、小学生の小遣いでは買えない金額だった。
「ママに頼もうかな?」
思わずそんな事も言ってしまう。
「えー、恵。ピアノのレッスンも無理矢理ママに頼んだんでしょ? 大丈夫?」
「すっかり忘れてたけど、来週誕生日だった! 誕生日のお祝いでワガママ言っちゃおう」
「ちょっと、お客様?」
すっかり盛り上がっている小学生二人に、瑠偉は戸惑いながら、話に割って入ってきた。
「親御さんにちゃんと相談しましょうね」
ちょっと瑠偉に怒られてしまったようだ。確かにしっかりと真面目そうでもある瑠偉に言われると、素直に従うしか無いようだった。
「これは、一応イースターのパンのチラシです。ちゃんとパパやママに相談するんだよ。今は我慢だよ。時には、忍耐も必要だよ」
そして、チラシを渡してくれた。やはり、自分は子供である事を実感してしまった。こうしてちゃんと叱ってくれる大人は、両親以外いない事も思い出す。やっぱり瑠偉の中身もイケメンのようだった。
とりあえず、今日はチラシだけ貰って福音ベーカリーを後にした。
家に帰ると、すぐに母にチラシを渡して説得を試みた。
「あら、プレスニッツは懐かしい」
チラシを見せると、母はプレスニッツを知っていた。なんでも母はイタリアに新婚旅行に行った時、このパンを食べたらしい。
「え、誕生日に注文してくれる?」
「いいけど、ちゃんと、勉強やってピアノ教室も行くのよ」
勉強はともかくピアノ教室は、耳の痛い言葉だったが、あの大人な味のプレスニッツを食べられる喜びが優ってしまった。
「美味しいものを食べたければ、忍耐や我慢も必要よ?」
最後に母にきっちりと釘を刺され、恵は逆らえそうになかった。
確かにイケメンだった。顔は知的で優しそうな雰囲気だが、体格も良く、特に腕や指先は職人らしい強さが滲み出ていた。白いコックコートの胸元には、橋本瑠偉と刺繍してあった。そんな名前らしい。
店内は暖かみのあるオレンジ色の照明で、居心地の良い雰囲気だった。桃果は瑠偉と世間話をしている。顔見知りらしいが、桃果は顔を真っ赤にしている。桃果のイケメン好きは、翔の件があってもそう簡単には治らないようだった。それにしても、瑠偉は桃果に視線を合わせて、うんうんと頷きながら話を聞いてくれている。どうやら瑠偉は、単なるイケメンでは無く中身も良いようだ。バカなイケメンという地位を確立している翔に、爪の垢を煎じて飲ませたくなった。
確かにパン職人は、翔のようなバカではできない仕事だろう。体力ももちろん、コミュニテケーション能力や想像力も必要だろう。また、美的センスも時には必要かもしれない。店の中央にある大きなテーブルには、商品のパンが並べられていたが、見た目も可愛らしいのが多かった。どういう名前か不明だが、鳩の形のパンがあって可愛らしい。サイズは大きいが、表面はナッツやザラメ砂糖がトッピングされ、甘くて良い香りもする。
他にも丸ごと茹で卵が埋まったドーナツのようなパンもあったが、カラースプレーがトッピングされ、鮮やかだった。あんぱんやクロワッサンなどの普通のパンも美味しそうだが、鳩型のパンと茹で卵の派手なパンが気になってしまう。
「あ、恵! このパン、気になるの?」
パンを見てたら、桃果はようやくこちらに築いた。普段は冷静で頭の良い桃果だが、イケメンは弱点のようで、思わず苦笑してしまいたくなった。
「うん。可愛いパン!」
「お客様、こちらはイースターのパンですね。鳩型のはコロンバ、茹で卵のはスカルチェッラプリエーゼという長い名前ですが、うちでは茹で卵パンと短く言ってます」
瑠偉に丁寧に説明されてしまった。こんな小学生の客にでも、丁寧な言葉遣いと口調だった。やはり、瑠偉は中身もイケメンのようで、桃果が気に入っている理由もよくわかる気がしてしまった。
「他にもプレスニッツというイースターのパンがあるんですが、これは三十センチもある大きなパンでね。これは、予約しないと食べられませんが、試作品も作ってるし、試しに食べてみます?」
そんな事を言われたら、恵は即答するしかない。桃果もモジモジしながらも、頷き、瑠偉は厨房の方から試作品を持ってきてくれた。
小さな紙皿に入ったプレスニッツというパンを桃果と二人で食べる。小さく切り分けられ、手で食べるようだった。ちょっと行儀は悪いかなーと思いながらもパリとした記事に、中にはナッツやスパイスの餡子のようなものが詰められていた。見た事もないパンに、恵はすっかりワクワクしながら食べる。
「美味しい! 大人の味だよ。濃厚だけど、甘すぎないし、お酒の味がする。皮もパリっとサクサクで美味しい」
試食しながら、恵の目がうっとりとしていた。こんな大人風味のパンは食べたことはなかった。ジャムやチョコレートの甘さが全面に出ているぱばかり食べていた恵は、衝撃的でもあった。子供だからこそ、大人な味が余計に美味しく感じてしまう。それは隣で試食している桃果も同じようで、恵と同じようにうっとりとした表情を見せていた。
「恵、これは美味しいよ。本当」
「うん、大人の味〜」
そう言いながら、もっとこのパンを食べたくなってしまった。でもこのパンの値段を聞いたら、小学生の小遣いでは買えない金額だった。
「ママに頼もうかな?」
思わずそんな事も言ってしまう。
「えー、恵。ピアノのレッスンも無理矢理ママに頼んだんでしょ? 大丈夫?」
「すっかり忘れてたけど、来週誕生日だった! 誕生日のお祝いでワガママ言っちゃおう」
「ちょっと、お客様?」
すっかり盛り上がっている小学生二人に、瑠偉は戸惑いながら、話に割って入ってきた。
「親御さんにちゃんと相談しましょうね」
ちょっと瑠偉に怒られてしまったようだ。確かにしっかりと真面目そうでもある瑠偉に言われると、素直に従うしか無いようだった。
「これは、一応イースターのパンのチラシです。ちゃんとパパやママに相談するんだよ。今は我慢だよ。時には、忍耐も必要だよ」
そして、チラシを渡してくれた。やはり、自分は子供である事を実感してしまった。こうしてちゃんと叱ってくれる大人は、両親以外いない事も思い出す。やっぱり瑠偉の中身もイケメンのようだった。
とりあえず、今日はチラシだけ貰って福音ベーカリーを後にした。
家に帰ると、すぐに母にチラシを渡して説得を試みた。
「あら、プレスニッツは懐かしい」
チラシを見せると、母はプレスニッツを知っていた。なんでも母はイタリアに新婚旅行に行った時、このパンを食べたらしい。
「え、誕生日に注文してくれる?」
「いいけど、ちゃんと、勉強やってピアノ教室も行くのよ」
勉強はともかくピアノ教室は、耳の痛い言葉だったが、あの大人な味のプレスニッツを食べられる喜びが優ってしまった。
「美味しいものを食べたければ、忍耐や我慢も必要よ?」
最後に母にきっちりと釘を刺され、恵は逆らえそうになかった。