第141話 全く罪じゃないバターブレッド(3)
文字数 1,985文字
妹の礼奈と一緒にカフェで食事をしていたが、彼女は急に仕事が入り、先に帰ってしまった。蘭子が我慢していた事が悟られたかは不明だが、食事代は礼奈が全部奢ってくれた。
一人残された蘭子は、目の前にある皿やカップを見る。礼奈は少しパンケーキを残していったが、それを見ているだけでも、食欲が刺激される。妹の食べ残しまで魅力的に見えてしまうのは、重症だ。
蘭子は、早めにカフェを出る事にした。このまま穂麦市にある住宅街にある家に帰ろう。そろそろ息子も習い事から帰ってくる時間になりそうだ。
しかし、住宅街に入ってコンビニがあるのに目がついた。いつも見ているコンビニだが、どうしても惹かれてしまい、入るだけ入ってみた。コンビニの中は、大学生ぐらいの店員が、レジにいて、暇そうに欠伸をしていた。確かにこの中途半端な時間帯は、他に客もいないようで、コンビニの中は静かだった。ただ、揚げ物の油の匂いがし、蘭子の気持ちをかき乱していた。
雑誌コーナーから、ドリンクコーナーの方へ歩き、スイーツが入ったチルドコーナーが目につく。春らしく三色団子や、桜のゼリーなどもあり、蘭子は頭の中で添加物の名前を唱えながら、どうにかスルーする。
しかし、チルドケースの横にあるパンコーナーが、危険区域だった。特に「罪深いバターブレッド」というパンが気になって仕方がない。見た目は、単なるデニッシュ風味のバターブレッドだったが、袋には「罪深い」なんて書かれると、余計に魅力的に見えてしまう。昔のカトリックの神父も、陰できっそり子作りしていた理由がわかってしまう。宗教で「あれは罪、これは罪だ」と縛られれば、逆にやりたくなってしまうだろう。蘭子は、この自由恋愛の今は、かえって魅力も感じず、初めて付き合った男と結婚していたが、「恋愛は罪だ」なんて一方的に子供の頃から言われていたら、余計にやりたくなるのかもしれない。
蘭子はゴクリと唾を飲み込み、「罪深いバターブレッド」に手を伸ばす。グルテンフリーもベジタリアンも今は、すっかり頭から追い出されていた。ただ、やはり袋の裏を見ると添加物の名前がズラリと並び、棚に戻す。あんなに食べたくなっていたのに、自然派の矜持は相当なものだったらしい。
「うん、やっぱり帰ろ」
蘭子はそう呟き、何も買わずにコンビニを出たが、ふわりと鼻に良い匂いが届いた。パンが焼けるような香ばしい香りだった。それにバターとメープルシロップが混じったような、この上なく罪深い匂いがしたりする。
この近くにパン屋でもあるのだろうか。そういえば、近所の主婦の噂で、イケメンが店主のパン屋がある事は聞いてはいたが、この近くかもしれない。
コンビニの前から、香りを辿って歩くと、確かにパン屋があった。今までグルテンフリーをやっていたから、スルーしていたようで、全く気づかなかった。隣には教会や依田というこの辺りで一番金持ちの家もある。
店名が、福音ベーカリーというらしい。変な名前のパン屋だが、赤い屋根とクリーム色の壁は、どことなく牧歌的で可愛らしい。店の前には、ミントグリーンのベンチがあり、ここで買ったものを食べられるようだ。
また、口の中が涎でいっぱいになってきた。明らかにこの香りに誘惑されている。グルテンフリーをやっている癖に、フワフワなパンの食感やバターぼ香りが頭の中に棲みついて離れない。たぶん、普段、禁止されているから余計に食べたくなっているのだろう。さっきのコンビニの罪深いバターブレッドや礼奈が食べていた悪魔のパンケーキも頭の中でぐるぐると踊っている。
この執念深い誘惑に勝てそうになく、とりあえず店の前にあるミントグリーンのベンチに座り、心を落ち着かせた。
店の前には、黒板状の看板も置いてあり、何か書いてあるのが見えた。
「手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。マルコによる福音書/ 16章 18節より」と聖書の言葉が書かれていた。その横には「パンの素材は、完全オーガニックの素晴らしいものです!是非、楽しんで食べてね」とある。
一体どういう意味かはわからないが、オーガニック素材というのは、少し惹かれる。グルテンフリーをやっているのも、農薬が心配だからだ。蘭子が探したところ、農薬を一切使っていない小麦粉は見つからず、グルテンフリーをやっているのだった。また、農薬が好きな目でも、遺伝子操作された小麦粉は躊躇する。
なぜ聖書も言葉を引用しているのかは、謎だが、オーガニック素材というのは、気になる。
ちょうどそんな事を思った時だった。店から店員が出てきた。
「お客様、いらっしゃいませ!」
まるで、蘭子が来る事を知っているかのように、店員はニコニコ笑っていた。
春の日差しをうけ、黒板式の看板に書かれた言葉は、キラキラと輝いているようにも見えた。
一人残された蘭子は、目の前にある皿やカップを見る。礼奈は少しパンケーキを残していったが、それを見ているだけでも、食欲が刺激される。妹の食べ残しまで魅力的に見えてしまうのは、重症だ。
蘭子は、早めにカフェを出る事にした。このまま穂麦市にある住宅街にある家に帰ろう。そろそろ息子も習い事から帰ってくる時間になりそうだ。
しかし、住宅街に入ってコンビニがあるのに目がついた。いつも見ているコンビニだが、どうしても惹かれてしまい、入るだけ入ってみた。コンビニの中は、大学生ぐらいの店員が、レジにいて、暇そうに欠伸をしていた。確かにこの中途半端な時間帯は、他に客もいないようで、コンビニの中は静かだった。ただ、揚げ物の油の匂いがし、蘭子の気持ちをかき乱していた。
雑誌コーナーから、ドリンクコーナーの方へ歩き、スイーツが入ったチルドコーナーが目につく。春らしく三色団子や、桜のゼリーなどもあり、蘭子は頭の中で添加物の名前を唱えながら、どうにかスルーする。
しかし、チルドケースの横にあるパンコーナーが、危険区域だった。特に「罪深いバターブレッド」というパンが気になって仕方がない。見た目は、単なるデニッシュ風味のバターブレッドだったが、袋には「罪深い」なんて書かれると、余計に魅力的に見えてしまう。昔のカトリックの神父も、陰できっそり子作りしていた理由がわかってしまう。宗教で「あれは罪、これは罪だ」と縛られれば、逆にやりたくなってしまうだろう。蘭子は、この自由恋愛の今は、かえって魅力も感じず、初めて付き合った男と結婚していたが、「恋愛は罪だ」なんて一方的に子供の頃から言われていたら、余計にやりたくなるのかもしれない。
蘭子はゴクリと唾を飲み込み、「罪深いバターブレッド」に手を伸ばす。グルテンフリーもベジタリアンも今は、すっかり頭から追い出されていた。ただ、やはり袋の裏を見ると添加物の名前がズラリと並び、棚に戻す。あんなに食べたくなっていたのに、自然派の矜持は相当なものだったらしい。
「うん、やっぱり帰ろ」
蘭子はそう呟き、何も買わずにコンビニを出たが、ふわりと鼻に良い匂いが届いた。パンが焼けるような香ばしい香りだった。それにバターとメープルシロップが混じったような、この上なく罪深い匂いがしたりする。
この近くにパン屋でもあるのだろうか。そういえば、近所の主婦の噂で、イケメンが店主のパン屋がある事は聞いてはいたが、この近くかもしれない。
コンビニの前から、香りを辿って歩くと、確かにパン屋があった。今までグルテンフリーをやっていたから、スルーしていたようで、全く気づかなかった。隣には教会や依田というこの辺りで一番金持ちの家もある。
店名が、福音ベーカリーというらしい。変な名前のパン屋だが、赤い屋根とクリーム色の壁は、どことなく牧歌的で可愛らしい。店の前には、ミントグリーンのベンチがあり、ここで買ったものを食べられるようだ。
また、口の中が涎でいっぱいになってきた。明らかにこの香りに誘惑されている。グルテンフリーをやっている癖に、フワフワなパンの食感やバターぼ香りが頭の中に棲みついて離れない。たぶん、普段、禁止されているから余計に食べたくなっているのだろう。さっきのコンビニの罪深いバターブレッドや礼奈が食べていた悪魔のパンケーキも頭の中でぐるぐると踊っている。
この執念深い誘惑に勝てそうになく、とりあえず店の前にあるミントグリーンのベンチに座り、心を落ち着かせた。
店の前には、黒板状の看板も置いてあり、何か書いてあるのが見えた。
「手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。マルコによる福音書/ 16章 18節より」と聖書の言葉が書かれていた。その横には「パンの素材は、完全オーガニックの素晴らしいものです!是非、楽しんで食べてね」とある。
一体どういう意味かはわからないが、オーガニック素材というのは、少し惹かれる。グルテンフリーをやっているのも、農薬が心配だからだ。蘭子が探したところ、農薬を一切使っていない小麦粉は見つからず、グルテンフリーをやっているのだった。また、農薬が好きな目でも、遺伝子操作された小麦粉は躊躇する。
なぜ聖書も言葉を引用しているのかは、謎だが、オーガニック素材というのは、気になる。
ちょうどそんな事を思った時だった。店から店員が出てきた。
「お客様、いらっしゃいませ!」
まるで、蘭子が来る事を知っているかのように、店員はニコニコ笑っていた。
春の日差しをうけ、黒板式の看板に書かれた言葉は、キラキラと輝いているようにも見えた。