第116話 閉店間近
文字数 1,341文字
もう少しで閉店の時間だった。僕と紘一は、閉店の準備も進めていた。店の前にある黒板状の立て看板をしまい、消した。この看板は時々絵が上手な希衣にも描いてもらっていいた。今はキリストの花嫁をイメージした少女漫画風の絵も描いて貰い評判もいい。すぐ消える黒板に描いてもらうのも勿体ないので、今はお金を払い、一枚の絵を描いて貰うように依頼していた。
「紘一、今日はフランスパンやベーグルが売れ残ったね」
僕は売れ残りのパンを袋にまとめながら、顔をしかめる。やっぱり、せっかく作ったパンが残ってしまうのは、ちょと寂しい。
「まあ、あとで今日子さんの教会に持ってこうな」
「う、うん」
「こういう時もあるよ」
紘一に励まされ、僕は少し元気になってきた。
ドアベルが鳴り、一人の客が入ってきた。もう老人といって良い雰囲気の男性だった。杖をつき、具合もよくなさそうだ。去年より痩せてしまったのか、コートもブカブカだった。僕はお客さんの顔は全員覚えているが、知らない顔だ。初めてのお客さんだろう。
「いらっしゃいませ。でも、もう商品無いんです。売れ残りですが、こちらをタダでもらってくれませんか?」
紘一が笑顔でパンを渡すと、老人は少し泣きそうな顔をみせた。
「ありがとう。神様もありがとう」
お客さんは、クリスチャンらしい。ここで神様にお礼を言うのは、一般的では無いだろう。
僕は背を少しかがめて、このお客さんに話しかけた。
「何か困っている事ないですか?」
「実は……」
お客さんは、シュトレンの予約がしたいと言っていた。シュトレンはクリスマス時期に食べるお菓子で、ぎっしりと入ったナッツやスパイスが楽しめる。粉砂糖がかかっている白い見た目の為か、この世にお生まれになった赤ちゃんイエス様を表しているという説などもある。
「それで、うちの家まで宅配することは可能ですか?」
「ええ。もちろん。シュトレンはお家でクリスマスを待つのにぴったりです。日持ちもしますし、アドベントカレンダー感覚で楽しめるお菓子ですね」
僕はついついペラペラとシュトレンについて語っていた。
「あと、それを毎年お願いしたいんだ。できれば二十年分ぐらい。前払いで予約できないかい?」
お客さんの意外な申し出に、僕も紘一も目を丸くしていたが、断る理由もない。すぐに住所を聞いたり、サイズや味の確認もした。お金もとりあえず今年の分だけ受け取った。「もし、今年の気に行ったら、来年も申し込んでね」と言うと、お客さんは渋々と受け入れてくれた。他にもなぜシュトレンを予約したいのかと聞くと、複雑な事情があるようだった。お客さんがご家族を愛している事は伝わってきて、いつも以上に心を込めてシュトレンを焼きたくなった。
お客さんが帰ると、僕と紘一は顔を見合わせた。
「でも二十年この店が愛されたら、嬉しいね」
「そうだな、柊」
そう言いながら、再び閉店準備をすすめた。ヒソプは二階に行かせて、イートインスペースの掃除もする。
先輩天使の蒼の副業目的で作られた店だが、何となく二十年後もありそうな気がしていた。
イートインスペースの窓からは、もう日が暮れて、空はオレンジ色と藍色が混ざっていた。少し雨も降っている。気温も低いし、この雨はそろそろ雪に変わるかもしれない。
「紘一、今日はフランスパンやベーグルが売れ残ったね」
僕は売れ残りのパンを袋にまとめながら、顔をしかめる。やっぱり、せっかく作ったパンが残ってしまうのは、ちょと寂しい。
「まあ、あとで今日子さんの教会に持ってこうな」
「う、うん」
「こういう時もあるよ」
紘一に励まされ、僕は少し元気になってきた。
ドアベルが鳴り、一人の客が入ってきた。もう老人といって良い雰囲気の男性だった。杖をつき、具合もよくなさそうだ。去年より痩せてしまったのか、コートもブカブカだった。僕はお客さんの顔は全員覚えているが、知らない顔だ。初めてのお客さんだろう。
「いらっしゃいませ。でも、もう商品無いんです。売れ残りですが、こちらをタダでもらってくれませんか?」
紘一が笑顔でパンを渡すと、老人は少し泣きそうな顔をみせた。
「ありがとう。神様もありがとう」
お客さんは、クリスチャンらしい。ここで神様にお礼を言うのは、一般的では無いだろう。
僕は背を少しかがめて、このお客さんに話しかけた。
「何か困っている事ないですか?」
「実は……」
お客さんは、シュトレンの予約がしたいと言っていた。シュトレンはクリスマス時期に食べるお菓子で、ぎっしりと入ったナッツやスパイスが楽しめる。粉砂糖がかかっている白い見た目の為か、この世にお生まれになった赤ちゃんイエス様を表しているという説などもある。
「それで、うちの家まで宅配することは可能ですか?」
「ええ。もちろん。シュトレンはお家でクリスマスを待つのにぴったりです。日持ちもしますし、アドベントカレンダー感覚で楽しめるお菓子ですね」
僕はついついペラペラとシュトレンについて語っていた。
「あと、それを毎年お願いしたいんだ。できれば二十年分ぐらい。前払いで予約できないかい?」
お客さんの意外な申し出に、僕も紘一も目を丸くしていたが、断る理由もない。すぐに住所を聞いたり、サイズや味の確認もした。お金もとりあえず今年の分だけ受け取った。「もし、今年の気に行ったら、来年も申し込んでね」と言うと、お客さんは渋々と受け入れてくれた。他にもなぜシュトレンを予約したいのかと聞くと、複雑な事情があるようだった。お客さんがご家族を愛している事は伝わってきて、いつも以上に心を込めてシュトレンを焼きたくなった。
お客さんが帰ると、僕と紘一は顔を見合わせた。
「でも二十年この店が愛されたら、嬉しいね」
「そうだな、柊」
そう言いながら、再び閉店準備をすすめた。ヒソプは二階に行かせて、イートインスペースの掃除もする。
先輩天使の蒼の副業目的で作られた店だが、何となく二十年後もありそうな気がしていた。
イートインスペースの窓からは、もう日が暮れて、空はオレンジ色と藍色が混ざっていた。少し雨も降っている。気温も低いし、この雨はそろそろ雪に変わるかもしれない。