第151話 閉店後

文字数 1,134文字

 今日のお客様は、我妻梨華だった。彼女は、絵を描く才能を神様から与えられていた。しかも聖書のシーンや神様の絵を描くように与えられていたものだった。今の時代は滅多にいない賜物、才能、タラント。本来、全てのそれは、神様や隣人の為に使うものだが、今は土に埋めるどころか、悪魔に仕える為の利用するものも多くいる。

 なので、梨華もそれを土に埋めやしないか、悪用しないかヒヤヒヤしながら見守っていた。希衣ちゃんに嫉妬し、その素晴らしい才能を土に埋めていると知った時は、神様も天使達も大きなため息をついていた。

 しかし、今日、梨華が来店し、何かヒントを掴めたようだ。

「よかった」

 俺はホッと安堵しながら閉店準備をすすめる。今日のロスした商品は、隣の教会に持っておこう。今日は丸々一本食パンが売れ残ってしまって、ちょっと悔しい。

 そういえば、この食パンの色合いはヒソプにそっくりだった。ネットでは柴犬の前で食パンを撫でる動画が人気だった。その動画では、芝犬は悔しそうな声をあげているのを思い出す。

 俺はイートインスペースにいるヒソプの前で、食パンをわざとらしく撫でてみた。

「?」

 しかし、ヒソプは首を傾げ、目を下げている。いつもの通り可愛い顔を見せているだけだった。

「なんだー、ヒソプは嫉妬しないのか。ちょっと残念だなぁ」

 思っていた反応と違うが、まあ、いいや。俺は、ヒソプの頭や顎を撫でてやる。モコモコの手触りに、俺の目尻も相当下がっている事だろう。しかし、この毛の色は本当に食パンとそっくりだな。

「ヒソプ、教会行ってくるから、ちょと待ってな」

 ずっとヒソプを撫でているわけにはいかない。紙袋に入れた残り物のパンを持ち、隣の教会へ向かう。

 途中で裏のコンビニが閉店セールをやっているのに気づく。今日が最終日らしい。もう棚は空っぽで何も売っていなかった。

「閉店か……」

 裏のコンビニの店長さんと話した事があるが、経営はなかなか大変らしい。

 福音ベーカリーは、利益度外視だし、材料は全部天界のものだから、その点はゆるくやっている。改めて資本経済のこの地上の大変さを実感したりする。

 この地上は、今は悪魔の支配になっているから仕方がない。経済もすっかり汚れたものになってしまっている。

 もちろん、競争によって良いものが生まれるといういい面があるが、俺は少し切なくなってきてしまった。高い技術が必要な仕事も低賃金だったりするし、この地上の価値観は狂ってる。

 春の強い風が吹き、少し肌寒い。明日は雨になるそうで、天候はしばらく安定しないようだ。

「少し、嫌な予感がするな。悪霊のポータルがどっか開いてるかもしれんが。気のせいだといいんだけど」

 空はだんだんと薄暗くなっていき、もう夜が近かった。
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登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

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