第96話 天使の休日と素敵な夕食(2)

文字数 1,368文字

 福音ベーカリーがある穂麦市は、比較的平和な静かなところだが、飽田市はそうでも無い。特に駅周辺は治安が悪く、風俗街や占い師の店が立ち並んでいたりする。

 この辺りの道を通ると、柊は明らかに渋い顔をしていた。まだ昼間で、怪しい雰囲気などは薄いが、地面はゴミが散乱していたり、良い空気は明らかに無い。

「この辺り、悪霊の門開いてない?」

 柊はヒソプのリードを引きながらも、空を見ながら呟く。確かに悪霊の門が開いているのが、確認できた。肉体の目では可視化できないが、一応天使ではあるので、霊的なものも可視化できる。

「開いてるね。うーん、この辺りは、ヤバいね」

 紘一も、門を確認しながら、つぶやいた。

 通常、悪霊の門は、人々の祈りや恐恐怖心などの感情が鍵になって開く。本当の神様への祈りは、全く問題なく、むしろ聖霊や天使が助けにくるが、偶像や人間、あるいは八百万の神へのそれは、悪霊の門が開く。

 風俗街も、悪霊の門が開きやすい。結婚以外でのセックスも、多くの健全でないエネルギーが発生するので、それが悪霊の門を開く鍵になってしまう。

「やばく無い? 僕たちで、悪霊達ボコボコにしない?」

 柊は無邪気に笑いながら、そんな事を言っていたが、紘一は苦笑して首をふる。元々紘一も柊も、悪霊の門も警備する仕事もしていたので、そんな気持ちは無くもない野田が。

「人間が祈っていないのに、神様からの命令も無いのに、勝手に動けないよ」
「そうだけどさ、紘一。悪霊、ムカつく!」

 悪霊は夜に活発に動く事が多いので、昼間の今は寝ているようだ。柊は、占い師の店の前にいる悪霊にヤンキーのようにメンチを切っていたが、今は追い払ったり、攻撃を加える事はできない。

「まあ、緊急時は俺らも人間と同じように神様の御名前で、追い払えるから大丈夫だよ」
「いいな、人間はー。なあ、ヒソプ?」

 柊は少しかがみ、ヒソプに声をかけるが、彼は、何も知らないような無垢な目をしているだけだった。

 ふわりと秋の風が吹き抜け、どこからか枯葉も待っていた。まだ、あまり寒くは無いが、門のそばにいる悪霊どもを見ると、いい気分はしない。

 この飽田市が教会は一つしかなく、元々クリスチャンも少ない。祈りと讃美の数が圧倒的に少ないため、悪霊の門もこうして野放しだった。

 神様は人間の自由意志を尊重するので、祈りが無い場合は、基本的に放置している。神様の命令で動く天使も、動きたくても動けない状況が多々あった。ベーカリーで働いていた先輩天使の蒼も、人間を守る仕事もしていたが、祈りがないと何もできないとぼやいていた。

「人間は、祈ってくれないとね、ヒソプ?」

 紘一も大きな身体をかがめながら、もふもふの毛並みのヒソプに話かける。

「わん、わん!」

 しかし、彼は柴犬だ。人間の言葉などわかるわけもなく、元気な声で吠えているだけだった。

『天使かよ、ウザっ!』
『どっか行けよ、この神の奴隷ども』
『芝犬もうざー!』

 悪霊どもは、まだヤル気が無いようで、紘一や柊達には絡んで来なかったが、文句は吐いてうた。

「ま、柊。早く公園行こうぜ」
「うん、今日は悪霊なんかの相手をしている暇なんて無いからな」
「わん、わん」

 ヒソプの元気な声を聞いていたら、紘一も早く公園に行きたくなった。

 今日は休日だ。悪霊の事はひとまず、忘れておこうと思った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み