第121話 悲しむ人の王様ケーキ(1)

文字数 1,651文字

 鳥沢葵の日常は、昼夜逆転していた。夕方に起き、昼間から寝る生活をしていた。

 一年前までは、都内の大学に通っていた。都心にある文学部のある大学で、偏差値はそこそこで、Fランではなかったはずだ。ただ、第一志望の大学には受験失敗し、少々不安に抱えたまま入学した。

 葵にとっては、大学生活は1ミリも楽しくなかった。元々暗記だけは得意な優等生だったが、大学では何もかも自分で決めなければならない。授業によっては、人前では発表するものもあり、全く馴染めなかった。今まで暗記で乗り越えていたものが全く通じず、人前では発表する授業も上手くいかず、教師や同級生にも笑われ、すっかり病んでいた。

 その頃から、昼夜逆転の生活になり、就職活動も全く進まなかった。そもそもメイクがマナーとも知らずに、すっぴんのボサボサ頭で面接に行ったら、人事部の人間に大笑いをされ、ますます病んでいった。

 高校まではメイクは校則で禁止されていた。授業でも静かに聞いている人が優等生だった。それなのに、大学に入ったら、突然ハシゴを外された。人前で発表しろとか、メイクして就活するとか、全く意味がわからない。その上、「自分で考えろ」と就活カウンセラーなどにも言われ、全く意味がわからない。高校まで校則を守り、暗記して、先生の言う事を聞いて何とかしていた事が、全く通用しなかった。

 こうして、すっかり病んだ葵は、精神病院で「社会不安障害」、「適応障害」や「軽度パニック障害」と診断され、大学も休学する事になった。気づくと薬も全く合わず、昼夜逆転の引きこもり生活になってしまった。

 父親は警察関係者の公務員だったが、こんな状況の葵に毎日嘆いていた。母親も公務員で役所に勤めていたが「本当に情け無い娘だ、恥ずかしい」と呪いの言葉を投げつけられた。今では親戚の集まりや葬式でさえ、恥ずかしいから行くなと言われている始末だった。

 今は大学休学中だが、おそらくこのまま退学する事になるだろう。高校までは、校則を破ってメイクして大学に行かずさっさと就職した同級生を馬鹿にしてた訳だが、彼女達の方が正しかった。校則なんて守らず、親の目も気にせず好きな風に生きていた方が良かったと後悔していたが、もう遅い。

 そんな葵は、深夜によく出歩くようにあった。昼間は、人目が気になるが、夜になれば、近所のヤンキーぐらいしかいない。誰も葵を気にしないし、パニック症状なども出てはいなかった。

 幸い、葵の住む穂麦市は治安の良い場所だった。コンビニも多くあるし、駅前の漫画喫茶に行き、時間を潰すのも好きだった。ヲタクと言えるほど漫画も興味はなかったが、少しは気が紛れていた。

 ただ、大学の事を考えると不安が襲う。親には一応来年の春には戻るとは言っていたが、戻りたい気はしない。高校までは先生や校則守るロボットのように育てておいて、大学になったら突然「自分で考えろ!」という環境には、どうしても適応できない。

 思えば学校だけでなく、社会全体おかしい。この疫病の騒動だって、マスクやワクチンのルールを生真面目に守っている人間より、好き勝手そうな陰謀論者の方が得しているようにも見え、納得いかない。世間の「建前」では男女平等をうたっているのに、メイクや家事など相変わらず女性らしさを強要しているのも意味がわからない。今も昔もぶりっ子女が得してる。テレビ、メディア、先生、世間の言うことは全部嘘だったのかもしれない。

 漫画喫茶の狭い個室で、思う。

 この世は、逆にできてる?

 真面目な人より、メディアや先生の言う事を無視して好き放題に生きている人間の方が得してない? 

 今は、12月が過ぎた。もうクリスマスも近いが、全く楽しい気持ちにはなれない。むしろ、悲しんでいた。

 自分は学校という工場で、ちゃんとした既製品にならなかった部品のように感じていた。高校の時は長期登校拒否をしている同級生もいたが、その子は一体どこにいるのだろう。

 今だったら、同じ欠陥品として分かり合えそうな気がしていた。
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登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

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