第165話 迷える羊と復活祭のチーズタルト(1)

文字数 2,213文字

「こんなはずじゃなかった……」

 二宮真琴は、漫画喫茶の個室でつぶやいた。狭いながらもベッドもある。今日もここで一晩過ごす事になるだろう。真琴は借りていたアパートを追い出され、部屋を借りる為の手段もなかった。漫画喫茶難民というよりは、ホームレス一歩手前と言った方が相応しい状況だった。

 こんな状況を望んでいるだけでもなかった。むしろ恋愛やお金での成功も望んでいた。借金まみれで家を追い出され、ホームレス一歩手前になるなんて全く望んではいなかった。

 真琴はこの部屋にあるパソコンで、「スピリチュアル 原因」「引き寄せジプシー 原因」などというキーワードを入れて検索し続けていた。本当はドリンクを飲んだり、漫画を読んだ方が良いのかもしれないが、そんな気分にはなれなかった。

 あらかた検索してみたが、ネット上にはしっくりくりする答えは、見つからなかった。

 真琴は、スピリチュアルにガッツリとハマっている女だった。年齢は二十五歳だが、思えば子供の頃から占いやおまじないも好きだった。雑誌の後ろに乗っているような通信販売でパワーストーンもよく購入していた。

 高校の時も占い師に通いつめ、イケメンの先輩と付き合えた事もあった。大学受験も成功したし、そこそこ良い企業で勤めていたが、欲が出てきた。もっと成功する方法を調べている時、山田一子というスピリチュアルリーダーに頼る事にした。一子自身も大きく成功していたし、ルックスもモデルのように可愛く、すっかり信頼していた。

 高額なセッション代金を払い、毎回一子のアドバイスをもらっていた。不思議な事に一子の言う通りにするとうまくいった。会社をやめ、アロマオイルと西洋占星術を組み合わせたセッションをやり、そこそこ儲かっていた。

 しかし、だんだんと上手くいかなくなってきた。身体も原因不明の病気をしたり、怪我もあったり、何故か家族や親戚もバタバタと死んでいった。恋人や友達も死んでしまい、ついには「疫病神!」と言われるほどだった。

 一子に頼ってアドバイスを求めたが「解消されていない前世のカルマがある」と言われるだけで、具体的解決策は言われない。それでも他に頼る人もいないので、ズルズルと頼っていた。いや、依存していた。

 ついには借金が膨らみ、家も追い出されて、ホームレス一歩手前。

「本当にどういう事なの。なんで一子先生の言う通りにやっていたのに、成功も恋愛も叶わないのよ……」

 真琴の疲れた声が響くが、もちろん返事もない。その上、左手首にまいていたアメジストのパワーストーンの紐が切れ、バラバラに床に溢れた。確か一子が成功波動を注入してくれたパワーストーンだった。値段は五万円ぐらいした。

 ここでパワーストーンのブレスレットが壊れるなんて、嫌な予感しかしない。やはり、ホームレスになるしか無いのだろうか。残金も想像すると、不安しかなく、住所もないのでバイトも全く通らない。

 胸に込み上げる不安が最大になり、再びパソコンで検索を続けた。「パワーストーン 壊れた 理由」などで検索し続けていると、あるブログにぶつかった。

 元占い師が運営しているブログだった。アラフォーぐらいの女性らしいが、何故か今はクリスチャンになり、教会で働いているという。頭の中は、疑問符しかないが、何か答えがありそうな気がして、ブログ記事を読み続けた。

 スピリチュアルで願いが叶わない原因も綴られていた。スピリチュアルは、聖書でいう悪魔の力を借りたもので、最初は願いが叶っても、他のものは全部代償として奪われると書いてある。

「いや、まさか」

 そう思うが、聖書引用したクールな文章を読みながら、一子の絵文字や画像、イラストだらけで読みやすいブログとは、どことなく雰囲気が違う事を感じていた。

 また、海外ではスピリチュアル被害者の自助グループもある事も書いてあり、もしかしてアル中や薬物中毒と同じような扱いなのではないかと、怖くなってきた。ブログ記事は「日本でこう言った被害者がたくさんいるでしょうが、救済する手段は少ないです。本当にこれは神様に頼るしか無いのかもしれません。私もたくさんの人を滅びの道に誘い、謝罪します」と締めくくられていた。

 そんな文を読んでいたら、気分は良くないが、何かヒントは掴めそうな気がした。でも、聖書とかキリスト教は宗教で、どうも抵抗がある。むしろ、前世のカルマで今こうなっていると言われた方が納得出来る部分がある。つまり、自分の行いを正せば、解決できるんじゃないかという希望みたいなものを感じる。

 しかし、ずっと検索し続けたせいで、眠い。真琴はベッドに横になると、すぐに眠りに落ちてしまった。

 床にはパワーストーンが散らばっているが、片付ける気にはまれなかった。スピリチュアルは嘘だったのかも?

 一子の事はまだ信じたい気持ちがあったりするが、こんな状況になってしまい、効果はなかったのかもしれない。

 思えば、自分はかなり欲深かった。金、名誉、恋愛の欲が人一倍強かった気がする。不思議な事の欲望を追い求めれば追い求めるほど、心の自由が減っていく。実際、家族も友達も誰もいなくなってしまった。

 これは、やっぱりカルマなのだろうか。それとも欲深い自分への罰なのだろうか。真琴は、全くわからない。ただ、明日が来るのが怖かった。できるだけ眠っていたい。眠りに落ちながらも「死」という言葉が頭の中に現れていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み