第43話 小さきもののライ麦パン(3)
文字数 1,702文字
マリは芝犬を店の中に連れていくと、店長と思われる男から、両手いっぱい紙袋を貰っていた。
「マリさん! ヒソプの散歩ありがとう。これは、今日のパンだよ。色々入ってるから、ゆっくりお食べ」
「わー、蒼さん。ありがとう!」
何が嬉しいのか、マリは目元をうるうるさせながら、喜んでいた。
確かに店長らしき男は、イケメンだった。二十五歳ぐらいだが、色素が薄く、王子様系のイケメンだった。ただ、さすがパン屋だけあり、体格もよく、腕や指は肉体労働を常時している事を連想させた。意外と白いコックコートがよく似合っていた。胸元には、天野蒼という名前が刺繍されていた。
「あと、今日、友達連れてきた。成瀬里奈って子。高校の頃からの友達なの。あ、私はこれから転職活動もあるから、帰るね」
マリはそう言い残すと、足早の帰っていった。小さなパン屋の中は、蒼と二人きりのなってしまった。正確にはイートインスペースの方で、芝犬がいるわけだが。
ざっと店内の大きなテーブルを見ている。商品はほとんど売り切れのようだった。パン屋で定番商品である塩バターパン、あんぱん、カレーパン、ガーリックトーストなどもない。食パンもない。薄焼き煎餅のような変なパンはあったが、名前も正体もわからないので食べたくない。三つ編みの形のパンは、フワフワで美味しそうだったが。
チルドケースの方には、サンドイッチがあった。ライ麦パンで作ったサンドイッチで素朴な雰囲気がある。他のパンは売れきれみたいだし、このパンを選ぶしかなさそうだ。
「ごめんね。実はけっこう、パンも売れきれで。種無しパンと、ツォップ、サンドイッチぐらいしかないんだ」
「この平べったい変なパンって種無しパンっていうの?」
「うん。聖書の中にあるパンを再現してみました。ツォップは、カトリック教徒とユダヤ人が安息日に食べたりするパン。実は、私、キリスト教の関係者なんだよ」
宗教の名前を聞き、里奈は思わず顔を顰めそうになる。自己啓発セミナーにズブズブだった里奈は、宗教に頼るなんて弱者そのものに思えてしまう。
「あ、今、宗教キモいって思ったでしょ?」
「やだ、なんでわかったのよ」
里奈は、バシバシと蒼の腕を叩く。おばさん臭い仕草だが、正直イケメンに興味はない。それよりも自己啓発セミナーの申込みたい。
「確かに宗教はキモいけど、里奈さんだって神社行ったりしてるじゃん?」
「エスパー?」
蒼の勘の良さに、怖くなってくる。自己啓発セミナーの講師は、神棚を飾り、神社に行くと成功しやすいとも言っていた。里奈にとってはスピリチュアルは騙しの手段だったが、実際、そうすると運気が上がる事もある。スピリチュアルは胡散臭いが、自己啓発セミナーの講師がしている活動は、なぜか正義の様に見えてしまった。
「まあ、エスパーみたいな事しちゃってごめんね。食事になるようなパンは、ライ麦パンのサンドイッチしかないし、マリさんのお友達だから、タダで奢ってあげるよ」
「いいの?」
ぜいぶんと気前が良いとは思ったが、確かキリスト教は、福祉活動も熱心だったと思い出した。里奈もキリスト 教系列の高校だったが、年中ボランティア活動をやっていた。バザーのようなものを開き、パンも売っていた事も思い出す。そういえば学校にいた神父が「聖書の言葉やイエス様については、命のパンだと例えられています」と説明していたのを思い出した。確かにキリスト教とパンは関係深いのかもしれない。宗教は気持ち悪いが、こう言った福祉的な活動については、悪くはない。そんな里奈の気持ちを見透かすように、蒼はニコニコと笑っていた。
琥珀色の蒼の目を見ていると、確かに嘘などはつけないタイプだろう。自己啓発セミナーの講師には、絶対いないようなタイプに見えた。
そもそもこんなイケメンだったら、それこそ自己啓発系の講師やYouTuberにでもなって楽して大金を稼げばいいのに。そんな事も思ったりした。
「パン屋の仕事って好き?」
「好きっていうか、副業だし。好きとか以前の問題だよね」
「副業? パン屋が?」
やっぱり蒼は不思議くんかもしれない。確かマリもそう言っている事を思い出した。
「マリさん! ヒソプの散歩ありがとう。これは、今日のパンだよ。色々入ってるから、ゆっくりお食べ」
「わー、蒼さん。ありがとう!」
何が嬉しいのか、マリは目元をうるうるさせながら、喜んでいた。
確かに店長らしき男は、イケメンだった。二十五歳ぐらいだが、色素が薄く、王子様系のイケメンだった。ただ、さすがパン屋だけあり、体格もよく、腕や指は肉体労働を常時している事を連想させた。意外と白いコックコートがよく似合っていた。胸元には、天野蒼という名前が刺繍されていた。
「あと、今日、友達連れてきた。成瀬里奈って子。高校の頃からの友達なの。あ、私はこれから転職活動もあるから、帰るね」
マリはそう言い残すと、足早の帰っていった。小さなパン屋の中は、蒼と二人きりのなってしまった。正確にはイートインスペースの方で、芝犬がいるわけだが。
ざっと店内の大きなテーブルを見ている。商品はほとんど売り切れのようだった。パン屋で定番商品である塩バターパン、あんぱん、カレーパン、ガーリックトーストなどもない。食パンもない。薄焼き煎餅のような変なパンはあったが、名前も正体もわからないので食べたくない。三つ編みの形のパンは、フワフワで美味しそうだったが。
チルドケースの方には、サンドイッチがあった。ライ麦パンで作ったサンドイッチで素朴な雰囲気がある。他のパンは売れきれみたいだし、このパンを選ぶしかなさそうだ。
「ごめんね。実はけっこう、パンも売れきれで。種無しパンと、ツォップ、サンドイッチぐらいしかないんだ」
「この平べったい変なパンって種無しパンっていうの?」
「うん。聖書の中にあるパンを再現してみました。ツォップは、カトリック教徒とユダヤ人が安息日に食べたりするパン。実は、私、キリスト教の関係者なんだよ」
宗教の名前を聞き、里奈は思わず顔を顰めそうになる。自己啓発セミナーにズブズブだった里奈は、宗教に頼るなんて弱者そのものに思えてしまう。
「あ、今、宗教キモいって思ったでしょ?」
「やだ、なんでわかったのよ」
里奈は、バシバシと蒼の腕を叩く。おばさん臭い仕草だが、正直イケメンに興味はない。それよりも自己啓発セミナーの申込みたい。
「確かに宗教はキモいけど、里奈さんだって神社行ったりしてるじゃん?」
「エスパー?」
蒼の勘の良さに、怖くなってくる。自己啓発セミナーの講師は、神棚を飾り、神社に行くと成功しやすいとも言っていた。里奈にとってはスピリチュアルは騙しの手段だったが、実際、そうすると運気が上がる事もある。スピリチュアルは胡散臭いが、自己啓発セミナーの講師がしている活動は、なぜか正義の様に見えてしまった。
「まあ、エスパーみたいな事しちゃってごめんね。食事になるようなパンは、ライ麦パンのサンドイッチしかないし、マリさんのお友達だから、タダで奢ってあげるよ」
「いいの?」
ぜいぶんと気前が良いとは思ったが、確かキリスト教は、福祉活動も熱心だったと思い出した。里奈もキリスト 教系列の高校だったが、年中ボランティア活動をやっていた。バザーのようなものを開き、パンも売っていた事も思い出す。そういえば学校にいた神父が「聖書の言葉やイエス様については、命のパンだと例えられています」と説明していたのを思い出した。確かにキリスト教とパンは関係深いのかもしれない。宗教は気持ち悪いが、こう言った福祉的な活動については、悪くはない。そんな里奈の気持ちを見透かすように、蒼はニコニコと笑っていた。
琥珀色の蒼の目を見ていると、確かに嘘などはつけないタイプだろう。自己啓発セミナーの講師には、絶対いないようなタイプに見えた。
そもそもこんなイケメンだったら、それこそ自己啓発系の講師やYouTuberにでもなって楽して大金を稼げばいいのに。そんな事も思ったりした。
「パン屋の仕事って好き?」
「好きっていうか、副業だし。好きとか以前の問題だよね」
「副業? パン屋が?」
やっぱり蒼は不思議くんかもしれない。確かマリもそう言っている事を思い出した。