第159話 祈りとホットクロスパン(4)完
文字数 2,507文字
福音ベーカリーの店内は、見た目通り、さほど大きくはなかったが、意外な事にイートインスペースもあり、テーブル席もある。なぜか柴犬がイートインコーナーでくつろぎ、目や耳を垂らしていた。芝犬は、焼けた食パンの色合いとそっくりだった。食パンを犬に例えたら、こんな柴犬になりそうだと思うぐらいだった。
店の中央には、大きな丸いテーブルがあり、いろんなパンが置いてある。オレンジ色の照明に照らされ、パン屋の雰囲気は明るく、優しいものだった。
今はイースター時期なのか、コロンバやゆで卵が丸々埋まった派手なパンもある。これはカラースプレーで彩られ、SNS映えしそうな可愛さもある。
ホットクロスパンも置いてある。実際目にする、ホットクロスパンは、十字の模様がかなり目立つ。あの派手なゆで玉のパンよりも目立っているように見える。「私が主役ですが?」と誰かが言っているように見えた。
「お客様、いらっしゃいませ!」
そこに厨房から、店員がやってきた。背が高く、落ち着いた雰囲気のイケメンだった。声が低めで優しげだった。楽器でいえばベースのような声だ。確かにバンドでいえば、この店員はベーシストポジションに見えた。派手さはないが、ちょっと目を引く地味なイケメンというか。
白いコックコートも似合ってるいる。肌や髪の色とは、ちょっと合わない感じもするが、職人らしい手や腕とかなりマッチしていた。コックコートの胸元には、橋本瑠偉と刺繍されていた。おそらくこのイケメン店員の名前だろう。瑠偉は、年齢は自分と同じぐらいだが、落ち着いた大人っぽい雰囲気もある。一方、自分のルックスは、内面をそのまま表現したように、チャラチャラと落ち着きが無い。やはり、ネットで浅く軽く目立つ事しか出来ない自分は、人間というか、大人とそての自覚は、足りないんじゃないかと思い、思わず下を向いてしまう。
「あ、あの。このホットクロスパン、面白いね?」
「ええ。イギリスのイースターのパンです。色々と起源はあります」
「もしかしてキリスト教と関係あります? 十字と言えばキリスト教ですしね」
「ええ」
瑠偉はホットクロスパンの起源の一つの説を教えてくれた。元々はカトリックの神父が貧しい人のた為に焼いていたパンらしい。神父と敵対するプロテスタント宗派のものが、ホットクロスパンに反対した。しかし、エリザベス一世は、この騒ぎについて「祝祭日にはホットクロスパンの販売を許可する」と言い、イギリス中に広まっていったらしい。
「えー、カトリックとプロテスタントって仲悪いんですか?」
「まあ、やってる事は全く違いますからね」
「こんな争ってたら、クリスチャンじゃない人の印象悪いよね。エリザベス一世ナイス!」
そんな事を言いながらも、ネットで毒舌でしか目立てない自分も、人の事なんて言えなかったりする。こんな堂々とした十字架の模様がついたホットクロスパンを眺めながら、やっぱり今の仕事は方向転換する必要がありそうだと感じていた。
「お客様、イートインスペースで食べていかれません?」
「え、ええ。じゃあ、このホットクロスパン、バターつけて貰える事出来る?」
「ええ。イートインスペースの方で少々お待ちください」
紫乃は、イートインスペースに行き、席に腰を下ろした。柴犬は、リラックスしていて寝ているようだった。窓からは穏やかな春の日差しが差し込み、テーブルは可愛らしい水玉模様のテーブルクロスがかけてあった。その上には、可愛いひよこのマスコットも置いてあり、イースター時期である事を実感する。
暖かみがあり、カフェのように居心地の良いイートインコーナーだった。ここに座っていると、やはり、これからの仕事というか自分の在り方は、方向転換した方が良いと思ったりした。悪口や露悪的なものは、きっと誰でも目立てるが、しれとは逆の居心地の良さ、楽しさ、明るさは努力して、継続しなければ生み出せないのかも知れない。
問題なのは、毎日の生活費だ。急に路線を変えたら、無一文になる可能性もある。自業自得だが、それを考えると、気分は明るくなれない。
「お待たせしました」
瑠偉は、皿に乗ったホットクロスパンを紫乃の前に置いた。バターもたっぷりも添えられ、落ち込もかけた気持ちは、ほんの少し上向いてきた。やっぱり美味しい食べ物は、人の心を上向かせる何かがある。それなのに自分は、悪用してネットで目立つネタにしていた。そう思うと、無一文になっても仕方がない。これは自分の十字架として背負うものなのかもしれない。
そんな事を考えていたら、すぐにホットクロスパンを食べたくなくなってしまう。
「お客様、どうされましたか?」
瑠偉は首を傾けてながら、紫乃の前に座る。落ち着いた優しげな声を聞いていると、今までの事を正直に話してみたくなってしまった。
「そうですか……。個人的な意見ですが、悪口や毒舌で目立つのは……。聖書では言葉には力がありますし、発したものがブーメランのように帰ってくる事も多いですからね」
「そっか。やっぱりそうだよね」
ここで決意が決まる。もうキッパリと、ネットで目立つ為だけに毒舌や悪口はやめよい。そう決意した。
「でも、これからどうしよう。無意一文になったら」
「大丈夫ですよ。祈りますから」
瑠偉はそう言い、腕を組み、目を閉じて祈り始めた。あの黒板に書いてあった主の祈りだった。
なぜだかはわからない。祈りの言葉を聞いていると、たぶん大丈夫だと思い始めていた。
「ありがとう。なんか意味がわからないけれど、心はスッキリしてきたかも」
「でしょう。自分で言うのも何だけど、人のための祈りはよく聞いてくれるから」
瑠偉の真っ直ぐな目で言われてしまうと、やっぱりもう少し大人になろうと思ったりもした。今までの自分は、大人になりきれていない子供のような心が引き寄せたものだろうとも思った。
「さあ、ホットクロスパンを召し上がれ」
「わん!」
瑠偉の言葉に、さっきまで寝てたと思った芝犬が起き上がり、小さな声で吠えていた。
とりあえず、今はこのホットクロスパンを楽しもう。難しい事は食べてから考えた方が、良いかもしれない。
店の中央には、大きな丸いテーブルがあり、いろんなパンが置いてある。オレンジ色の照明に照らされ、パン屋の雰囲気は明るく、優しいものだった。
今はイースター時期なのか、コロンバやゆで卵が丸々埋まった派手なパンもある。これはカラースプレーで彩られ、SNS映えしそうな可愛さもある。
ホットクロスパンも置いてある。実際目にする、ホットクロスパンは、十字の模様がかなり目立つ。あの派手なゆで玉のパンよりも目立っているように見える。「私が主役ですが?」と誰かが言っているように見えた。
「お客様、いらっしゃいませ!」
そこに厨房から、店員がやってきた。背が高く、落ち着いた雰囲気のイケメンだった。声が低めで優しげだった。楽器でいえばベースのような声だ。確かにバンドでいえば、この店員はベーシストポジションに見えた。派手さはないが、ちょっと目を引く地味なイケメンというか。
白いコックコートも似合ってるいる。肌や髪の色とは、ちょっと合わない感じもするが、職人らしい手や腕とかなりマッチしていた。コックコートの胸元には、橋本瑠偉と刺繍されていた。おそらくこのイケメン店員の名前だろう。瑠偉は、年齢は自分と同じぐらいだが、落ち着いた大人っぽい雰囲気もある。一方、自分のルックスは、内面をそのまま表現したように、チャラチャラと落ち着きが無い。やはり、ネットで浅く軽く目立つ事しか出来ない自分は、人間というか、大人とそての自覚は、足りないんじゃないかと思い、思わず下を向いてしまう。
「あ、あの。このホットクロスパン、面白いね?」
「ええ。イギリスのイースターのパンです。色々と起源はあります」
「もしかしてキリスト教と関係あります? 十字と言えばキリスト教ですしね」
「ええ」
瑠偉はホットクロスパンの起源の一つの説を教えてくれた。元々はカトリックの神父が貧しい人のた為に焼いていたパンらしい。神父と敵対するプロテスタント宗派のものが、ホットクロスパンに反対した。しかし、エリザベス一世は、この騒ぎについて「祝祭日にはホットクロスパンの販売を許可する」と言い、イギリス中に広まっていったらしい。
「えー、カトリックとプロテスタントって仲悪いんですか?」
「まあ、やってる事は全く違いますからね」
「こんな争ってたら、クリスチャンじゃない人の印象悪いよね。エリザベス一世ナイス!」
そんな事を言いながらも、ネットで毒舌でしか目立てない自分も、人の事なんて言えなかったりする。こんな堂々とした十字架の模様がついたホットクロスパンを眺めながら、やっぱり今の仕事は方向転換する必要がありそうだと感じていた。
「お客様、イートインスペースで食べていかれません?」
「え、ええ。じゃあ、このホットクロスパン、バターつけて貰える事出来る?」
「ええ。イートインスペースの方で少々お待ちください」
紫乃は、イートインスペースに行き、席に腰を下ろした。柴犬は、リラックスしていて寝ているようだった。窓からは穏やかな春の日差しが差し込み、テーブルは可愛らしい水玉模様のテーブルクロスがかけてあった。その上には、可愛いひよこのマスコットも置いてあり、イースター時期である事を実感する。
暖かみがあり、カフェのように居心地の良いイートインコーナーだった。ここに座っていると、やはり、これからの仕事というか自分の在り方は、方向転換した方が良いと思ったりした。悪口や露悪的なものは、きっと誰でも目立てるが、しれとは逆の居心地の良さ、楽しさ、明るさは努力して、継続しなければ生み出せないのかも知れない。
問題なのは、毎日の生活費だ。急に路線を変えたら、無一文になる可能性もある。自業自得だが、それを考えると、気分は明るくなれない。
「お待たせしました」
瑠偉は、皿に乗ったホットクロスパンを紫乃の前に置いた。バターもたっぷりも添えられ、落ち込もかけた気持ちは、ほんの少し上向いてきた。やっぱり美味しい食べ物は、人の心を上向かせる何かがある。それなのに自分は、悪用してネットで目立つネタにしていた。そう思うと、無一文になっても仕方がない。これは自分の十字架として背負うものなのかもしれない。
そんな事を考えていたら、すぐにホットクロスパンを食べたくなくなってしまう。
「お客様、どうされましたか?」
瑠偉は首を傾けてながら、紫乃の前に座る。落ち着いた優しげな声を聞いていると、今までの事を正直に話してみたくなってしまった。
「そうですか……。個人的な意見ですが、悪口や毒舌で目立つのは……。聖書では言葉には力がありますし、発したものがブーメランのように帰ってくる事も多いですからね」
「そっか。やっぱりそうだよね」
ここで決意が決まる。もうキッパリと、ネットで目立つ為だけに毒舌や悪口はやめよい。そう決意した。
「でも、これからどうしよう。無意一文になったら」
「大丈夫ですよ。祈りますから」
瑠偉はそう言い、腕を組み、目を閉じて祈り始めた。あの黒板に書いてあった主の祈りだった。
なぜだかはわからない。祈りの言葉を聞いていると、たぶん大丈夫だと思い始めていた。
「ありがとう。なんか意味がわからないけれど、心はスッキリしてきたかも」
「でしょう。自分で言うのも何だけど、人のための祈りはよく聞いてくれるから」
瑠偉の真っ直ぐな目で言われてしまうと、やっぱりもう少し大人になろうと思ったりもした。今までの自分は、大人になりきれていない子供のような心が引き寄せたものだろうとも思った。
「さあ、ホットクロスパンを召し上がれ」
「わん!」
瑠偉の言葉に、さっきまで寝てたと思った芝犬が起き上がり、小さな声で吠えていた。
とりあえず、今はこのホットクロスパンを楽しもう。難しい事は食べてから考えた方が、良いかもしれない。