第157話 祈りとホットクロスパン(2)
文字数 2,333文字
紫乃は、弁当屋を後にすると、飽田市の公園に向かった。駅から十分ぐらいにある自然豊かな公園だった。
意外と紫乃は、このあたりの土地勘があった。飽田市の隣にある穂麦市の高校に通っていた。聖マリアアザミ学園というミッションスクール系の学園だったが、別にクリスチャンが生徒にも教師にも多くはなかった。それでも礼拝や主の祈りというのをやらされた記憶がある。学園に来ていた牧師は、「人を許しましょう。何よりも自分の為です」と言っていたが、意味がわからなかった。ネットの世界では、人の足を引っ張り合い裁きあっている。自分もいろんなものや人をジャッジし、毒舌をしていた。その方が受けるし、炎上しても結果的に名前が売れる事の方が多かった。
公園は、平日の午前中という事もあり、人は少なかった。ポツポツと散歩している老人が見えるだけだ。木に囲まれ、広場やドッグランもあるので、休日は人が多くいそうだが、平日ならこんなものだろう。
紫乃は、広場のベンチに座る。そばに自動販売機や売店があるので、休日は家族連れで賑わうところだろうが、今は閑散としていた。端の方のベンチで老人グループが何か話し込んでいたが、それ以外は時々鳥の鳴き声が聞こえてくるだけで静かった。駅前は比較的賑やかだが、この辺りはまだまだ自然があるようだった。
さっそく買った弁当を広げてみるが、案の定、油のギトギトとした匂いが鼻についた。唐揚げは、茶色い石みたいで硬そう。卵焼きは黒く変色していたそ、キャベツの千切りもしなしなだった。ご飯も、中央にある梅干しが添加物入りの色がキツいもので、ご飯の色も変色しているところがあった。冷やご飯のようにパサパサだ。想像通り美味しくなさそうだ。
さっそく、この弁当の画像を撮り、少々加工した後、SNSに載せてみた。もちろん、毒舌の酷評コメントつきである。中見も一応食べてみたが、想像通りの味だった。
この投稿にさっそく反応があり、話題になるだろうとニヤニヤと口元をゆるませていたら、ダイレクトメールが届いているのに気付いた。1日に何件もこういったメールは来るので、スルーしようかと思ったが、かなり紫乃に向けて酷評が綴られたコメントだった。
「炎上商法はやめた方が良いですよ。一時はバズっても長続きしないと思うな」
そんな事まで書いてあった。あまりにも的を得ていたので、イライラとしてきた。確かに今の自分も、炎上商法と言われたら、否定できなかった。
送ってきた相手もライターをやっているようだ。映画やドラマなどのコラムも書いていて、その界隈では、名が知れているようだった。紫乃よりもキャリアもあり、会社も経営しているらしい。
「何、こいつ……」
的を得ているからこそ、イライラとしてきた。ただ、 このライターの文を少し読んだだけでも博識なのが伝わり、文面もどこか知的だった。炎上商法などで売っている雰囲気はなく、紫乃は下唇を噛み締めていた。
自覚はあった。こんな炎上商法的に目立ち、長続きは出来ないだろうとどこかで感じていた。今は、ルックスでチヤホヤしてくれるファンもいるが、いつまで続きかわからない。紫乃よりもずっと可愛いアイドルも、ちょっと皺が出来たぐらいで、劣化だと騒がれていた。
このライターだけでなく、 紫乃への助言してくれる大人はいた。特に父は、そんなハリボテみたいな仕事は辞めるか、コツコツと努力して実力をつけなさいと言っていた。今の地位は、全部運だと耳の痛い事も言っていたが、心は硬くなり、耳を塞いでいた。
本当は、食べ物は全部好きだ。ちょっと不味い料理も愛嬌はある。この弁当だって、不味いが、地域住民には、愛されているのかもしれない。
それでも、これをネタのネットで目立つように動いている自分は、だんだんと情けなくなってきた。父やあのライターが言うように、今やっている事は、いつか限界がくるのかもしれない。
「虚しい……」
ついそんな言葉が溢れてしまった。自分だって完璧ではないのに、他人を悪く言う事でしか目立てないのは、かなり虚しかった。自分と似たような立場のインフルエンサーも多いが、あまり幸せそうには見えなかった。
しばらく仕事は休んで立ち止まった方が良いのだろうか。とりあえず、さっきSNSにあげた弁当の記事は消し、再び何気なくあのライターの記事を見てもた。
何気なく目についた記事では、飽田市の隣にあり穂麦市というパン屋が紹介されていた。福音ベーカリーというパン屋で、クリスチャンが経営しているらしい。店主と看板犬の写真とともに、パンの画像も出ていた。
イギリスのイースターで食べられているというホットクロスパンも写真つきで紹介してあった。何気なくみていた記事だが、このパンは印象に残る。一見、四角くて小さなレーズンブレッドだが、表面に十字の模様が描かれている。イースターのパンらしく、十字架を模したものだろう。レーズンやスパイスを加えた記事でリッチな甘みがあるらしい。
このパンは、食べた事が無いので、気になってきた。店主はイケメンだったし、看板犬も気になったが、このパンは気になってしまった。たまには、毒舌を言う目的以外でも、食べ物を楽しのたくなってしまった。
そういえば、最近は全く食べる事を楽しめていなかった。あんなに大好きだったのに、いつの間にか義務感になっていた。バズる事しか頭になかった。そう思うと、また虚しくなってくるが、このホットクロスパンは、 食べたくなってしまった。記事によると、バターをたっぷりつけて食べると絶品らしい。
「まあ、隣の町だし、行ってもいいよね」
誰が聞いているわけでもないが、独り言を呟き、福音ベーカリーに行ってみる事にした
意外と紫乃は、このあたりの土地勘があった。飽田市の隣にある穂麦市の高校に通っていた。聖マリアアザミ学園というミッションスクール系の学園だったが、別にクリスチャンが生徒にも教師にも多くはなかった。それでも礼拝や主の祈りというのをやらされた記憶がある。学園に来ていた牧師は、「人を許しましょう。何よりも自分の為です」と言っていたが、意味がわからなかった。ネットの世界では、人の足を引っ張り合い裁きあっている。自分もいろんなものや人をジャッジし、毒舌をしていた。その方が受けるし、炎上しても結果的に名前が売れる事の方が多かった。
公園は、平日の午前中という事もあり、人は少なかった。ポツポツと散歩している老人が見えるだけだ。木に囲まれ、広場やドッグランもあるので、休日は人が多くいそうだが、平日ならこんなものだろう。
紫乃は、広場のベンチに座る。そばに自動販売機や売店があるので、休日は家族連れで賑わうところだろうが、今は閑散としていた。端の方のベンチで老人グループが何か話し込んでいたが、それ以外は時々鳥の鳴き声が聞こえてくるだけで静かった。駅前は比較的賑やかだが、この辺りはまだまだ自然があるようだった。
さっそく買った弁当を広げてみるが、案の定、油のギトギトとした匂いが鼻についた。唐揚げは、茶色い石みたいで硬そう。卵焼きは黒く変色していたそ、キャベツの千切りもしなしなだった。ご飯も、中央にある梅干しが添加物入りの色がキツいもので、ご飯の色も変色しているところがあった。冷やご飯のようにパサパサだ。想像通り美味しくなさそうだ。
さっそく、この弁当の画像を撮り、少々加工した後、SNSに載せてみた。もちろん、毒舌の酷評コメントつきである。中見も一応食べてみたが、想像通りの味だった。
この投稿にさっそく反応があり、話題になるだろうとニヤニヤと口元をゆるませていたら、ダイレクトメールが届いているのに気付いた。1日に何件もこういったメールは来るので、スルーしようかと思ったが、かなり紫乃に向けて酷評が綴られたコメントだった。
「炎上商法はやめた方が良いですよ。一時はバズっても長続きしないと思うな」
そんな事まで書いてあった。あまりにも的を得ていたので、イライラとしてきた。確かに今の自分も、炎上商法と言われたら、否定できなかった。
送ってきた相手もライターをやっているようだ。映画やドラマなどのコラムも書いていて、その界隈では、名が知れているようだった。紫乃よりもキャリアもあり、会社も経営しているらしい。
「何、こいつ……」
的を得ているからこそ、イライラとしてきた。ただ、 このライターの文を少し読んだだけでも博識なのが伝わり、文面もどこか知的だった。炎上商法などで売っている雰囲気はなく、紫乃は下唇を噛み締めていた。
自覚はあった。こんな炎上商法的に目立ち、長続きは出来ないだろうとどこかで感じていた。今は、ルックスでチヤホヤしてくれるファンもいるが、いつまで続きかわからない。紫乃よりもずっと可愛いアイドルも、ちょっと皺が出来たぐらいで、劣化だと騒がれていた。
このライターだけでなく、 紫乃への助言してくれる大人はいた。特に父は、そんなハリボテみたいな仕事は辞めるか、コツコツと努力して実力をつけなさいと言っていた。今の地位は、全部運だと耳の痛い事も言っていたが、心は硬くなり、耳を塞いでいた。
本当は、食べ物は全部好きだ。ちょっと不味い料理も愛嬌はある。この弁当だって、不味いが、地域住民には、愛されているのかもしれない。
それでも、これをネタのネットで目立つように動いている自分は、だんだんと情けなくなってきた。父やあのライターが言うように、今やっている事は、いつか限界がくるのかもしれない。
「虚しい……」
ついそんな言葉が溢れてしまった。自分だって完璧ではないのに、他人を悪く言う事でしか目立てないのは、かなり虚しかった。自分と似たような立場のインフルエンサーも多いが、あまり幸せそうには見えなかった。
しばらく仕事は休んで立ち止まった方が良いのだろうか。とりあえず、さっきSNSにあげた弁当の記事は消し、再び何気なくあのライターの記事を見てもた。
何気なく目についた記事では、飽田市の隣にあり穂麦市というパン屋が紹介されていた。福音ベーカリーというパン屋で、クリスチャンが経営しているらしい。店主と看板犬の写真とともに、パンの画像も出ていた。
イギリスのイースターで食べられているというホットクロスパンも写真つきで紹介してあった。何気なくみていた記事だが、このパンは印象に残る。一見、四角くて小さなレーズンブレッドだが、表面に十字の模様が描かれている。イースターのパンらしく、十字架を模したものだろう。レーズンやスパイスを加えた記事でリッチな甘みがあるらしい。
このパンは、食べた事が無いので、気になってきた。店主はイケメンだったし、看板犬も気になったが、このパンは気になってしまった。たまには、毒舌を言う目的以外でも、食べ物を楽しのたくなってしまった。
そういえば、最近は全く食べる事を楽しめていなかった。あんなに大好きだったのに、いつの間にか義務感になっていた。バズる事しか頭になかった。そう思うと、また虚しくなってくるが、このホットクロスパンは、 食べたくなってしまった。記事によると、バターをたっぷりつけて食べると絶品らしい。
「まあ、隣の町だし、行ってもいいよね」
誰が聞いているわけでもないが、独り言を呟き、福音ベーカリーに行ってみる事にした