第16話 正しさと焼きそばパン(1)

文字数 1,996文字

 安達朋花は、とにかく人に嫌われるのが怖かった。おそらく幼少期に虐められた事があり、人に嫌われる事は死に直結すると刷り込まれてしまったのだろう。

 おかげで、彼氏と付き合ってもヒモ化か、浮気症になるかのどちらだった。朋花のこの性格は、ダメ男を引き寄せていた。

 仕事に邁進しようと思ったが、残念ながらキャリアウーマンタイプでもなかった。父が教育委員長の関係者で、聖マリアアザミ学園に英語教師として就職したわけだが、立派なコネ職員であり、日々上司のお局から嫌味を言われていた。

 この学園は一見ミッションスクールのお嬢様学園ではあったが、その内部は別に上品でもない。派閥争いもあったりするし、真面目な教師が不遇だったりする。大人の嫌な面を見せつけられ、朋花はすっかり疲れていた。

 副担任をしているクラスでは、いじめのような問題もあり、子供の世界もなかなかドロドロしていた。

 特に原口や江崎という生徒はかなりキツい性格で、大人しいタイプの長谷部美紅などをいじめたりしているようだ。わざと連絡事項を伝えなかったり、お菓子を配るのを忘れたり、お局も真っ青な陰湿ないじめをやっているらしい。

 クラスの中でも正義感が強い依田光は、この件について憤っているようで、よく朋花のところにも直談判をしにきた。

 今日も放課後、面談室で光と一緒に向き合い、彼女の話を聞いていた。

 放課後の面談室は、オレンジ色の光が差し込み、グラウンドからは部活の生徒の声が響いていた。光は運動神経もよく、運動部からスカウトもよくあるそうだが、家の事情があるらしく、部活には入っていないようだった。

 親は金持ちで、典型的なお嬢様だ。黒髪ストレートヘアがよく似合い、猫のような大きな目で見つめられるとちょっと怖い。若干吊り目の光の目元は、確かに美人ではあるが、正義感の強さや融通がきかない頑固さが滲み出ていた。少女漫画だったら正にヒロインタイプ。朋花はどちらかといえば悪役の腰巾着をやりたいタイプなので、はっきり言って光が苦手だった。

「先生、原口さんと江崎さんについて、どう考えているんですか? 虐めやってますけど、注意しないんですか?」
「そうは言ってもねぇ。確固たる証拠とか無いからね」

 のらりくらりと交わしたい。自分は教師だが、限りなく意識が低い。正直、クラスの厄介な生徒を叱って嫌われたくない。嫌われるぐらいだったら、適当にやり過ごして、なあなあにしておきたい。そんなわけで朋花は、若干生徒に舐められてはいたが、適当にテストの出るところなどをネタバレし、友達のような関係ができていた。もちつ持たれつつ良い関係だと思うのだが。テストの成績も全体的に上がるし、この件ではお局の学年主任からは、文句を言われた事は無い。

「そうは言っても美紅は傷ついてます。かわいそうに、変なダイエットもはじめて、体調も悪くなってたんですよ。これは大人の責任では?」
「そうは言ってもねぇ」

 朋花は、眉毛をハの字にしながら、ややヒートアップしている光をなだめた。まだまだ若くて青いと思う。この子の正義感や正しさは、社会に出る時にプラスにはならないだろうと思う。もっとも警察とか弁護士とかは合うかもしれないが、光には「忖度」「本音と建前」「和の心」などを教えた方が良いのかもしれない。

「っていうか先生、仕事してる? 先生の仕事って叱る事が仕事じゃないの?」
「そうはいってもねぇ。原口さんや江崎さんも何か事情があるかもしれないし」
「まず、叱っていじめを辞めさせてから、罰を与え、事情を聞き、許してあげるのが筋です。先生、はっきりとした善悪はあるんですよ。善悪も何でも良いって世界はカオスです。反省してない状態で許しても意味ないです。順番が違います」
「そうは言ってもねぇ……」

 叱るのは、怖い。いじめが悪い行為である事は従順承知していたが、だからって叱って嫌われるのは怖い。自分には子供はいないが、もしいたら友達親子になる事は容易に想像がつく。生徒のいじめ一つ止められないので、おそらくマトモな教育は出来ないと思うが、意識が低いので仕方ない。

「もう、良いです。先生には、あまり期待はしません」
「うん。その方がいいよ。私、本当に意識低いから。典型的なコネ職員だからね。はは」
「笑い事じゃないですよー」

 光は呆れて面談室から出て行った。

 朋花も、職員室に戻り、自分のデスクに戻る。デスクの上には、昼ごはんに食べ損ね、袋に入った焼きそばパンが置いてあった。昼ごはんを食べてる時、急にお腹が痛くなり、焼きそばパンは残してしまったんだ。

 小麦粉だらけの栄養的には全く正しく無いパンだ。麺をパンで挟むなんて、海外の人は焼きそばパンを見るとドン引きするらしい。

 今の自分の在り方も全く正しくない。正直、悪い栄養素を生徒に与えている自覚はある。それでも、嫌われる事は、やっぱり怖かった。
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登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

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