第78話 休日のツォップ(2)
文字数 2,571文字
今週の水曜日、ようやく休みがとれた。ミントの事は気になるが、日々の仕事の疲れもあり、午前中はずっと家で寝てしまった。起きたら母から連絡が届いていた。ミントの画像付きで、明らかに弱ってはいた。
やっぱり帰った方がいいんだろうか。しかし、今休める雰囲気ではない。今月は売り上げも一位になったし、本部からも期待されている。部下の指導やアルバイトの子達の管理だってある。せっかくの休日だったが、気づくと仕事のことも考えてしまう。ミントの事も気になるが、結局のところ仕事にしか頭にない。テレビをつければ女優やモデルのコーディネートも気になってメモしてしまうし、ビジネス書も色々と読みたい。
「いやいや、さすがに働きすぎ。お腹減った」
一人暮らしのワンルームの冷蔵庫をのぞいてみたが、中にはカット野菜と野菜ジュースしかなかった。他にキッチンの棚をあさってみたが、パックご飯やパスタも消えていた。仕事が忙しく、ろくに料理もやっていない事に気づき、女子力の無さに唖然としてしまう。仕事ではキリキリとオシャレしてアパレル店長をやっていたが、プライベートは枯れていた。昔の流行語では芳乃みたいのは干物女子らしい。
さすがにヤバいと思い、スキンケアをし、軽くメイクをした。髪をアイロンをかけ、とりあえず外出できる容姿に整えた。服はボーダー柄のカットソッーにジーンズ、肩にセーターをかぇる。頭にはサングラスをかけてみた。全部自社製品だった。プライベートでも何か仕事の役にたつかもしれないしれないと、自社製品を買い、研究していたりした。やっぱり自分が良いと思うものをお客様に売りたいとも思う。元上司や同僚に話すと、信じられないとビックリされてしまうが。
こうしてプライベートでも仕事感覚を捨てきれぬまま、マンションをでた。何か小腹を満たすものがほしい。コンビニの行ってもいいが、今日は晴れているので、公園の方に行っても良いかもしれない。
そんな事を考えながら、近所の住宅街を歩く。このあたりの住人は老人が多く、静香だった。芳乃は単に職場に近いから、このあたりに住んでいるだけだが、静かで暮らしやすい。世間一般的には平日だが、今日は芳乃にとって休日だ。だんだんと気分は明るくなってきた。相変わらず服装などは仕事モードが抜け切れていないが、住宅街を散歩していたら、少しずつ抜けてきた。
秋の少し冷たい風が芳乃の髪の毛を揺らす。どこから枯葉も舞い落ちていた。
そんな風を感じている時、鼻に良い匂いが届いた。パンやお菓子が焼けるような匂いだった。他にもバターや甘い香りがする。どこかでパン屋かケーキ屋でもあったのかもしれないと、ぐるりと辺りを見渡す。そこにはパン屋があった。
「こんなパン屋あったっけ?」
目の前には小さなパン屋があった。看板によると福音ベーカリーというパン屋らしい。赤い屋根で可愛らしい雰囲気のあるパン屋だった。ケーキの生地のような色の壁も印象的で、全体的にショートケーキのようなイメージを持ってしまった。こんなパン屋が近所にあったら気づきそうなものだが、今まで全く気づかなかった。おそらく仕事漬けで、周囲を見渡す余裕も無かったのだろう。
「あ、可愛い」
思わず呟いてしまった。店の前にあるベンチのは、芝犬がちょこんと座っていた。看板犬だろう。元気だった時のミントとそっくりだった。思わず、ミントを放っておいて仕事に熱中している自分を思い出し、微妙な表情になってしまった。芝犬は、そんな事はお構いな句、ニコニコ笑っているように目を細めていた。
ついつい芝犬に惹かれて店に近づく。店の前には立て看板もあった。黒板式の立て看板で何か書いてあった。
「今日のおすすめはツォップです。このパンは、三つ編み型のフワフワパンです。スイスのカトリック教徒は、日曜礼拝後、家族でみんなで食べる習慣もあるようです。スイスのパン屋では土曜日によく売っているそうですが、うちはツォップ推しなので毎日あります!」と書いてあった。芝犬や赤ちゃん天使のイラストも描いてある。
もしかしたら、キリスト教徒のパン屋かもしれない。芳乃の地元では修道院もあり、シスターも見かけた事がある。ただ、職場ではキリスト教カルトが勧誘に来た事もあり、あまり印象はよくない。
それでも美味しそうな香りが気になる。入ろうかどうしようと迷っているところ、店から店員らしき若い男が出てきた。20歳そこそこの幼い雰囲気の男だった。眉毛はキリキリと凛々しく、黒い目が印象的だった。もう少し歳をとれば、イケメンになりそうな雰囲気がある。白いコックコートも似合ってる。特に腰に巻いた若草色のエプロンも雰囲気にピッタリだった。胸元には、知村柊という名前が刺繍されてあった。
「ヒソプー。ちょっとウチ入るか? 散歩すっか?」
柊は芝犬の背を撫でながら、目を細めていた。芝犬はヒソプという名前らしい。
「あれ? お客様? 何かご用ですか。今日はツォップという安息日のパンがオススメです」
「安息日?」
柊は芳乃に気づいイェ話しかけてきた。
「うん。あ、違った。ええ、そうです。このパンは、ユダヤ人も安息日に食べるそうです」
「安息日って何?」
「うーん、一言で言えば神様が人間に与えた休日だね。土曜日か日曜日か揉める人もいるけど、基本的に人と神様のデートの日なんだ。働きづめの人がこの日を大切にしてから、かえって繁栄したという話もある。まあ、本当に曜日は関係ないからね。サービス業のクリスチャンはどうなるのっていう話じゃん」
柊は芳乃の戸惑いも無視して、ペラペラと話していた。やっぱり、ちょっと宗教は怖いと思ってしまった。ただ、この男については邪気の無い子供のような印象だった。
しかし、働きづめの芳乃にとっては、安息日とか休みというワードは、聞いているとザワザワとしてきた。パン屋に入る気分は失せてきてしまった。
「お客様、帰っちゃうの?」
「ワン!」
芝犬も柊もちょっと寂しそうにこちらを見てきて、後ろ髪を引かれる。
「あ、ええ。そうだ、私、このお店で店長やってるの。彼女と服でも買いにきてね」
とっさに職場のショップカードを渡し、そそくさとパン屋の前から去っていった。三つ編みのフワフワパンは気になってしまったが、何となく食欲は失せてしまった。
やっぱり帰った方がいいんだろうか。しかし、今休める雰囲気ではない。今月は売り上げも一位になったし、本部からも期待されている。部下の指導やアルバイトの子達の管理だってある。せっかくの休日だったが、気づくと仕事のことも考えてしまう。ミントの事も気になるが、結局のところ仕事にしか頭にない。テレビをつければ女優やモデルのコーディネートも気になってメモしてしまうし、ビジネス書も色々と読みたい。
「いやいや、さすがに働きすぎ。お腹減った」
一人暮らしのワンルームの冷蔵庫をのぞいてみたが、中にはカット野菜と野菜ジュースしかなかった。他にキッチンの棚をあさってみたが、パックご飯やパスタも消えていた。仕事が忙しく、ろくに料理もやっていない事に気づき、女子力の無さに唖然としてしまう。仕事ではキリキリとオシャレしてアパレル店長をやっていたが、プライベートは枯れていた。昔の流行語では芳乃みたいのは干物女子らしい。
さすがにヤバいと思い、スキンケアをし、軽くメイクをした。髪をアイロンをかけ、とりあえず外出できる容姿に整えた。服はボーダー柄のカットソッーにジーンズ、肩にセーターをかぇる。頭にはサングラスをかけてみた。全部自社製品だった。プライベートでも何か仕事の役にたつかもしれないしれないと、自社製品を買い、研究していたりした。やっぱり自分が良いと思うものをお客様に売りたいとも思う。元上司や同僚に話すと、信じられないとビックリされてしまうが。
こうしてプライベートでも仕事感覚を捨てきれぬまま、マンションをでた。何か小腹を満たすものがほしい。コンビニの行ってもいいが、今日は晴れているので、公園の方に行っても良いかもしれない。
そんな事を考えながら、近所の住宅街を歩く。このあたりの住人は老人が多く、静香だった。芳乃は単に職場に近いから、このあたりに住んでいるだけだが、静かで暮らしやすい。世間一般的には平日だが、今日は芳乃にとって休日だ。だんだんと気分は明るくなってきた。相変わらず服装などは仕事モードが抜け切れていないが、住宅街を散歩していたら、少しずつ抜けてきた。
秋の少し冷たい風が芳乃の髪の毛を揺らす。どこから枯葉も舞い落ちていた。
そんな風を感じている時、鼻に良い匂いが届いた。パンやお菓子が焼けるような匂いだった。他にもバターや甘い香りがする。どこかでパン屋かケーキ屋でもあったのかもしれないと、ぐるりと辺りを見渡す。そこにはパン屋があった。
「こんなパン屋あったっけ?」
目の前には小さなパン屋があった。看板によると福音ベーカリーというパン屋らしい。赤い屋根で可愛らしい雰囲気のあるパン屋だった。ケーキの生地のような色の壁も印象的で、全体的にショートケーキのようなイメージを持ってしまった。こんなパン屋が近所にあったら気づきそうなものだが、今まで全く気づかなかった。おそらく仕事漬けで、周囲を見渡す余裕も無かったのだろう。
「あ、可愛い」
思わず呟いてしまった。店の前にあるベンチのは、芝犬がちょこんと座っていた。看板犬だろう。元気だった時のミントとそっくりだった。思わず、ミントを放っておいて仕事に熱中している自分を思い出し、微妙な表情になってしまった。芝犬は、そんな事はお構いな句、ニコニコ笑っているように目を細めていた。
ついつい芝犬に惹かれて店に近づく。店の前には立て看板もあった。黒板式の立て看板で何か書いてあった。
「今日のおすすめはツォップです。このパンは、三つ編み型のフワフワパンです。スイスのカトリック教徒は、日曜礼拝後、家族でみんなで食べる習慣もあるようです。スイスのパン屋では土曜日によく売っているそうですが、うちはツォップ推しなので毎日あります!」と書いてあった。芝犬や赤ちゃん天使のイラストも描いてある。
もしかしたら、キリスト教徒のパン屋かもしれない。芳乃の地元では修道院もあり、シスターも見かけた事がある。ただ、職場ではキリスト教カルトが勧誘に来た事もあり、あまり印象はよくない。
それでも美味しそうな香りが気になる。入ろうかどうしようと迷っているところ、店から店員らしき若い男が出てきた。20歳そこそこの幼い雰囲気の男だった。眉毛はキリキリと凛々しく、黒い目が印象的だった。もう少し歳をとれば、イケメンになりそうな雰囲気がある。白いコックコートも似合ってる。特に腰に巻いた若草色のエプロンも雰囲気にピッタリだった。胸元には、知村柊という名前が刺繍されてあった。
「ヒソプー。ちょっとウチ入るか? 散歩すっか?」
柊は芝犬の背を撫でながら、目を細めていた。芝犬はヒソプという名前らしい。
「あれ? お客様? 何かご用ですか。今日はツォップという安息日のパンがオススメです」
「安息日?」
柊は芳乃に気づいイェ話しかけてきた。
「うん。あ、違った。ええ、そうです。このパンは、ユダヤ人も安息日に食べるそうです」
「安息日って何?」
「うーん、一言で言えば神様が人間に与えた休日だね。土曜日か日曜日か揉める人もいるけど、基本的に人と神様のデートの日なんだ。働きづめの人がこの日を大切にしてから、かえって繁栄したという話もある。まあ、本当に曜日は関係ないからね。サービス業のクリスチャンはどうなるのっていう話じゃん」
柊は芳乃の戸惑いも無視して、ペラペラと話していた。やっぱり、ちょっと宗教は怖いと思ってしまった。ただ、この男については邪気の無い子供のような印象だった。
しかし、働きづめの芳乃にとっては、安息日とか休みというワードは、聞いているとザワザワとしてきた。パン屋に入る気分は失せてきてしまった。
「お客様、帰っちゃうの?」
「ワン!」
芝犬も柊もちょっと寂しそうにこちらを見てきて、後ろ髪を引かれる。
「あ、ええ。そうだ、私、このお店で店長やってるの。彼女と服でも買いにきてね」
とっさに職場のショップカードを渡し、そそくさとパン屋の前から去っていった。三つ編みのフワフワパンは気になってしまったが、何となく食欲は失せてしまった。