第53話 反抗期の激辛カレーパン(4)
文字数 3,198文字
福音ベーカリーの店内は、想像以上に小さかった。普段暮らす家が大きいから、そう感じるもかもしれない。
普段、袋に入ったパンしか興味がないので、こういったパン屋に足を踏み入れるのは、久しぶりだった。
店内のテーブルの上には、ほとんど商品はなかったが、揚げたてのカレーパンが山のように置いてあった。袋のパンが好きな光だが、このカレーパンは不味そうではない。カリカリの衣に、油とカレーの香ばしい香りが、食欲をぐいぐい刺激していた。
「こんばんは! 家出娘」
「は?」
そこに揚げたてのカレーパンをトレイいっぱいに持った店員が現れた。ばぜか自分が家出娘である事を知っていた。
店員はかなりにイケメンだった。おそらく二十五歳ぐらいだが、色素が薄いのが印象的だった。芸能事務所に行ったらスカウトされそうだが、腕つきは職人っぽかった。ニコニコと笑顔だったが、頬が引き攣り、どことなく怒っているようなのが、ちょっと怖い。
「ごめんね。今日は事情があって激辛カレーパンしか無いんだよ」
「え、激辛カレーパン?」
「うん」
カレーパンが置かれたテーブルをよく見ると、ポップが張ってあった。
「父がかわいがる子をしかるように、主は愛する者をしかる 旧約聖書(箴言3・12)より。という事で今日は激辛カレーパンです! せっかく神様が命懸けで十字架で買い戻した娘がまた家出したら、叱るしかないよね! by 福音ベーカリー店主」
なぜかポップには、聖書引用もされていた。その文字を見ていると、光のこめかみに汗が流れていた。
「これ、値段おいくら?」
「タダでいいよ。持ってけドロボーって感じ」
店員はなぜか怒っているようで、さらに光のこめかみに汗が流れていく。店員は天野蒼という名前のようっだった。コックコートの胸元に名前が刺繍されてあった。
「これ、袋に入ったパンより美味しい?」
「美味しいに決まってるよ。なんならイートインコーナーで食べてく? というか、食べなさい」
なぜ店員に命令されるのか全く理解できない。再び反抗しようとしたが、ポップにある聖書の御言葉が目に止まり、口答えできない。
光が何も言わないまま、蒼はイートインコーナーに皿に持ったカレーパンを持って行ってしまった。こうなると逃げられない。激辛カレーパンに挑もうではないか。
イートインコーナーは、小さなパン屋の割には、カフェのような雰囲気だった。水玉のテーブルクロスに、一輪挿しも飾ってあった。一輪挿しは、たんぽぽが飾ってあった。皐月のオフィスと比べると垢抜けない雰囲気だが、居心地は良さそうではあった。
「いただきます」
「食前のお祈りは?」
なぜか蒼も目の前に座り、イライラとした表情を見せていた。その目は怒りで赤くなっているようにも見えた。
「えー、食前の祈りって必要? 聖書に書いてなく無い?」
どうやら蒼は教会関係者だろう。おそらく牧師や両親、香織に何か言われていると思う。そう思うと余計に反抗したくなる。
「ふん、食前のお祈りなんてしない」
「あ、そう。じゃあ、激辛カレーパン、どうぞ召し上がれ」
蒼はずっとイライラしたが、表面上はニコニコと笑顔だった。なぜこんなに怒りを隠しているか謎だが、とりあえずカレーパンをかぶりついた。
ザクザクの衣が美味しいが、そう思った時後悔した。とにかく中身のカレーパンが辛く、火を吹きそうだった。
「な、何これ。辛すぎ!」
「そう? これぐらい、まだまだと思うな」
光は蒼が平然としているのが悔しくて、無理矢理全部食べた。舌はヒリヒリ燃えつづけ、光の額やこめかみには汗が滲んでいた。ここでようやく蒼は、水を持ってきて、がぶ飲みした。単なる水だが、生き返った。そういえば牧師が説教で聖書では神様は生きる水として例えられていると言っていたが、興味がないので、すっかり全部忘れていた。
「家出娘、これで、もう家出する気分は無くなった?」
「さっきから言ってる家出娘ってどういう事? 確かに家出中だけど」
「聖書だよ。聖書では、人間全員作った親のような神様がいるって書いてるよね。でも、悪魔にそそのかされた為、人間全員は生まれながらに悪魔の家に家出中。あろう事か悪魔を本当の親だと勘違いして『パパ』って呼んでる始末」
確かにそんなような事が書いてあったが、聖書に埃を被せている光はよく覚えていない。ただ、神様が親というのは本当で、父も母も祈る時は「父なる神様」と呼びかけていたのを思い出す。
「なんで悪魔の家に家出するとダメなんだっけ?」
「悪魔の方が、お金や異性、名誉をくれるけど、それも度を過ぎるとかえって不幸になる事もある。本当に優しい親は、何でもやたらと与えないが、悪魔はその人の未来も考えずに悪いものもドサドサ与えて滅ぼすからね。だから神様は、十字架といういつでも実家に帰れる贈り物も与えてるんだよ。これで家出の罪は怒られずに全部チャラ。代わりに罰を受けてくれたんだ。本当の神様は自己犠牲に溢れてるね」
皐月の家でファストフードやゲームを与えられた事を思い出す。確かに優しくされていたが、なぜあんなに優しくされていたか、今思うと謎だった。
「さて、ここに光にクイズです。本当のお父さんが、大事な娘を悪魔の家から取り返そうとした時、どうすると思う? 特にもう十字架という贈り物を開けて一回実家に帰ってきた娘がまた家出したら、どうすると思う?」
「クイズ? クイズだったら、ちょっと面白いね。うーん、普通に悪魔を滅ぼせばいいじゃん?」
普通に考えたら、そうするのが一番の解決策だ。
「家出中の子供は、自分で選んで悪魔の家にいるんだよ? そっちの方が幸せだと思っているんだから。例え、悪魔を滅ぼしたとしても、子供は反省するかね?」
「確かに。親元に戻っても悪魔が恋しいって泣くかも?」
そんな話をしながらも、胃が痛くなってきた。激辛カレーパンのせいとしか思えないのだが。光は居心地が悪くて、再び水を飲む。
「警察にいくとか?」
「神様は何でもできるお方で、警察みたいな事も出来るのだけど、子供の意思だけはコントロールしない」
「うーん。あ、悪魔の家にいる子供に雷を落としたり、火事でも起こすとか?」
蒼はここでパチパチと拍手をした。どうやら正解だったらしい。
「そう。悪魔の家にいても辛いよ、苦しいよって解らせる為に災いを起こすんだ。懲らしめだね」
「そう言われると怖いわねー」
「特にスピリチュアルや占いで願い叶えちゃったら後が大変だね。簡単に手に入ったものは簡単に出てくっていう霊的な法則もあるからね。宝くじの高額当選者もそうだよね」
光はだんだんと笑えなくなってきた。このクイズが事実だとしたら、そろそろ父親のような神様がブチギレて、災いを起こす時期ではないか?
光はサンデークリスチャンだが、教会で献金箱が盗まれ、騒ぎになった時を思い出した。犯人は交通事故に遭い、顔面に傷が残り、骨折もしていた。
「神様は可愛い子ほど、間違えたら災いを起こて、どんな手を使っても取り返そうとするからね?」
「う、なんか怖くなってきた……。とりあえず、家には帰ってお手伝いさんには謝っておく……」
「そうしなよ。香織さんは悪くないよ。今も心配して、お家で待ってるよ。香織さんの為でいいから、早くお家に帰りなさい」
蒼に命令されてむっとしたが、その通りかもしれない。光は蒼にお土産の激辛カレーパンをいっぱい貰った後、家に帰り、香織には謝罪した。
「光お嬢様! 心配したんですよ!」
お手伝いの香織には怒られたが、これも仕方がない。むしろ怒ってくれる人がいる方が良いのかもしれないと思い始めていた。
美紅や春歌にも連絡し、ずっと謝っていた。確かに家出する行為は、間違っていたと思わされた。
蒼が言う事が本当なら、何か災いがあったりするのだろうか。その事を考えると、光のこめかみに汗が流れていた。
普段、袋に入ったパンしか興味がないので、こういったパン屋に足を踏み入れるのは、久しぶりだった。
店内のテーブルの上には、ほとんど商品はなかったが、揚げたてのカレーパンが山のように置いてあった。袋のパンが好きな光だが、このカレーパンは不味そうではない。カリカリの衣に、油とカレーの香ばしい香りが、食欲をぐいぐい刺激していた。
「こんばんは! 家出娘」
「は?」
そこに揚げたてのカレーパンをトレイいっぱいに持った店員が現れた。ばぜか自分が家出娘である事を知っていた。
店員はかなりにイケメンだった。おそらく二十五歳ぐらいだが、色素が薄いのが印象的だった。芸能事務所に行ったらスカウトされそうだが、腕つきは職人っぽかった。ニコニコと笑顔だったが、頬が引き攣り、どことなく怒っているようなのが、ちょっと怖い。
「ごめんね。今日は事情があって激辛カレーパンしか無いんだよ」
「え、激辛カレーパン?」
「うん」
カレーパンが置かれたテーブルをよく見ると、ポップが張ってあった。
「父がかわいがる子をしかるように、主は愛する者をしかる 旧約聖書(箴言3・12)より。という事で今日は激辛カレーパンです! せっかく神様が命懸けで十字架で買い戻した娘がまた家出したら、叱るしかないよね! by 福音ベーカリー店主」
なぜかポップには、聖書引用もされていた。その文字を見ていると、光のこめかみに汗が流れていた。
「これ、値段おいくら?」
「タダでいいよ。持ってけドロボーって感じ」
店員はなぜか怒っているようで、さらに光のこめかみに汗が流れていく。店員は天野蒼という名前のようっだった。コックコートの胸元に名前が刺繍されてあった。
「これ、袋に入ったパンより美味しい?」
「美味しいに決まってるよ。なんならイートインコーナーで食べてく? というか、食べなさい」
なぜ店員に命令されるのか全く理解できない。再び反抗しようとしたが、ポップにある聖書の御言葉が目に止まり、口答えできない。
光が何も言わないまま、蒼はイートインコーナーに皿に持ったカレーパンを持って行ってしまった。こうなると逃げられない。激辛カレーパンに挑もうではないか。
イートインコーナーは、小さなパン屋の割には、カフェのような雰囲気だった。水玉のテーブルクロスに、一輪挿しも飾ってあった。一輪挿しは、たんぽぽが飾ってあった。皐月のオフィスと比べると垢抜けない雰囲気だが、居心地は良さそうではあった。
「いただきます」
「食前のお祈りは?」
なぜか蒼も目の前に座り、イライラとした表情を見せていた。その目は怒りで赤くなっているようにも見えた。
「えー、食前の祈りって必要? 聖書に書いてなく無い?」
どうやら蒼は教会関係者だろう。おそらく牧師や両親、香織に何か言われていると思う。そう思うと余計に反抗したくなる。
「ふん、食前のお祈りなんてしない」
「あ、そう。じゃあ、激辛カレーパン、どうぞ召し上がれ」
蒼はずっとイライラしたが、表面上はニコニコと笑顔だった。なぜこんなに怒りを隠しているか謎だが、とりあえずカレーパンをかぶりついた。
ザクザクの衣が美味しいが、そう思った時後悔した。とにかく中身のカレーパンが辛く、火を吹きそうだった。
「な、何これ。辛すぎ!」
「そう? これぐらい、まだまだと思うな」
光は蒼が平然としているのが悔しくて、無理矢理全部食べた。舌はヒリヒリ燃えつづけ、光の額やこめかみには汗が滲んでいた。ここでようやく蒼は、水を持ってきて、がぶ飲みした。単なる水だが、生き返った。そういえば牧師が説教で聖書では神様は生きる水として例えられていると言っていたが、興味がないので、すっかり全部忘れていた。
「家出娘、これで、もう家出する気分は無くなった?」
「さっきから言ってる家出娘ってどういう事? 確かに家出中だけど」
「聖書だよ。聖書では、人間全員作った親のような神様がいるって書いてるよね。でも、悪魔にそそのかされた為、人間全員は生まれながらに悪魔の家に家出中。あろう事か悪魔を本当の親だと勘違いして『パパ』って呼んでる始末」
確かにそんなような事が書いてあったが、聖書に埃を被せている光はよく覚えていない。ただ、神様が親というのは本当で、父も母も祈る時は「父なる神様」と呼びかけていたのを思い出す。
「なんで悪魔の家に家出するとダメなんだっけ?」
「悪魔の方が、お金や異性、名誉をくれるけど、それも度を過ぎるとかえって不幸になる事もある。本当に優しい親は、何でもやたらと与えないが、悪魔はその人の未来も考えずに悪いものもドサドサ与えて滅ぼすからね。だから神様は、十字架といういつでも実家に帰れる贈り物も与えてるんだよ。これで家出の罪は怒られずに全部チャラ。代わりに罰を受けてくれたんだ。本当の神様は自己犠牲に溢れてるね」
皐月の家でファストフードやゲームを与えられた事を思い出す。確かに優しくされていたが、なぜあんなに優しくされていたか、今思うと謎だった。
「さて、ここに光にクイズです。本当のお父さんが、大事な娘を悪魔の家から取り返そうとした時、どうすると思う? 特にもう十字架という贈り物を開けて一回実家に帰ってきた娘がまた家出したら、どうすると思う?」
「クイズ? クイズだったら、ちょっと面白いね。うーん、普通に悪魔を滅ぼせばいいじゃん?」
普通に考えたら、そうするのが一番の解決策だ。
「家出中の子供は、自分で選んで悪魔の家にいるんだよ? そっちの方が幸せだと思っているんだから。例え、悪魔を滅ぼしたとしても、子供は反省するかね?」
「確かに。親元に戻っても悪魔が恋しいって泣くかも?」
そんな話をしながらも、胃が痛くなってきた。激辛カレーパンのせいとしか思えないのだが。光は居心地が悪くて、再び水を飲む。
「警察にいくとか?」
「神様は何でもできるお方で、警察みたいな事も出来るのだけど、子供の意思だけはコントロールしない」
「うーん。あ、悪魔の家にいる子供に雷を落としたり、火事でも起こすとか?」
蒼はここでパチパチと拍手をした。どうやら正解だったらしい。
「そう。悪魔の家にいても辛いよ、苦しいよって解らせる為に災いを起こすんだ。懲らしめだね」
「そう言われると怖いわねー」
「特にスピリチュアルや占いで願い叶えちゃったら後が大変だね。簡単に手に入ったものは簡単に出てくっていう霊的な法則もあるからね。宝くじの高額当選者もそうだよね」
光はだんだんと笑えなくなってきた。このクイズが事実だとしたら、そろそろ父親のような神様がブチギレて、災いを起こす時期ではないか?
光はサンデークリスチャンだが、教会で献金箱が盗まれ、騒ぎになった時を思い出した。犯人は交通事故に遭い、顔面に傷が残り、骨折もしていた。
「神様は可愛い子ほど、間違えたら災いを起こて、どんな手を使っても取り返そうとするからね?」
「う、なんか怖くなってきた……。とりあえず、家には帰ってお手伝いさんには謝っておく……」
「そうしなよ。香織さんは悪くないよ。今も心配して、お家で待ってるよ。香織さんの為でいいから、早くお家に帰りなさい」
蒼に命令されてむっとしたが、その通りかもしれない。光は蒼にお土産の激辛カレーパンをいっぱい貰った後、家に帰り、香織には謝罪した。
「光お嬢様! 心配したんですよ!」
お手伝いの香織には怒られたが、これも仕方がない。むしろ怒ってくれる人がいる方が良いのかもしれないと思い始めていた。
美紅や春歌にも連絡し、ずっと謝っていた。確かに家出する行為は、間違っていたと思わされた。
蒼が言う事が本当なら、何か災いがあったりするのだろうか。その事を考えると、光のこめかみに汗が流れていた。