第102話 愛と種無しパン(4)

文字数 1,938文字

 翌日、愛美は学校で教師から数々の雑用を押し付けられ、すっかり疲れきった顔をしていた。良い子でいる事は、無駄だと思いつつ、こうしていれば、両親が帰って来てくれるんじゃないかという淡い期待は、捨てきれなかった。

 こんなに見た目だけ良い子にしている自分は、カルト二世の子供などは、全く批判出来ないとも思う。特にカルトの無駄な行い、善行を頑張っている人達と、自分がどこが違うのか、さっぱりわからない。聖書では行いなどは、救いと関係無いと書いてあったが、疑う心もある。

 これはいわゆる二心というもので、聖書でも忌み嫌われていた。聖書は救いにもなる神様のラブレターだが、一方間違えると、心をぶった斬る凶器にもなる。今の愛美の二つある心では、まともに正しく聖書を読める自信もなかった。

 そんな疲れた気分を抱えながら、校門を出て、駅までの道を歩く。本当は大通りが通学路だったが、近道をする為に住宅街に入った。この辺りは飽田市の住宅街と違い、静かで住人も老人が多い。

「あれ?」

 いつもの住宅街を歩いているつもりだったが、鼻に良い匂いが届いた。甘いお菓子やパンが焼けるような匂いだった。その匂いを辿ると、パン屋があった。小さな可愛らしい雰囲気のパン屋だった。赤い屋根に、クリーム色の壁が印象的なパン屋で、絵本の中にでもありそうな雰囲気だった。こんなパン屋は知らなかった。新しく出来た店なのかもしれない。

 店の前のベンチには、柴犬が座っていて、こちらを見ていた。どうも看板犬らしく、確かに良い可愛らしい犬だった。

「ふ、福音ベーカリー?」

 か看板には、そう書いてあった。明らかにクリスチャンか牧師あたりが関わっていそうなパン屋だった。福音は神様が人類の身代わりになrてくれた良い知らせという意味だ。クリスチャンにとっては、大事な言葉だ。隣には教会もあるし、どう考えてもクリスチャンが関わっていそうだ。聖書とパンも関係がある。

 しかも店の前のある黒板式の立て看板には、聖書が引用されて書かれていた。

「私たちが神を愛したのではなく、
 神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物として御子を遣わされました。第一ヨハネ・4:9〜10より」

 チョークで書かれた聖書の御言葉は、活字で見るより素朴な味わいがあった。

 それに「種無しパンもあります!」と書いてあった。種無しパンは、聖書に出てくるものだ。パン種が、罪の象徴で、それが全く入っていない種無しパンは、イエス・キリストの事とも言われている。教会で種無しパンを作った事もあったが、特に美味しくはないパンで、チーズやメープルシロップと一緒に食べた記憶もある。

 入るかどうか迷った。今の二心ある気分では、立ち入ってはいけない気もあったが、芝犬の可愛さに負けて、入店した。ドアベルがついているようで、入店するとチリンチリンと音がした。

 もう夕方のせいなのか、店内にあるパンはあまり種類はなかった。店の中央にある大きなテーブルには、クロワッサンとカレーパン、それに種無しパンは置いてあるのが見えた。種無しパンが売っているなんて、やっぱり確実にクリスチャンが関わっているパン屋だ。イートインスペースに方をみると、聖書の御言葉が書かれた色紙なども飾ってあった。色紙には、よりによって第一コリントの十三章あたりが書かれていて、愛実の表情はこわばっていた。

「愛美さん、こんにちは!」

 そこに店員がやってきて、トレイとトングを渡してくれた。二十歳歳そこそこの若い男性店員だった。幼い雰囲気はあるものの、眉毛が凛々しく、日本人らしいイケメンだった。白いコックコートの胸元には「知村柊」という名前が刺繍されていた。

「何で、私の名前を知ってるの?」
「あー、僕たち、瑠偉の友達なんだよ」

 柊に名前を知られていた事に首を傾げるが、瑠偉経由か納得する。クリスチャン人口は少ないので、あっという間に噂が広がったりするので、特に不思議ではないが。

「もう閉店近いから、種無しパンでも食べる?」

 もう一人、厨房から店員が出て来た。柊とは違い、体格の良い若い男だった。胸元には知村紘一と刺繍が入ってるコックコートを着ていた。同じ苗字だし、顔も似てるので、この二人は、おそらく兄弟だろう。

「種無しパンって、特に美味しくはないよね?」

 ついつい優等生らしく無い事を言ってしまった。膨らみもなく、クラッカーのような雰囲気のパンで、正直カレーパンやクロワッサンには負ける。そう言うと、二人とも顔を見合わせて苦笑していた。

「まあ、とりあえずイートインで、食べようよー」

 柊の無邪気な笑顔に押され、断れない雰囲気になってしまった。しかも食品ロスを出すのが嫌だといい、パンは全品タダになってしまった。
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登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

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