第163話 忍耐とプレスニッツ(4)完
文字数 1,753文字
翌日、恵は家から福音ベーカリーに向かってきた。昨日は、いっぱいご馳走を食べてお腹もタプタプだった。朝ごはんも昼ごはんも軽めにし、福音ベーカリーに向かった。
強い春の日差しが差し込み、歩いていると、少し汗ばんできた。
福音ベーカリーにつくと、ホッと一息つくぐらいだった。店の前のミントグリーンのベンチには、前来た時に見た芝犬はちょこんと座っていた。
「わん」
小さく吠える柴犬に、恵もキュンとしてしまう。モコモコの顎や背中を撫でてると、恵の表情もすっかり緩んでいた。この柴犬は、色も焼いたパンにそっくりだった。パン屋にピッタリな看板犬だろう。
店の前には、黒板式の立て看板があり、何か書いてあった。
「三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。『エリ、エリ、レマ、サバクタニ。』これは、『わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか』という意味である。マタイの福音書27章46節より」。
全く意味がわからず、首を傾げる。
店からは、ちょうど今パンが焼けたのか、香ばしい良い臭いがした。甘いかおりなので、おそらくメロンパンかチョコパンだろう。昨日食べた大人っぽいプレスニッツも美味しかったが、単純な甘さがあるパンもやっぱり好きだった。
昼ごはんも軽かったので、少しお腹が減ってきた。恵は福音ベーカリーの店内に入る。ドアにベルがついているのか、チリンチリンと音がする。
「恵ちゃん、いらっしゃいませ!」
ちょうど瑠偉は、焼きたてのメロンパンをテーブルに並べているところだった。甘い香りやザラメがついている。ザラメが光り、表面がキラキラしているメロンパンを見ていたら、理性は保てそうになかった。
「瑠偉さん! こんにちわ。昨日のプレスニッツありがとうございます」
「いえ、いいんです。喜んでくれたみたいで嬉しいですよ」
瑠偉は目を細め、穏やかに笑っていた。
「表の看板何?」
「ああ、あれですか? あれは、イエス・キリストが十字架にかけられた時の言葉です。本当は人間が言うはずのセリフだったけど、神様が肩代わりしてくれたわけだからね」
「?」
その点は、恵もよくわからない。ただ、瑠偉が神様を大切にしている事だけは伝わってきた。宗教自体は気持ち悪いが、そんな気持ちは人間は全員持ってる気がする。その神が人それぞれ違うだけで、意外と日本人は「神様」自体は好きなのかもしれない。異世界転生アニメやアイドルに救われる事も、形を変えた宗教というか、一種の「神様」を求めている形なのかもしれないと思ったりした。特に異世界転生ものは、死後の世界の「天国」への救いだとしたら、ちょっと宗教っぽいではないか。
「神様は十字架の上で何を受けたの?」
昨日から考えていた疑問もぶつけてみた。その答えは想像以上の拷問で、恵もこ心が痛い。確かに日本の神様では全く聞かないような話だった。
「そんな目に遭うなんて」
「でも、三日目に復活しましたから」
瑠偉はさらりと言っていたが、これも日本の神様では聞かない話で、だいぶカルチャーショックだった。
「信じられないなぁ」
「まあ、普通の人はそうですよ。意外と思われますが、聞く耳がない人には、この素晴らしい知らせ、福音は正直教えたくないですね。本当はトップシークレットにしたいぐらいですよ。欲望しか頭にない人間に福音伝えても豚に真珠ですよ。豚に真珠って言葉も聖書由来なんですよね」
それは意外だった。もっと必死に布教活動みたいな事をしていると思った。
「でも十字架の道は、簡単ではなかったんだね。それだけは分かるよ。忍耐ってやつだね」
「ええ。簡単に手に入れられるものは、簡単に出て行きますからね。恵ちゃんも、何か頑張ってる事ある?」
そう言われてしまうと、今の自分はちょっと恥ずかしい。自分から始めた事なのに、ピアノ教室も飽きかけていたなんて。思えば、今の生活は便利すぎて、何か努力していた事はなかった気がする。このまま便利な生活に浸かっていたら、何か人間らしさも失う気がする。やっぱり最新技術でピアノなんて弾きたくないと強く思ってしまった。
「しかし、メロンパンの香りいいね」
「ええ。出来立てですよ!」
「買います!」
ただ、今は甘くて美味しいメロンパンを楽しみたい。難しい事はメロンパンを食べてから考えても良いだろう。
強い春の日差しが差し込み、歩いていると、少し汗ばんできた。
福音ベーカリーにつくと、ホッと一息つくぐらいだった。店の前のミントグリーンのベンチには、前来た時に見た芝犬はちょこんと座っていた。
「わん」
小さく吠える柴犬に、恵もキュンとしてしまう。モコモコの顎や背中を撫でてると、恵の表情もすっかり緩んでいた。この柴犬は、色も焼いたパンにそっくりだった。パン屋にピッタリな看板犬だろう。
店の前には、黒板式の立て看板があり、何か書いてあった。
「三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。『エリ、エリ、レマ、サバクタニ。』これは、『わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか』という意味である。マタイの福音書27章46節より」。
全く意味がわからず、首を傾げる。
店からは、ちょうど今パンが焼けたのか、香ばしい良い臭いがした。甘いかおりなので、おそらくメロンパンかチョコパンだろう。昨日食べた大人っぽいプレスニッツも美味しかったが、単純な甘さがあるパンもやっぱり好きだった。
昼ごはんも軽かったので、少しお腹が減ってきた。恵は福音ベーカリーの店内に入る。ドアにベルがついているのか、チリンチリンと音がする。
「恵ちゃん、いらっしゃいませ!」
ちょうど瑠偉は、焼きたてのメロンパンをテーブルに並べているところだった。甘い香りやザラメがついている。ザラメが光り、表面がキラキラしているメロンパンを見ていたら、理性は保てそうになかった。
「瑠偉さん! こんにちわ。昨日のプレスニッツありがとうございます」
「いえ、いいんです。喜んでくれたみたいで嬉しいですよ」
瑠偉は目を細め、穏やかに笑っていた。
「表の看板何?」
「ああ、あれですか? あれは、イエス・キリストが十字架にかけられた時の言葉です。本当は人間が言うはずのセリフだったけど、神様が肩代わりしてくれたわけだからね」
「?」
その点は、恵もよくわからない。ただ、瑠偉が神様を大切にしている事だけは伝わってきた。宗教自体は気持ち悪いが、そんな気持ちは人間は全員持ってる気がする。その神が人それぞれ違うだけで、意外と日本人は「神様」自体は好きなのかもしれない。異世界転生アニメやアイドルに救われる事も、形を変えた宗教というか、一種の「神様」を求めている形なのかもしれないと思ったりした。特に異世界転生ものは、死後の世界の「天国」への救いだとしたら、ちょっと宗教っぽいではないか。
「神様は十字架の上で何を受けたの?」
昨日から考えていた疑問もぶつけてみた。その答えは想像以上の拷問で、恵もこ心が痛い。確かに日本の神様では全く聞かないような話だった。
「そんな目に遭うなんて」
「でも、三日目に復活しましたから」
瑠偉はさらりと言っていたが、これも日本の神様では聞かない話で、だいぶカルチャーショックだった。
「信じられないなぁ」
「まあ、普通の人はそうですよ。意外と思われますが、聞く耳がない人には、この素晴らしい知らせ、福音は正直教えたくないですね。本当はトップシークレットにしたいぐらいですよ。欲望しか頭にない人間に福音伝えても豚に真珠ですよ。豚に真珠って言葉も聖書由来なんですよね」
それは意外だった。もっと必死に布教活動みたいな事をしていると思った。
「でも十字架の道は、簡単ではなかったんだね。それだけは分かるよ。忍耐ってやつだね」
「ええ。簡単に手に入れられるものは、簡単に出て行きますからね。恵ちゃんも、何か頑張ってる事ある?」
そう言われてしまうと、今の自分はちょっと恥ずかしい。自分から始めた事なのに、ピアノ教室も飽きかけていたなんて。思えば、今の生活は便利すぎて、何か努力していた事はなかった気がする。このまま便利な生活に浸かっていたら、何か人間らしさも失う気がする。やっぱり最新技術でピアノなんて弾きたくないと強く思ってしまった。
「しかし、メロンパンの香りいいね」
「ええ。出来立てですよ!」
「買います!」
ただ、今は甘くて美味しいメロンパンを楽しみたい。難しい事はメロンパンを食べてから考えても良いだろう。