第173話 心の傷とパスクワの羊(1)
文字数 2,043文字
江崎歩美は、いじめっ子だった。過去の話だ。今は、いじめなんてせず、大人しく学校生活を送っていた。いじめを辞めた原因は色々あるが、同級生の織田春歌や依田光の影響はあった。二人とも教会に通うクリスチャン彼女達から福音を聞いた。福音は、罪でどうしようもない人間の神様が手を差し伸べてくれた良い知らせ。
聖書でいう罪とは、神様から心が離れた事をさす。犯罪や一般的な悪い行いをさす言葉ではない。しかし、いじめという行為をし、心の底では、罪悪感がたまっていた歩美は、自分の罪がわかり、すんなりと福音を受け入れる事ができ、この春に洗礼も受けた。
最初は許され、救われた気持ちでいっぱいだったが、学年があがり、高校二年になった頃からどうも調子が悪かった。通っている教会の牧師によると、洗礼直後は悪霊の攻撃も激しくなり、注意しろと言われていたが、それが原隠かはわからなかった。
特に過去の心の傷が思い出す事が多かった。両親は仕事で忙しく、あまり構われた経験も少ない。特に母は女医で、言葉がキツいところがあった。
「ブス」
「あんたなんて誰も好きにならない、出来損ない」
などと言われる事もあった。確かに歩美は勉強が嫌いで、兄と比べると成績も悪かった。母からの言葉は、確か小学生ぐらいに言われたが、深い心の傷になっていた。その当時から、見えない存在から声を聞く事も多かった。もし、声が聞こえるなどと言ったら、精神病院に入院させられる恐れもある。歩美はこの声については、決して口外する事はなかった。
言い訳のようだが、いじめをやっているのも、その声に従った結果だった。特に同じクラスだった長谷部美紅を見ているとイライラして嫉妬する事が多く、そんな感情を実感していると、声が聞こえる事が多かった。美紅は成績も良く、おっとりとした雰囲気で誰からも好かれていた。自分には全く無いものを持っていて、一方的にジェラシーを募らせていた。
『美紅の事をいじめちゃえよ。あいつ、歩美の悪口言ってたぜ?』
毎日、毎日しつこく声が聞こえるようになり、つい美紅に対して酷い態度をとっていた。今は神様に悔い改め、いじめをした事も反省している。美紅にも謝った。春歌や光も、いじめをしていた自分を許してくれたが、どうも最近は不調だった。
洗礼を受ければもっとハッピーでラッキーになるかと思ったが、別にそんな事もなかった。
そんな折、テレビでは芸能事務所の性的虐待騒がれていた。社長がパワハラをし、所属しているたれえ達に性犯罪をしたというニュースだった。
それを見ていたら、何か過去に封じ込めていた記憶が顔を出してきた。
そう、確か小学校にあがる前の事だった。兄と二人で、留守番をしていたら、突然身体を触られた。そんな事が度々あった。父や母に相談しても、相手にされなかった。六つ上の兄は、成績優秀の優等生だったから。
過去の記憶がフラッシュシュバックし、歩美はトイレに駆け込んだ。少し吐き、胸のムカムカは治ってきたが、心の傷はそのままだった。
今は兄は海外の医大に通い、エリート街道を駆け巡っていたが、この昔の事を思い出した事をきっかけに、男性が怖くなってきた。
幸い、通っている高校は女子校で、職員も女性が多い。それでも若い男の先生や、コンビニ店員、宅配業者を見るだけでも、怖くなってきた。もちろん、彼らは全く悪くない。歩美が一方的に怖がっているだけだが、どうしても昔の記憶が蘇り、身体が強張ってしまった。当時、兄に被害を受けた時も、突然のことで頭がフリーズし、抵抗などできなかった。こう言った被害者の落ち度を責める人もいる。努力で防げるものなら防ぎたいものだが、なぜか被害者の落ち度を責める人は、「犯罪者を厳しく罰しよう」などとは決して言わない。一方的に被害者を責め、臭いものに蓋をしているだけだった。
この状況を誰かに相談するべきだったのかもしれないが、そう思うと、声を上げる気力もない。兄は優等生だし、誰もこの事は信じてくれないと思うと、涙も出そうだ。また、いじめをやっていた罰とも言われるかもしれないし、誰にも言えずに生きづらさだけを抱えていた。
ちょうど、そんな時にたまたま買ったファション雑誌の最後の方のページにお悩み相談コーナーがあった。偶然にも自分と似たような相談が載せられていた。何かヒントになるかもしれないと読んでみる。回答者は、同性愛者の人気霊媒師だった。
しかし、回答は、ヒントになるどころか、歩美を崖から突き落とすようなものだった。こう言った性的な被害に遭うのは、前世で悪い事をしたからだ、自業自得といったような事が書かれていて、無理矢理許しなさいと纏めてあった。
それを見ているだけで歩美の目元は、涙で濡れていく。いじめなんてした報いだろうか。
そんな事もあり、歩美の傷はさらに深くなっていった。再びあの声が聞こえる。
『死ね! 歩美なんて死ねばいい!』
その声は、時間が経つにつれて、だんだんと大きくなってきた。
聖書でいう罪とは、神様から心が離れた事をさす。犯罪や一般的な悪い行いをさす言葉ではない。しかし、いじめという行為をし、心の底では、罪悪感がたまっていた歩美は、自分の罪がわかり、すんなりと福音を受け入れる事ができ、この春に洗礼も受けた。
最初は許され、救われた気持ちでいっぱいだったが、学年があがり、高校二年になった頃からどうも調子が悪かった。通っている教会の牧師によると、洗礼直後は悪霊の攻撃も激しくなり、注意しろと言われていたが、それが原隠かはわからなかった。
特に過去の心の傷が思い出す事が多かった。両親は仕事で忙しく、あまり構われた経験も少ない。特に母は女医で、言葉がキツいところがあった。
「ブス」
「あんたなんて誰も好きにならない、出来損ない」
などと言われる事もあった。確かに歩美は勉強が嫌いで、兄と比べると成績も悪かった。母からの言葉は、確か小学生ぐらいに言われたが、深い心の傷になっていた。その当時から、見えない存在から声を聞く事も多かった。もし、声が聞こえるなどと言ったら、精神病院に入院させられる恐れもある。歩美はこの声については、決して口外する事はなかった。
言い訳のようだが、いじめをやっているのも、その声に従った結果だった。特に同じクラスだった長谷部美紅を見ているとイライラして嫉妬する事が多く、そんな感情を実感していると、声が聞こえる事が多かった。美紅は成績も良く、おっとりとした雰囲気で誰からも好かれていた。自分には全く無いものを持っていて、一方的にジェラシーを募らせていた。
『美紅の事をいじめちゃえよ。あいつ、歩美の悪口言ってたぜ?』
毎日、毎日しつこく声が聞こえるようになり、つい美紅に対して酷い態度をとっていた。今は神様に悔い改め、いじめをした事も反省している。美紅にも謝った。春歌や光も、いじめをしていた自分を許してくれたが、どうも最近は不調だった。
洗礼を受ければもっとハッピーでラッキーになるかと思ったが、別にそんな事もなかった。
そんな折、テレビでは芸能事務所の性的虐待騒がれていた。社長がパワハラをし、所属しているたれえ達に性犯罪をしたというニュースだった。
それを見ていたら、何か過去に封じ込めていた記憶が顔を出してきた。
そう、確か小学校にあがる前の事だった。兄と二人で、留守番をしていたら、突然身体を触られた。そんな事が度々あった。父や母に相談しても、相手にされなかった。六つ上の兄は、成績優秀の優等生だったから。
過去の記憶がフラッシュシュバックし、歩美はトイレに駆け込んだ。少し吐き、胸のムカムカは治ってきたが、心の傷はそのままだった。
今は兄は海外の医大に通い、エリート街道を駆け巡っていたが、この昔の事を思い出した事をきっかけに、男性が怖くなってきた。
幸い、通っている高校は女子校で、職員も女性が多い。それでも若い男の先生や、コンビニ店員、宅配業者を見るだけでも、怖くなってきた。もちろん、彼らは全く悪くない。歩美が一方的に怖がっているだけだが、どうしても昔の記憶が蘇り、身体が強張ってしまった。当時、兄に被害を受けた時も、突然のことで頭がフリーズし、抵抗などできなかった。こう言った被害者の落ち度を責める人もいる。努力で防げるものなら防ぎたいものだが、なぜか被害者の落ち度を責める人は、「犯罪者を厳しく罰しよう」などとは決して言わない。一方的に被害者を責め、臭いものに蓋をしているだけだった。
この状況を誰かに相談するべきだったのかもしれないが、そう思うと、声を上げる気力もない。兄は優等生だし、誰もこの事は信じてくれないと思うと、涙も出そうだ。また、いじめをやっていた罰とも言われるかもしれないし、誰にも言えずに生きづらさだけを抱えていた。
ちょうど、そんな時にたまたま買ったファション雑誌の最後の方のページにお悩み相談コーナーがあった。偶然にも自分と似たような相談が載せられていた。何かヒントになるかもしれないと読んでみる。回答者は、同性愛者の人気霊媒師だった。
しかし、回答は、ヒントになるどころか、歩美を崖から突き落とすようなものだった。こう言った性的な被害に遭うのは、前世で悪い事をしたからだ、自業自得といったような事が書かれていて、無理矢理許しなさいと纏めてあった。
それを見ているだけで歩美の目元は、涙で濡れていく。いじめなんてした報いだろうか。
そんな事もあり、歩美の傷はさらに深くなっていった。再びあの声が聞こえる。
『死ね! 歩美なんて死ねばいい!』
その声は、時間が経つにつれて、だんだんと大きくなってきた。