第27話 捨てるところが無いパンの耳(4)完
文字数 1,858文字
マリは福音ベーカリーのイートインスペースのテーブルについていた。
花柄のテーブルクロスがかけられ、一輪挿しもある。ピンク色のガーベラだった。
パン屋のイートインの割には、居心地の良い雰囲気で、こういうところに慣れないマリは肩をすくめていた。
問題は、そんな事ではなく、驚いた事にパンは全部タダだった。貧乏人のマリには有難い話だが、織田春歌の名前を出すと、なぜか無料になってしまった。申し訳なく、ここで食べる気分にはなれず、選んだパンは包んでもらい、ドリンクだけ注文する事にした。
「マリさん、コーヒー持ってきたよ」
店主は紙コップの入ったコーヒーをマリの前のおいた。てっきりそのまま仕事に戻ると思ったが、そのままマリの目の前に座ってしまった。
目の前で見る店主は、まつ毛がかなり長く、琥珀色の目が印象的だった。どこかの御曹司が道楽でパン屋をやっている可能性も考えられたが、その割には手首や指はゴツゴツとし、引っ掻き傷や火傷の跡もあり、仕事大好き人間にも見えてしまった。マリの上司も似たような手をしてる。
「店長さん、仕事しなくていいの?」
「いや、実はここは副業でやっていて暇でさぁ」
「本業って何?」
「それは秘密だよ。訳ありなんだよ」
初対面の人間と話すのが苦手なマリだが、この店主とは自然と話せていた。イケメンの割には色気は全く無く、弟にしたい雰囲気だからだろうか。それに店主の邪気のない琥珀色の目を見てたら、なぜか本音がポロポロと溢れていく。
今の仕事や、病気、昔の事故の事などを話していた。はっきり言って愚痴だが、店主はちゃんと話を聞いてくれていた。
「そっか。生きる事は大変だからね」
「うん、大変なのよ……」
店主の優しい声を聞いていたら、鼻の奥が熱くなり、泣きたくなってきた。それを誤魔化すかのようにコーヒーを一口すする。ビターな味わいのブラックコーヒーで、まだ温かかった。
「まあ、一見マイナスにしか見えない事も神様が益にしてくれるから」
「そうかなー?」
あのポップの文面からして、この店主は聖書を読んでいるクリスチャンだろう。マリは「神様」と言われてもイマイチわからないが。
「実はうちのオーナーが、食品ロスにうるさくて、あのパンの耳のアレンジ商品を開発したんだ。パンの耳も余す事なく全部使えって怒られてね」
「へえ」
「パンの耳でも、あんなに変わるよ。マリさんが今辛いのは、うまく特技や才能が引き出せなかっただけかもよ? 特に神様知らない人は、そうなっちゃうのも仕方ない。日本は学校教育自体が、奴隷作る為のカルトだし、医療も魔術っぽい面もあるんだよ。もちろん、全部がそうじゃないけど、この世は悪魔と狂人が支配しているからね。がだから、決して自己責任じゃないよ。隣人を自己責任なんて裁くと、自分も同じように裁かれるって神様も言ってるからね」
店主は精一杯励ましてくれているようだった。現状、今の生活が良くなる事は無いだろう。それでもこんな風に励まされると、少し心は落ち着いてきた。
「本当にタダでよかったの?」
「うん。ロス出してオーナーに怒られる方が超怖いから。食べ物に困ったら、うちのパン屋きてね。別に困らなくても来てもいいけど」
なぜか店主は自分の貧乏状態を知っているようだった。もっともマリのカバンや服の雰囲気から、色々察するものはあるのだろう。
「でも、タダで貰うのは、ちょっとな……」
「だったら、ウチの掃除や材料の下処理手伝ってくれたら、パン貰えるのってはどう?」
「掃除は、できるよ。仕事が清掃系だから」
「ありがとう! 二階もとっ散らかっていてさ。困ってたんだよ。あと看板犬の散歩してくれたら助かる!」
「いいの?」
「うん。マリさんが必要だよ」
そんな事を言われるのも始めてだった。今までは誰でもできるような仕事とか、自己責任としか言われた事しかなかった。特に親子や友達は色々と容赦ない事を言ってくる。本当は金銭面を考えると親と同居すべきだが、色々としんどくなり、一人暮らしをしていた。
「あ、ありがとう……」
マリは涙を一粒こぼして、感謝の気持ちを口にした。
もし自分が、成功してる人や金持ちだったら、こんな風に仕事をくれただけで、感謝できたかわからない。いつも不味いパンの耳を齧っていたからこそ、これから美味しいパンを食べるのが楽しみで仕方がない。毎日美味しいものを食べていたら、こんな幸せは感じる事は出来ない事だろう。久々に心が浮き立っていた。
世の中は、案外「当たり前」では、できていないのかもしれない。
花柄のテーブルクロスがかけられ、一輪挿しもある。ピンク色のガーベラだった。
パン屋のイートインの割には、居心地の良い雰囲気で、こういうところに慣れないマリは肩をすくめていた。
問題は、そんな事ではなく、驚いた事にパンは全部タダだった。貧乏人のマリには有難い話だが、織田春歌の名前を出すと、なぜか無料になってしまった。申し訳なく、ここで食べる気分にはなれず、選んだパンは包んでもらい、ドリンクだけ注文する事にした。
「マリさん、コーヒー持ってきたよ」
店主は紙コップの入ったコーヒーをマリの前のおいた。てっきりそのまま仕事に戻ると思ったが、そのままマリの目の前に座ってしまった。
目の前で見る店主は、まつ毛がかなり長く、琥珀色の目が印象的だった。どこかの御曹司が道楽でパン屋をやっている可能性も考えられたが、その割には手首や指はゴツゴツとし、引っ掻き傷や火傷の跡もあり、仕事大好き人間にも見えてしまった。マリの上司も似たような手をしてる。
「店長さん、仕事しなくていいの?」
「いや、実はここは副業でやっていて暇でさぁ」
「本業って何?」
「それは秘密だよ。訳ありなんだよ」
初対面の人間と話すのが苦手なマリだが、この店主とは自然と話せていた。イケメンの割には色気は全く無く、弟にしたい雰囲気だからだろうか。それに店主の邪気のない琥珀色の目を見てたら、なぜか本音がポロポロと溢れていく。
今の仕事や、病気、昔の事故の事などを話していた。はっきり言って愚痴だが、店主はちゃんと話を聞いてくれていた。
「そっか。生きる事は大変だからね」
「うん、大変なのよ……」
店主の優しい声を聞いていたら、鼻の奥が熱くなり、泣きたくなってきた。それを誤魔化すかのようにコーヒーを一口すする。ビターな味わいのブラックコーヒーで、まだ温かかった。
「まあ、一見マイナスにしか見えない事も神様が益にしてくれるから」
「そうかなー?」
あのポップの文面からして、この店主は聖書を読んでいるクリスチャンだろう。マリは「神様」と言われてもイマイチわからないが。
「実はうちのオーナーが、食品ロスにうるさくて、あのパンの耳のアレンジ商品を開発したんだ。パンの耳も余す事なく全部使えって怒られてね」
「へえ」
「パンの耳でも、あんなに変わるよ。マリさんが今辛いのは、うまく特技や才能が引き出せなかっただけかもよ? 特に神様知らない人は、そうなっちゃうのも仕方ない。日本は学校教育自体が、奴隷作る為のカルトだし、医療も魔術っぽい面もあるんだよ。もちろん、全部がそうじゃないけど、この世は悪魔と狂人が支配しているからね。がだから、決して自己責任じゃないよ。隣人を自己責任なんて裁くと、自分も同じように裁かれるって神様も言ってるからね」
店主は精一杯励ましてくれているようだった。現状、今の生活が良くなる事は無いだろう。それでもこんな風に励まされると、少し心は落ち着いてきた。
「本当にタダでよかったの?」
「うん。ロス出してオーナーに怒られる方が超怖いから。食べ物に困ったら、うちのパン屋きてね。別に困らなくても来てもいいけど」
なぜか店主は自分の貧乏状態を知っているようだった。もっともマリのカバンや服の雰囲気から、色々察するものはあるのだろう。
「でも、タダで貰うのは、ちょっとな……」
「だったら、ウチの掃除や材料の下処理手伝ってくれたら、パン貰えるのってはどう?」
「掃除は、できるよ。仕事が清掃系だから」
「ありがとう! 二階もとっ散らかっていてさ。困ってたんだよ。あと看板犬の散歩してくれたら助かる!」
「いいの?」
「うん。マリさんが必要だよ」
そんな事を言われるのも始めてだった。今までは誰でもできるような仕事とか、自己責任としか言われた事しかなかった。特に親子や友達は色々と容赦ない事を言ってくる。本当は金銭面を考えると親と同居すべきだが、色々としんどくなり、一人暮らしをしていた。
「あ、ありがとう……」
マリは涙を一粒こぼして、感謝の気持ちを口にした。
もし自分が、成功してる人や金持ちだったら、こんな風に仕事をくれただけで、感謝できたかわからない。いつも不味いパンの耳を齧っていたからこそ、これから美味しいパンを食べるのが楽しみで仕方がない。毎日美味しいものを食べていたら、こんな幸せは感じる事は出来ない事だろう。久々に心が浮き立っていた。
世の中は、案外「当たり前」では、できていないのかもしれない。