第4話 何でも合う食パン(3)
文字数 2,295文字
風子は千円札が入った小銭入れを握りしめ、住宅街にあるコンビニを巡っていた。駅前のスーパー、住宅街にあるコンビニ三件を巡ってみたが、バターアイスは売り切れだった。店員に聞いたが、入荷は未定のようだった。中には、これをチャンスとばかりにケーキやお寿司の営業もされそうになり、一目散に逃げた。風子は、こういった営業行為にも遭いやすかった。いかにも断れない雰囲気が出ているのだろう。
「あぁ、日が暮れてきたよぉ」
気づくと、空はオレンジ色に染まり始めていた。もうバターアイスを買うのは諦めて、他に美味しいものを探すべきだろうか。
そんな事を考えている時、何か良い匂いがした。パンかクッキーが焼けるような香ばしい良い香りだった。
近くにパン屋でもあるのだろうか。匂いがする方向を辿ると、パン屋があった。福音ベーカリーというパン屋で、こんな住宅街ではちょっと浮いた雰囲気の外観だった。右隣には教会、左隣には依田というこの町で有名な金持ちの家もあった。
クリーム色の壁と赤い屋根は、どう見てもメルヘンだった。煙突からは煙が出ていて、童話の中から引き抜いて置いたみたいだった。店の前には、小さなベンチと黒板状の立て看板も出ていた。ベンチはミントグリーン色で、側には鉢に入ったハーブが植えられていて、少し爽やかな雰囲気もある。
看板には、今日におススメは塩バターパンと書いてある。赤ちゃん天使と柴犬の可愛らしいイラストも書いてあり、どう見ても女性が経営しているパン屋に見えた。ここで筋肉質の屈強な男性が営業していたら違和感はある。もっともパン屋は体力仕事なので、筋肉質の方が良いだろうが。
「こんなパン屋あったっけ?」
風子は首を傾げた。長年この住宅街に住んでいたが、こんなパン屋は全く知らない。噂も聞いたこともなかった。こんなメルヘンなパン屋があったら、女性は放っておかないはずだが。
もしかしたら、ここのパンはバターアイスよりも美味しいものがある可能性があるだろうか。そんな事を考えていると、なぜか店の中から柴犬が出てきた。
「ちょ、ヒソプ。散歩はまだだよ!」
同時にパン屋の店員らしき人が出てきて、今にも走り出しそうな柴犬を止めていた。
「ほ、ほう…」
店員はイケメンで、風子は思わずため息が溢れた。ふわふわ栗毛で、色素がかなり薄いタイプのようだ。肌が白く、目の色は琥珀色だった。よく見ると、まつ毛も長い。白いコックコートもよく似合っていた。
パン屋だけあって体格は良い方だが、そのおかげか、色気はあまり無い。イケメンというよりは、爽やかなお兄さんと言いたくなる感じだった。年齢は二十五歳ぐらいだろう。コックコートの胸元には、名前が刺繍がされていた。天野蒼という名前らしい。
「こんにちは!」
蒼はしゃがみ、柴犬の背を撫でなでていたが、風子に気づいたようだった。
「こ、こんにちは?」
色気は無いとはいえ、イケメンに話しかけるとちょっとドギマギしてしまう風子だった。
「何してるの? 道に迷った?」
「いや、そうじゃなくて……」
バターアイスを探している事を説明した。蒼が、笑顔でニコニコ話しかけてくるから、ついつい事情を話してしまった。可愛らしい柴犬と一緒にいるせいか、一ミリも悪い人には見えなかった。
「バターアイスだったら、裏のファミリーストアにあるよ」
「本当?」
「私も昨日買ってきて、大量に入荷したって店長さんが言ってたから」
「ワン!」
蒼の言葉に同意するように柴犬が吠えた。
「ありがとう、助かりました」
「ちょっと待って。食パン持っていって」
「は?」
風子の言う事など無視し、蒼と柴犬は一旦店に戻ると、袋に入った食パンを持ってきた。
「実はこの食パン、賞味期限が近くてね。最近は食品ロスにうるさいからさ。もちろんタダでいいから」
「え、でも」
風子の戸惑いなど無視し、蒼は食パンの袋を押し付けていた。六枚切りの普通の食パンに見えたが。
「いいの?」
「うん。これ、トーストして小豆のっけて、その上にバターアイスのカケラ載せると絶品。まるで天国の味だよ」
「ワン、ワン!」
柴犬はなにが嬉しいのか、蒼の周りをくるくると回っていた。
「それだけ食べたらカロリーがアレでは。むしろ悪魔のトーストでは?」
「そんな事ないよ。美味しいものは、全部良いものだよ。良いものに悪魔なんて言ったらダメ」
そんな事を真顔で言われてしまうと、風子は断れない。結局、食パンを受け取った。もっとも風子の性格上、このシチュエーションで断れるわけが無いのだが。
「ありがとう」
「いいよ。早くコンビニ行きな」
「うん」
コンビニに行き、こうして無事バターアイスを入手し、小豆の缶詰も買った。
「遅い!」
帰ると祖母に怒られたが、蒼が言った通り、食パンをトーストし、小豆を乗せて、最後にバターアイスの一カケラを載せてみた。
「なんだ、これは。普通にバターアイス食べるより美味しいじゃないか」
祖母はこのトーストの味に感動し、驚いた事に涙を流していた。
「ありがとう。まるで天国にあるパンを食べてるみたいだよ」
しかも、素直にお礼まで言っていた。こんな祖母の姿は初めて見た。両親も目を丸くし、驚いていた。
もしかしたら、この食パンに秘密があるのかもしれないと思ったが、味は普通だった。翌朝、このパンにイチゴジャムを塗って食べてみたが、平凡そのものだった。素朴過ぎてオーガニック素材のパンかもしれない。母はサラダとソーセージをのせ、父は目玉焼きを乗せ、祖母は昨日と同じように食べていた。
どんな食べ方でも何でも合う食パンは、意外と平凡とは言い切れないと風子は思ったりもした
「あぁ、日が暮れてきたよぉ」
気づくと、空はオレンジ色に染まり始めていた。もうバターアイスを買うのは諦めて、他に美味しいものを探すべきだろうか。
そんな事を考えている時、何か良い匂いがした。パンかクッキーが焼けるような香ばしい良い香りだった。
近くにパン屋でもあるのだろうか。匂いがする方向を辿ると、パン屋があった。福音ベーカリーというパン屋で、こんな住宅街ではちょっと浮いた雰囲気の外観だった。右隣には教会、左隣には依田というこの町で有名な金持ちの家もあった。
クリーム色の壁と赤い屋根は、どう見てもメルヘンだった。煙突からは煙が出ていて、童話の中から引き抜いて置いたみたいだった。店の前には、小さなベンチと黒板状の立て看板も出ていた。ベンチはミントグリーン色で、側には鉢に入ったハーブが植えられていて、少し爽やかな雰囲気もある。
看板には、今日におススメは塩バターパンと書いてある。赤ちゃん天使と柴犬の可愛らしいイラストも書いてあり、どう見ても女性が経営しているパン屋に見えた。ここで筋肉質の屈強な男性が営業していたら違和感はある。もっともパン屋は体力仕事なので、筋肉質の方が良いだろうが。
「こんなパン屋あったっけ?」
風子は首を傾げた。長年この住宅街に住んでいたが、こんなパン屋は全く知らない。噂も聞いたこともなかった。こんなメルヘンなパン屋があったら、女性は放っておかないはずだが。
もしかしたら、ここのパンはバターアイスよりも美味しいものがある可能性があるだろうか。そんな事を考えていると、なぜか店の中から柴犬が出てきた。
「ちょ、ヒソプ。散歩はまだだよ!」
同時にパン屋の店員らしき人が出てきて、今にも走り出しそうな柴犬を止めていた。
「ほ、ほう…」
店員はイケメンで、風子は思わずため息が溢れた。ふわふわ栗毛で、色素がかなり薄いタイプのようだ。肌が白く、目の色は琥珀色だった。よく見ると、まつ毛も長い。白いコックコートもよく似合っていた。
パン屋だけあって体格は良い方だが、そのおかげか、色気はあまり無い。イケメンというよりは、爽やかなお兄さんと言いたくなる感じだった。年齢は二十五歳ぐらいだろう。コックコートの胸元には、名前が刺繍がされていた。天野蒼という名前らしい。
「こんにちは!」
蒼はしゃがみ、柴犬の背を撫でなでていたが、風子に気づいたようだった。
「こ、こんにちは?」
色気は無いとはいえ、イケメンに話しかけるとちょっとドギマギしてしまう風子だった。
「何してるの? 道に迷った?」
「いや、そうじゃなくて……」
バターアイスを探している事を説明した。蒼が、笑顔でニコニコ話しかけてくるから、ついつい事情を話してしまった。可愛らしい柴犬と一緒にいるせいか、一ミリも悪い人には見えなかった。
「バターアイスだったら、裏のファミリーストアにあるよ」
「本当?」
「私も昨日買ってきて、大量に入荷したって店長さんが言ってたから」
「ワン!」
蒼の言葉に同意するように柴犬が吠えた。
「ありがとう、助かりました」
「ちょっと待って。食パン持っていって」
「は?」
風子の言う事など無視し、蒼と柴犬は一旦店に戻ると、袋に入った食パンを持ってきた。
「実はこの食パン、賞味期限が近くてね。最近は食品ロスにうるさいからさ。もちろんタダでいいから」
「え、でも」
風子の戸惑いなど無視し、蒼は食パンの袋を押し付けていた。六枚切りの普通の食パンに見えたが。
「いいの?」
「うん。これ、トーストして小豆のっけて、その上にバターアイスのカケラ載せると絶品。まるで天国の味だよ」
「ワン、ワン!」
柴犬はなにが嬉しいのか、蒼の周りをくるくると回っていた。
「それだけ食べたらカロリーがアレでは。むしろ悪魔のトーストでは?」
「そんな事ないよ。美味しいものは、全部良いものだよ。良いものに悪魔なんて言ったらダメ」
そんな事を真顔で言われてしまうと、風子は断れない。結局、食パンを受け取った。もっとも風子の性格上、このシチュエーションで断れるわけが無いのだが。
「ありがとう」
「いいよ。早くコンビニ行きな」
「うん」
コンビニに行き、こうして無事バターアイスを入手し、小豆の缶詰も買った。
「遅い!」
帰ると祖母に怒られたが、蒼が言った通り、食パンをトーストし、小豆を乗せて、最後にバターアイスの一カケラを載せてみた。
「なんだ、これは。普通にバターアイス食べるより美味しいじゃないか」
祖母はこのトーストの味に感動し、驚いた事に涙を流していた。
「ありがとう。まるで天国にあるパンを食べてるみたいだよ」
しかも、素直にお礼まで言っていた。こんな祖母の姿は初めて見た。両親も目を丸くし、驚いていた。
もしかしたら、この食パンに秘密があるのかもしれないと思ったが、味は普通だった。翌朝、このパンにイチゴジャムを塗って食べてみたが、平凡そのものだった。素朴過ぎてオーガニック素材のパンかもしれない。母はサラダとソーセージをのせ、父は目玉焼きを乗せ、祖母は昨日と同じように食べていた。
どんな食べ方でも何でも合う食パンは、意外と平凡とは言い切れないと風子は思ったりもした