第189話 番外編短編・オースターピンツェン

文字数 751文字

 知村紘一は、元職場の福音ベーカリーに向かっていた。今は天使として城島翠というクリスチャンを見守る仕事をしていたが、少し前はこのパン屋で職人と店員をしていた。

 今日はたまの休みなので、久々に福音ベーカリーへ行く事にした。今、ここは橋本瑠偉という同僚が営んでいた。

 店内はイースタームード一色だった。ホットクロスパンやコロンバはもとろん、羊型の砂糖菓子が目立って陳列されていた。確かにこれらも可愛いが、ちょっと地味目なパンも気になる。

「瑠偉、久しぶり。このパン何?なんかスパイスのいい香りがする」

 紘一は地味なパンを指さして瑠偉に聞いてみた。地味といっても丸型パンで、ちょんとツノが出ている形だった。窪んだ中央にゆで卵やジャガイモを入れても合いそうだが。

「紘一久しぶり。これはオースターピンツェンっていうオーストリアの復活祭のパンだね。アニスシードを使ってるから匂いが独特だね」
「へえ。面白いね」

 紘一はさっそくこのパンを買う事にした。店で働いていた過去も思い出し、何とも言えない懐かしい気分になってくる。

 イートインスペースの方でダラっとしているヒソプにも再会する。しかし、ヒソプはしばらく紘一を思い出せないようで「?」と言いたげな表情をしていた。

「おいおいヒソプ! 俺だよ!」

 紘一はちょっと涙目になりながら、ヒソプの頭や背を撫でる。良い餌や丁寧なブラッシングのおかげか、ヒソプの毛並みは大変良かったが、紘一は少し切ない。

「まあ、紘一。また来てよ。ヒソプが忘れない程度に」
「うん、そうするわ」

 このオーストリアのパンだけなく、他にもホットクロスパンやチーズタルトなどをいっぱい買って帰ったが、ヒソプに忘れられていたのは、やっぱり少し切ない。

 今度からはちょくちょく福音ベーカリーに顔を出そうと決めた。
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登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

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