第175話 心の傷とパスクワの羊(3)
文字数 1,351文字
歩美は学校を出てから、側の住宅街を歩いていた。本当は通学路は大通りだが、住宅街を横切った方が早かった。
確かこの辺りに福音ベーカリーがあると思い出していた時、甘い香りが鼻に届いた。パンが焼けるような香りだが、もっと糖分が多い気もする。もしかしたら、福音ベーカリーの方でケーキでも焼いているいるのかもしれない。
急に空腹を覚えていた。昼からなにも食べていない事を思い出すと、よりお腹が減ってきた。気づくと歩美は福音ベーカリーの方へ足を運んでいた。
もう夜に近い時間だったので、パンの数は少ないかもしれない。あのパン屋はロスを出すのを何よりも嫌っていて、売れ残ったものは近所の教会や貧困家庭などに寄付していた。どう見ても利益度外視した経営方針で、金持ちが道楽でやってる可能性も考えたりもする。その事を春歌に話した時は、なぜか大笑いをしていたが。
そんな事を思い出しつつ、店の前に辿り着く。もう辺りは薄暗いので、店のオレンジ色の光が、より暖かく見えてしまった。
とりあえず店の前のミントグリーンのベンチに座り、横にある黒板式の立て看板を見ていた。このパン屋の店員はクリスチャンなので、ここでは聖書の御言葉が引用されている事が多かった。毎日引用される言葉は違うらしい。
本来はパンの宣伝をする場所だが、今の店員の瑠偉は、「神様の言葉は人を生かす為のパンだからね」と笑っていた。確かにイエス様そのものが命のパンとも聖書で表現されていた。
また、子羊もイエス様を表す言葉だ。生贄になり、屠られた神様なんて、やっぱり日本の神様では聞いた事はない。それに殺されても三日目に復活するとか、だいぶ人間離れしていた。日本の神様は、人間と地続きのようなところがあるが、聖書ではハッキリと人を神様が区別されている。それなのに、信じる者と神様は親子や夫婦という表現もされる。「不思議な神様……」と思わず言いたくなってしまう。
黒板式の立て看板を目にやり、今日の御言葉を読んでみた。
「打ち砕かれた心の人々を癒し、その傷を包んでくださる。詩編147篇3節より」と書いてあった。
その御言葉は、店から漏れるオレンジ色の光を浴びていた。見ていると、心がいっぱいになり、目の奥が痛くなってきた。
もしかしたら、今、歩美が抱えている心の傷は、神様でしか癒せないのかもしれない。ファッション雑誌で見た霊媒師は、余計傷つくような事を言っていたし、実際、何をやっても癒やされた感覚はなかった。それどころか、時間が経つうちに、傷口が広がっている気もしていた。あの声も大きくなっている。
もしかしたら、心の傷と悪霊は関係があるのかもしれない。人の心の傷をつついて、罪に向かわせる声を囁いている可能性はある。いじめをてしまった事も、全て自分の責任だった。心の傷を放置し、悪霊に隙を与えていたのだ。黒板式の看板に書かれている聖書の御言葉を見ながら、何か悟れそうだった。
店に入ろうとしたら、再びあの声が聞こえてきた。
『こんな福音ベーカリーなんかに行くなよ!』
あの声は、この店に行かせたくないようだった。あの声の正体が悪霊だとしたら、この店に入る事は、都合が悪いらしい。
歩美は、そんな声を無視して店の中に入った。ドアベルがチリンチリンと鳴り響いていた。
確かこの辺りに福音ベーカリーがあると思い出していた時、甘い香りが鼻に届いた。パンが焼けるような香りだが、もっと糖分が多い気もする。もしかしたら、福音ベーカリーの方でケーキでも焼いているいるのかもしれない。
急に空腹を覚えていた。昼からなにも食べていない事を思い出すと、よりお腹が減ってきた。気づくと歩美は福音ベーカリーの方へ足を運んでいた。
もう夜に近い時間だったので、パンの数は少ないかもしれない。あのパン屋はロスを出すのを何よりも嫌っていて、売れ残ったものは近所の教会や貧困家庭などに寄付していた。どう見ても利益度外視した経営方針で、金持ちが道楽でやってる可能性も考えたりもする。その事を春歌に話した時は、なぜか大笑いをしていたが。
そんな事を思い出しつつ、店の前に辿り着く。もう辺りは薄暗いので、店のオレンジ色の光が、より暖かく見えてしまった。
とりあえず店の前のミントグリーンのベンチに座り、横にある黒板式の立て看板を見ていた。このパン屋の店員はクリスチャンなので、ここでは聖書の御言葉が引用されている事が多かった。毎日引用される言葉は違うらしい。
本来はパンの宣伝をする場所だが、今の店員の瑠偉は、「神様の言葉は人を生かす為のパンだからね」と笑っていた。確かにイエス様そのものが命のパンとも聖書で表現されていた。
また、子羊もイエス様を表す言葉だ。生贄になり、屠られた神様なんて、やっぱり日本の神様では聞いた事はない。それに殺されても三日目に復活するとか、だいぶ人間離れしていた。日本の神様は、人間と地続きのようなところがあるが、聖書ではハッキリと人を神様が区別されている。それなのに、信じる者と神様は親子や夫婦という表現もされる。「不思議な神様……」と思わず言いたくなってしまう。
黒板式の立て看板を目にやり、今日の御言葉を読んでみた。
「打ち砕かれた心の人々を癒し、その傷を包んでくださる。詩編147篇3節より」と書いてあった。
その御言葉は、店から漏れるオレンジ色の光を浴びていた。見ていると、心がいっぱいになり、目の奥が痛くなってきた。
もしかしたら、今、歩美が抱えている心の傷は、神様でしか癒せないのかもしれない。ファッション雑誌で見た霊媒師は、余計傷つくような事を言っていたし、実際、何をやっても癒やされた感覚はなかった。それどころか、時間が経つうちに、傷口が広がっている気もしていた。あの声も大きくなっている。
もしかしたら、心の傷と悪霊は関係があるのかもしれない。人の心の傷をつついて、罪に向かわせる声を囁いている可能性はある。いじめをてしまった事も、全て自分の責任だった。心の傷を放置し、悪霊に隙を与えていたのだ。黒板式の看板に書かれている聖書の御言葉を見ながら、何か悟れそうだった。
店に入ろうとしたら、再びあの声が聞こえてきた。
『こんな福音ベーカリーなんかに行くなよ!』
あの声は、この店に行かせたくないようだった。あの声の正体が悪霊だとしたら、この店に入る事は、都合が悪いらしい。
歩美は、そんな声を無視して店の中に入った。ドアベルがチリンチリンと鳴り響いていた。