第130話 番外編短編・コロッケパン

文字数 1,119文字

 川瀬文花は、イライラしながら「福音ベーカリー」というパン屋の紙袋を見ていた。

 この紙袋は、夫の仕事部屋から見つけたものである。長年、夫に不倫されていた文花は、よく仕事部屋を漁っていた。自力で不倫女の事も調べ上げ、今は探偵事務所でパートの仕事もやっていた。

 今のところ、夫は不倫をしていないようだが、相変わらず自分が作った料理を食べない。夫は文花の意識が高いオーガニック料理より、ファストフードやスナック菓子が好きだった。その上、仕事部屋からパン屋の紙袋が出てきて、イライラしてきた。

 という事で、文花はこのパン屋に向かっていた。今は夫は不倫をしていないが、店員が美女だったら、何か起こるかもしれない。今のうちに釘を刺しておこう。夫は小説家で、芸の肥やしのように不倫を繰り返していた。色々あり今は不倫をしていないが、そう簡単に信頼は出来ない状況が続いていた。

 実際にパン屋に出向くと、店員はイケメンだった。おそらく20歳そこそこの若い店員だった。まだ雛鳥のような幼い雰囲気の店員だが、ニコニコと客商売らしい笑顔を向けてきた。とりあえず、店員と不倫はやっていないようだった。パン屋の中は小さいながら、居心地の良い空間だった。今は魚フェアでもやっているようで、フィッシュバーガーや魚の形をしたパイなどが売られていた。

「店員さん。この男、ここに来た事ある?」

 文花は、夫の写真を見せながら店員に聞いた。こうしていると、本当に自分は探偵みたいだと思ったりする。

「あぁ、田辺先生ね! パン屋が舞台の『天使のパン屋さん』っていう作品作るために、取材しに来たんだよ。ほら、あそこにサインがあるよ」

 店員が指差す方向には、確かに夫のサイン色紙があった。どうやら仕事でこのパン屋に来ただけらしくて、ホッとしてきた。

「まあ、大丈夫だよ、奥さん。不倫なんてしたら、神様がブチギレるから」
「え? 神様?」

 その質問には答えず、店員はできたてのコロッケパンをおすすめしてきた。糖質だらけの栄養素的におかしなパンだが、ホッとしたら、こういうパンも良い気がしてきた。ツヤツヤのコッペパンに、サクサクのコロッケが挟まっていて、食欲も刺激されていた。

「実は僕、オーナーから移動になってしまって春から別の人が店員になるんだ」
「そうなの。寂しいわね」
「そうだね。でも、またパン食べに来てね。旦那さんと一緒に」

 あの夫は、自分と一緒に来てくれるだろうか。そういえば、最近はあまり二人で出かけた記憶がない。たまには、夫婦で出掛けても良い気がしてきた。

「ありがとう、店員さん。少し元気が出てきたかも」
「よかったよ!」

 店員はぱっと花が開くような笑顔を見せ、文花もつられて笑っていた。
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登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

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