第183話 復活のコロンバ(1)

文字数 2,701文字

「ではみなさん、ありがとうを百万回唱えましょう。ありがとう、ありがとう……」

 山田一子は、自分で撮った動画の最終チェックをしていた。

 一子しかいない事務所の一室は、その明るい声が響く。一子はスピリチュアルリーダーとしてネットで人気になり、カウンセリグ業務などをしていた。占い師と同じような仕事だ。クライアントの霊を診断し、アドバイスする。死んだ人の霊も視えるので、霊媒のような活動もできた。ただ、昨今は霊感商法などが問題視されていたので、大っぴらにそうとは名乗れない。その点、スピリチュアルリーダーというのは、ポップで軽やかな印象も与え、胡散臭さはだいぶ軽減されていた。一子が出版した本もピンク色の可愛い表紙で、胡散臭さはない。

 一子のルックスもモデルのようだった。年齢も二十八だ。

 占い師といえば、紫の服を着たおばさんというイメージがあるが、一子はそのイメージとは全く違った。年齢も若く美人。一子のルックスに憧れてスピリチュアルにハマったファンもいるぐらいだった。切れ長の目や真っ黒な髪はアジアンビューティー風で、海外のファンからコメントを貰った事もある。

 カウンセリング代金やセミナーの参加費も決して安くはないが、それでも顧客は絶えない。一子はそれだけ病んでいる人が多いのだろうと思う。顧客は貧困層や病人など、明らかに不幸な人は少ない。貧乏人には利用出来ない金額設定にしているセッションもあるが、意外と金持ちのマダムや会社経営者、芸能人などの勝ち組も多かった。世間では幸せそうなクライアントが、ギャンブルや不倫、親と関係に悩んでいると思うと、この世の闇は深いようだった。一子は、この仕事をしながら、人間の心はズタズタに壊れていると感じたりする。それは、自分も例外では無いのかも知れない。

 一子はチェックした動画をサイトにアップロードすると、ため息が出てくる。自分も高い収入を得て、勝ち組になっているのに、どうも心うぃ満たされない。生きる充実感もなかったし、心は乾いていた。

 事務所には、神棚を飾り、床には盛り塩も置いていた。波動の高いパワーストーンもしているが、どうもイライラとしてきた。自分の動画では笑顔で微笑んでいるが、心はそんなに笑っていない。

 ありがとうを何回も言えとか、感謝しろとか、ポジティブ思考を保てと動画では偉そうに言っているが、どこかつまらない。一子は気づくと、何度もため息が溢れていた。

「ねえ、蛇。きて」

 一子はそんな気持ちを誤魔化すかのように、神棚に声をかける。すると、神棚から手の平サイズの白い蛇が出現し、一子の手首に絡みはじめた。蛇の赤い目はギラギラと光っている。

 その感触はない。蛇は霊的な存在で目に見えないものだった。

 一子はこんな目に見えない存在が感じる事ができた。子供の頃からそうで、母によると、目に見えない何かと会話をしていて、精神病院に連れて行こうと考えていたらしい。

 一子にとっては、当たり前の事だったので、精神を病んでいる自覚はない。普通に会話もできるし、コミュニケーションも取れるので、目に見えない存在と仲良くなる事も多かった。

 こんな風に目に見えないものと会話する一子は、周囲の子供に気も嫌われていた。いじめに遭った事も少なくはない。そんな時に、目に見えない彼らに頼む事があった。いじめっ子に復讐してと頼むとやってくれた。ただ、代償はとっていくようで、事故にあったり病気になる事も多かったが、きっちりと仕事はやってくれるようだった。

 大人や親は頼りにならない。孤独だった一子は、余計に目に見えない存在と懇意になっていった。

 今は、白い蛇と契約していた。不思議な事に、彼らと懇意になり、願い事を頼むには、契約しなければならなかった。一応契約書のようなものを書き、蛇に渡していた。契約満期直前に代償が奪われるというシステムだった。代償は契約時には教えては貰えないが、願いが叶うのなら、どうでも良かった。それよりも約束を守らない人間より信頼できる部分はあった

 この蛇とは長年契約していた。満期直前にトラブルが起き、契約更新してしまうというのが実情で、未だに蛇には代償は払っていなかった。

 それでも願いが叶い成功しているので、どうでも良かった。

 スピリチュアルの仕事も全部蛇からの指導だった。本当はありがとうと言ったり、ポジティブ思考、感謝する事で願いが叶う事はない。動画ではそう言っているが嘘だ。詐欺とも言える。本当に願いを叶えるのなら見えない存在と契約し、取引するのが一番早い。

 実際、世の中で成功している経営者や事業主は、見えない何かが背後にいるのが見えた。自覚してやっているものも多い。だから一子にその方法を聞いてくるものが多い。経営者や事業主向けにセミナーでは、ありがとうを言ったり、ポジティブ思考をしようなんて言わない。見えない彼らと取り引きする方法を実践的に教えていた。

 何故一般向けには、ありがとうと言ったり、感謝しようと伝えているかといえば理由がある。

 動画を見ている多くの人間の念、エネルギー、信じる力などを蛇が吸い取って養分にしているからだ。その方法は詳しく教えてくれないが、こうして力を得た蛇が、一子や経営者などの勝ち組の願いを叶えていた。養分をくれる一般人の力も必要だったのだ。

 こうして蛇が腕に巻きつき、自分の念とか心も吸い取られている感覚も覚えていたが、もう契約しているし、他の方法も思いつかない。今更一般人として事務とかもやりたくないのが本音だった。

『一子、お前の顧客の小森絵名はどうなんだ?』

 蛇はイライラとしながら、一子に言う。見えない存在は、意外とこんな風に怒っているものも多かった。

「さあ。最近連絡ないのよ」

 小森絵名は、一子のクライアントの一人で、経営者だった。何回も頼って来ているので、そろそろ経営者か事業主限定のセミナーに招待しようと考えていたが。

 ちょうど絵名の事を考えていたら、通知がスマートフォンに届いていた。絵名は今後のセッションも全てキャンセルしたいとい連絡が届いていた。

「は?」

 ちょうどいいカモが突然キャンセルしてきて、一子が声をあげた。何故か蛇も怒りを滲ませた声を出す。

『絶対に許さない。あの男ども……』
「男? 男って誰?」
『いや、良いのさ。一子には、やって貰いたい事がある』

 蛇はハチミツのような甘い声を出し、さらに一子の腕や胴体、首に巻きついていく。

 そんな事をされながら、心がすり減っている感覚を覚えていた。しかし、もう契約をしている。願いもいっぱい叶えて貰っている。今更後には引けなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み