第111話 七転び八起きのパネトーネ(4)完
文字数 1,617文字
福音ベーカリーの店員、柊を側で見ると、やはり雛鳥のような印象だった。眉毛が凛々しく、黒い目も目立っているイケメンだが、純粋培養されたような幼さも滲んでいる。悪く言えば子供っぽい、良く言えばピュアと言いたくなるような男だった。何度か顔を合わせているはずだが、自分の子供の顔とタブってしまう。
「こ、こんにちは」
「サエさん、元気なく無い?っていうか、やっぱりクリスマス嫌い? ごめんねー、うちは色々考えて、クリスマスも利用する事にしてるんだ」
ニコニコと語る柊から「利用」という言葉が出るのが不思議だった。柊の背後にあるクリスマスツリーは、よく見るとアイソングクッキーが飾られていた。星や天使の絵が描かれたアイシングクッキーで、普通のツリーとはちょっと違う雰囲気だった。煌びやかではないが、素朴な可愛さがある。
「実はね」
そんな無邪気な柊には、なぜか今の自分の状況を語ってしまっていた。厨房の方にいる紘一には、あんまり話したくはない事だったが。おそらく、より柊は子供の存在と被っているからだろう。
「そっかー。でも、このパネトーネも何度も失敗して、練習して作ったんだよね? そーだよね? お兄ちゃん!」
柊は大声で、厨房の方にいる紘一に確認をとっていた。
「そーだよ! この二時発酵失敗して、案外パネトーネって難しいね! っていうか、今ちょうど作ってるところだからね!」
「ごめーん、話しかけて」
柊は、厨房の方に話し終えると、サエに向き合った。
「失敗はなんでもあるよ。聖書の登場人物全員思い浮かべてみなよ。イエス様以外は全員ダメなところあるじゃん。パウロもペテロも、ノアもダビデも。アダムとイブも。聖母マリアだってよーく聖書読むと、人間らしいところも描写されてるよね」
そう言われてみたら、イエス・キリスト以外は人間らしいというか、人間そのものだった事を思い出す。裏切り者のユダは救いようはなく自殺してしまったが、パウロやペテロは改心していた事も思い出す。特にペテロは、イエス・キリストについて「知らない」と言い、裏切っていたのに。
「失敗しても大丈夫。表の看板にも書いたでしょ? 裏切り者のユダみたいに死ななければ、立ち上がるチャンスがあるよ!」
少し上目遣いで言われ、サエの心もだんだんと軽くなっていく。砂糖漬けフルーツたっぷりの甘いパネトーネも、食べたくなってしまった。シュトレンは重いし、パンドーロは見た目が地味だ。この中で一番パネトーネが今の気分にピッタリだった。今日はグルテンフリーはお休みだ。クリスマスの起源についても、今日は忘れたくなってしまい、パネトーネを買う事にした。
「でも、今日子さんには悪い事しちゃった。後で謝りたいけど、どうしよう?」
「だったら、ここのパン奢るのってはどう? 多分あとで来ると思うし」
「そっか。じゃあ、このパンドーロがいいかも。今日子さんに後で奢ってあげて。あと、私からとは言わない方がいいかも」
「かしこまりました! だったら、パンドーロもデコってクリスマスツリーみたくしようかな」
柊はこうしてパネトーネを箱に包んでくれた。飛び箱みたいなスクエア型の箱も可愛い。クリスマスツリーや雪だるまのイラストも印刷してあり、それだけでも目立つ。
こうしてお店の美味しそうなパン達を見ていたら、急にお腹が減ってきた。今すぐ家に帰って食べたい気分だった。イートインスペースもあるが、なんとなく家でゆっくりと、パンを楽しみたい気分になっていた。
今日子への謝罪はそれからにしよう。どうせ今の気分で言っても、ろくな言葉は出てこない気もしてきた。今は心を落ち着かせるのも大事な気がした。
イートインスペースには、この店の看板犬のヒソプが目を細めてくつろいでいた。
首輪はいつもと違って緑色と赤色のクリスマス仕様のものだった。いつもよりオシャレをしているヒソプは、浮かれているようにも見え、サエは思わず笑ってしまっていた。
「こ、こんにちは」
「サエさん、元気なく無い?っていうか、やっぱりクリスマス嫌い? ごめんねー、うちは色々考えて、クリスマスも利用する事にしてるんだ」
ニコニコと語る柊から「利用」という言葉が出るのが不思議だった。柊の背後にあるクリスマスツリーは、よく見るとアイソングクッキーが飾られていた。星や天使の絵が描かれたアイシングクッキーで、普通のツリーとはちょっと違う雰囲気だった。煌びやかではないが、素朴な可愛さがある。
「実はね」
そんな無邪気な柊には、なぜか今の自分の状況を語ってしまっていた。厨房の方にいる紘一には、あんまり話したくはない事だったが。おそらく、より柊は子供の存在と被っているからだろう。
「そっかー。でも、このパネトーネも何度も失敗して、練習して作ったんだよね? そーだよね? お兄ちゃん!」
柊は大声で、厨房の方にいる紘一に確認をとっていた。
「そーだよ! この二時発酵失敗して、案外パネトーネって難しいね! っていうか、今ちょうど作ってるところだからね!」
「ごめーん、話しかけて」
柊は、厨房の方に話し終えると、サエに向き合った。
「失敗はなんでもあるよ。聖書の登場人物全員思い浮かべてみなよ。イエス様以外は全員ダメなところあるじゃん。パウロもペテロも、ノアもダビデも。アダムとイブも。聖母マリアだってよーく聖書読むと、人間らしいところも描写されてるよね」
そう言われてみたら、イエス・キリスト以外は人間らしいというか、人間そのものだった事を思い出す。裏切り者のユダは救いようはなく自殺してしまったが、パウロやペテロは改心していた事も思い出す。特にペテロは、イエス・キリストについて「知らない」と言い、裏切っていたのに。
「失敗しても大丈夫。表の看板にも書いたでしょ? 裏切り者のユダみたいに死ななければ、立ち上がるチャンスがあるよ!」
少し上目遣いで言われ、サエの心もだんだんと軽くなっていく。砂糖漬けフルーツたっぷりの甘いパネトーネも、食べたくなってしまった。シュトレンは重いし、パンドーロは見た目が地味だ。この中で一番パネトーネが今の気分にピッタリだった。今日はグルテンフリーはお休みだ。クリスマスの起源についても、今日は忘れたくなってしまい、パネトーネを買う事にした。
「でも、今日子さんには悪い事しちゃった。後で謝りたいけど、どうしよう?」
「だったら、ここのパン奢るのってはどう? 多分あとで来ると思うし」
「そっか。じゃあ、このパンドーロがいいかも。今日子さんに後で奢ってあげて。あと、私からとは言わない方がいいかも」
「かしこまりました! だったら、パンドーロもデコってクリスマスツリーみたくしようかな」
柊はこうしてパネトーネを箱に包んでくれた。飛び箱みたいなスクエア型の箱も可愛い。クリスマスツリーや雪だるまのイラストも印刷してあり、それだけでも目立つ。
こうしてお店の美味しそうなパン達を見ていたら、急にお腹が減ってきた。今すぐ家に帰って食べたい気分だった。イートインスペースもあるが、なんとなく家でゆっくりと、パンを楽しみたい気分になっていた。
今日子への謝罪はそれからにしよう。どうせ今の気分で言っても、ろくな言葉は出てこない気もしてきた。今は心を落ち着かせるのも大事な気がした。
イートインスペースには、この店の看板犬のヒソプが目を細めてくつろいでいた。
首輪はいつもと違って緑色と赤色のクリスマス仕様のものだった。いつもよりオシャレをしているヒソプは、浮かれているようにも見え、サエは思わず笑ってしまっていた。