第118話 妻の為のシュトレン(2)
文字数 2,393文字
十二月に入り、町はすっかりクリスマスムードだった。薫子は、穂麦市という比較的静かで治安の良い土地に住んでいたが、クリスマス時期は、華やかに彩ろられている。
特に駅前は賑やかで、大きなツリーやイルミネーションも見えたりした。駅の側にある商業施設では、ケーキやチキンの予約で行列ができているのが見えた。輸入雑貨屋では、クリスマスのお菓子や紅茶なども売られていて店頭は華やいでいたが、薫子は百均に行き、軍手や紐、雑巾、ゴミ袋や洗剤などを購入していた。これから夫の部屋の遺品整理をする予定で、こういったものが必要だった。
正直、骨の折れる作業だが、主を失った部屋をそのままにして置く気分にもなれない。メディアの影響で断捨離も良い事のように思っていたし、狭い平家の一軒家だ。そのままにしている気分のは、なれなかった。
夫から届いたシュトレンは手付かずのまま、家の食卓に放置されていた。確かに見た目は美味しそうだったし、洋酒の良い香りもしていたが、どうも食べる気分にはなれなかった。
食卓の上にあるシュトレンを見ていると、夫や死後の事を考えてしまい、明るい気持ちにはなれない。
だっらら、すぐ食べてしまえば良いじゃないかとも思ったが、それも何となく出来ない。いくら日持ちがするとはいえ、一人で食べる量としては多そうだった。夫がなぜシュトレンを送って来たのかも不明で、それもちょっと怖い。
買い物を終えると、あのシュトレンを送ってきた福音ベーカリーに行く事にした。箱の中にはショップカードも入っていたし、何か夫の意図も掴めるかもしれないと考えた。
福音ベーカリーは、住宅街の一角にあった。赤い屋根とクリーム色の壁が印象的なパン屋だった。小さなパン屋だが、妙に存在感はあった。全体的にメルヘンな雰囲気で、小人でも住んでいそうに見えた。
いつも住宅街を歩いていたはずなのに、こんなパン屋は知らなかった。新しく出来た店かもしれない。実際、屋根も壁も新そうだった。
店の前にある建看板があった。黒板状の立て看板で、何か書いてあった。どうやら聖書の言葉を引用しているらしい。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。ヨハネの福音書・3章16節より)。
その言葉の周りには、ピンクや黄色の花のイラストも描かれていた。聖書を引用していつなんて、この店主は確実にクリスチャンのようだ。終活の為にクリスチャンになった夫と生前知り合いだったんだろうか。
「永遠の命か……」
ここに書いてある事が本当なら、夫はどこかで生きているんだろうか。ふと、そんな事を思ったりした。生前、夫には「福音」というものを聞かされた事があったが、興味がないので聞き流していた。それから、夫は二度とその話はしなかった。
冷たい風が吹き、そんな事を思い出していた薫子の白い髪の毛が揺れていた。店の前でボーっとしていても仕方ない。それに、肌寒い。薫子は、福音ベーカリーの入店した。
店の中は、想像以上小さかったが、一応イートインスペースもあり、芝犬が寝転んでいた。芝犬は、クリスマスのせいか赤い帽子もかぶっていた。店内は、クリスマスムードに見ていていた。ツリーもリースも飾られていたし、アドベンントカレンダーのようなものも壁に張ってあった。ただ、アドベントカレンダーは、一般的なもぼと違い、聖書の言葉が書いてある。一日ずつワンフレーズ見ていくもののようだった。
パンもクリスマスらしいものばかり売られていた。シュトレンはもちろん、パンドーロやパネトーネもある。チョココロネはツリーに見てられてでデコレーションされていた。シュトレンはスライスされ、食べやすい形で売っていた。クリスマスクッキーは天使の絵でデコレーションされ、見ているだけだけでも華やか気分になった。いかにも女性向けの可愛らしいパン屋のようだった。
食欲はなかったが甘い香りを嗅いでいたら、パンも食べたくなってきた。しかし、わからない。こんな可愛いパン屋と夫が結びつかない。共通点は、クリスチャンという部分しかわからなかった。
「いらっしゃいませ!」
そこに店員がトレイとトングを持って現れた。まだ成人になったばかりのような幼い雰囲気の男だった。自分の子供より若い子なので、孫のようにも見えた。最近の若い人の顔は全員同じように見えるが、顔は不細工ではないようだ。白いコックコートの胸元には、知村柊と刺繍されていた。柊という名前らしい。
「薫子さん、だよね。建石さんの奥様の」
「え、私の名前、なんで知っているんですか?」
「旦那さんから、聞いてたからね」
なぜか詳細を知っていそうな柊に、薫子は少し怯むが、あのシュトレンがどういう意味があるのか聞くチャンスだった。他に客もいないようなので、思い切って話を切り出すと、イートインスペースで話をする事になった。
福音ベーカリーのイートインスペースは、カフェのような雰囲気があった。テーブルの上には、チェック柄のテーブルクロスがかられていた。赤と緑色のチェック柄で、それだけでもクリスマスムードが漂っていた。テーブルの上には一輪刺しや、スノードームや小さなツリーなどの小物もあり、細かいところもクリスマスだった。あの芝犬はおとなしく、薫子が近づいても、静かにリラックスしていた。
「はい、薫子さん。コーヒーとシュトレンだよ」
薫子がテーブルにつくと、柊がトレイを持ってやってきた。テーブルの上にコーヒーと皿に盛り付けられたシュトレンを置くと、薫子の前に座った。
「旦那さんの話だったよね?」
柊は黒くて真っ直ぐな目を見せながら、微笑んでいた。黒い目はいかにも純粋そうで、この人は、あまり人間っぽく見えなくなっていた。孫という印象もだんだんと消えていくのが、不思議で仕方なかった。
特に駅前は賑やかで、大きなツリーやイルミネーションも見えたりした。駅の側にある商業施設では、ケーキやチキンの予約で行列ができているのが見えた。輸入雑貨屋では、クリスマスのお菓子や紅茶なども売られていて店頭は華やいでいたが、薫子は百均に行き、軍手や紐、雑巾、ゴミ袋や洗剤などを購入していた。これから夫の部屋の遺品整理をする予定で、こういったものが必要だった。
正直、骨の折れる作業だが、主を失った部屋をそのままにして置く気分にもなれない。メディアの影響で断捨離も良い事のように思っていたし、狭い平家の一軒家だ。そのままにしている気分のは、なれなかった。
夫から届いたシュトレンは手付かずのまま、家の食卓に放置されていた。確かに見た目は美味しそうだったし、洋酒の良い香りもしていたが、どうも食べる気分にはなれなかった。
食卓の上にあるシュトレンを見ていると、夫や死後の事を考えてしまい、明るい気持ちにはなれない。
だっらら、すぐ食べてしまえば良いじゃないかとも思ったが、それも何となく出来ない。いくら日持ちがするとはいえ、一人で食べる量としては多そうだった。夫がなぜシュトレンを送って来たのかも不明で、それもちょっと怖い。
買い物を終えると、あのシュトレンを送ってきた福音ベーカリーに行く事にした。箱の中にはショップカードも入っていたし、何か夫の意図も掴めるかもしれないと考えた。
福音ベーカリーは、住宅街の一角にあった。赤い屋根とクリーム色の壁が印象的なパン屋だった。小さなパン屋だが、妙に存在感はあった。全体的にメルヘンな雰囲気で、小人でも住んでいそうに見えた。
いつも住宅街を歩いていたはずなのに、こんなパン屋は知らなかった。新しく出来た店かもしれない。実際、屋根も壁も新そうだった。
店の前にある建看板があった。黒板状の立て看板で、何か書いてあった。どうやら聖書の言葉を引用しているらしい。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。ヨハネの福音書・3章16節より)。
その言葉の周りには、ピンクや黄色の花のイラストも描かれていた。聖書を引用していつなんて、この店主は確実にクリスチャンのようだ。終活の為にクリスチャンになった夫と生前知り合いだったんだろうか。
「永遠の命か……」
ここに書いてある事が本当なら、夫はどこかで生きているんだろうか。ふと、そんな事を思ったりした。生前、夫には「福音」というものを聞かされた事があったが、興味がないので聞き流していた。それから、夫は二度とその話はしなかった。
冷たい風が吹き、そんな事を思い出していた薫子の白い髪の毛が揺れていた。店の前でボーっとしていても仕方ない。それに、肌寒い。薫子は、福音ベーカリーの入店した。
店の中は、想像以上小さかったが、一応イートインスペースもあり、芝犬が寝転んでいた。芝犬は、クリスマスのせいか赤い帽子もかぶっていた。店内は、クリスマスムードに見ていていた。ツリーもリースも飾られていたし、アドベンントカレンダーのようなものも壁に張ってあった。ただ、アドベントカレンダーは、一般的なもぼと違い、聖書の言葉が書いてある。一日ずつワンフレーズ見ていくもののようだった。
パンもクリスマスらしいものばかり売られていた。シュトレンはもちろん、パンドーロやパネトーネもある。チョココロネはツリーに見てられてでデコレーションされていた。シュトレンはスライスされ、食べやすい形で売っていた。クリスマスクッキーは天使の絵でデコレーションされ、見ているだけだけでも華やか気分になった。いかにも女性向けの可愛らしいパン屋のようだった。
食欲はなかったが甘い香りを嗅いでいたら、パンも食べたくなってきた。しかし、わからない。こんな可愛いパン屋と夫が結びつかない。共通点は、クリスチャンという部分しかわからなかった。
「いらっしゃいませ!」
そこに店員がトレイとトングを持って現れた。まだ成人になったばかりのような幼い雰囲気の男だった。自分の子供より若い子なので、孫のようにも見えた。最近の若い人の顔は全員同じように見えるが、顔は不細工ではないようだ。白いコックコートの胸元には、知村柊と刺繍されていた。柊という名前らしい。
「薫子さん、だよね。建石さんの奥様の」
「え、私の名前、なんで知っているんですか?」
「旦那さんから、聞いてたからね」
なぜか詳細を知っていそうな柊に、薫子は少し怯むが、あのシュトレンがどういう意味があるのか聞くチャンスだった。他に客もいないようなので、思い切って話を切り出すと、イートインスペースで話をする事になった。
福音ベーカリーのイートインスペースは、カフェのような雰囲気があった。テーブルの上には、チェック柄のテーブルクロスがかられていた。赤と緑色のチェック柄で、それだけでもクリスマスムードが漂っていた。テーブルの上には一輪刺しや、スノードームや小さなツリーなどの小物もあり、細かいところもクリスマスだった。あの芝犬はおとなしく、薫子が近づいても、静かにリラックスしていた。
「はい、薫子さん。コーヒーとシュトレンだよ」
薫子がテーブルにつくと、柊がトレイを持ってやってきた。テーブルの上にコーヒーと皿に盛り付けられたシュトレンを置くと、薫子の前に座った。
「旦那さんの話だったよね?」
柊は黒くて真っ直ぐな目を見せながら、微笑んでいた。黒い目はいかにも純粋そうで、この人は、あまり人間っぽく見えなくなっていた。孫という印象もだんだんと消えていくのが、不思議で仕方なかった。