第36話 天使の休日とイチゴジャム(4)完
文字数 1,942文字
「なんですか?」
蒼は、占いの悪霊つきの女にも平然と対応すていた。こういった悪霊つきの女は珍しくなく、おそらく占い師を生業にしているのだろう。酷い場合は占いの悪霊の人格を乗っ取られ、その人でなく、悪霊が語ったりする。よく道端で騒いでいる人も、悪霊に人格を乗っ取られた状態だったりする。
紘一は緊張して警戒心しかないが、蒼は慣れているのか、ニコニコと笑顔だった。
『お前ら、天使だろう?』
老女は口を開いたと思ったら、そんな事を語った。声色もとても女性のものではなく、悪霊が人格を乗っ取り、語らせているようだ。紘一は視線を鋭くし、霊的な目で老婆を見てみたい。確かに老女本人の人格は眠り、悪霊が生きているようだった。真っ黒な影のような占いの悪霊が見えた。思わず戦闘態勢になるが、肉体は老女だ。迂闊に殺すわけにもいかない。それに神様に指令がない限り、この悪霊も勝手に手を出せないのが現状だった。天使の身分は意外と低い。
『お前ら、天使は情け無いねぇ。神の奴隷、しかも人間なんぞの奴隷で本当にいいのかい? 自分が称賛されたくないのかね?」
その悪霊の言葉に、ニコニコしている蒼も表情が強張る。
今いる悪魔や悪霊も、元々は天界にいた天使だった。らだ、賛美隊長のルシファーは「自分だけが賛美されたい」と自惚れ、地に落とされた。ルシファーの部下だった天使も、悪魔になり、部下の悪霊を使役しながら現在も人間に嫌がらせを続行中だった。
『お前も神になりたくないかい? 裏方の縁の下じゃなく……』
悪霊は、蒼や紘一を誘惑し始めた。悪魔や悪霊は「神のようになれる」というセリフを使い、誘惑するのが常套手段だった。
「うるせー! 下がれ、サタン! イエスの御名前で命令する」
緊急事態は、この神様の名前を使う事は許可されていた。紘一は、老女を睨みつけ、追い払った。老女はこの名前にビビり、尻尾を巻いて逃げていった。
「先輩、大丈夫っすか?」
「いや、なんか、悪霊共は相変わらずだなーって」
蒼は気が抜け、情け無い表情を浮かべていた。
「まあ、ごくたまに裏方の縁の下の力持ちもきつい時はあるね」
「え? 先輩何言ってるんですか?」
「別にルシファーのように反逆したいわけじゃないよ。でも、本当の神様のお役に立てているのか、とか悩む事はあるよね。たこ焼きパンなんて、本当に必要なのかな?とか」
「先輩……」
ワーカーホリック気味の天使だが、何も考えて無いわけでも無いようだった。蒼の内面を垣間見れた気がし、紘一もほんの少し複雑な気分ではあった。
そんな事があった数日後、紘一は再び蒼の店に材料を届けに行った。閉店後に向かったので、イートインスペースで、少しお茶をご馳走になった。
イートインスペースでは、飼い犬のヒソプがくつろいだ表情を見せていた。夕方で疲れているのか、少し眠っているようだった。
「ミルル、いつも材料届けてくれてありがとう」
蒼はそう言って温かい紅茶と、たこ焼きパンを出してくれた。たこ焼きパンは試作品の段階だが、ホットサンド生地に挟まれ、以前より美味しそうだ。
「いや、別にいいっすよ。あ、これは神様からのご褒美です」
紘一は小さな箱を鞄から取り出し、蒼の目の前に差し出した。
「何これ、開けていい?」
「うん、開けてみて。俺も気になるっす」
箱の中見は、イチゴジャムだった。赤い宝石のような色をしたジャムが詰め込まれていた。さすが神様が手作りしただけあり、色もキラキラしていた。
「ジャムか……。美味しそうだ」
「ジャムは、パンのお供でじゃないですか。欠かせない縁の下の力持ちですよ。ほら、ラベルにも『わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである』って書いてある。エペソ人への手紙2章10節ですね」
紘一がそう言うと、蒼は珍しく目を潤ませていた。
「そうだな。食パンの袋を止めるバッグ・クロージャーやバターナイフ、ティースプーン、ランチクロス、お皿もみんな大事だな。この地にある神様が生んでくれたものは全部良い作品だ。そもそも全部神様のものだし」
「そうですよ! ウチらいないと、人間だって大変ですからね。自分を卑下すれば、神様が一番悲しみますよ!」
紘一の励ましに、蒼は深く頷いていた。
こうして二人で、店の売れ残りのフランスパンにイチゴジャムを塗って食べた。試作品のたこ焼きパンはあと一歩という味わいだったが、このパンは文句なしに美味しかった。
「ワン!」
いつの間にか目覚めていたヒソプも、元気よく鳴いていた。
気づくと、もう窓の外は夜だった。クロワッサンみたいな三日月が出ていた。クロワッサンもイチゴジャムを塗って食べたくなってしまったが、残念ながら売り切れだったようだ。
蒼は、占いの悪霊つきの女にも平然と対応すていた。こういった悪霊つきの女は珍しくなく、おそらく占い師を生業にしているのだろう。酷い場合は占いの悪霊の人格を乗っ取られ、その人でなく、悪霊が語ったりする。よく道端で騒いでいる人も、悪霊に人格を乗っ取られた状態だったりする。
紘一は緊張して警戒心しかないが、蒼は慣れているのか、ニコニコと笑顔だった。
『お前ら、天使だろう?』
老女は口を開いたと思ったら、そんな事を語った。声色もとても女性のものではなく、悪霊が人格を乗っ取り、語らせているようだ。紘一は視線を鋭くし、霊的な目で老婆を見てみたい。確かに老女本人の人格は眠り、悪霊が生きているようだった。真っ黒な影のような占いの悪霊が見えた。思わず戦闘態勢になるが、肉体は老女だ。迂闊に殺すわけにもいかない。それに神様に指令がない限り、この悪霊も勝手に手を出せないのが現状だった。天使の身分は意外と低い。
『お前ら、天使は情け無いねぇ。神の奴隷、しかも人間なんぞの奴隷で本当にいいのかい? 自分が称賛されたくないのかね?」
その悪霊の言葉に、ニコニコしている蒼も表情が強張る。
今いる悪魔や悪霊も、元々は天界にいた天使だった。らだ、賛美隊長のルシファーは「自分だけが賛美されたい」と自惚れ、地に落とされた。ルシファーの部下だった天使も、悪魔になり、部下の悪霊を使役しながら現在も人間に嫌がらせを続行中だった。
『お前も神になりたくないかい? 裏方の縁の下じゃなく……』
悪霊は、蒼や紘一を誘惑し始めた。悪魔や悪霊は「神のようになれる」というセリフを使い、誘惑するのが常套手段だった。
「うるせー! 下がれ、サタン! イエスの御名前で命令する」
緊急事態は、この神様の名前を使う事は許可されていた。紘一は、老女を睨みつけ、追い払った。老女はこの名前にビビり、尻尾を巻いて逃げていった。
「先輩、大丈夫っすか?」
「いや、なんか、悪霊共は相変わらずだなーって」
蒼は気が抜け、情け無い表情を浮かべていた。
「まあ、ごくたまに裏方の縁の下の力持ちもきつい時はあるね」
「え? 先輩何言ってるんですか?」
「別にルシファーのように反逆したいわけじゃないよ。でも、本当の神様のお役に立てているのか、とか悩む事はあるよね。たこ焼きパンなんて、本当に必要なのかな?とか」
「先輩……」
ワーカーホリック気味の天使だが、何も考えて無いわけでも無いようだった。蒼の内面を垣間見れた気がし、紘一もほんの少し複雑な気分ではあった。
そんな事があった数日後、紘一は再び蒼の店に材料を届けに行った。閉店後に向かったので、イートインスペースで、少しお茶をご馳走になった。
イートインスペースでは、飼い犬のヒソプがくつろいだ表情を見せていた。夕方で疲れているのか、少し眠っているようだった。
「ミルル、いつも材料届けてくれてありがとう」
蒼はそう言って温かい紅茶と、たこ焼きパンを出してくれた。たこ焼きパンは試作品の段階だが、ホットサンド生地に挟まれ、以前より美味しそうだ。
「いや、別にいいっすよ。あ、これは神様からのご褒美です」
紘一は小さな箱を鞄から取り出し、蒼の目の前に差し出した。
「何これ、開けていい?」
「うん、開けてみて。俺も気になるっす」
箱の中見は、イチゴジャムだった。赤い宝石のような色をしたジャムが詰め込まれていた。さすが神様が手作りしただけあり、色もキラキラしていた。
「ジャムか……。美味しそうだ」
「ジャムは、パンのお供でじゃないですか。欠かせない縁の下の力持ちですよ。ほら、ラベルにも『わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである』って書いてある。エペソ人への手紙2章10節ですね」
紘一がそう言うと、蒼は珍しく目を潤ませていた。
「そうだな。食パンの袋を止めるバッグ・クロージャーやバターナイフ、ティースプーン、ランチクロス、お皿もみんな大事だな。この地にある神様が生んでくれたものは全部良い作品だ。そもそも全部神様のものだし」
「そうですよ! ウチらいないと、人間だって大変ですからね。自分を卑下すれば、神様が一番悲しみますよ!」
紘一の励ましに、蒼は深く頷いていた。
こうして二人で、店の売れ残りのフランスパンにイチゴジャムを塗って食べた。試作品のたこ焼きパンはあと一歩という味わいだったが、このパンは文句なしに美味しかった。
「ワン!」
いつの間にか目覚めていたヒソプも、元気よく鳴いていた。
気づくと、もう窓の外は夜だった。クロワッサンみたいな三日月が出ていた。クロワッサンもイチゴジャムを塗って食べたくなってしまったが、残念ながら売り切れだったようだ。