第6話 温かいイングリッシュマフィン(1)

文字数 1,405文字

 鈴木良子は、自宅の仕事部屋にいた。机に向き合ってパソコンで仕事をしていた。部屋は本で溢れていた。国語辞典、英和辞典、類語辞典、花言葉辞典、植物図鑑、動物図鑑など辞書や図鑑本、ファッションや料理の本も多い。あとは、「佐々木マロン」という名前の作者のライトノベルも大量にあった。

 本名は鈴木良子という平凡な名前だが、ペンネーム佐々木マロンとしてライトノベル作家をしていた。高校生の時に書いた異世界ライトノベルを受賞し、それから十年細々と書き続けていた。代表作は「異世界転生して和風ホッコリカフェを開きながら、殺人事件解決します!」というライトミステリ仕立ての異世界ものだった。英国風のご飯がマズい異世界に転生し、カフェを開き、殺人事件も解くという盛りに盛ったストーリーだが、運良く人気イラストレーターに表紙をつけてもらい、コアなファンも多く、順調にシリーズを続けられていた。

 おかげで仕事が忙しく、彼氏を作る時間がなかった。婚期を逃しそうな悪寒をしつつも、仕事が楽しいから仕方ない。今日も深夜に近い時間だが、せっせとキーボードを打ち続けていた。

 パソコンのそばには濃いめにいれたコーヒーやエナジードリンクもあった。健康に悪い事はよくわかっていたが、やめられない。こうやって生活リズムもおかしいので、一般のOLや事務職の友達はゼロになってしまった。意外と福祉職の友達とは仲がいい。向こうも夜勤で徹夜をしているからだろう。

 そんな事を考えていると、スマートフォンが震えた。こんな時間に電話をかけてくるのは、一人しかいない。

 良子はウンザリしながらも、電話を出た。

「良子、起きてる?」

 声だけは可憐で可愛らしい。うっかり騙されそうになるが、良子は厳しい声を出す準備をはじめた。

「私、茉莉花。ちょっと話きいてもらっていい?」
「どうぞ」

 茉莉花が言いたい事はわかっていたが、ぐっと我慢して聞いてやった。

 茉莉花は良子の数少ない友達の一人だったが、最近カルトにドハマりし、こうして勧誘する事が多かった。深夜に何を考えていると思うのだが、おそらくメンヘラなので仕方ない。

 茉莉花がハマっているのは、キリスト教と陰謀論を掛け合わせた小規模カルトらしく、聖書がどうとか、救世主がどうとか、安息日をカトリックが変えただの、ワクチンは獣の刻印だのファンシーな事を語っていた。一度、自宅にも茉莉花から聖書が送られてきた事があったが、速攻で捨てた。カルトが作ったものらしく、表紙に教祖の名前がデカデカと載っていた。

「あのね、茉莉花。聖書に、私の新作のプロットとか、読者にウケる方法とか書いてる?」
「いや、それは書いてないけど、詳しくは聖書読んで」
「書いてないと困るのよね。私、仕事が作家なわけだし。ね? なんで聖書に新作のプロットと読者にウケる方法書いてないの?」
「読者にウケる方法は書いてあるよ。救世主を主役にすればいいんだわ。聖書に全部書いてあるわ」

 だめだ、会話が全く噛み合わない。一旦、濃いめのコーヒーを啜る。イライラと貧乏ゆすりをしたくなってしまう。

「だったら、私、頭痛持ちなんだけど、それを治す方法は書いてないの? 全部書いてあるなら、頭痛の治し方も書いてあってもおかしく無いよね? どう? どこの箇所? 教えてくれない?」

 ついに茉莉花は黙り、泣いているようだった。

 これって論破?

 良子はクスクス笑いながら、電話を切った。
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登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

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