第48話 一つの道といのちのパン(4)完
文字数 2,016文字
福音ベーカリーの店主、蒼からもらった試作品の一つは見るからにおかしかった。
アイシングクッキーだが、そのデザインがおかしい。黒いクッキー生地の上に「死後さばきにあう」と黄色と白い文字でデコレーションされていた。
「これ、キリスト看板をイメージしてアイシングクッキーを作ってみたんだ。どう?」
どうと言われても……。
キリスト看板は、聖書の言葉を引用しているものだ。特に怖い感じに引用していて、黒や黄色という配色も完全にホラー。多くは田舎にある看板で、都心にはほとんど無い。聖書配布協力会の活動で、特に異端という話題は聞いた事はないが、キリスト看板の見た目の強烈さにネットではネタにされていた。猫バージョンのものが生まれていたりする。牧師もネタにし「ネコと和解せよ」をテーマに動画を作ったり、SNSでコメントをあげていた。
「うーん、インパクトはあるけど、このパン屋の雰囲気には合わないんじゃない?」
アイシングクッキーは不味くはないが、一般のノンクリスチャンが突然「死後さばきにあう」なんて言われたら、怖くて仕方がないだろう。キリスト看板は万引き防止にも役立っているそうだが、パン屋で見たい感じでもない。ただ、緑は傘をよく盗まれるので、「死後さばきにあう」と書かれたキリスト看板風の傘チャームがあったら欲しい。ガチャガチャでどこかのメーカーで作ってくれないものだろうか。
「そっかー。確かにキリスト看板のアイシングクッキーはやりすぎたかな? こっちはどう?こっちは、たこ焼きパンなんだよ。ホットサンド生地にたこ焼き挟んでいます」
もう一つのパンは、一見普通のホットサンドだったが、たこ焼きを挟んでいるとは斬新だ。気を衒ってるとしか思えないが、こっちは案外いけた。マヨネーズも多めで少しキャベツも入っている。まあ、ホットサンド生地だったら大概なものは合うだろう。
「たこ焼きパンは意外と良かったよ。これは商品化してもいいと思う」
「よし! ありがとう! さっそく商品化しよう」
蒼は花の咲くような笑顔を見せていた。
「緑さんは、最近新曲なくない?」
しかし、すぐに笑顔を引っ込め、心配したような表情を見せてきた。
「実はさー」
蒼の邪気の無い顔を見ていたら、最近の悩みを語っていた。
「ぶっちゃけ、ネットにいる自称クリスチャン変な人多いよ。何言ってくるかわからないし、陰謀論者とメンヘラと病人が矢鱈と多くない?」
「そっかー。私も言われるよ。『人はパンだけで生きるものではない』とか聖書引用しながら言われると参っちゃうよね。あと、種無しパンだけ売れとか」
「そっか……」
「まあ、クリスチャンはもともとは病人と罪人だから、仕方ないね。世間一般的なイメージみたいに清らかで良い人ってわけじゃないからね。そういう人もいるけど、聖なる方は神様だけ。まあ、相手の為に祈ろうね」
ニコニコと能天気そうな蒼だったが、こうして悩みもあるようで、少し気が楽になってきた。
「でも、讃美歌で重要なのは、神様だよ。神様への気持ちがあれば、その道さえ間違えなければ、あとは自由だよ」
「そう?」
「うん、私も新しいパンを作ってるのは、全部神様の為だから。こんな奇抜なパンだって、店で売ってるパンだって神様への捧げ物だと思って一つ一つ作ってる」
黒板式の立て看板にある聖書の御言葉をもう一度しっかりと見てみた。確かのその道さえ間違えないのが重要だった。人の目ばかり気にして別の道にそれていた事は、悔い改めるところだった。いつの間にか、神様ではなく、人の為に曲を作ろうとしていたと気づく。いのちのパンと例えられる聖書の御言葉を噛み締めしながら、自分が全て間違っていたと目が覚めてきた。
道理で新曲ができないわけだ。そう思うと、曲や歌詞がふっと降りてきた。まるで天から降りてくるような感覚がして、身体が震えてきた。
「蒼さん、ありがとう! 曲のアイデア浮かびそう!」
こうして緑は、すぐの家に帰り、曲を書き上げた。曲調は爽やかなロックだったが、歌詞は百パーセント混じり気のない神様の為の讃美歌だった。
出来上がった曲は、先に動画サイトの方で無料で公開した。相変わらずクリスチャンからはアンチコメントが届いたが、不思議と全く気にしない。
そして、仕事が干されている美穂子からも連絡があった。
「緑の新曲すごくいいじゃん。讃美歌っていうと真面目で清らかなイメージだった。ロックでこんな爽やかにノリノリに出来るんだね。これは、普通の人でも聞きやすいし、ちょっと感動したよ。よくわかんなけど、神様いるんじゃないって思うぐらいだった」
美穂子の声を聞きながら、緑は少し泣きたくなってきた。
「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。ヨハネの福音書 14:6 」
美穂子との電話を切った後、再び聖書を開き、いのちのパンを咀嚼していた。
アイシングクッキーだが、そのデザインがおかしい。黒いクッキー生地の上に「死後さばきにあう」と黄色と白い文字でデコレーションされていた。
「これ、キリスト看板をイメージしてアイシングクッキーを作ってみたんだ。どう?」
どうと言われても……。
キリスト看板は、聖書の言葉を引用しているものだ。特に怖い感じに引用していて、黒や黄色という配色も完全にホラー。多くは田舎にある看板で、都心にはほとんど無い。聖書配布協力会の活動で、特に異端という話題は聞いた事はないが、キリスト看板の見た目の強烈さにネットではネタにされていた。猫バージョンのものが生まれていたりする。牧師もネタにし「ネコと和解せよ」をテーマに動画を作ったり、SNSでコメントをあげていた。
「うーん、インパクトはあるけど、このパン屋の雰囲気には合わないんじゃない?」
アイシングクッキーは不味くはないが、一般のノンクリスチャンが突然「死後さばきにあう」なんて言われたら、怖くて仕方がないだろう。キリスト看板は万引き防止にも役立っているそうだが、パン屋で見たい感じでもない。ただ、緑は傘をよく盗まれるので、「死後さばきにあう」と書かれたキリスト看板風の傘チャームがあったら欲しい。ガチャガチャでどこかのメーカーで作ってくれないものだろうか。
「そっかー。確かにキリスト看板のアイシングクッキーはやりすぎたかな? こっちはどう?こっちは、たこ焼きパンなんだよ。ホットサンド生地にたこ焼き挟んでいます」
もう一つのパンは、一見普通のホットサンドだったが、たこ焼きを挟んでいるとは斬新だ。気を衒ってるとしか思えないが、こっちは案外いけた。マヨネーズも多めで少しキャベツも入っている。まあ、ホットサンド生地だったら大概なものは合うだろう。
「たこ焼きパンは意外と良かったよ。これは商品化してもいいと思う」
「よし! ありがとう! さっそく商品化しよう」
蒼は花の咲くような笑顔を見せていた。
「緑さんは、最近新曲なくない?」
しかし、すぐに笑顔を引っ込め、心配したような表情を見せてきた。
「実はさー」
蒼の邪気の無い顔を見ていたら、最近の悩みを語っていた。
「ぶっちゃけ、ネットにいる自称クリスチャン変な人多いよ。何言ってくるかわからないし、陰謀論者とメンヘラと病人が矢鱈と多くない?」
「そっかー。私も言われるよ。『人はパンだけで生きるものではない』とか聖書引用しながら言われると参っちゃうよね。あと、種無しパンだけ売れとか」
「そっか……」
「まあ、クリスチャンはもともとは病人と罪人だから、仕方ないね。世間一般的なイメージみたいに清らかで良い人ってわけじゃないからね。そういう人もいるけど、聖なる方は神様だけ。まあ、相手の為に祈ろうね」
ニコニコと能天気そうな蒼だったが、こうして悩みもあるようで、少し気が楽になってきた。
「でも、讃美歌で重要なのは、神様だよ。神様への気持ちがあれば、その道さえ間違えなければ、あとは自由だよ」
「そう?」
「うん、私も新しいパンを作ってるのは、全部神様の為だから。こんな奇抜なパンだって、店で売ってるパンだって神様への捧げ物だと思って一つ一つ作ってる」
黒板式の立て看板にある聖書の御言葉をもう一度しっかりと見てみた。確かのその道さえ間違えないのが重要だった。人の目ばかり気にして別の道にそれていた事は、悔い改めるところだった。いつの間にか、神様ではなく、人の為に曲を作ろうとしていたと気づく。いのちのパンと例えられる聖書の御言葉を噛み締めしながら、自分が全て間違っていたと目が覚めてきた。
道理で新曲ができないわけだ。そう思うと、曲や歌詞がふっと降りてきた。まるで天から降りてくるような感覚がして、身体が震えてきた。
「蒼さん、ありがとう! 曲のアイデア浮かびそう!」
こうして緑は、すぐの家に帰り、曲を書き上げた。曲調は爽やかなロックだったが、歌詞は百パーセント混じり気のない神様の為の讃美歌だった。
出来上がった曲は、先に動画サイトの方で無料で公開した。相変わらずクリスチャンからはアンチコメントが届いたが、不思議と全く気にしない。
そして、仕事が干されている美穂子からも連絡があった。
「緑の新曲すごくいいじゃん。讃美歌っていうと真面目で清らかなイメージだった。ロックでこんな爽やかにノリノリに出来るんだね。これは、普通の人でも聞きやすいし、ちょっと感動したよ。よくわかんなけど、神様いるんじゃないって思うぐらいだった」
美穂子の声を聞きながら、緑は少し泣きたくなってきた。
「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。ヨハネの福音書 14:6 」
美穂子との電話を切った後、再び聖書を開き、いのちのパンを咀嚼していた。