第144話 悔い改めとゆで卵パン(2)

文字数 2,267文字

「え!? 里帆、漫画研究会、しばらくお休みするの?」

 ここは、漫画研究会の部室だった。壁にはアニメキャラのポスター、本棚は、漫画や漫画の描き方の本がいっぱい入っている。聖マリアアザミ学園の部活塔の一番端にある部屋でもあった。元々旧校舎を改築した部活塔で、古い木像建てだった。雨が降ると、ポタポタと雨漏りする部屋だが、今日はカラッと晴れた春の日で、問題は無い。

 里帆は、友達の木崎希衣とこの部屋で昼食を食べていた。教室で食べても良いが、ぼっち気味の里帆は、同じ部活の希衣と一緒に食べる事が多かった。希衣とはクラスが違うが、部活が一緒に仲が良かった。

 希衣はヲタクというよりは、絵が上手で漫画研究会にいる存在だた。実際、ネットで挙げているイラストは、ちょっとした人気があるらしく、出版社が主催すているコンテストにも入賞した事もある。嫉妬されたり、悪口を言われる事もあったそうだが、希衣はあまり気にせずに、コツコツ毎日絵を描いていた。里帆もそんな希衣に尊敬めいた気持ちを持ったりしてしまうが、親にバレてヲタクを辞める経緯を話したら、ドン引きされた。

「いくら親が牧師だからって、趣味まで取り上げるっておかしくない? っていうか、恐怖煽ったりとか、謝罪みたいのするってカルトじゃない? その悔い改めの概念って、さっぱりわからないよ」

 希衣は、ノンクリスチャンなので、悔い改めもしたいから、ヲタクを辞めるというと、ただただ首を傾げていた。悔い改めとは、罪を神様に謝る事だと里帆は認識していた。

「うん、クリスチャンは悔い改めしなくちゃ……」
「何か義務感すごくない? 里帆、苦しそうだよ」

 そう言われてしまうと、否定できない。父には、心の中で「イケメン!」とキュンキュンするのも罪だと教えて貰い、さらに罪悪感を持ってしまっていた。罪悪感を持ちと、もっと行いをちゃんとしなきゃ、漫画なんて読むのやめなきゃと心を縛る気持ちも芽生えていた。

「うん、うん。でも、親が牧師だからさ」
「えー、それって、本当にカルト二世とどこが違うの?」

 希衣は本当に意味がわからないという風に首を傾げていた。確かに今の自分は、どうもカルトぽいが、心の中にある罪悪感に縛られていた。

「まあ、里帆、お昼ご飯、食べよう」
「う、うん……」

 里帆は、ランチバックから弁当を広げる。今日は、ナポリタンとウィンナーソーセージのお弁当だった。父に叱られて、しゅんと落ち込んでいる里帆に、母が好物の弁当を作ってくれた。ナポリタンというか、甘いケチャップ味は、里帆の好物だった。ゆで卵にも塩ではなく、ケチャップをつけて食べる事が多い。弁当のナポリタンを食べていると、少し落ち込んだ気分も落ち着いてきた。

「あれ、希衣はパン?」

 希衣は、鞄から紙袋を出していた。福音ベーカリーと書かれた紙袋で、中からあんぱんやソーセージパンが出てきた。ナポリタンも美味しいが、希衣が食べているあんぱんも、表面がツヤツヤで、甘くて良い香りがする。

「うん、この福音ベーカリーのパン好きなんだ」
「へー」
「学校の近所の住宅街にあるパン屋だよ。里帆も行ってみない?」

 そう言った希衣は、ちょっとゲスっぽく目を細めた。

「店員がイケメンなんだよね。結構人事異動やってるみたいで、店員はちょくちょく変わるみたいなんだけど、今いる瑠偉さんも、イケメンなんだよ」
「いや、イケメンって心の中で思うのも罪だから」
「そんな事言って、気になるでしょ?」

 確かにイケメン店員のパン屋なんて気になる。少女漫画の「天使のケーキ屋さん!」もイケメン店員の物語で、キュンキュンしながら読んでいた事も思い出す。

「えーん、誘惑しないでよ〜」

 里帆は、困り顔で希衣の肩を軽くつっつく。

「誘惑じゃないよ、あんぱん食べる?」

 希衣から、あんぱんを少し分けてもらった。記事はもちっとしているのに、餡子は滑らかで濃厚だった。確かに美味しいあんぱんだったが、里帆の心の中にある罪悪感は、消えなかった。

「まあ、パン目当てで行ってみようかな」
「うん、パンは美味しいね。これ、ショップカードだよ」

 希衣から福音ベーカリーのショップカードをもらった。住所は学校の側の住宅街にあるようだったが、こんなパン屋があるのは今まで気づかなかった。希衣と一緒に行きたかったが、彼女は放課後に用事があるようだった。

「イケメンってどんな感じ?」

 好みのイケメンじゃなければ、罪を犯す可能性は減ると思われるが。

「今いる瑠偉さんは、寡黙で知的で優しそうなタイプだね」

 やめて! それって私のタイプだわ!金髪碧眼の王子タイプが一番好きだけど、寡黙イケメン大好物だわ!

 里帆は、そう叫びそうになるが、グッと堪える。ただ、福音ベーカリーという店名は、引っかかる。福音とは、クリスチャンにとって良い知らせだ。イエス様が十字架の上で人類の罪を背負ってくて、天国へ招いてくれるという良い知らせ。おそらく、このパン屋はクリスチャンが関わっていると思われる。何か、今の自分の悩みが解消されるヒントがある気がした。

「そのパン屋さん、もしかしてクリスチャンがやってる?」
「うん、そうだよ。今はイースターの時期だから、珍しいパンもあるみたい。イートインもあるし、看板犬のヒソプも可愛いし、気晴らしに行ってみたら?」

 やっぱりクリスチャンが経営しているパン屋だったか。里帆は、やっぱり福音ベーカリーに行こうと思った。

 決してイケメン目当てでは無いから。何度も自分に言い聞かせながら、手の中にあるショップカードを見つめていた。
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登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

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