第5話 何でも合う食パン(4)完
文字数 2,095文字
学校の帰り、風子は重いランドセルを背負いながら、福音ベーカリーの扉を開けていた。同時にチリンチリンと音がなる。ドアベルがついているらしい。
オレンジ色の照明のせいで、店内は春のお花畑みたいに明るかった。小麦粉の良い匂いも食欲を刺激させる。小さなパン屋だが、一応イートインスペースもあるようだ。
中央に大きなテーブルがあり、各種パンが並んでいた。食パンはもちろん、カレーパン、塩バターパン、シナモンロールなどが人気らしく、中央に大きく展開されていた。他にも焼きそばパンやクロワッサンも美味しそうだが、平べったい薄焼き煎餅のような変なパンや、魚の形のしたパン、輪型パン、三つ編み形のパンなど珍しいものも混じっていた。ふわふわなコーンパンも印象に残るが、なぜか値札はなく、不思議な雰囲気もある。
イートインスペースはテーブルが二つ、椅子も四つあった。簡易なイートインの割には、テーブルに一輪挿しがあり、テーブルクロスも花柄で可愛かった。柴犬がそこで寛ぎ、目を細めていた。
「いらっしゃいませ」
そこに昨日のイケメン店員・蒼がやってきた。昨日と同じようにコックコート姿で、ニコニコと笑顔だった。
「あ、昨日はどうもありがとう! 本当にタダでもらってよかったんですか?」
「いいよ、いいよ。実はここは副業でやってるから、利益は無視してるんだよね。ぶっちゃけ、暇で、暇で」
「ふ、副業? 暇?」
「まあ、ちょっと休憩しようよ」
蒼は厨房の方から、紙コップに入ったオレンジジュースとラスクを持ってきた。
「ラスク食べよ」
「いいのー?」
こうして、イートインスペースで蒼と向き合ってオレンジジュースをすすり、ラスクをつまんだ。側にいる柴犬は、完全にリラックスして目を閉じていた。モコモコの背中とくるくるとした尻尾を見てると、風子もちょっと和む。
「副業ってなに? 本業はなに?」
「ちょっと訳ありでね。ある女の子を守るのが本業なんだよ」
「守る?」
意味がわからないが、訳ありっぽいので空気を読む。我ながら、人の顔色を見過ぎだと思ってしまう。そういえば他に客は来ていないようだ。パンは美味しいが、あんまり流行ってはいなさそう。副業でやっているというのは、本当みたいだ。
「あれ、聖書?」
イートインスペースの側に小さな本棚があり、聖書があった。宗教の書物だと思うが、パン屋にあると違和感がある。
「仕事で守る女の子が、クリスチャンでね。私も聖書を読むんだ」
「へー」
これは相当訳ありっぽい。深い追求はやめておこう。一人称が「私」というのも、ちょっと品があり、風子はドキドキとしてきた。声も優しげで聞いているとちょっと癒される。守られている女の子が羨ましくなった。
「聖書って意外と神様でも嫌われてるんだよね」
「本当? 崇められたりしてないの?」
「むしろ、めちゃくちゃ嫌われてる。反抗されまくってるし、裏切られるし、ついに殺されてるしね。まあ、生き返ったけど」
「意外……」
「今もめちゃくちゃ嫌われてるよ。むしろ悪魔を拝んでいる人の方が圧倒的に多いからね。ちょっと難しい話だけど、原罪といっていって生まれながらに人間は悪魔と結婚しちゃってる状態だからさ。テレビドラマとか見ると、知ってか知らずか冒涜ばっかりだよ」
聖書はもっと神様と信者のハーレムみたいなものを想像していたが、蒼の説明によると違ったようだ。
「全能の神様でもこんな嫌われてるって思うと、ちょっと楽になるよね」
「でも、私は嫌われるのはちょっとイヤだなぁ。嫌われる勇気は持てないよ」
正直な気持ちが漏れてしまう。本当は、もっと自己主張するべきだとも思うが、どうしてもそんな風にはできない。嫌われるより、みんなとニコニコして過ごしたい。
「ま、人間と神様は違うから。それに、何でも合う食パンみたいな子も大事だよ。カレーパンやメロンパンみたいに自己主張強いのばっかりなのもね。くどいよ。聖書によると神様は、人間全員役割与えているらしいよ。クリスチャン作家の三浦綾子さんも、無駄な人間を創るほど神様って愚かじゃないとか言ってたよ。何でも合う食パンもいいんじゃないかな? うん、必要だよ」
そう言われてしまうと、ずっと悩んでいた事に光がさしてくるようだった。あの祖母に食べさせたトーストも、それぞれ単体だと普通だが、組み合わせて食べると、とても美味しく変わった。
確かに人それぞれの役割があり、何でも合う食パンも必要だと思い始めた。自分の八方美人の性格だって悪いとは言い切れないかもしれない。性格の悪い女子たちに悪口を言われても、他の人間関係は概ね良好だった。祖母ともパンやアイスの話題なら、打ち解けられそうな気がした。母と祖母との関係が悪化した時も、風子の存在のおかげで長期間の喧嘩はできていなかった。
「そうだ、まだ賞味期限近い食パン持っていく?」
「いいの?」
「うん! ありがとう!」
こうして、再び蒼から食パンを貰った。確かにこれだけだったら、カレーパンやメロンパンの派手さに負ける。でも、こんな食パンも世の中に必要だと思った。そう思うと、ちょっと生き返ったような気分になった。
オレンジ色の照明のせいで、店内は春のお花畑みたいに明るかった。小麦粉の良い匂いも食欲を刺激させる。小さなパン屋だが、一応イートインスペースもあるようだ。
中央に大きなテーブルがあり、各種パンが並んでいた。食パンはもちろん、カレーパン、塩バターパン、シナモンロールなどが人気らしく、中央に大きく展開されていた。他にも焼きそばパンやクロワッサンも美味しそうだが、平べったい薄焼き煎餅のような変なパンや、魚の形のしたパン、輪型パン、三つ編み形のパンなど珍しいものも混じっていた。ふわふわなコーンパンも印象に残るが、なぜか値札はなく、不思議な雰囲気もある。
イートインスペースはテーブルが二つ、椅子も四つあった。簡易なイートインの割には、テーブルに一輪挿しがあり、テーブルクロスも花柄で可愛かった。柴犬がそこで寛ぎ、目を細めていた。
「いらっしゃいませ」
そこに昨日のイケメン店員・蒼がやってきた。昨日と同じようにコックコート姿で、ニコニコと笑顔だった。
「あ、昨日はどうもありがとう! 本当にタダでもらってよかったんですか?」
「いいよ、いいよ。実はここは副業でやってるから、利益は無視してるんだよね。ぶっちゃけ、暇で、暇で」
「ふ、副業? 暇?」
「まあ、ちょっと休憩しようよ」
蒼は厨房の方から、紙コップに入ったオレンジジュースとラスクを持ってきた。
「ラスク食べよ」
「いいのー?」
こうして、イートインスペースで蒼と向き合ってオレンジジュースをすすり、ラスクをつまんだ。側にいる柴犬は、完全にリラックスして目を閉じていた。モコモコの背中とくるくるとした尻尾を見てると、風子もちょっと和む。
「副業ってなに? 本業はなに?」
「ちょっと訳ありでね。ある女の子を守るのが本業なんだよ」
「守る?」
意味がわからないが、訳ありっぽいので空気を読む。我ながら、人の顔色を見過ぎだと思ってしまう。そういえば他に客は来ていないようだ。パンは美味しいが、あんまり流行ってはいなさそう。副業でやっているというのは、本当みたいだ。
「あれ、聖書?」
イートインスペースの側に小さな本棚があり、聖書があった。宗教の書物だと思うが、パン屋にあると違和感がある。
「仕事で守る女の子が、クリスチャンでね。私も聖書を読むんだ」
「へー」
これは相当訳ありっぽい。深い追求はやめておこう。一人称が「私」というのも、ちょっと品があり、風子はドキドキとしてきた。声も優しげで聞いているとちょっと癒される。守られている女の子が羨ましくなった。
「聖書って意外と神様でも嫌われてるんだよね」
「本当? 崇められたりしてないの?」
「むしろ、めちゃくちゃ嫌われてる。反抗されまくってるし、裏切られるし、ついに殺されてるしね。まあ、生き返ったけど」
「意外……」
「今もめちゃくちゃ嫌われてるよ。むしろ悪魔を拝んでいる人の方が圧倒的に多いからね。ちょっと難しい話だけど、原罪といっていって生まれながらに人間は悪魔と結婚しちゃってる状態だからさ。テレビドラマとか見ると、知ってか知らずか冒涜ばっかりだよ」
聖書はもっと神様と信者のハーレムみたいなものを想像していたが、蒼の説明によると違ったようだ。
「全能の神様でもこんな嫌われてるって思うと、ちょっと楽になるよね」
「でも、私は嫌われるのはちょっとイヤだなぁ。嫌われる勇気は持てないよ」
正直な気持ちが漏れてしまう。本当は、もっと自己主張するべきだとも思うが、どうしてもそんな風にはできない。嫌われるより、みんなとニコニコして過ごしたい。
「ま、人間と神様は違うから。それに、何でも合う食パンみたいな子も大事だよ。カレーパンやメロンパンみたいに自己主張強いのばっかりなのもね。くどいよ。聖書によると神様は、人間全員役割与えているらしいよ。クリスチャン作家の三浦綾子さんも、無駄な人間を創るほど神様って愚かじゃないとか言ってたよ。何でも合う食パンもいいんじゃないかな? うん、必要だよ」
そう言われてしまうと、ずっと悩んでいた事に光がさしてくるようだった。あの祖母に食べさせたトーストも、それぞれ単体だと普通だが、組み合わせて食べると、とても美味しく変わった。
確かに人それぞれの役割があり、何でも合う食パンも必要だと思い始めた。自分の八方美人の性格だって悪いとは言い切れないかもしれない。性格の悪い女子たちに悪口を言われても、他の人間関係は概ね良好だった。祖母ともパンやアイスの話題なら、打ち解けられそうな気がした。母と祖母との関係が悪化した時も、風子の存在のおかげで長期間の喧嘩はできていなかった。
「そうだ、まだ賞味期限近い食パン持っていく?」
「いいの?」
「うん! ありがとう!」
こうして、再び蒼から食パンを貰った。確かにこれだけだったら、カレーパンやメロンパンの派手さに負ける。でも、こんな食パンも世の中に必要だと思った。そう思うと、ちょっと生き返ったような気分になった。