第106話 蛇のように賢いパンドーロ(3)

文字数 1,386文字

 福音ベーカリーのイートインスペースは、小さいながらもカフェのように居心地が良い雰囲気だった。キンガムチェックのテーブルクロスも可愛く、一輪挿しの側には、スノードームや木製の小さなツリーも飾られ、クリスマスムードがさりげなく演出されていた。そばにいるヒソプは、リラックスし、目を細めていた。

 今日子もヒソプと似たような顔をしながら、カレーパンやクリームパン、あんぱんを頬張っていた。体重が気になる時期だが、それは年明けでいいだろう。どうせクリスマス時期は教会の仕事が忙しかった。美味しいパンを食べていたら、サエの事もちょっと忘れてきた。それに食前のお祈りもしたので、大丈夫だろう。

「うーん、美味しかった」

 すっかり食べ終えると、イートインの壁にある色紙が目にとまる。聖書の御言葉を書いた色紙で、かなり達筆だった。今はアメリカに住んでいる常連客の一人が書いたものらしく、綺麗な文字を見ていると、少し気が引き締まってきた。

「わたしは狼の中に羊を送り出すようにして、あなたがたを遣わします。ですから、蛇のように賢く、鳩のように素直でありなさい 」 (マタイ10:16)」

 その御言葉を見ていたら、牧師である夫が、「世の中にある物はだいたい悪いものだけど、良くするのはクリスチャンの役目。神様から力を借りてする仕事」と言っているのを思い出す。彼は添加物まみれのハンバーガーなども好きだが、「祈って神様に喜んで食べれば、毒にならないから大丈夫。もちろん健康に気を使って良いものを食べるのも正しいけど、結局命は神様が握ってるしね」と言っていたのを思い出した。

 ちょうどそこに、柊と紘一が、やたら豪華なパンを持ってやってきた。パンというかツリー型のケーキみたいだった。いちごやクリームが挟まり、てっぺんには星型のクッキーも付いている。粉砂糖のおかげで、雪の中にあるツリーに見えて仕方ない。

「え、このインスタ映えしそうなパンというかケーキは何?」

 今日子は興奮しながら、それを指差した。

「まさにインスタに載せようと思ってね。これはパンドーロというヨーロッパでクリスマス時期に食べるものらしい。本当の見た目はもっと地味なんだけど、スライスしてクリームやイチゴを挟んで、ツリーにしてみた」

 紘一はイートインスペースのテーブルの上にこの映えるパンドーロを置くと、ドヤ顔で説明してくれた。大きくゴツゴツした紘一の手で、こんな華やかなものが出来るとは、まるで手品のようだ。

「インスタでクリスマスの菓子やパンを載せると、評判いいんだ。ついでの聖書の御言葉の情報も載せているから、興味持ってくれるノンクリさんもいて嬉しいね。ね、今日子さん『蛇のように賢く、鳩のように素直』だよ」

 柊は、まるで今日子の気持ちを見透かすような事を言うと、パンドーロの画像を撮っていた。

「確かに。こんな映えるパン見たら、クリスマスの起源とか、どーでもいいよね!」

 サエの言う事も一理あるが、問題なのは、一体何が神様が喜ぶのか、という事だった。クリスマスの起源を考えて頑なに祝わない事なのか、この機会を蛇のように賢く利用するのが良いのか。

「ねえ、このパンドーロ、撮影した後はどうするの?」
「今日子さん、持っていく?」
「うん、タダでいいから」

 二人の厚意に甘え、このパンドーロを包んで貰った。そして、サエの家の持って行く事にした
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

天野蒼

不思議なパン屋の店員。その正体は天使で、神様から依頼された仕事を行う。根っからの社畜体質。天使の時の名前はマル。

ヒソプ

蒼の相棒の柴犬。

依田光

蒼が担当し、守っているクリスチャン。しかし、サンデークリスチャンで日曜以外は普通の女子高生。

知村紘一

蒼の後輩の天使。悪霊が出入りする門で警備をしている。人間界にいるの時は知村紘一という名前を持つ。

知村柊

蒼の後輩天使。人間界にいる時は知村柊という名前をもつ。

橋本瑠偉

後輩天使。人間の時の名前は橋本瑠偉。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み