第４１話　小さきもののライ麦パン（１）

　成瀬里奈の人生は、全くパッとしなかった。

「成瀬さん、こも化粧品のサンプルにラベル貼ってプチプチを包んでくれない？」

　上司に段ボール箱を二つほど押し付けられた。現在、里奈はとある化粧品メーカーの支店で、派遣社員をやっていた。マーケティング戦略部で、データ入力や電話対応など、誰でも出来るような事務作業をやっていた。時給も最低賃金の毛が生えた程度だが、過去の失敗もあり、色々と仕事を選んではならない状況だった。

「これ、全部ですか？」
「うん、今週までにやってね。アンケート調査会社に持っていくから」

　めんどくさいと思ったが、やらないわけにもいかない。

「わかりました」

　表面的のはニコニコ笑いながら、誰もいない資材室にこもり、延々とアンケート資材を作っていた。会社が開発した小さな香水サンプルにラベルを貼り、プチプチを包んでいく。ラベルもパソコンで印刷したものを、切り揃えて貼っていた。

「めんどくせー」

　誰もいない事をいい事に、思わずぎ
　愚痴がこぼれる。素材室は、事務用品が乱雑に纏められ、さらに心が荒んでいく。

　里奈は、アラサー女性だが、若い頃は自己啓発セミナーにハマり、マルチ商法にも手を出していた。アロマオイルや引き寄せの法則の商材を詐欺価格で売るつけていた。口のうまさや世渡り力があれば、そこそこ稼げた。友達の村上マリもこの業界に誘いこみ、しばらく一緒に詐欺ギリギリの事もしていた。

　しかし、マリは意外と正義感も強く「お金無い人から詐欺みたいなもの売れない」といい、早々と挫折していった。一方里奈は、あまり良心も痛まず順調に稼いでいたが、この商売の胴元が夜逃げしてしまった。自ずと里奈の仕事もなくなり、こうして低賃金でこき使われている今に至る。

　最後に詐欺スレスレの仕事の客の家族から手紙が届いた。客は金がなく、自殺したという手紙だった。さすがの里奈も反省し、こう言った商売はやめた。パッとしない人生がさらの悪い方の向かっていたようだが、仕方がない。

　それでも、順調に稼いでいた時の事を思い返すと、今の仕事も退屈で仕方がない。こういった内職みたいな作業やデータ入力、電話応対など、毎日同じ事の繰り返しだった。おそらく、自分の仕事はAIで代用がきくし、十年後、同じ仕事をやっている気がしない。この化粧品会社も大手ではなく、年々業績も悪い。化粧品産業より、自己啓発やスピリチュアル業界の方が規模が大きいらしく、再びあの世界に行った方がいいんじゃないかと思ったりする。それも元々派遣だし、いつ首を切られても不思議ではない。

　そこに営業部の社員が入ってきた。チャラついたイケメンで、明らかに顔採用されたと思い、里奈はこの男が苦手だった。確か名前は川口だった記憶がある。下の名前は忘れた。

　漫画やライトノベルではオフィスラブものも一定の需要があったりするが、里奈には縁遠い話題だった。

「おぉ、成瀬さんだっけ？　何やってるの？」

　川口はヘラヘラと笑いながら、事務用品をいくつか腕に抱えた。

「みたらわかりませんか？　アンケート資材を作ってるんですよ。ラベル貼ってプチプチ包んで」
「わー、面倒そう！」

　川口は二重マスクをしていたが、明らかに里奈を小馬鹿にしている雰囲気が伝わる。

「って言うか、こんな仕事小学生でも出来るじゃん？　誰がやってもいい仕事面白いの？」

　最後に川口は、毒まみれの言葉を吐いて、資材室から出て行った。

「は？　マジでムカつく」

　反論はしなかったが、川口の言うことも事実なので、腹の底が怒りで気持ち悪くなってくる。

　その後、里奈はさっさと定時で仕事を終わらせて帰る事にした。川口に言われた事にイライラして仕方がない。パッとしない自分の人生を見せつけられた気がして、さらに気分が悪い。

「また、自己啓発セミナーとスピリチュアル教材で、商売したいわ……」

　一度反省していた里奈だったが、再び過去の栄光が忘れられない。開催予定の自己啓発セミナーをチェックする。

『好きな事をして生きよう！』

　自己啓発セミナーの講師は、一様に似たようなテーマを掲げていた。

　そう、好きな事を仕事にしたい。あんな小学生でも出来る地味な仕事は、もう飽きてしまった。