9.──さてと、そろそろ邪魔しにいきますか

文字数 1,998文字




()みなれてきた異郷(いきょう)(まち)が、今日(きょう)はやけによそよそしく(かん)じられる──


正面(しょうめん)からの(つよ)(かぜ)前髪(まえがみ)()()らされながら、ラグシードは雑踏(ざっとう)のなかに()えてゆく男女(だんじょ)背中(せなか)見送(みおく)った。


青春(せいしゅん)残酷(ざんこく)季節(きせつ)……って、(むかし)なんかの(ほん)()んだよな)


かつて文学少年(ぶんがくしょうねん)だったころの(のこ)()が、(かれ)記憶(きおく)にかろうじてとどまっていたらしい。


あまり(ほん)()まなくなって(ひさ)しいが、(いま)でも()になる装丁(そうてい)(ほん)()かけるとつい()()ってしまう。


そうして(かれ)にお()()げされた(ほん)たちは、ろくに(ページ)をめくられることもなく椅子(いす)にうず(たか)()まれてゆくのだ。


あるとき(かれ)宿屋(やどや)をおとずれた(やと)(ぬし)が、乱雑(らんざつ)放置(ほうち)された(ほん)をながめて(なげ)くようにこうつぶやいた。


「これじゃあ(ほん)がかわいそうだよ」

        ☆

(とお)沿()いに()煉瓦(レンガ)づくりの洗練(せんれん)されたレストラン。その(わき)には(ほそ)くつづく石段(いしだん)があった。


人混(ひとご)みの隙間(すきま)()うようにして(おとこ)(あと)()い、エルフの(むすめ)()(のぼ)ってゆくのが()えた。


二人(ふたり)姿(すがた)をいったん視界(しかい)(すみ)にとらえてから、ラグシードはやや不機嫌(ふきげん)そうに視線(しせん)()らした。


「──どうしたの?」


(かたわ)らにいた(むすめ)にそう()いかけられて、青年(せいねん)ははっとしたようすで現実(げんじつ)()(もど)された。


短時間(たんじかん)だったが、ずいぶん女々(めめ)しい感情(かんじょう)(とら)われていたような()がする──


そんな自分(じぶん)に、自分(じぶん)嫌気(いやけ)がさしていた。


「ごめん。ちょっとぼんやりしてた」


素直(すなお)にそう()びてから、()(まえ)(むすめ)にほほえみかける。


「そういえば……(きみ)時間(じかん)のほうは大丈夫(だいじょうぶ)?」


()われてようやく()がついたのか、窓硝子越(まどがらすご)しに店内(てんない)時計(とけい)()つめて……。その(はり)()している時刻(じこく)(おどろ)いたようすで(むすめ)があわてふためいた。


「──いっけない、もうすぐ休憩(きゅうけい)時間(じかん)()わっちゃう!あたしそろそろ(もど)らないと……」


彼女(かのじょ)一瞬(いっしゅん)だけ、名残惜(なごりお)しそうにラグシードのほうをちらりと()つめてから、(かばん)(なか)から(ちい)さな革袋(かわぶくろ)()りだした。


「これ、(たの)まれていた品物(しなもの)だから(わた)してくれって、(とう)さんが……」


「おっ!もう完成(かんせい)したんだ?さすがは親父(おやじ)さんだ。(うで)がいいな」


()()れするとばかりに(かれ)(はず)んだ(こえ)をあげると、さっそく手渡(てわた)された革袋(かわぶくろ)中身(なかみ)確認(かくにん)した。


その会心(かいしん)出来栄(できば)えに、うんうんと満足(まんぞく)そうにうなずいてみせる。


()()ってもらえてよかったわ。スマートな納品(のうひん)がうちの(みせ)取柄(とりえ)だから」


そう()って(むすめ)活発(かっぱつ)そうな(ひとみ)をくるくると(うご)かして(わら)った。


「お(れい)にこれやるよ。親父(おやじ)さんたちと工房(こうぼう)のみんなで()べてくれ」


ラグシードは出来立(できた)てのパンが(はい)った紙袋(かみぶくろ)を、無造作(むぞうさ)(むすめ)のからだに()しつけた。


「わあ!いいの?みんなきっと(よろこ)ぶわ」


ありがとうと笑顔(えがお)()をふってから、工房(こうぼう)看板娘(かんばんむすめ)(かれ)()()けて(はし)()っていった。


(リームに彼女(かのじょ)愛嬌(あいきょう)半分(はんぶん)でもあったらなぁ……)


(むすめ)背中(せなか)見送(みおく)りながら、おもわず胸中(きょうちゅう)苦笑(にがわら)いする。


だが、その瞬間(しゅんかん)──


なぜか閃光(せんこう)(はし)ったかのように、リームと初対面(しょたいめん)したときの光景(こうけい)が、脳裏(のうり)によみがえってきてラグシードは狼狽(ろうばい)した。


(──そうか。近寄(ちかよ)りがたいからこそ、(ちか)づきたいと(おも)ったんじゃないか?)


見知(みし)らぬ(むすめ)暴漢(ぼうかん)たちから(すく)()し、ちょっとした英雄気分(えいゆうきぶん)鼻唄(はなうた)でも(うた)いながらその()をすみやかに()()ろうとした。


だが、そうしなかったのは、そうできなかったのは──


「ちょっと()って!」


()びとめられて何気(なにげ)なくふり(かえ)った。
あのとき(はじ)めて(ひとみ)宿(やど)した彼女(かのじょ)姿(すがた)──


月光(げっこう)()びて(たたず)むその人間(にんげん)(ばな)れした(うつく)しさに、一瞬(いっしゅん)()ちのめされたからなのだろう。


(こころ)準備(じゅんび)なんてなにもできてはいなかった。それと同時(どうじ)自分(じぶん)にまだそんな純真(じゅんしん)部分(ぶぶん)(のこ)っていたのかとあきれもした。


(おんな)(たい)する幻想(げんそう)だとか、だいぶ(うす)れてきてたところだったし……)


数年(すうねん)放蕩生活(ほうとうせいかつ)はラグシードの(こころ)に、(うるお)いをあたえもしたが同時(どうじ)()()えて大切(たいせつ)ななにかを(うば)ってもいた。


神学校(しんがっこう)中退(ちゅうたい)してからの(かれ)急激(きゅうげき)変化(へんか)は、ただの反抗(はんこう)という(かた)にはおさまっていないように(かん)じられたのだろう。


故郷(こきょう)親族(しんぞく)たちを困惑(こんわく)させ、(した)しい友人(ゆうじん)たちにも心配(しんぱい)された。


とりわけ両親(りょうしん)(こころ)(いた)ませていることは、(とう)本人(ほんにん)がはっきりと自覚(じかく)していた──


(でも、どうにもならなかったんだよな。あの(ころ)は。自分(じぶん)がなにを(さが)してるのかもわからないのに、(さが)してさまよってるみたいな(かん)じでさ)


それが旅路(たびじ)(すえ)、ロジオンという主君(しゅくん)運命的(うんめいてき)出逢(であ)いを()たし──


ようやく自分(じぶん)()きる(みち)がなんなのか。その片鱗(へんりん)()つけたような()がした。


(みちび)かれたご(えん)感謝(かんしゃ)して、自分(じぶん)なりに役立(やくだ)てるように研鑽(けんさん)(つづ)けていた。まわりからは相変(あいか)わらずだと(おも)われていただろうが。


主君(しゅくん)(まも)るため、生活(せいかつ)(かて)()るため。黙々(もくもく)とただひたすらに(つよ)さを(みが)いて。


でも、それだけではなにかが()りないと(おも)っていた。ながいことそれがなんなのかわからなかったが──


それを()づかせてくれたのが、彼女(かのじょ)という存在(そんざい)なのかもしれない。


「──さてと、そろそろ邪魔(じゃま)しにいきますか」


()けるような陽射(ひざ)しを()びながら、ラグシードは(だれ)()うでもなくそうつぶやいた。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み