人さし
指から
外した
金の
指輪が、さびしげに
光を
放ちながらテーブルの
上に
置き
去りになっていた。
頭がしびれたようになって、なにも
考えられなかった。
──いや、それは
嘘だ。
アナベルは
迷子の
子供のように
心細い
気持ちで、
自室のベットに
横たわり
毛布にくるまっていた。
これで
恋わずらいから
開放されるという
安堵感とはうらはらに、
彼女をせき
立てていたのは、ロジオンを
引き
止めたいという
強い
想いだった。
(あたしを
置いていかないで、いかないで、いかないで──)
よけいに
心の
傷を
深くするだけだと
知りながら、アナベルは
願わずにいられなかった。
(だめだわ………。これじゃあ
今夜は
眠れそうもない)
夜のとばりが
降りるころ、
彼女は
泣きはらした
瞳をぬぐって
屋敷を
抜け
出した。
一目散に
馬車に
飛び
乗ると、
濃い
闇に
包まれた
夜の
街へ
走らせた。
☆
「リーム!こんな
夜遅くにごめん。でもどうしても
相談したいことがあって………」
勢いよく
扉を
開けると、アナベルは
必死なようすで
親友にそう
呼びかけた。
だがそこで
目にしたのは、
室内が
薄暗いため
相手の
姿ははっきりしないが、
親友が
男と
抱擁を
交わしているシルエットだった。
「ごめんっ!
邪魔したわっ」
アナベルはあわてて
二人に
背を
向けると、
狼狽のあまり
床につんのめりにそうになりながらも、
急いで
部屋を
出ていこうとした。
「
待って!アナベル。
誤解よっ!」
リームのせっぱつまったような
鋭い
声が
彼女を
必死に
呼び
止めた。
「………アナベル?」
相手の
男が
低くつぶやいた。
なにやら
聞き
覚えのある
声に
反応して
彼女がふり
返ると、
薄暗がりの
中から
出て
来た
男と
目が
合った。
「ラグシード!?なんであんたがこんな
所にいるのよ!」
思いがけない
人物を
目の
当たりにして、すっとん
狂な
声でアナベルが
叫んだ。
さすがの
彼も
照れくさいのか、バツの
悪そうな
表情を
浮かべる。
「
二人とも
知り
合いだったの!?」
アナベルとラグシードの
顔を
交互に
見ながら、あぜんとしたようすでリームがつぶやいた。
「それにしてもいいタイミングで
飛びこんで
来てくれたわ。
私もう
少しでこの
男に
襲われるところだったんだから」
「お、
襲われるって………!?あんたあたしの
友達になにすんのよッ!それとなんで
二人が
顔見知りなのか、ぜひとも
聞かせてもらいたいわね」
アナベルが
意地の
悪い
笑みを
浮かべてラグシードにつめ
寄ると、たじたじになっている
彼の
代わりにリームが
説明した。
「
彼には
先日、
私が
街で
男にからまれていたところを
助けてもらったの。それが
縁でお
礼に
一度だけ
占ってあげたことがあるんだけど、それだけよ。なのにあれ
以来、たびたびここに
立ち
寄るようになって………」
「ラグシードが
夜ごと
徘徊して
帰ってこなかったのには、そんな
理由があったわけね……」
やや
軽蔑したようなまなざしを
受けて、ラグシードは
素知らぬふりをした。
「それなのにこの
男ったらなにを
思ったのか、さっき
突然押しかけてきて、
死ぬかもしれないから
一回抱かせろなんて
言うのよっ!?
信じられない!
無神経にもほどがあるわ!」
怒り
心頭といったようすで、かなりの
剣幕でリームがまくし
立てた。
しかし、
肝心のアナベルは
別の
部分が
心に
引っかかったようだった。
「ラグシード、
死ぬかもしれないってどういうこと?」
うぐっと
言葉につまったように、
彼は
気まずい
表情を
浮かべて
口を
閉ざした。
「
明日、屋敷を
出て
行くってロジオンが
言ってたわ。それとなにか
関係があるんじゃないの」
「
明日発つって!?そりゃまた
急だな。
俺だってそこまで
聞いてねえよ………」
よそよそしく
視線をそらしてごまかそうとしているラグシードにかまわず、アナベルは
静かだが
語気を
強めて
話を
続けた。
「
話をはぐらかさないで!もう
一度聞くわよ。
死ぬかもしれないってどういうこと?」
アナベルに
真剣な
瞳で
凝視され、
彼は
観念したとばかりに
大きなため
息をついた。
「ロジオンにとっちゃ
極秘あつかいの
内容だから
黙ってたが、あんたには
話さないわけにはいかなくなっちまったな。あいつは
嫌がるだろうが、しょうがねえ」
ラグシードは
遠い
記憶に
思いをはせるように、とつとつと
語りはじめた。
ロジオンが
必死にアナベルに
隠し
通してきた、
彼自身の
過去について──