47.君から離れる旅立ちの朝

文字数 2,295文字




「もう()ってしまわれるんですね。こんなに朝早(あさはや)くの出発(しゅっぱつ)でなければ、いろいろとお見送(みおく)りの準備(じゅんび)ができたのに……残念(ざんねん)ですわ」


多忙(たぼう)(ちち)リルロイに()わり、屋敷(やしき)門前(もんぜん)まで見送(みおく)りにあらわれたキャスリンが、旅立(たびだ)二人(ふたり)にはなむけの言葉(ことば)をかけた。


「いいえ、こちらこそ大変(たいへん)迷惑(めいわく)をかけてしまって……。お(れい)言葉(ことば)では()えられないくらいです。ほんとうにお世話(せわ)になりました」


そう()って、ちらりとアナベルに視線(しせん)(はし)らせると、すまなそうな(かお)でロジオンは姉妹(しまい)()かって深々(ふかぶか)(あたま)()げた。


その姿(すがた)()ても(こころ)()たれるようすもなく、顔色(かおいろ)ひとつ()えずにぼんやり()っている(いもうと)を、キャスリンは怪訝(けげん)(かお)()つめていた。


(この()、どうしちゃったのかしら?つい最近(さいきん)までロジオンさんにあんなに熱心(ねっしん)だったのに……)


(こま)()てたキャスリンは、しびれを()らして(いもうと)発破(はっぱ)をかけた。


「アナベル、あなたからもなにか()ってあげたらどうなの?」


少女(しょうじょ)はどうして自分(じぶん)が?と疑問(ぎもん)(いだ)いたようすで、一点(いってん)(くも)りもない(ひとみ)(あね)()た。


「ちゃんと()いてるの?ロジオンさんたちもう()っちゃうのよ!」


なぜ(あね)心配(しんぱい)そうな表情(ひょうじょう)で、そんなことを()うのだろう。


()()ちなかったが、社交辞令(しゃこうじれい)とばかりに彼女(かのじょ)(わか)れの言葉(ことば)(くち)にした。


「ロジオンさんたち、(ちか)くに()たらまた()ってくださいね」


うわべだけの言葉(ことば)(はっ)して満足(まんぞく)し、少女(しょうじょ)はくったくのない笑顔(えがお)二人(ふたり)見送(みおく)った。


(もん)から屋敷(やしき)までの(みち)のりを()(かえ)しながら、奇妙(きみょう)なほどに無邪気(むじゃき)(いもうと)姿(すがた)を、複雑(ふくざつ)(おも)いでキャスリンは見守(みまも)っていた。


「……アナベル、あなた(かな)しくないの?」


「え?」


彼女(かのじょ)意表(いひょう)()かれたようすで()()まった。


(わたし)、てっきり……あなたが()きだすんじゃないかって心配(しんぱい)してたのよ」


「どうして?(へん)なお姉様(ねえさま)


(こころ)何処(どこ)かに()(わす)れたような(かお)でそう()うと、アナベルはくるりと(きびす)(かえ)した。

        ☆

「あれで本当(ほんとう)によかったのかよ?」


あっけない(わか)れぎわにさすがに違和感(いわかん)(おぼ)えたのか、ラグシードは(おも)わずロジオンにそう()いかけていた。


「もう、()えなくなるかもしれないんだぞ。これは冗談抜(じょうだんぬ)きで()ってるんだ。まだ時間(じかん)はあるし、(おれ)ならどっかで()っててやるから、なんなら二人(ふたり)きりで()ごしてきても……」


ロジオンはそんな相棒(あいぼう)(もう)()をやんわりとさえぎった。


(へん)()をまわさなくてもいいんだよ。(わか)れなら昨日(きのう)すませたから」


聡明(そうめい)(ひとみ)()つめ(かえ)すと、(かれ)(しず)かにそう(こた)えた。


「おまえが後悔(こうかい)しないなら、それでかまわないけど。にしても残念(ざんねん)だよなぁ……。彼女(かのじょ)(のぞ)みありそうだったのに」


「………………………」


「せっかくだから『フォルトナの契約(けいやく)』だけでも(ため)してみて、もし成功(せいこう)したら協力(きょうりょく)してもらえばよかったのに……」


無意識(むいしき)なのかもしれないが、その口調(くちょう)にはアナベルを(えら)ばなかったことへの不満(ふまん)がにじみ()ていた。


しかし、『エレプシアの乙女(おとめ)』と契約(けいやく)()わすことの代償(だいしょう)(はか)りしれなく(おお)きい。


フォルトナの(ちから)()たアナベルの心臓(しんぞう)は、『(くろ)(へび)』にささげる神聖(しんせい)生贄(いけにえ)として教団(きょうだん)(ねら)われてしまうだろう。


契約(けいやく)()わすこと。すなわちそれは、(あい)する女性(じょせい)の【()】を暗示(あんじ)させる危険(きけん)()けに()るようなものだった。


「いいんだ……それで。(ぼく)彼女(かのじょ)()きこみたくなかったんだ……」


「それだけ大切(たいせつ)存在(そんざい)だったってこと?」


その()いかけに否定(ひてい)肯定(こうてい)もせず、ロジオンは()(だま)った。


まだ納得(なっとく)していないながらも、ラグシードは(くち)ごもるしかなかった。


(かれ)はうっとうしい気分(きぶん)()えようと、荷物(にもつ)からうやうやしく(ふる)地図(ちず)()りだした。


「これがアトゥーアンの地下都市(ちかとし)見取(みと)()だ。情報(じょうほう)によると教会(きょうかい)には地下(ちか)につながる(みち)があるらしい。以前(いぜん)墓地(ぼち)として使用(しよう)されていたみたいだな」


地下都市(ちかとし)古地図(こちず)か……。ラグシードにしては準備(じゅんび)がいいじゃないか」


ロジオンがめずらしく関心(かんしん)したような(こえ)をもらす。


墓地(ぼち)(わす)()られて廃墟(はいきょ)()しているはずだったんだが、(いま)教団(きょうだん)悪用(あくよう)されてるって(せん)濃厚(のうこう)だ」


皮肉(ひにく)なもんだよね。でも潜伏(せんぷく)するには理想的(りそうてき)場所(ばしょ)だから無理(むり)もないか」


「この地図(ちず)はかなり(ふる)いものだ。(いま)当時(とうじ)のままだとは(かぎ)らないが、『(くろ)(へび)』の祭壇(さいだん)をどこかに設置(せっち)しているにちがいない」


「そして(いま)でも生贄(いけにえ)儀式(ぎしき)を……」


(あい)()わらずくり(かえ)してるだろうな。それが『(くろ)(へび)』にとって()かせない儀式(ぎしき)なんだろうから」


諸悪(しょあく)根源(こんげん)は、根絶(ねだ)やしにしないといけないよ……」


(おも)いつめた表情(ひょうじょう)をしたロジオンの(かた)が、(いか)りで(しず)かに(ふる)えていた。


「まぁ、そんなに(こわ)(かお)するなよ。もうすこし(かた)(ちから)ぬけって」


(ぼく)本気(ほんき)だよ。(やつ)らはどれだけ大切(たいせつ)なものを(うば)えば()がすむんだろう……?」


その絶望的(ぜつぼうてき)(ひび)きをふくんだ声音(こわね)に、底知(そこし)れない(やみ)のようなものがあることを、ラグシードは敏感(びんかん)(かん)じとっていた。


そしてロジオンが犠牲(ぎせい)にしてきたものの(なか)に、(あら)たに(くわ)わった項目(こうもく)があることに()づいて愕然(がくぜん)とした。


(こいつは(こい)までも犠牲(ぎせい)にするってのか……?)


(おも)わず大嫌(だいきら)いな(かみ)(なげ)きたくなるような気分(きぶん)(おちい)り、(かれ)はめずらしくしんみりとした。


「くれぐれも自分(じぶん)をあまり粗末(そまつ)にするなよ」


ラグシードはいたわるように(こえ)をかけると、ぽんと金髪(きんぱつ)(あたま)()()いた。


やけくそになり自滅(じめつ)するのだけは()けたかったのだ。


ロジオンのことを(おも)ってでもあるが、それ以上(いじょう)(かれ)一途(いちず)(した)うアナベルのためかもしれなかった。


(それにしても、アナベルもようすが(へん)だったよな。(おれ)はてっきりついて()くとか(さわ)ぎだすと(おも)ってたんだが……。(わか)れぎわも淡白(たんぱく)すぎるくらいの応対(おうたい)だったし)


黙々(もくもく)ととなりを(ある)くロジオンの姿(すがた)見下(みお)ろして、いっちょう人肌脱(ひとはだぬ)ぐかと(かれ)決心(けっしん)した。


(……これは(おれ)なりに、(さぐ)りを()れてみる必要(ひつよう)があるな)



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