52.引き裂かれた絆~さらわれたアナベル

文字数 1,973文字




ところ()わって、マインスター()のアナベルの部屋(へや)


ここでは(あい)()わらず、(あま)菓子(かし)とハーブティーの(かぐわ)しい芳香(ほうこう)(つつ)まれている。


さながら乙女(おとめ)たちの饗宴(きょうえん)といったところだ。


「さっきからお菓子食(かした)べてないみたいだけど、ダイエットでもしてるの? せっかく(みやこ)でも人気(にんき)のパティシエに特注(とくちゅう)したのに」


古代の秘法(エンシェント・ルーン)底知(そこし)れぬ(ちから)にふれ、焦燥(しょうそう)にかられている親友(しんゆう)胸中(きょうちゅう)など()りもせず、アナベルはぶつくさと不満(ふまん)をもらした。


ロジオンとの記憶(きおく)をうしなった彼女(かのじょ)には、およそ危機感(ききかん)といったものがいっさい欠落(けつらく)していた。


色彩豊(しきさいゆた)かなトッピングが()られた紋章入(もんしょうい)りの()菓子(かし)を、一人(ひとり)黙々(もくもく)(くち)(はこ)んでいる。


「お菓子(かし)はよすわ。そんな気分(きぶん)じゃないの」


リームは(かぶり)をふると、うんざりしたようすで生返事(なまへんじ)をかえした。


万策(ばんさく)つきた?ううん、あきらめるのはまだ(はや)い。(わたし)にできること──そうよ!(うらな)いがあるじゃない!(あん)ずるより()むが(やす)し。とりあえずやってみよう!)


彼女(かのじょ)はさっそく(うらな)いの準備(じゅんび)()りかかった。


それまで整然(せいぜん)菓子(かし)(なら)べられていたテーブルの(うえ)に、神秘的(しんぴてき)(かがや)きを(はな)水晶球(すいしょうきゅう)鎮座(ちんざ)した。


「ちょっと、(きゅう)(うらな)いはじめるなんてどうしちゃったの?」


とまどいながらも興味(きょうみ)()かれたのか、アナベルは食事(しょくじ)()完全(かんぜん)(やす)めて水晶(すいしょう)をのぞきこんだ。


「いいからあなたは(まえ)(すわ)って、できれば(あたま)をからっぽにしてリラックスしててね」


そう早口(はやくち)()げると、リームは神経(しんけい)をとぎ()まし水晶球(すいしょうきゅう)思念(しねん)(おく)った。


(──()ちかけた教会(きょうかい)。あれはたぶん東街(ひがしまち)。……地下墓所(ちかぼしょ)がある……()らなかったわ……。教会(きょうかい)秘密(ひみつ)通路(つうろ)でつながっているのね。でも、アナベルの(うしな)われた記憶(きおく)とは関係(かんけい)ないんじゃ──)


「おっと、それ以上(いじょう)詮索(せんさく)をされちゃあ(こま)るなぁ」


室内(しつない)におどけたような(こえ)(ひび)き、二人(ふたり)警戒(けいかい)して周囲(しゅうい)()まわした。


()(はな)たれた(まど)からざっと(かぜ)(なが)れこみ、レースのカーテンを(はげ)しくたなびかせた。


無人(むじん)だったはずのバルコニーの一角(いっかく)に、不可思議(ふかしぎ)なゆがみが(しょう)じていた。


まるで空間(くうかん)()()くように、こつぜんと黒装束(くろしょうぞく)青年(せいねん)姿(すがた)(あらわ)していた。


「ど、どうなってるの……?」


困惑(こんわく)したようすのアナベルは、見知(みし)らぬ(おとこ)(かお)()つめて茫然(ぼうぜん)とつぶやいた。


「──失礼(しつれい)(おれ)もレディーの部屋(へや)無遠慮(ぶえんりょ)(しの)びこむ趣味(しゅみ)はないんだが、こっちもなりふりかまってられない状況(じょうきょう)なんでね」


鴉色(からすいろ)長髪(ちょうはつ)をたなびかせ、青年(せいねん)硬直(こうちょく)している二人(ふたり)には()もくれず、水晶球(すいしょうきゅう)(かがや)くテーブルの(まえ)(あゆ)()った。


「まずは、任務(にんむ)遂行(すいこう)するとするか……」


淡々(たんたん)とつぶやくと、水晶球(すいしょうきゅう)台座(だいざ)から(うば)()り、なんの躊躇(ためら)いもなく(ゆか)(たた)きつけた。


(みみ)をつんざくような破裂音(はれつおん)とともに、水晶(すいしょう)粉々(こなごな)(くだ)()り、その衝撃(しょうげき)欠片(かけら)(ちゅう)()(おど)った。


「なにをするのっ!……とんだ侵入者(しんにゅうしゃ)ね。あなた、何者(なにもの)?」


いつになく(けわ)しい形相(ぎょうそう)で、リームが黒装束(くろしょうぞく)(おとこ)追及(ついきゅう)すると、


「ロジオンとかいう優男知(やさおとこし)ってるだろ?そいつが心酔(しんすい)してるお姫様(ひめさま)ってのは、あんたのことかい?」


(おとこ)質問(しつもん)には(こた)えず、(するど)一瞥(いちべつ)をリームとアナベルに()かって交互(こうご)()びせた。


しかし、その眼光(がんこう)にすぐさま失望(しつぼう)(いろ)がうかぶ。


「──ちっ!まだ(だれ)とも契約(けいやく)をかわしてねぇのか。臆病風吹(おくびょうかぜふ)かせやがって。『エレプシアの乙女(おとめ)』がいないんじゃしょうがねえ。どっちを()れてっても(おな)じ……」


言葉(ことば)中断(ちゅうだん)しアナベルの(かお)凝視(ぎょうし)すると、(おとこ)口許(くちもと)をななめに()ちあげて(わら)った。


「あんたのほうが(やく)()ちそうだ。お(じょう)さん、(ひと)さらいにご同行願(どうこうねが)えますか?」


ふざけたセリフを見聞(みき)きしたのと、アナベルが()にも()まらぬ(はや)さで青年(せいねん)()らわれ、泡沫(ほうまつ)のようにかき()えたのは、ほとんど同時(どうじ)だった。


(なっ!?……瞬間移動(しゅんかんいどう)何者(なにもの)なのよ、あいつ!そんなことよりも……!!)


「──アナベルぅっ!!」


リームの悲痛(ひつう)(さけ)びが屋敷(やしき)にこだました。

        ☆

ふいに(いや)予感(よかん)全身(ぜんしん)電流(でんりゅう)のように()()けて、ロジオンは反射的(はんしゃてき)背後(はいご)をふり(かえ)っていた。


(だれ)もいない──
(かれ)はあせりを(かん)じて(あゆ)みを(はや)めた。


ざらつくように一瞬(いっしゅん)まとわりついた、(いま)凶悪(きょうあく)思念(しねん)のかたまりはなんだったのだろう?


同時(どうじ)大切(たいせつ)なものを(うば)われたような不安(ふあん)()しよせ、平面(へいめん)だった感情(かんじょう)にさざ(なみ)()つ。


(──なんだ?(こころ)一部(いちぶ)がごっそりと()っていかれたようなこの喪失感(そうしつかん)は……。なにしろここは『(くろ)(へび)』の本拠地(ほんきょち)だ。物騒(ぶっそう)思念(しねん)にさらされて()たり(まえ)か。(やつ)らの(ほっ)している生贄(いけにえ)が、むざむざ(ころ)されに(あらわ)れたようなものだからな)


ロジオンは(ふか)いため(いき)をつき、(うつ)ろな視線(しせん)頭上(ずじょう)()けた。


地下(ちか)とはいえよほど(ふか)()()げたとみえ、天井(てんじょう)ははるか(たか)みにある。


地下都市(ちかとし)にもぐってからそう(とき)はたっていないものの、ロジオンは(はや)くも地上(ちじょう)(もど)りたい衝動(しょうどう)()られていた。


あの()だまりのような(あたた)かい空気(くうき)にふれられたら……どんなに(しあわ)せだろうか。


もはや手放(てばな)してしまった少女(しょうじょ)面影(おもかげ)(こころ)(えが)いて、(かれ)はせつない気分(きぶん)(おそ)われた。



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