49.失った記憶と失いたくない記憶

文字数 2,116文字




しばらく意識(いしき)集中(しゅうちゅう)させると、リームは記憶(きおく)(いと)をたぐり()せるようにして思考(しこう)をまとめた。


「ロジオン(くん)は、かなり卓越(たくえつ)した魔力(まりょく)()(ぬし)よね?」


本人(ほんにん)はそうとう自覚(じかく)してないけどな。いにしえの魔法(まほう)(たみ)・フォルトナの末裔(まつえい)らしいぜ」


ラグシードはなかば揶揄(やゆ)するようにその事実(じじつ)(みと)めると、ふて(くさ)れたように(てん)(あお)いだ。


「そんなたいそうなご出自(しゅつじ)なのに、なにを卑屈(ひくつ)になってるんだか……。(おれ)には理解不能(りかいふのう)だぜ。もっと自分(じぶん)自信持(じしんも)てば、(みち)(ひら)けるかもしれないってのに、あのバカ野郎(やろう)……」


「それが(かれ)性格(せいかく)なんだもの。しょうがないわよ。それよりアナベルのことだけど、記憶(きおく)操作(そうさ)する魔法(まほう)をかけられたのかもしれないわ」


記憶(きおく)操作(そうさ)するって……!!そんなことできるのかよ!?」


初耳(はつみみ)だとばかりに驚愕(きょうがく)したようにラグシードが(さけ)んだ。


古代(こだい)秘法(ひほう)──『エンシェント・ルーン』っていうんだけど、現在(げんざい)では(すた)れてしまって人間(にんげん)であやつれる(もの)はごくわずかだと(おも)うわ」


リームはそこまで()って一呼吸(ひとこきゅう)つくと、あらためて真剣(しんけん)(かお)をしてラグシードのほうを()た。


(かれ)はフォルトナの末裔(まつえい)なんでしょう?つまり魔法使(まほうつか)いとしては特別(とくべつ)だってこと。常人(じょうじん)には不可能(ふかのう)魔法(まほう)習得(しゅうとく)していて不思議(ふしぎ)はないもの」


「あいつ、そんな(わざ)まで(かく)しもってたんだな……」


リームの説明(せつめい)()()えて、(かれ)はさも意外(いがい)そうにつぶやいた。


「でも正直(しょうじき)にいって、記憶(きおく)をあやつるのは反則(はんそく)だと(おも)うわ。アナベルのことを(おも)いやっての行動(こうどう)なんでしょうけど」


「それがあいつなりの誠意(せいい)なんだよ。……かなり屈折(くっせつ)してるとは(おも)うけどな。意地(いじ)でもついて()そうな(いきお)いだったから、彼女(かのじょ)危険(きけん)()()わせたくなかっただけだろ」


「だからって記憶(きおく)まで()さなくても……」


「まぁ、(おれ)(おな)意見(いけん)だが、(とき)にはそういう(あい)表現(ひょうげん)もあるのかもな」


二人(ふたり)(あいだ)をふと、一陣(いちじん)(かぜ)()きぬけていった。


()みわたった(あさ)空気(くうき)()いこんで、リームは決心(けっしん)(かた)めたように(くち)(ひら)いた。


「とにかくアナベルが心配(しんぱい)だから、屋敷(やしき)にようすを()()ってみるわ。あなたもそれを(わたし)(たの)みに()たんでしょ?」


名答(めいとう)!とばかりに(かお)(かがや)かせてうなずくと、ラグシードは歓喜(かんき)にあふれた琥珀色(こはくいろ)(ひとみ)でリームを()つめた。


「これで(おれ)安心(あんしん)して敵地(てきち)潜入(せんにゅう)できるぜ。(おん)にきるよ」


(むね)のつかえが()れたような()()れとしたようすで、(かれ)(しろ)()()せて(わら)った。


(……皮肉(ひにく)っぽい態度(たいど)ばかりとる(ひと)だと(おも)ってたけど、ちゃんと素直(すなお)なところもあるんじゃない。ドライなのは自分(じぶん)女性関係(じょせいかんけい)だけなのかしら……?)


リームは不可思議(ふかしぎ)なものでも()るような(ひとみ)(かれ)()つめた。


だがその姿(すがた)からは、以前(いぜん)のような警戒心(けいかいしん)はほとんど()えうせていた。


「──無茶(むちゃ)しないでよ」


ぼそっとつぶやかれた()づかいの言葉(ことば)に、ラグシードが()(まる)くしていると、


「いい?これは心配(しんぱい)じゃなくて忠告(ちゅうこく)!ロジオン(くん)といっしょに無事(ぶじ)(かえ)ってきてよ!」


(かれ)片手(かたて)()げてそれに(おう)じると、彼女(かのじょ)()()けて(ある)きだした。

        ☆

道具屋(どうぐや)霊草(れいそう)()ってきたぞ」


旅人宿(たびびとやど)(かえ)ってくるなり、ラグシードは(きず)をいやす霊草(れいそう)(はい)った(ふくろ)を、これみよがしにロジオン()せつけた。


「おまえのことだから、どうせ()(みち)してきたんだろ。またリームさんのところ?」


そんなことはお見通(みとお)しだとばかりに、即座(そくざ)につれない返事(へんじ)がかえってきた。


わざとらしく口笛(くちぶえ)など()いてごまかそうとするラグシードを横目(よこめ)でにらむ。


()ないでくださいって()われたのに、平気(へいき)()神経(しんけい)がしれないよ……!」


ぶつぶつと不満(ふまん)をもらすロジオンを無視(むし)して、ラグシードは(つくえ)(うえ)(ふくろ)()いた。


(おれ)のほうはこれから準備(じゅんび)するけど、おまえはどうだ?」


「こっちは用意周到(よういしゅうとう)()かりはないよ」


「さすがは大魔法使(だいまほうつか)いさま。余裕(よゆう)しゃくしゃくって(かん)じだな」


「なにその()(かた)(へん)()ちあげたりして、気持(きも)(わる)いなぁ……新手(あらて)のイヤミ?」


()にするな。おまえの魔法(まほう)能力(のうりょく)はあらためて尋常(じんじょう)じゃないんだな、と(おも)()らされただけだからさ」


素直(すなお)(みと)められるのも、居心地(いごこち)(わる)いなといったようすで、ロジオンは相棒(あいぼう)をじろじろとながめた。


(いま)のうちに身体休(からだやす)めとけよ。それと(きず)ついた(こころ)にもたっぷりと英気(えいき)をやしなっとけ」


これは忠告(ちゅうこく)だとばかりに、ラグシードがびしっと(つよ)口調(くちょう)()った。


(──(きず)ついたって、アナベルとのこと()ってるのかな?)


そのことならもう()んぎりはついたんだと、少年(しょうねん)(とお)()をして(まど)(そと)をながめた。


自分(じぶん)(こころ)ならばあの瞬間(しゅんかん)忘却(ぼうきゃく)彼方(かなた)にすべて()()りにしてきたのだ。


少女(しょうじょ)とちがい、あえて記憶(きおく)残留(ざんりゅう)したままになってはいるのだが……。


忘却(ぼうきゃく)魔法円(まほうえん)は、自分(じぶん)には()()がなくても、(じゅつ)使(つか)える他者(たしゃ)にお(ねが)いすれば、彼女(かのじょ)記憶(きおく)()してもらえる……)


かすかに(くも)ったロジオンの(ひとみ)は、(まど)(うつ)(まち)をつきぬけて(はる)(とお)く──


修業(しゅぎょう)()でもある谷間(たにま)(まち)グレッツァの風景(ふうけい)(おも)(えが)いていた。


大自然(だいしぜん)(いだ)かれるような景観(けいかん)(ひろ)がっている、まさしく人里(ひとざと)から隔絶(かくぜつ)された秘境(ひきょう)であるその場所(ばしょ)に……。


魔法草(まほうそう)書物(しょもつ)(やま)にひとり(うず)もれるようにして、(かれ)師匠(ししょう)である老婆(ろうば)がひっそりと隠遁(いんとん)生活(せいかつ)(おく)っていた。


(たとえば、師匠(ししょう)のアンテーヌに(たの)むとか……。でも、あえてそれをしないのは、やっぱり(ぼく)のわがままなのかな……)



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