しばらく
意識を
集中させると、リームは
記憶の
糸をたぐり
寄せるようにして
思考をまとめた。
「ロジオン
君は、かなり
卓越した
魔力の
持ち
主よね?」
「
本人はそうとう
自覚してないけどな。いにしえの
魔法の
民・フォルトナの
末裔らしいぜ」
ラグシードはなかば
揶揄するようにその
事実を
認めると、ふて
腐れたように
天を
仰いだ。
「そんなたいそうなご
出自なのに、なにを
卑屈になってるんだか……。
俺には
理解不能だぜ。もっと
自分に
自信持てば、
道も
開けるかもしれないってのに、あのバカ
野郎……」
「それが
彼の
性格なんだもの。しょうがないわよ。それよりアナベルのことだけど、
記憶を
操作する
魔法をかけられたのかもしれないわ」
「
記憶を
操作するって……!!そんなことできるのかよ!?」
初耳だとばかりに
驚愕したようにラグシードが
叫んだ。
「
古代の
秘法──『エンシェント・ルーン』っていうんだけど、
現在では
廃れてしまって
人間であやつれる
者はごくわずかだと
思うわ」
リームはそこまで
言って
一呼吸つくと、あらためて
真剣な
顔をしてラグシードのほうを
見た。
「
彼はフォルトナの
末裔なんでしょう?つまり
魔法使いとしては
特別だってこと。
常人には
不可能な
魔法も
習得していて
不思議はないもの」
「あいつ、そんな
技まで
隠しもってたんだな……」
リームの
説明を
聞き
終えて、
彼はさも
意外そうにつぶやいた。
「でも
正直にいって、
記憶をあやつるのは
反則だと
思うわ。アナベルのことを
思いやっての
行動なんでしょうけど」
「それがあいつなりの
誠意なんだよ。……かなり
屈折してるとは
思うけどな。
意地でもついて
来そうな
勢いだったから、
彼女を
危険な
目に
遭わせたくなかっただけだろ」
「だからって
記憶まで
消さなくても……」
「まぁ、
俺も
同じ
意見だが、
時にはそういう
愛の
表現もあるのかもな」
二人の
間をふと、
一陣の
風が
吹きぬけていった。
澄みわたった
朝の
空気を
吸いこんで、リームは
決心を
固めたように
口を
開いた。
「とにかくアナベルが
心配だから、
屋敷にようすを
見に
行ってみるわ。あなたもそれを
私に
頼みに
来たんでしょ?」
ご
名答!とばかりに
顔を
輝かせてうなずくと、ラグシードは
歓喜にあふれた
琥珀色の
瞳でリームを
見つめた。
「これで
俺も
安心して
敵地に
潜入できるぜ。
恩にきるよ」
胸のつかえが
取れたような
晴れ
晴れとしたようすで、
彼は
白い
歯を
見せて
笑った。
(……
皮肉っぽい
態度ばかりとる
人だと
思ってたけど、ちゃんと
素直なところもあるんじゃない。ドライなのは
自分の
女性関係だけなのかしら……?)
リームは
不可思議なものでも
見るような
瞳で
彼を
見つめた。
だがその
姿からは、
以前のような
警戒心はほとんど
消えうせていた。
「──
無茶しないでよ」
ぼそっとつぶやかれた
気づかいの
言葉に、ラグシードが
目を
丸くしていると、
「いい?これは
心配じゃなくて
忠告!ロジオン
君といっしょに
無事に
帰ってきてよ!」
彼は
片手を
上げてそれに
応じると、
彼女に
背を
向けて
歩きだした。
☆
「
道具屋で
霊草を
買ってきたぞ」
旅人宿に
帰ってくるなり、ラグシードは
傷をいやす
霊草の
入った
袋を、これみよがしにロジオン
見せつけた。
「おまえのことだから、どうせ
寄り
道してきたんだろ。またリームさんのところ?」
そんなことはお
見通しだとばかりに、
即座につれない
返事がかえってきた。
わざとらしく
口笛など
吹いてごまかそうとするラグシードを
横目でにらむ。
「
来ないでくださいって
言われたのに、
平気で
行く
神経がしれないよ……!」
ぶつぶつと
不満をもらすロジオンを
無視して、ラグシードは
机の
上に
袋を
置いた。
「
俺のほうはこれから
準備するけど、おまえはどうだ?」
「こっちは
用意周到。
抜かりはないよ」
「さすがは
大魔法使いさま。
余裕しゃくしゃくって
感じだな」
「なにその
言い
方?
変に
持ちあげたりして、
気持ち
悪いなぁ……
新手のイヤミ?」
「
気にするな。おまえの
魔法の
能力はあらためて
尋常じゃないんだな、と
思い
知らされただけだからさ」
素直に
認められるのも、
居心地が
悪いなといったようすで、ロジオンは
相棒をじろじろとながめた。
「
今のうちに
身体休めとけよ。それと
傷ついた
心にもたっぷりと
英気をやしなっとけ」
これは
忠告だとばかりに、ラグシードがびしっと
強い
口調で
言った。
(──
傷ついたって、アナベルとのこと
言ってるのかな?)
そのことならもう
踏んぎりはついたんだと、
少年は
遠い
目をして
窓の
外をながめた。
自分の
心ならばあの
瞬間、
忘却の
彼方にすべて
置き
去りにしてきたのだ。
少女とちがい、あえて
記憶に
残留したままになってはいるのだが……。
(
忘却の
魔法円は、
自分には
効き
目がなくても、
術を
使える
他者にお
願いすれば、
彼女の
記憶は
消してもらえる……)
かすかに
曇ったロジオンの
瞳は、
窓に
映る
街をつきぬけて
遥か
遠く──
修業の
地でもある
谷間の
町グレッツァの
風景を
思い
描いていた。
大自然に
抱かれるような
景観が
広がっている、まさしく
人里から
隔絶された
秘境であるその
場所に……。
魔法草と
書物の
山にひとり
埋もれるようにして、
彼の
師匠である
老婆がひっそりと
隠遁生活を
送っていた。
(たとえば、
師匠のアンテーヌに
頼むとか……。でも、あえてそれをしないのは、やっぱり
僕のわがままなのかな……)