60.修道女の涙、そして危険な賭け

文字数 3,165文字




「──陰謀(いんぼう)だって?」


「ええ、(わたし)ですらあなたがたの魔法力(まほうりょく)(けた)(はず)れなこと、その能力(のうりょく)(きわ)めて特殊(とくしゅ)であることを()っています」


グランシアは真剣(しんけん)なまなざしで、ロジオンの双眸(そうぼう)をじっと()つめた。


悪事(あくじ)利用(りよう)しようと(たくら)(もの)存在(そんざい)しても、不思議(ふしぎ)はないでしょう」


(ぼく)はたとえ()んでも、『(くろ)(へび)』の手先(てさき)になる()微塵(みじん)もない!それなのに生贄(いけにえ)にささげる以外(いがい)利用価値(りようかち)があるというのか?」


ロジオンに(するど)視線(しせん)見据(みす)えられ、グランシアはなにかを決意(けつい)したように真顔(まがお)でうなずいた。


(わたし)(いもうと)はグロリオーザで、伝達師(でんたつし)仕事(しごと)にたずさわっていました。(おも)仕事(しごと)情報(じょうほう)伝達(でんたつ)教団内部(きょうだんないぶ)はもちろん、(とき)には外部(がいぶ)宗派(セクト)連絡(れんらく)()()うこともあったようです」


グランシアは(しず)かに(はなし)をつづけた──


「おもに伝達(でんたつ)手段(しゅだん)(ふた)つ。(ひと)つは書簡(しょかん)。そしてもう(ひと)つは口伝(くでん)。そのため自然(しぜん)教団(きょうだん)内部(ないぶ)事情(じじょう)精通(せいつう)してゆきました。()()られた理由(りゆう)もそのあたりにあるのかもしれません」


そこまで()ってグランシアは視線(しせん)()とすと、(うれ)いをふくんだ(ひとみ)をいっそう不安(ふあん)げに(くも)らせた。


伝達師(でんたつし)がいなくなるのは、よくあることですから。たいがい任務遂行中(にんむすいこうちゅう)死亡(しぼう)だとか、不慮(ふりょ)事故(じこ)(よそお)われることが(おお)いですが、大方(おおかた)口封(くちふう)じのための処刑(しょけい)です」


「それじゃあ、(いもうと)さんは……!?」


「だから、(いそ)がなければならないんです。(いもうと)は『(くろ)(へび)』に蔓延(まんえん)する不穏(ふおん)(うわさ)とある陰謀(いんぼう)()()け、秘密(ひみつ)(ちか)づきすぎたと()(のこ)し、(わたし)(まえ)から()れさられました」


彼女(かのじょ)(きみ)に、重要(じゅうよう)秘密(ひみつ)()()けたっていうことは……」


「おそらく()覚悟(かくご)していたのではないでしょうか」


「──(いそ)いで(いもうと)さんを()つけないと、大変(たいへん)なことになる!!」


「ええ!わかっています。……でも、その(まえ)にあなたに……。フォルトナの末裔(まつえい)であるあなたには、(いもうと)()った秘密(ひみつ)(つた)えたほうがよいのではないかと(おも)うのですが」


「そう……だね。どうやら(ぼく)(きみ)たちと無関係(むかんけい)じゃないようだ」


「ですが、『(くろ)(へび)』の秘密(ひみつ)(ちか)づく以上(いじょう)(わたし)たち同様(どうよう)(いのち)保証(ほしょう)はできません。それでもよろしければお(はなし)しましょうか?」


少年(しょうねん)はごくりと(のど)()らすと、覚悟(かくご)()めたようにグランシアを()つめ(かえ)した。

        ☆

しんと(しず)まり(かえ)った大聖堂(だいせいどう)に、(あか)絨毯(じゅうたん)()かれた回廊(かいろう)をはさんで、二人(ふたり)人間(にんげん)()きあっていた。


(とき)()まったような静寂(せいじゃく)をうちやぶるように、少年(しょうねん)一度目(いちどめ)をふせると、自分(じぶん)のふがいなさを()いるように言葉(ことば)()()した。


「あなたは『(くろ)(へび)』の内情(ないじょう)にくわしいようだ。(ぼく)(あに)(かたき)固執(こしつ)するあまり、教主(きょうしゅ)()いつめることだけで(あたま)がいっぱいだった。教団側(きょうだんがわ)情報(じょうほう)にはうとい……」


無理(むり)も、ありませんわ」


グランシアは表情(ひょうじょう)ひとつ(くず)さずに、真顔(まがお)(こた)えた。


けして(みじか)くはない沈黙(ちんもく)(あと)、ロジオンは(こえ)(はっ)した。


自分(じぶん)なりに熟慮(じゅくりょ)したすえの決断(けつだん)だった。


「……ぜひ、(おし)えてもらえないだろうか?その()わり(いもうと)さんのことは、(かなら)(すく)()してみせる!」


力強(ちからづよ)さを(かん)じさせるロジオンの(ひとみ)に、(こころ)()(うご)かされたのだろう。


「そのお言葉(ことば)()けて──(はな)勇気(ゆうき)がもてましたわ」


グランシアはこわばっていた(ほお)を、ようやくゆるませた。


「ご存知(ぞんじ)のとおり『(くろ)(へび)』は、(くろ)大蛇(だいじゃ)ネペンテス、複合魔獣(ふくごうまじゅう)アングラータ、(うみ)怪鳥(けちょう)ドルステア、毒蟲(どくむし)エクゾレータ、(しかばね)怨霊(おんりょう)グロリオーザ。その(いつ)つの宗派(セクト)総称(そうしょう)した()()です」


「『(くろ)(へび)』って(いつ)つも宗派(セクト)があって、信徒(しんと)でもない(もの)からすると、わかりづらいというか複雑化(ふくざつか)してるんだよね……」


ロジオンは眉根(まゆね)()せ、うんざりしたように(かお)(くも)らせた。


「そうですね。そうかもしれません……。ともかく、世界(せかい)()らばった教義(きょうぎ)はやがて枝分(えだわ)かれして、大蛇(だいじゃ)崇拝(すうはい)主軸(しゅじく)にすえながら、その土地(とち)にいわれのある邪神(じゃしん)(あが)めたてまつるようになりました」


()って修道女(しゅうどうじょ)は、(かべ)()えられた大蛇(だいじゃ)のレリーフを見上(みあ)げた。


「しかし幾年(いくとせ)もの歳月(さいげつ)組織(そしき)変容(へんよう)させ、もとは(ひと)つの信仰(しんこう)だった宗派間(しゅうはかん)微妙(びみょう)亀裂(きれつ)(しょう)じはじめたのも無理(むり)からぬこと」


「────!?」


(いま)はかろうじて小康状態(しょうこうじょうたい)をたもっていますが、(いつ)つに分裂(ぶんれつ)した宗派(セクト)再統合(さいとうごう)し、一大(いちだい)勢力(せいりょく)(きず)()げようとたくらむ一派(いっぱ)があると()きます」


ロジオンは一瞬(いっしゅん)はっとしたように上半身(じょうはんしん)(ふる)わせてから、あらためてグランシアの言葉(ことば)(みみ)(かたむ)けていた。


「そのためには大量(たいりょう)魔力(まりょく)をふくむ()生贄(いけにえ)をささげ、始祖(しそ)大邪神(だいじゃしん)復活(ふっかつ)させる必要(ひつよう)があるのです」


「…………………!!」


「ですが、始祖復活(しそふっかつ)にはまだ時間(じかん)がかかります。ロジオンさんはその生贄(いけにえ)のために、(いのち)(ねら)われているとお(おも)いでしょう?でも、それだけではないのです」


「じゃあ、(ぼく)(ちから)は、なんのために必要(ひつよう)だっていうんだ……?」


実際(じっさい)にグロリオーザを(おびや)かしたもの……。それは教祖(きょうそ)から(くだ)されたある託宣(たくせん)だったそうです」


「その託宣(たくせん)とは……いったい……?」


グランシアは予言者(よげんしゃ)のように(ひとみ)()じると、宣託(たくせん)文言(ぶんげん)(おも)()こした。


『フォルトナの魔法円(まほうえん)(あやつ)りし(かみ)末裔(まつえい)破滅(はめつ)(かぎ)となり【(つみ)教典(きょうてん)】に融合(ゆうごう)する(とき)(しかばね)怨霊(おんりょう)グロリオーザを壊滅(かいめつ)(みちび)くだろう』


(ぼく)が……『破滅(はめつ)(かぎ)』……?」


ロジオンの()いかけに黙視(もくし)(おう)じると、グランシアは(しず)かに言葉(ことば)(つづ)けた。


「グロリオーザ教主(きょうしゅ)は、『破滅(はめつ)(かぎ)』となるフォルトナの末裔(まつえい)()らえるよう、信者(しんじゃ)(めい)じました」


「アトゥーアンで殺人事件(さつじんじけん)多発(たはつ)したのは、やっぱりそのせいだったのか……」


「そしてその(かげ)で、一大勢力(いちだいせいりょく)をもくろむ首謀(しゅぼう)(しゃ)たちの暗躍(あんやく)も、(しず)かに(まく)()けました。(きょう)(しゅ)から教典(きょうてん)をうばいあなたに接触(せっしょく)させれば、自分(じぶん)たちは()(よご)さずに、邪魔(じゃま)宗派(セクト)をひとつ殲滅(せんめつ)できるのですから」


「……たしかに、それなら(いま)まで不可解(ふかかい)だった『(くろ)(へび)』の襲撃(しゅうげき)にも納得(なっとく)がいく」


巨大(きょだい)宗派(セクト)陰謀説(いんぼうせつ)()かされて、ロジオンはしばし言葉(ことば)(うしな)った。


(ぼく)卑劣(ひれつ)(わな)仕掛(しか)けたムスタイン……。ネペンテスの司教(しきょう)も、おそらく首謀者側(しゅぼうしゃがわ)一人(ひとり)でしょう」


「……………………」


「しかし、(ぼく)目的(もくてき)は、あくまでグロリオーザの教主(きょうしゅ)()つこと。『(くろ)(へび)』の紛争(ふんそう)にまで正直(しょうじき)(くび)をつっこもうとは(おも)いません」


「……そうですわね。あなたは()くなった(かた)(とむら)うための(たたか)い。まだ()きているかもしれない(もの)安否(あんぴ)(ねが)(わたし)とは、立場(たちば)がちがいますものね」


それまで気丈(きじょう)さをたもっていたグランシアの表情(ひょうじょう)が、みるみるうちに(くず)れはじめた。


不安(ふあん)焦燥(しょうそう)(いろど)られた(ひとみ)(おく)は、たちまち(なみだ)()たされていった。


「──そんな!誤解(ごかい)しないでください!あなたの(いもうと)さんを見捨(みす)てるわけではありません」


うちひしがれた修道女(しゅうどうじょ)(あわ)れな姿(すがた)に、ロジオンは(はげ)しく動揺(どうよう)した。


(かれ)(たん)なる仇討(かたきう)ちにすぎなかった自分(じぶん)目的(もくてき)を、(おお)きく()えないわけにはいかなくなっていた。


「たしかに教主(きょうしゅ)見当(みあ)たらない(いま)()がかりがこの教典(きょうてん)しかないのなら……。教祖(きょうそ)宣託(たくせん)にしたがって(ため)してみるしかないでしょう」


「あなたが……『破滅(はめつ)(かぎ)』となるのですか?」


グランシアの()いかけに、ロジオンが無言(むごん)でうなずく。


「その行動(こうどう)によって事態(じたい)()わるかもしれない。でも、より深刻(しんこく)(やみ)()()せるかもしれない……危険(きけん)()けですよ……」


「──ここに()(まえ)に、とうに覚悟(かくご)はできています。教団(きょうだん)壊滅(かいめつ)させることができるなら、この()(いのち)つき()てても()いはない!」


悲壮(ひそう)ともいえる決断(けつだん)(くだ)して、ロジオンは祭壇(さいだん)(あゆ)()った。


そうして黒光(くろびか)りする(つみ)教典(きょうてん)(ページ)に、(おも)いきって()のひらを()せた。


(……なんなんだ……!?この(かん)じ……まるでそう……これは……)


急激(きゅうげき)魔力(まりょく)()いとられ、みるみる消耗(しょうもう)してゆく感覚(かんかく)(おそ)われる。


めまい、()()をもよおし、ロジオンは()っていられなくなり、その()にがっくりと(ひざ)()とした。


(ひたい)には脂汗(あぶらあせ)がにじんでいる。


そのようすを()のあたりにして、白装束(しろしょうぞく)(つつ)まれた華奢(きゃしゃ)(かた)小刻(こきざ)みにふるえている。


「……グランシア……?」


それは恐怖(きょうふ)でも驚愕(きょうがく)でもなく、狂喜(きょうき)様相(ようそう)をにじませて。



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