「……これで、すべてが
終わったのね」
ほっとしたような、それでいて
心持ちさびしそうな
声音でアナベルがつぶやいた。
「ああ、なんだかとても
信じられないよ……」
白く
清められた
大聖堂を
見渡しながら、ロジオンは
感極まったように
声を
絞り
出す。
まだ、
永い
眠りから
覚めたばかりのような
気分だった。
どこか
遠い
目をして、
地底にあいた
穴から
外界の
空をあおぎ
見る。
真横でようすをうかがっていたアナベルは、そんなロジオンの
姿を
目に
焼きつけると、
不思議そうな
顔をして
言った。
「ロジオン……ちょっとだけ、
別人になったみたい」
少女の
突拍子もない
発言についてゆけず、
瞳をしばたたかせていると、
彼女はすぐそばの
倒れた
円柱にちょこんと
座った。
彼もつられたように
隣りに
腰かける。
「うまく
言えないけど、ね。あたしにはそう
感じるの」
「そうか。
確かにアトゥーアンに
来てから、いろんなことがあったからね……。そして、こうして
君と
出逢えた。この
奇跡をフォルトナの
神に
感謝しないといけないな」
「もったいないくらい
光栄な
言葉ね」
「
謙遜する
必要はないよ。
君は
『エレプシアの乙女』として、
僕の
窮地を
何度も
救ってくれた。だから
君のほうこそずいぶん
変わったんだよ。
正直に
言って、ここまで
勇敢だとは
思わなかった」
「それ、ほめてるつもり?」
ふきだしそうになりながらアナベルが
尋ねると、ロジオンは
真顔で
返してきた。
「だって、もし
君が
来てくれなかったら、
自分一人だったとしたら、とても
成し
遂げられなかったと
思う……これはホントだよ」
「ふふ、そうかもね。あなたはちょっと
弱気なところがあるから」
そう
言っていたずらっぽく
微笑むと、
少女はロジオンの
顔を
真正面からじっと
見つめた。
「……な、なに?」
「いまさら、なに
照れてるのよ?」
急に
押し
黙ってしまったロジオンは、
困ったような
微笑を
浮かべてささやいた。
「えっと……。こういう
時、
僕みたいなのは、
気の
利いたことが
言えないんだよ……」
考えあぐねるかのように、
必死に
言葉を
探している
彼の
手にそっと
触れる。
「
言葉なんていらないわ……。そうね、だったら
今度こそ
本物のキスが
欲しい」
少年の
瞳孔が
見開く。
探し
求めていた
少女の
姿を
瞳に
映して。
二人は
磁石のように
吸い
寄せられ、
甘い
吐息とともに
自然に
溶け
合った。
☆
天井にうがたれた
穴から、
夜明けの
光が
一条の
柱となって
降りそそいでいた。
駆けつけたラグシードは
寄り
添う
二人の
姿を
見つけて、
呆けたように
立ちつくした。
「こりゃあ、お
邪魔だな……」
親友の
幸せそうな
姿を
目にして、リームは
照れくさそうに
微笑むと、
爪先立ちになって
小声で、
傍らの
青年にそっと
耳打ちした。
「私たちは
退散しましょ」
二人肩を
並べて、
出口に
向かって
引き
返す。
「それにしても、あなたがおかしな
罠にひっかかったせいで、あちこち
彷徨い
歩いてるうちに、ロジオン
君はみごと
教主を
討ち
倒しアナベルをとり
戻したみたいね」
「ま、わが
主君ながら
大した
奴だよ」
両腕をもちあげて
頭の
後ろで
組みながら、ラグシードはすがすがしい
顔でめずらしくロジオンの
誉め
言葉を
軽く
言ってのけた。
「そう
考えるとあんたって、
本当に
使えない
護衛よねぇ。ピンチのときにいつも
駆けつけられないんだもの」
「うっ、
縁起の
悪いこと
言うなよな。でも、
俺だってちゃんと
活躍しただろ?」
「ああ、
『諸刃の十字架槍』とかって、やたらクセの
強い
武器で
戦ってたわよね」
「
神聖なる
『神具』にむかって、その
言い
草かよ……。あれ、
扱うだけで
一苦労なんだぜ?」
「
私がいなかったら
死んでたくせに、よく
言うわよ……」
辛口を
叩きながらも、エルフの
娘は
軽やかな
足取りで、
大地を
踏みしめながら
歩いている。
その
姿を
目で
追いながら、ラグシードは
一人ふて
腐れていた。
「みんな
俺を
正当に
評価しないんだよなぁ。これでも
頑張ってるっていうのに、
努力が
伝わらないのはなんでなんだろうな?」
「……
性格が
悪いからでしょ……」
「いいほうだろ!」
「だから、すぐ
突っかかってくるほど
自覚がないところよ」
腑に
落ちないながらも、なぜか
痛いところを
突かれたような
気がしてラグシードは
口ごもった。
「なんかおまえに
占われてからというもの、
女運がガタ
落ちなんだよな。
責任とってくれよ」
沈黙を
破って、
一歩後ろを
歩く
男が
言う。
反省など
微塵も
感じられない
口調だ。
「……さっきのロジオンたち
見ただろ?あんなに
見せつけられて、じゃあ
俺たちもって
展開にはならないのかよ?」
それを
受けてリームは、つんと
澄まして
返事をかえした。
「あなたにもっと
節操があれば
考えたかもしれないけどね……」
水晶球での
占いの
結果を
含め、
彼にとって
女性関係は
鬼門なのだ。
「ああそうですか、つくづくムードを
理解しない
女だな。せっかく
美人に
生まれてきても、そんなんじゃたいしていい
目にも
遇わずに
終わっちまうな」
深いため
息とともにやや
皮肉をこめて、ラグシードの
口から
発せられると、リームはさすがにカチンときたのか
立ち
止まって
叫んだ。
「なによ、その
言い
方!あんたの
発言っていちいち
気に
障るのよね」
「
憎まれ
口も
愛情表現の
一種……とはとらえてくれないのか?」
愛情表現という
部分に
反応したのか、リームは
一瞬油断したように
頬を
染めたが、
「おあいにくさま。あなたと
違って
私は
博愛主義者じゃないの!」
ぴしゃりと
言い
放つと、
萌黄色の
長い
髪を
颯爽となびかせ、
彼女は
先頭に
立ってさっさと
歩いていってしまった。
(ほんとつれないなぁ……。ま、そこがいいんだけどさ)
ラグシードは
余裕に
満ちたようすで
伸びをすると、ニッと
口許に
笑みを
浮かべて
歩調を
速めた。
すぐにエルフの
娘の
隣りに
追いつくと、
出口に
向かって
歩きはじめた。
☆
「……これからどうするの?」
とうとつに
響いた
少女の
問いかけに、
一瞬たじろいでしまう。
やがて、ロジオンは
遠くを
見つめるようなまなざしを
浮かべると、
軽く
頭をふってからため
息まじりにつぶやいた。
「まだ、よくわからないんだ……。
自分がこれからどうするべきか……」
少しの
間、
沈黙が
降りていた。
アナベルは
隣りに
座った
少年の
横顔を
見つめると、
瞳をぱちぱちと
瞬かせながら
不思議そうにつぶやいた。
「えっと……。あたしが
聞きたかったのは、ここからどうやって
地上に
戻る?ってことだったんだけど」
「……………………」
思わず
硬直したロジオンの
背中を、アナベルは
景気づけるかのように
一発、
勢いよくたたいた。
「マジメすぎるのも
考えものよ。ちょっとは
肩の
力抜いたら?
若いうちからそんなんじゃストレスで
死んじゃうわよ」
説教されて
思わず
苦笑いする。
「……まったく
自分が
嫌になるな。
君がうらやましいよ。アナベル」
「あたしはあなたのそういうとこ、
嫌いじゃないけどね」
あくまでも
軽い
口調で
言う。
彼女なりの
照れ
隠しなのだろう。
「これから
先も、こうやって
補い
合っていけばいいのかな。お
互いに
欠けているものとか」
「そうね。でも
意見があわないときは、すっごく
衝突しそうよね、あたしたち」
ふいに
投げかけられたアナベルの
言葉に、
彼は
意外そうな
表情をうかべた。
「……そうかな。でも、そういうときはたいてい
僕のほうが
折れるよ」
「そう?でも、たまに
絶対に
譲らないときがあるじゃない」
「そりゃあ
僕は
君の
奴隷じゃないからね。なんでもいいなりにはならないよ」
責めるような
口ぶりで
突っかかってきた
少女を、ロジオンは
動じずに
真顔であしらう。
「……なんかむかつくけど、そういうところも
嫌いじゃないわ」
「そういう
君に
救われてるよ、
僕は……」
微笑んだ
視線の
先にアナベルがいてくれる。
ただそれだけで、
百人力の
勇気をもらったような
気分になるのだ。
そんな
自分は、
意外と
単純明快なのかもしれない。
天井の
裂け
目から、
一筋の
朝陽が
射しこんできた。
それを
合図のように
腰かけていた
円柱から
立ち
上がると、ロジオンはふりむきざまアナベルにむかって
言った。
「さてと、そろそろ
行こうか?」
「でも、
来た
道を
引き
返すのも
大変そうよね……」
ふと
自分が
居る
場所を
認識して、
途方に
暮れたのか、やや
億劫そうに
少女が
傍らの
少年に
救いを
求めた。
すると
彼は
自信たっぷりに、
微笑み
返した。
「──
方法なら
一つだけあるよ」
清冽な
朝の
空気をふくんだ
大空に
向かって、ロジオンは
声の
限りに
叫んだ。
『空の王者として君臨する白金の使い魔よ!勇猛なる汝の名はセルフィン、我がしもべとなりて空と大地の境界線を結べ!』
天翔ける
使い
魔が
天空から
飛翔して、
二人の
前にゆるやかに
着地した。
「なるほどね!」
思わず
感嘆の
声をあげたアナベルは、まぶしそうに
白金の
獣を
見つめた。
「
久しぶりに
空中散歩もいいんじゃないかと
思ってさ」
そう
言って
獣の
背に
華麗に
飛び
乗ってみせると、ロジオンは
少女に
手を
差し
伸べた。
「また
一緒に
空を
飛んでみたくない?」
あどけない
笑顔を
全開にして、さわやかな
空色の
瞳でアナベルを
見つめる。
「……ええ!」
満面の
笑みで
力いっぱいうなずくと、ロジオンの
手をしっかりと
握り
締めた。
その
指にはあの
金の
指輪が、
東の
空から
昇る
朝陽を
反射してきらりと
輝いていた。
☆★☆
Fin ☆★☆