78.終焉のとき、朝陽は昇る  ☆★☆ 最終話 ☆★☆

文字数 3,687文字




「……これで、すべてが()わったのね」


ほっとしたような、それでいて心持(こころも)ちさびしそうな声音(こわね)でアナベルがつぶやいた。


「ああ、なんだかとても(しん)じられないよ……」


(しろ)(きよ)められた大聖堂(だいせいどう)見渡(みわた)しながら、ロジオンは感極(かんきわ)まったように(こえ)(しぼ)()す。


まだ、(なが)(ねむ)りから()めたばかりのような気分(きぶん)だった。


どこか(とお)()をして、地底(ちてい)にあいた(あな)から外界(がいかい)(そら)をあおぎ()る。


真横(まがお)でようすをうかがっていたアナベルは、そんなロジオンの姿(すがた)()()きつけると、不思議(ふしぎ)そうな(かお)をして()った。


「ロジオン……ちょっとだけ、別人(べつじん)になったみたい」


少女(しょうじょ)突拍子(とっぴょうし)もない発言(はつげん)についてゆけず、(ひとみ)をしばたたかせていると、彼女(かのじょ)はすぐそばの(たお)れた円柱(えんちゅう)にちょこんと(すわ)った。


(かれ)もつられたように(とな)りに(こし)かける。


「うまく()えないけど、ね。あたしにはそう(かん)じるの」


「そうか。(たし)かにアトゥーアンに()てから、いろんなことがあったからね……。そして、こうして(きみ)出逢(であ)えた。この奇跡(きせき)をフォルトナの(かみ)感謝(かんしゃ)しないといけないな」


「もったいないくらい光栄(こうえい)言葉(ことば)ね」


謙遜(けんそん)する必要(ひつよう)はないよ。(きみ)『エレプシアの乙女(おとめ)として、(ぼく)窮地(きゅうち)何度(なんど)(すく)ってくれた。だから(きみ)のほうこそずいぶん()わったんだよ。正直(しょうじき)()って、ここまで勇敢(ゆうかん)だとは(おも)わなかった」


「それ、ほめてるつもり?」


ふきだしそうになりながらアナベルが(たず)ねると、ロジオンは真顔(まがお)(かえ)してきた。

 
「だって、もし(きみ)()てくれなかったら、自分一人(じぶんひとり)だったとしたら、とても()()げられなかったと(おも)う……これはホントだよ」


「ふふ、そうかもね。あなたはちょっと弱気(よわき)なところがあるから」


そう()っていたずらっぽく微笑(ほほえ)むと、少女(しょうじょ)はロジオンの(かお)真正面(ましょうめん)からじっと()つめた。


「……な、なに?」


「いまさら、なに()れてるのよ?」


(きゅう)()(だま)ってしまったロジオンは、(こま)ったような微笑(びしょう)()かべてささやいた。


「えっと……。こういう(とき)(ぼく)みたいなのは、()()いたことが()えないんだよ……」


(かんが)えあぐねるかのように、必死(ひっし)言葉(ことば)(さが)している(かれ)()にそっと()れる。


言葉(ことば)なんていらないわ……。そうね、だったら今度(こんど)こそ本物(ほんもの)のキスが()しい」


少年(しょうねん)瞳孔(どうこう)見開(みひら)く。


(さが)(もと)めていた少女(しょうじょ)姿(すがた)(ひとみ)(うつ)して。


二人(ふたり)磁石(じしゃく)のように()()せられ、(あま)吐息(といき)とともに自然(しぜん)()()った。

        ☆

天井(てんじょう)にうがたれた(あな)から、夜明(よあ)けの(ひかり)一条(いちじょう)(はしら)となって()りそそいでいた。


()けつけたラグシードは()()二人(ふたり)姿(すがた)()つけて、(ほう)けたように()ちつくした。


「こりゃあ、お邪魔(じゃま)だな……」


親友(しんゆう)(しあわ)せそうな姿(すがた)()にして、リームは()れくさそうに微笑(ほほえ)むと、爪先立(つまさきだ)ちになって小声(こごえ)で、(かたわ)らの青年(せいねん)にそっと耳打(みみう)ちした。


「私たちは退散(たいさん)しましょ」


二人肩(ふたりかた)(なら)べて、出口(でぐち)()かって()(かえ)す。


「それにしても、あなたがおかしな(わな)にひっかかったせいで、あちこち彷徨(さまよ)(ある)いてるうちに、ロジオン(くん)はみごと教主(きょうしゅう)()(たお)しアナベルをとり(もど)したみたいね」


「ま、わが主君(しゅくん)ながら(たい)した(やつ)だよ」


両腕(りょううで)をもちあげて(あたま)(うし)ろで()みながら、ラグシードはすがすがしい(かお)でめずらしくロジオンの()言葉(ことば)(かる)()ってのけた。


「そう(かんが)えるとあんたって、本当(ほんとう)使(つか)えない護衛(ごえい)よねぇ。ピンチのときにいつも()けつけられないんだもの」


「うっ、縁起(えんぎ)(わる)いこと()うなよな。でも、(おれ)だってちゃんと活躍(かつやく)しただろ?」


「ああ、諸刃(もろは)十字架槍(クロスランス)とかって、やたらクセの(つよ)武器(ぶき)(たたか)ってたわよね」


神聖(しんせい)なる神具(しんぐ)にむかって、その()(ぐさ)かよ……。あれ、(あつか)うだけで一苦労(ひとくろう)なんだぜ?」


(わたし)がいなかったら()んでたくせに、よく()うわよ……」


辛口(からくち)(たた)きながらも、エルフの(むすめ)(かろ)やかな足取(あしど)りで、大地(だいち)()みしめながら(ある)いている。


その姿(すがた)()()いながら、ラグシードは一人(ひとり)ふて(くさ)れていた。


「みんな(おれ)正当(せいとう)評価(ひょうか)しないんだよなぁ。これでも頑張(がんば)ってるっていうのに、努力(どりょく)(つた)わらないのはなんでなんだろうな?」


「……性格(せいかく)(わる)いからでしょ……」


「いいほうだろ!」


「だから、すぐ()っかかってくるほど自覚(じかく)がないところよ」


()()ちないながらも、なぜか(いた)いところを()かれたような()がしてラグシードは(くち)ごもった。


「なんかおまえに(うらな)われてからというもの、女運(おんなうん)がガタ()ちなんだよな。責任(せきにん)とってくれよ」


沈黙(ちんもく)(やぶ)って、一歩後(いっぽうし)ろを(ある)(おとこ)()う。


反省(はんせい)など微塵(みじん)(かん)じられない口調(くちょう)だ。


「……さっきのロジオンたち()ただろ?あんなに()せつけられて、じゃあ(おれ)たちもって展開(てんかい)にはならないのかよ?」


それを()けてリームは、つんと()まして返事(へんじ)をかえした。


「あなたにもっと節操(せっそう)があれば(かんが)えたかもしれないけどね……」


水晶球(すいしょうきゅう)での(うらな)いの結果(けっか)(ふく)め、(かれ)にとって女性関係(じょせいかんけい)鬼門(きもん)なのだ。


「ああそうですか、つくづくムードを理解(りかい)しない(おんな)だな。せっかく美人(びじん)()まれてきても、そんなんじゃたいしていい()にも()わずに()わっちまうな」


(ふか)いため(いき)とともにやや皮肉(ひにく)をこめて、ラグシードの(くち)から(はっ)せられると、リームはさすがにカチンときたのか()()まって(さけ)んだ。


「なによ、その()(かた)!あんたの発言(はつげん)っていちいち()(さわ)るのよね」


(にく)まれ(ぐち)愛情表現(あいじょうひょうげん)一種(いっしゅ)……とはとらえてくれないのか?」


愛情表現(あいじょうひょうげん)という部分(ぶぶん)反応(はんのう)したのか、リームは一瞬油断(いっしゅんゆだん)したように(ほお)()めたが、


「おあいにくさま。あなたと(ちが)って(わたし)博愛(はくあい)主義者(しゅぎしゃ)じゃないの!」


ぴしゃりと()(はな)つと、萌黄色(もえぎいろ)(なが)(かみ)颯爽(さっそう)となびかせ、彼女(かのじょ)先頭(せんとう)()ってさっさと(ある)いていってしまった。


(ほんとつれないなぁ……。ま、そこがいいんだけどさ)


ラグシードは余裕(よゆう)()ちたようすで()びをすると、ニッと口許(くちもと)()みを()かべて歩調(ほちょう)(はや)めた。


すぐにエルフの(むすめ)(とな)りに()いつくと、出口(でぐち)()かって(ある)きはじめた。

        ☆

「……これからどうするの?」


とうとつに(ひび)いた少女(しょうじょ)()いかけに、一瞬(いっしゅん)たじろいでしまう。


やがて、ロジオンは(とお)くを()つめるようなまなざしを()かべると、(かる)(かぶり)をふってからため(いき)まじりにつぶやいた。


「まだ、よくわからないんだ……。自分(じぶん)がこれからどうするべきか……」


(すこ)しの(あいだ)沈黙(ちんもく)()りていた。


アナベルは(とな)りに(すわ)った少年(しょうねん)横顔(よこがお)()つめると、(ひとみ)をぱちぱちと(またた)かせながら不思議(ふしぎ)そうにつぶやいた。


「えっと……。あたしが()きたかったのは、ここからどうやって地上(ちじょう)(もど)る?ってことだったんだけど」


「……………………」


(おも)わず硬直(こうちょく)したロジオンの背中(せなか)を、アナベルは景気(けいき)づけるかのように一発(いっぱつ)(いきお)いよくたたいた。


「マジメすぎるのも(かんが)えものよ。ちょっとは(かた)力抜(ちからぬ)いたら?(わか)いうちからそんなんじゃストレスで()んじゃうわよ」


説教(せっきょう)されて(おも)わず苦笑(にがわら)いする。


「……まったく自分(じぶん)(いや)になるな。(きみ)がうらやましいよ。アナベル」


「あたしはあなたのそういうとこ、(きら)いじゃないけどね」


あくまでも(かる)口調(くちょう)()う。彼女(かのじょ)なりの()(かく)しなのだろう。


「これから(さき)も、こうやって(おぎな)()っていけばいいのかな。お(たが)いに()けているものとか」


「そうね。でも意見(いけん)があわないときは、すっごく衝突(しょうとつ)しそうよね、あたしたち」


ふいに()げかけられたアナベルの言葉(ことば)に、(かれ)意外(いがい)そうな表情(ひょうじょう)をうかべた。


「……そうかな。でも、そういうときはたいてい(ぼく)のほうが()れるよ」


「そう?でも、たまに絶対(ぜったい)(ゆず)らないときがあるじゃない」


「そりゃあ(ぼく)(きみ)奴隷(どれい)じゃないからね。なんでもいいなりにはならないよ」


()めるような(くち)ぶりで()っかかってきた少女(しょうじょ)を、ロジオンは(どう)じずに真顔(まがお)であしらう。


「……なんかむかつくけど、そういうところも(きら)いじゃないわ」


「そういう(きみ)(すく)われてるよ、(ぼく)は……」


微笑(ほほえ)んだ視線(しせん)(さき)にアナベルがいてくれる。


ただそれだけで、百人力(ひゃくにんりき)勇気(ゆうき)をもらったような気分(きぶん)になるのだ。


そんな自分(じぶん)は、意外(いがい)単純明快(たんじゅんめいかい)なのかもしれない。


天井(てんじょう)()()から、一筋(ひとすじ)朝陽(あさひ)()しこんできた。


それを合図(あいず)のように(こし)かけていた円柱(えんちゅう)から()()がると、ロジオンはふりむきざまアナベルにむかって()った。


「さてと、そろそろ()こうか?」


「でも、()(みち)()(かえ)すのも大変(たいへん)そうよね……」


ふと自分(じぶん)()場所(ばしょ)認識(にんしき)して、途方(とほう)()れたのか、やや億劫(おっくう)そうに少女(しょうじょ)(かたわ)らの少年(しょうねん)(すく)いを(もと)めた。


すると(かれ)自信(じしん)たっぷりに、微笑(ほほえ)(かえ)した。


「──方法(ほうほう)なら(ひと)つだけあるよ」


清冽(せいれつ)(あさ)空気(くうき)をふくんだ大空(おおぞら)()かって、ロジオンは(こえ)(かぎ)りに(さけ)んだ。


(そら)王者(おうじゃ)として君臨(くんりん)する白金(しろがね)使(つか)()よ!勇猛(ゆうもう)なる(なんじ)()はセルフィン、()がしもべとなりて(そら)大地(だいち)境界線(きょうかいせん)(むす)べ!』


天翔(あまか)ける使(つか)()天空(てんくう)から飛翔(ひしょう)して、二人(ふたり)(まえ)にゆるやかに着地(ちゃくち)した。


「なるほどね!」


(おも)わず感嘆(かんたん)(こえ)をあげたアナベルは、まぶしそうに白金(しろがね)(けもの)()つめた。


(ひさ)しぶりに空中散歩(くうちゅうさんぽ)もいいんじゃないかと(おも)ってさ」


そう()って(けもの)()華麗(かれい)()()ってみせると、ロジオンは少女(しょうじょ)()()()べた。


「また一緒(いっしょ)(そら)()んでみたくない?」


あどけない笑顔(えがお)全開(ぜんかい)にして、さわやかな空色(そらいろ)(ひとみ)でアナベルを()つめる。


「……ええ!」


満面(まんめん)()みで(ちから)いっぱいうなずくと、ロジオンの()をしっかりと(にぎ)()めた。


その(ゆび)にはあの(きん)指輪(ゆびわ)が、(ひがし)(そら)から(のぼ)朝陽(あさひ)反射(はんしゃ)してきらりと(かがや)いていた。
    





        ☆★☆ Fin ☆★☆


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