35.優しいけれど残酷な言葉

文字数 2,412文字




「──ロジオン………大丈夫(だいじょうぶ)か──?」


(てき)(はな)った呪文(じゅもん)により深手(ふかで)()った(あに)が、よろめきながら必死(ひっし)(おとうと)安否(あんぴ)をうかがった。


(にい)さん……(ぼく)ならここに………」


(いま)にも(くず)れそうな断崖(だんがい)に、(おとうと)はしがみつくようにして(たお)れていた。


「おまえ──さっきの呪文(じゅもん)自分(じぶん)まで()()ばされたのか!?」


「こんなに地盤(じばん)(よわ)くなってるなんて、想定(そうてい)(がい)だったよ。まだまだ(つめ)(あま)いね………」


(すさ)まじい豪雨(ごうう)影響(えいきょう)(つち)がぬかるんでいる。このままでは地盤(じばん)がいつ(くず)れてもおかしくない状況(じょうきょう)だった。


「そっちは下手(へた)(うご)くと(あぶ)ない!いいか、(おれ)()くまでそこ絶対(ぜったい)(うご)くなよ」


そう(つよ)(ねん)()し、大地(だいち)懸命(けんめい)()いつくばって、(あに)(おとうと)安全(あんぜん)場所(ばしょ)移動(いどう)しようとこころみた。


だがその(とき)、はるか遠方(えんぽう)から不吉(ふきつ)(さけ)びが大気(たいき)(ふる)わせ(ひび)きわたった。


「──いたぞ!通達(つうたつ)があった侵入者(しんにゅうしゃ)だ!至急(しきゅう)仲間(なかま)(あつ)めろ。何人(なんびと)たりとも()(もり)から()してはならぬ!」


(さき)ほどの黒装束(くろしょうぞく)仲間(なかま)騒動(そうどう)()きつけたのか、決死(けっし)形相(ぎょうそう)でこちらに(せま)りつつあった。


直感的(ちょっかんてき)にいち(はや)危険(きけん)察知(さっち)した(あに)は、(おとうと)()けて(こえ)をからして(さけ)んだ。


(おれ)(あぶ)なくなったら、おまえだけでも()げろっ!………いいな、これは命令(めいれい)だ。(おれ)はおまえより(えら)いんだからな!!」


(にい)さん……?(きゅう)にどうしちゃったんだよ!二人(ふたり)()げるに()まってるだろ。らしくもないこと()わないでくれよ………!」


だが(うった)えもむなしく、必死(ひっし)にしがみついている岩壁(いわかべ)(するど)(きば)をむき、容赦(ようしゃ)なくロジオンの()のひらを(あか)()めてゆく。


したたり()ちる()(にお)いで(あたま)がどうにかなりそうだった。


「うかつだった、まさか連中(れんちゅう)根城(ねじろ)がこんなところにあるとはな………」


いつもは自信(じしん)()ちた(あに)(はげ)しく動揺(どうよう)する姿(すがた)()()たりにして、ロジオンの(むね)不吉(ふきつ)予感(よかん)()()せてきた。


連中(れんちゅう)ってどういうこと?(にい)さんはなにか()っているの!?」


(あに)はまるで自分(じぶん)()()かせようとするように、ほとんど一方的(いっぽうてき)(はな)しはじめた。


「おまえの一族(いちぞく)はな、邪教集団(じゃきょうしゅうだん)(くろ)(へび)(ふか)因縁(いんねん)があるんだよ。(かあ)さんは(だま)ってたけど(おれ)好奇心(こうきしん)(おさ)えられなくて──秘密裏(ひみつり)調(しら)べてた。(とう)さんはなにも()らない。のんきなもんさ。ま、そこに(すく)われてもいたけどな。(おれ)も……あの(ひと)も。もっと(はや)(はな)すべきだった。だが(いま)はもう時間(じかん)がない………」


「なんの(はなし)だかさっぱりわからないよ!(はなし)なんか(あと)でいくらでもできるだろ!そんなことより、(いま)()きのびることを(かんが)えようよ!」


絶壁(ぜっぺき)(うで)悲鳴(ひめい)をあげていた。(つか)まるのが(さき)か、()ちるのが(さき)か………。


いずれにせよ無事(ぶじ)では()まされないだろう。だが、そんなことは問題(もんだい)ですらなかったのだ。


この直後(ちょくご)(あに)(くち)から自然(しぜん)(すべ)()言葉(ことば)(おも)さ。(あたま)鉄槌(てっつい)()らったような衝撃(しょうげき)にくらべれば。


「………いや、ここでお(わか)れだ。(おれ)(おとり)になる」


「………!?」


「いたぞ!やはり教祖様(きょうそさま)のご宣託(せんたく)どおりだ。あの(おとこ)首飾(くびかざ)りを()ろ!」


黒装束(くろしょうぞく)一人(ひとり)歓喜(かんき)にむせぶような(こえ)(はっ)した。


「あれこそが継承者(けいしょうしゃ)(あかし)………(いにしえ)魔法(まほう)(たみ)(かみ)血脈(けつみゃく)()ざりしフォルトナの末裔(まつえい)。おお、ついに悲願(ひがん)達成(たっせい)される(とき)()たのだ。(くろ)(へび)栄光(えいこう)あれ!」


(くら)(もり)遠雷(えんらい)()(ひび)き、異常(いじょう)興奮(こうふん)状態(じょうたい)人間(にんげん)たちを狂気(きょうき)()()てていた。


「おまえが()めようと(おれ)意志(いし)()わらないぜ。()いつめられた原因(げんいん)(おれ)にある。都合(つごう)がいいことに連中(れんちゅう)はかんちがいしてるようだ………利用(りよう)するっきゃないよな。今証(いまあかし)()っているのはこの(おれ)なんだから」


翠玉(すいぎょく)首飾(くびかざ)りをにぎり()め、(ひとみ)決意(けつい)をみなぎらせている(あに)異様(いよう)迫力(はくりょく)があった。


その()にひるみ、怖気(おじけ)づきそうになりながらも、ロジオンは必死(ひっし)反抗(はんこう)をこころみた。


「なに、()ってんの?(にい)さんはさっきから一人(ひとり)先走(さきばし)りしてるみたいだ!フォルトナ一族(いちぞく)のことならアンテーヌからいろいろ(おそ)わったし、(にい)さんより(ぼく)のほうが(くわ)しいはずだ。(いま)さら(ぼく)になにがある!?」


ロジオンが()ってかかると、(あに)皮肉(ひにく)様相(ようそう)鼻先(はなさき)でわらってみせた。


「おまえはあの(ばあ)さんから魔法以外(まほういがい)のなにも(おそ)わっちゃいなかったんだな。とんだ誤算(ごさん)だぜ。おまえは特別(とくべつ)人間(にんげん)なんだよ………(おれ)嫉妬(しっと)するくらいにな。だからちょっとは自覚(じかく)しろよな」


(………嫉妬(しっと)?そんなものとは無縁(むえん)なはずだ。嫉妬(しっと)(にい)さんがこの(ぼく)に………なぜ?)


(あたま)混乱(こんらん)しそうだった。必死(ひっし)にしがみついている(ゆび)がすでに麻痺(まひ)しているように、(こころ)(なか)までしびれが浸透(しんとう)してきそうだ。


「それと、(いま)までおまえから(うば)ってばかりだったからな………せめてもの罪滅(つみほろ)ぼしさ」


「なに()ってんだか全然(ぜんぜん)わからないよっ!(ぼく)からなにを(うば)ったっていうんだ!いつももらってばかりだったのに………!!」


(おとうと)絶叫(ぜっきょう)に、(あに)(こま)ったような微笑(びしょう)()かべる。


(やさ)しいけれど残酷(ざんこく)言葉(ことば)をささやく(とき)(かれ)()まってそんなふうな(かお)になる。


「それだからおまえは馬鹿(ばか)なんだよ。(おれ)自分(じぶん)一番(いちばん)(あい)されていると自惚(うぬぼ)れることで、安心(あんしん)してかわいそうなおまえを可愛(かわい)がることができたんだ。優越感(ゆうえつかん)からくる憐憫(れんびん)(じょう)ってやつさ。まったく鼻持(はなも)ちならない兄貴(あにき)だろ?」


(にい)さん………」


(かれ)はすでに焦点(しょうてん)()わない(ひとみ)(おとうと)()つめた。

その目尻(めじり)(なみだ)がにじむ。


無念(むねん)(おも)いがこみあげてくるが、(いま)感傷(かんしょう)にひたっている猶予(ゆうよ)はない。


「これで納得(なっとく)したか、おまえから愛情(あいじょう)をうばっていたのはこの(おれ)だ。お人好(ひとよ)しがこんなところで()ぬな。やりきれないからよ………!もっと幸福(こうふく)(あじ)わえ、(おれ)(ぶん)まで……()きのびろ……」


(かれ)はとっさに首飾(くびかざ)りを()きちぎると(おとうと)(むね)()しつけ、最後(さいご)気力(きりょく)をふりしぼり渾身(こんしん)(ちから)(がけ)(そこ)()()ばした。


(にい)さぁぁぁぁんっ!?」


()ばした(うで)は、()(なが)しながら(ちゅう)(むな)しくかすめた。


(なにが秘儀呪文(ひぎじゅもん)だ!なにがフォルトナの末裔(まつえい)だ!!(ぼく)はおそろしく無力(むりょく)だ………こんな、こんな不甲斐(ふがい)ない(おとこ)神様(かみさま)(ちから)をお(あた)えになったのか!?なにもできないこの(ぼく)に!)


「うわぁぁああああああぁああっっ!!!」


あふれた(なみだ)(つぶ)空気中(くうきちゅう)(はじ)けて()った。


ロジオンは斜面(しゃめん)(ころ)がり()ち、全身(ぜんしん)強打(きょうだ)して意識(いしき)(うしな)った。



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