33.さいはての地に生まれつく

文字数 1,808文字




ロジオン=ルンドクイストは、山奥(やまおく)小国(しょうこく)デルスブルクの領主(りょうしゅ)(いえ)()まれた。


雄大(ゆうだい)(やま)稜線(りょうせん)が、(そら)()いこまれるようになだらかに(つづ)き、原野(げんや)には高山植物(こうざんしょくぶつ)()きほこる。


緑豊(みどりゆた)かな(うつく)しい土地(とち)だが、ひっそりとして観光客(かんこうきゃく)はあまり(おとず)れることがない。


標高(ひょうこう)のたかい土地(とち)ゆえに、空気(くうき)はうすく()れないよそ(もの)高山病(こうざんびょう)(たお)れてしまう。


そういった背景(はいけい)保守的(ほしゅてき)土地(とち)がらもあり、デルスブルクは最果(さいは)ての小国(しょうこく)揶揄(やゆ)されていた。


(みっ)年上(としうえ)(はら)ちがいの(あに)は、そのことにかねてから不満(ふまん)(おぼ)えていたらしい。


ちょうど隣国(りんごく)貴族(きぞく)息子(むすこ)たちといさかいを()こし、田舎者(いなかもの)だと(はな)であしらわれた(はら)いせに、(やつ)らを見返(みかえ)してやろうと悪事(あくじ)画策(かくさく)していたところだった。


その度胸(どきょう)だめしともいえる安易(あんい)(おも)いつきが、(かれ)らの運命(うんめい)()えてしまうことになるのだが………。


その(まえ)にロジオンの()()ちを(かた)ることにしよう。

        ☆

同郷(どうきょう)のラグシードによると(かれ)生家(せいか)は、小高(こだか)(おか)(うえ)城塞(じょうさい)のようにそびえ()堅牢(けんろう)屋敷(やしき)だそうだ。


かつて隣国(りんごく)から()めこまれた歴史(れきし)名残(なご)りで、威圧的(いあつてき)外観(がいかん)(とど)めているという。


領主(りょうしゅ)であるロジオンの(ちち)クレメンスは聡明(そうめい)人格者(じんかくしゃ)であった。


だが、そんな(おとこ)もただ一度(いちど)だけ、あやまちを(おか)した。


田舎暮(いなかぐ)らしの余興(よきょう)として、いつものように(たび)一座(いちざ)屋敷(やしき)(まね)いたときのことだった。


旅芸人(たびげいにん)のなかでも一際(ひときわ)(うつく)しい(むすめ)(かれ)()をうばわれた。


彼女(かのじょ)()はルクティア。


(きん)(かみ)黄金(おうごん)()をもつ獅子(しし)のようにしなやかな(むすめ)だった。


太陽(たいよう)女神(めがみ)(おも)わせるまばゆい容姿(ようし)でありながら、(つき)女神(めがみ)のように神秘的(しんぴてき)雰囲気(ふんいき)をまとった不思議(ふしぎ)(むすめ)だった。


クレメンスは大広間(おおひろま)で、女神(めがみ)のように悠然(ゆうぜん)()うルクティアの姿(すがた)(こころ)をゆさぶられ、たちまち彼女(かのじょ)(とりこ)となった。


彼女(かのじょ)魅力(みりょく)(まえ)では自制心(じせいしん)など何処(どこ)かへいってしまった。


いつもの冷静(れいせい)自分(じぶん)はなりをひそめ、()づくと信者(しんじゃ)のように熱烈(ねつれつ)(あい)言葉(ことば)をささやいていた。


そのころ正妻(せいさい)との(あいだ)にすでに()をもうけていたが、ためらいはなかった。


運命的(うんめいてき)出逢(であ)いを(かん)じたという。


クレメンスの(おも)いは(つう)じ、一夜(いちや)(ちぎ)りを()わしたルクティアだったが、のちに()()ごもっていたことに()づく。


彼女(かのじょ)はロジオンを出産後(しゅっさんご)極度(きょくど)出血(しゅっけつ)による憔悴(しょうすい)()もなく(いき)()きとった。


()まれつき身体(からだ)(よわ)かったが、(いのち)()きかえにしてでも()みたいという、ルクティアの(つよ)意志(いし)尊重(そんちょう)しての出産(しゅっさん)だった。


覚悟(かくご)してはいたものの、ルクティアの()にクレメンスは(なげ)(かな)しんだ。


婚姻関係(こんいんかんけい)こそないが、(あい)した(おんな)(わす)形見(がたみ)を、正式(せいしき)第二子(だいにし)として(そだ)てる決意(けつい)をした。


複雑(ふくざつ)心境(しんきょう)だったのは、正妻(せいさい)のマティルデだった。


彼女(かのじょ)長男(ちょうなん)のほかにもう一人娘(ひとりむすめ)(さず)かったが、ことのほか勇敢(ゆうかん)長男(ちょうなん)溺愛(できあい)していた。


しかし、良心(りょうしん)のある女性(じょせい)だったため、ロジオンのことも自分(じぶん)()公平(こうへい)(そだ)てるように(こころ)(くだ)いた。

        ☆

幸福(こうふく)なまま歳月(さいげつ)(なが)れ、ロジオンが十三歳(じゅうさんさい)(とき)(たび)老婆(ろうば)屋敷(やしき)(おとず)れた。


その珍客(ちんきゃく)はおごそかに(かれ)『フォーチュン・タブレットの継承者(けいしょうしゃ)だと()げた。


(かれ)(はは)ルクティアは天地(てんち)震撼(しんかん)させる(ちから)()『フォルトナの魔法円(まほうえん)()()ぐ、いにしえの(かみ)末裔(まつえい)フォルトナ一族(いちぞく)だとされていた。


老婆(ろうば)はその(あかし)として、翠玉(すいぎょく)首飾(くびかざ)りをロジオンに(さず)けた。


彼女(かのじょ)正体(しょうたい)はアンテーヌという魔法使(まほうつか)いで、一族(いちぞく)守護(しゅご)指導(しどう)する役目(やくめ)(にな)っていた。


それから半年(はんとし)ほど屋敷(やしき)滞在(たいざい)し、ロジオンにあらん(かぎ)りの呪文(じゅもん)伝授(でんじゅ)した。


(わか)くして巨大(きょだい)(ちから)()()れたロジオンだったが、エレプシアの乙女(おとめ)加護(かご)()るまでは、むやみに(ちから)解放(かいほう)してはならぬ。


という老婆(ろうば)(おし)えを(まも)り、(かれ)秘儀呪文(ひぎじゅもん)封印(ふういん)(なが)間使(あいだつか)わなかった。


さらに月日(つきひ)(なが)れ、ロジオンが十五歳(じゅうごさい)になった(とき)のこと。


血気盛(けっきさか)んな(あに)度胸(どきょう)だめしに、(もり)奥深(おくふか)くにある廃墟(はいきょ)潜入(せんにゅう)しようともくろんでいた。


しかし、そこはいわばいわくつきの禁断(きんだん)(もり)だったのだ。


土地(とち)子供(こども)たちは『その(もり)には絶対(ぜったい)(あし)()()れるな』と、大人(おとな)たちから(おど)しのように()()かされて(そだ)っていた。


理由(りゆう)ならば(やま)ほどあった。


悪霊(あくりょう)がさまよっていて生者(せいじゃ)()らうだとか、異端(いたん)宗教組織(しゅうきょうそしき)(かく)れみのになっているなど、(くろ)いうわさに事欠(ことか)かない場所(ばしょ)だったからだ。


幼少(ようしょう)のころからそんな物騒(ぶっそう)なうわさを(つた)()いていたロジオンは、潜入(せんにゅう)には消極的(しょうきょくてき)でむしろ(しり)ごみさえしていた。


しかし、(あに)無理(むり)やり説得(せっとく)され、なかば強引(ごういん)度胸(どきょう)だめしは決行(けっこう)された。


それが兄弟(きょうだい)運命(うんめい)()かつことになるとは、つゆとも()らずに。



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