「あたり
一面むさくるしい
血の
海……。
久々に
頭がおかしくなりそうだぜ」
大量に
押し
寄せる
死霊の
群れを、かたっぱしから
斬り
捨てて
血祭りにあげながら、ラグシードはうめいた。
あれから
想像以上の
長期戦が
続いていた。
ロジオンたちの
目論見は
甘く、
地下墓所という
名目は
伊達ではなかった。
棺からはい
出してくる
死霊の
数は、
彼らの
想像をはるかに
凌駕していた。
一人、
肉弾戦を
強いられていたラグシードが、
肩で
荒く
呼吸しながらおびただしい
棺の
山を
見上げていた。
その
視線のはるか
先には、サルヴァルとコーネリアが
地獄のような
光景を
見下ろしている。
仮面のようなサルヴァルの
無表情は
相変わらずだが、コーネリアなどは
暇をもてあましてか、
長く
伸びた
爪の
手入れなどしている。
「ラグ、
大丈夫かい?」
ようすを
見かねたロジオンが
魔法を
中断させて、
心配そうにこちらに
近づいてくる。
食いしばりすぎて
口の
中を
軽く
切ったのか、ラグシードが
血の
混じった
唾を
吐き
捨てた。
「あのさ……
俺に
本気だせって
言っときながら、おまえはさっきから
低級の
魔法しか
使ってないような
気がするんだが、
気のせいか?」
最小限の
時間で
肉体を
酷使させ、
大量の
死霊を
殲滅させたゆえの
極度の
疲労が、はからずも
彼の
精神をひっ
迫しはじめていた。
「おまえはいにしえの
魔法の
民、
『フォルトナの末裔』なんだよな?こんな
雑魚ども
一発で
仕留められる
魔法くらい
覚えてないのかよ!?」
穢れた
死霊の
血を
吸いすぎた
長剣は、
明らかに
斬れ
味が
鈍ってきている。
おのれの
斬撃に
急速な
陰りが
見えはじめ、そのことにイラ
立ちを
感じていたラグシードは
声を
荒げて
叫んだ。
「そんな
魔法もないわけじゃないんだけど……。
味方も
巻きこんじゃうから、
今の
状況だと
使うに
使えないんだよね……」
「ちっ!
頼りがいのねぇ
主君だぜ。こうなりゃ
先に
敵の
親玉やっつけるしか
手はないんじゃねえの?」
「それじゃあまりにも
無謀だよ!
敵はああ
見えても
『黒い蛇』の
幹部なんだ。そんな
簡単に
殺られるような
奴らじゃない……!」
「じゃあ、このまま
延々と
精根つき
果てるまで
死霊と
戦って、ついには
全滅か?なんのためにここまで
来たのかわかってんのか!!」
「ご、ごめん………」
「あの、お
二人ともお
願いだから
落ち
着いてください……!」
グランシアの
仲裁もやむなく、
弱気なロジオンに
向かって
怒声を
浴びせると、ラグシードは
棺の
頂上に
鋭く
眼光を
走らせた。
そこには
冷徹にこちらの
戦況を
俯瞰している
司教サルヴァルと、やや
退屈そうに
脚を
組みかえながら
欠伸をかみ
殺している
司祭コーネリアの
姿があった。
「
俺はなぁ、ロジオン。
自分はいっさい
手を
下さずに、
相手が
息絶えてゆくのを
黙って
見てるような
虫けら
同然の
連中は……。いっさい
我慢がならねぇんだよ!」
そう
全身全霊で
叫ぶなり、ラグシードは
剣をたずさえると
単独で
飛び
出していった。
「
待って、ラグ!──
自殺行為だ!!」
「そんなん
殺ってみなきゃわからないだろぉぉぉおおおっっ!!!!」
ロジオンは
自らの
制止をふりきって、
絶叫しながら
単身特攻してゆくラグシードをどうすることもできなかった。
(──
止めないと!……でもっ!
今からじゃ
間に
合わない……!!どうすれば……!?)
絶望で
目の
前が
真っ
暗になりかけたちょうどその
時……!
「──どけてどけてどけてどけてどけてぇぇぇええええっ!!!!」
鼓膜をつんざくような
甲高い
悲鳴をあげながら、なんと
天井にあった
裂け
目から
人が
降ってきた。
「──ん!?」
運悪く、その
真下を
通過しようとしていたラグシードは、
宙を
仰ぎ
見るもとっさに
避けきることができず、
落下してきた
人影とものの
見事に
激突した。
凄まじい
轟音が
空洞にとどろき、
視界をさえぎるほどの
塵芥が
舞い
上がった。
「……いったぁぁ……
痛ったたたたた………」
「
大丈夫ですかっ!?」
緊急事態に、ロジオンが
駆け
寄ってくる。
助け
起こそうとして
手をさしのべると、その
人物はパッと
瞳を
輝かせ
感激したように
声をはずませた。
「あなたがロジオン
君ね!
逢えてうれしいわ。
私はアナベルの
親友で
占い
師のリーム。あなたに
伝えたいことがあってきたの……!」
☆
「……いいから……お
願いだから……
早くどけてくれ……」
リームの
下敷きになっていたラグシードが、
息もたえだえになりながら
訴えた。
「
早く
合流するために、
最短ルートを
抜けてきたら、こんなところに
出てしまって
困ってたのよね」
優雅な
身のこなしで
立ち
上がると、リームは
余裕たっぷりに
萌黄色の
髪をかきあげた。
ようやく
重りから
解放されたラグシードは、
肩をがっくりと
落としてうめいた。
「あやまれよな……?」
「あら、あんたたちを
助けにきたのよ?
感謝されても、
非難される
筋合いはないわ」
「……よく
言うぜ。じゃあ
聞くけど、おまえだったらこの
悲惨な
状況をなんとかしてくれるんだろうな?」
「ふっふっふっ……。
見てなさい!エルフとっておきの
精霊魔法を
披露してあげるわ」
自信たっぷりに
微笑んでから、リームは
集中力を
高めるために
瞳を
閉じた。
すばやく
口火を
切った
精霊魔法の
詠唱とともに、
周囲に
熱気が
立ちこめる。
『火焔を操る火蜥蜴よ!灼熱の炎で万事を焼き焦がして!!』
たちどころに
熱波が
巻き
起こり、
大気が
高熱を
帯びはじめた。
すると、
何処からか
現れた
巨大な
火蜥蜴が、
全身を
炎に
包まれた
圧巻の
体躯で
暴れはじめた。
大きな
四肢を
縦横無尽にふりかざし、
自ら
発する
紅蓮の
炎で
生ける
屍を
焼き
尽くしてゆく。
最後に
尻尾を
旋回させたときには、その
場にいた
死霊を
一体残らず
殲滅し
終えていた。
「すごい……!」
息をのんでその
光景を
見守っていたロジオンが、
感嘆したようなため
息をもらした。
あとには
石畳に
点在する
残り
火が、くすぶった
煙を
四方で
上げている。
「……なんつーか、この
凄まじい
威力は、やっぱり
年の
効……?」
ラグシードから
発せられた
無神経な
一言は、
長命を
誇るエルフ
族のリームには、いたく
神経にさわったらしい。
「あんたはいつも
一言余計なのよ!」
彼女の
癇癪とともに、
火蜥蜴の
残り
火が
天井から
降ってきて、ラグシードに
小さな
火傷を
負わせた。
──
自業自得である。
その
間にも
周囲の
瘴気が
濃くなってきている。
次なる
手を
打つために、サルヴァルが
闇の
念力を
増幅させはじめたのだ。
『太陽の女神様。貴女の聖なるベールで憐れな子羊をお守りください』
独断で
敵の
反撃が
来ると
読んだグランシアが、
俊敏な
動作で
防御結界を
張りめぐらせる。
「これで
少しは
時間をかせげるはずです」
小休止とばかりにロジオンたちは、
荷物から
霊草を
取り
出した。
各自に
配ると
口にふくみ、
傷ついた
箇所を
癒し
体力を
回復させた。
「……ナイスフォロー。なんだか
僕たち
女性陣に
助けられてばっかりだね」
リームとグランシアを
交互に
見つめ、ロジオンが
苦笑いする。
するとラグシードの
背後にいたリームが、するりと
彼の
前に
躍り
出た。
「あらためて
初めまして。あなたのことはアナベルからいろいろ
聞いてるわ」
彼女は
好奇心に
満ちた
瞳で、
興味津々といったふうに
目の
前の
少年をながめた。
「ところで……そちらにいる
方はどなた?」
とつぜん
自分に
話題をふられ、グランシアは
少し
驚いたように
自己紹介した。
「
私はアトゥーアンの
修道女でグランシアと
申します。
信者に
連れ
去られた
妹を
助けるため、ロジオンさんたちに
同行させてもらっています」
「なるほどね、だいたいの
事情はのみこめたわ。それにしても、あの
時の
私の
占い……。やっぱり
当たってたわね」
氷のごとくひんやりとした
双眸でラグシードを
見つめる。
「
女難の
相ってか?ちょっとは
反省して
慎もうかな」
「
塗る
薬もないって
彼のような
人のことをいうのかしら。ロジオン
君、こんな
奴じゃなくて、もっと
優秀な
護衛をつけたら?」
もはやあきれを
通り
越して
言葉もない、といった
嘆かわしいようすでリームが
進言した。
「ところで、さっきの
僕に
伝えたいことって、いったいなんですか……?」
「そうだった!アナベルに
逢ってきたんだろ。
彼女のようすはどうだったんだ?」
「あのね……。
二人とも
落ち
着いて
聞いてね」
次の
瞬間、
彼らの
余裕がそくざに
消し
飛ぶような
事実が、リームの
口から
発せられた。
「あなたたちが
旅立ったすぐあと、
私はマインスター
家の
屋敷を
訪れたんだけど……。そこへいきなり
侵入者が
現れて、アナベルがさらわれてしまったの……!」
瞬間さっと、ロジオンの
顔から
大量に
血の
気が
引いた。
驚愕のあまり
瞳孔が、
最大限に
見開かれている。
「………
嘘………だろ……?」
全身を
震わせ、やっとの
想いで
声を
絞り
出す。
耳を
疑うような
事実に、さっきから
感情がついていかない。
「
信じたくないのも
無理はないわ。あまりにも
一瞬のことで……。ただ、その
侵入者は
黒装束を
着ていたから、おそらく
『黒い蛇』の
信者でまちがいないと
思う」
リームは
深刻そうに
眉を
寄せて、ロジオンの
顔をじっと
見つめて
言った。
「あなたのことをよく
知っているうえで
犯行におよんだ──。あまり
想像したくはないけど、アナベルを
盾によからぬ
計画を
企てているのかもしれないわね……」
無数の
汗が、からだ
中をしたたり
落ちていった。
生気をうしなった
蒼白な
顔で、ロジオンは
茫然とつぶやいていた。
「……
彼女の
身になにかあったら、
僕はどうしたらいいんだ……!?」