54.血みどろの勝利……そして、絶望

文字数 3,737文字




「あたり一面(いちめん)むさくるしい()(うみ)……。久々(ひさびさ)(あたま)がおかしくなりそうだぜ」


大量(たいりょう)()()せる死霊(しりょう)()れを、かたっぱしから()()てて血祭(ちまつ)りにあげながら、ラグシードはうめいた。


あれから想像以上(そうぞういじょう)長期戦(ちょうきせん)(つづ)いていた。


ロジオンたちの目論見(もくろみ)(あま)く、地下墓所(ちかぼしょ)という名目(めいもく)伊達(だて)ではなかった。


(ひつぎ)からはい()してくる死霊(しりょう)(かず)は、(かれ)らの想像(そうぞう)をはるかに凌駕(りょうが)していた。


一人(ひとり)肉弾戦(にくだんせん)()いられていたラグシードが、(かた)(あら)呼吸(こきゅう)しながらおびただしい(ひつぎ)(やま)見上(みあ)げていた。


その視線(しせん)のはるか(さき)には、サルヴァルとコーネリアが地獄(じごく)のような光景(こうけい)見下(みお)ろしている。


仮面(かめん)のようなサルヴァルの無表(むひょう)(じょう)相変(あいか)わらずだが、コーネリアなどは(ひま)をもてあましてか、(なが)()びた(つめ)手入(てい)れなどしている。


「ラグ、大丈夫(だいじょうぶ)かい?」


ようすを()かねたロジオンが魔法(まほう)中断(ちゅうだん)させて、心配(しんぱい)そうにこちらに(ちか)づいてくる。


()いしばりすぎて(くち)(なか)(かる)()ったのか、ラグシードが()()じった(つば)()()てた。


「あのさ……(おれ)本気(ほんき)だせって()っときながら、おまえはさっきから低級(ていきゅう)魔法(まほう)しか使(つか)ってないような()がするんだが、()のせいか?」


最小限(さいしょうげん)時間(じかん)肉体(にくたい)酷使(こくし)させ、大量(たいりょう)死霊(しりょう)殲滅(せんめつ)させたゆえの極度(きょくど)疲労(ひろう)が、はからずも(かれ)精神(せいしん)をひっ(ぱく)しはじめていた。


「おまえはいにしえの魔法(まほう)(たみ)『フォルトナの末裔(まつえい)なんだよな?こんな雑魚(ざこ)ども一発(いっぱつ)仕留(しと)められる魔法(まほう)くらい(おぼ)えてないのかよ!?」


(けが)れた死霊(しりょう)()()いすぎた長剣(ちょうけん)は、(あき)らかに()(あじ)(にぶ)ってきている。


おのれの斬撃(ざんげき)急速(きゅうそく)(かげ)りが()えはじめ、そのことにイラ()ちを(かん)じていたラグシードは(こえ)(あら)げて(さけ)んだ。


「そんな魔法(まほう)もないわけじゃないんだけど……。味方(みかた)()きこんじゃうから、(いま)状況(じょうきょう)だと使(つか)うに使(つか)えないんだよね……」


「ちっ!(たよ)りがいのねぇ主君(しゅくん)だぜ。こうなりゃ(さき)(てき)親玉(おやだま)やっつけるしか()はないんじゃねえの?」


「それじゃあまりにも無謀(むぼう)だよ!(てき)はああ()えても(くろ)(へび)幹部(かんぶ)なんだ。そんな簡単(かんたん)()られるような(やつ)らじゃない……!」


「じゃあ、このまま延々(えんえん)精根(せいこん)つき()てるまで死霊(しりょう)(たたか)って、ついには全滅(ぜんめつ)か?なんのためにここまで()たのかわかってんのか!!」


「ご、ごめん………」


「あの、お二人(ふたり)ともお(ねが)いだから()()いてください……!」


グランシアの仲裁(ちゅうさい)もやむなく、弱気(よわき)なロジオンに()かって怒声(どせい)()びせると、ラグシードは(ひつぎ)頂上(ちょうじょう)(するど)眼光(がんこう)(はし)らせた。


そこには冷徹(れいてつ)にこちらの戦況(せんきょう)俯瞰(ふかん)している司教(しきょう)サルヴァルと、やや退屈(たいくつ)そうに(あし)()みかえながら欠伸(あくび)をかみ(ころ)している司祭(しさい)コーネリアの姿(すがた)があった。


(おれ)はなぁ、ロジオン。自分(じぶん)はいっさい()(くだ)さずに、相手(あいて)息絶(いきた)えてゆくのを(だま)って()てるような(むし)けら同然(どうぜん)連中(れんちゅう)は……。いっさい我慢(がまん)がならねぇんだよ!」


そう全身全霊(ぜんしんぜんれい)(さけ)ぶなり、ラグシードは(けん)をたずさえると単独(たんどく)()()していった。


()って、ラグ!──自殺行為(じさつこうい)だ!!」


「そんなん()ってみなきゃわからないだろぉぉぉおおおっっ!!!!」


ロジオンは(みずか)らの制止(せいし)をふりきって、絶叫(ぜっきょう)しながら単身特攻(たんしんとっこう)してゆくラグシードをどうすることもできなかった。


(──()めないと!……でもっ!(いま)からじゃ()()わない……!!どうすれば……!?)


絶望(ぜつぼう)()(まえ)()(くら)になりかけたちょうどその(とき)……!


「──どけてどけてどけてどけてどけてぇぇぇええええっ!!!!」


鼓膜(こまく)をつんざくような甲高(かんだか)悲鳴(ひめい)をあげながら、なんと天井(てんじょう)にあった()()から(ひと)()ってきた。


「──ん!?」


運悪(うんわる)く、その真下(ました)通過(つうか)しようとしていたラグシードは、(ちゅう)(あお)()るもとっさに()けきることができず、落下(らっか)してきた人影(ひとかげ)とものの見事(みごと)激突(げきとつ)した。


(すさ)まじい轟音(ごうおん)空洞(くうどう)にとどろき、視界(しかい)をさえぎるほどの塵芥(ちりあくた)()()がった。


「……いったぁぁ……()ったたたたた………」


大丈夫(だいじょうぶ)ですかっ!?」


緊急事態(きんきゅうじたい)に、ロジオンが()()ってくる。


(たす)()こそうとして()をさしのべると、その人物(じんぶつ)はパッと(ひとみ)(かがや)かせ感激(かんげき)したように(こえ)をはずませた。


「あなたがロジオン(くん)ね!()えてうれしいわ。(わたし)はアナベルの親友(しんゆう)(うらな)()のリーム。あなたに(つた)えたいことがあってきたの……!」

        ☆

「……いいから……お(ねが)いだから……(はや)くどけてくれ……」


リームの下敷(したじ)きになっていたラグシードが、(いき)もたえだえになりながら(うった)えた。


(はや)合流(ごうりゅう)するために、最短(さいたん)ルートを()けてきたら、こんなところに()てしまって(こま)ってたのよね」


優雅(ゆうが)()のこなしで()()がると、リームは余裕(よゆう)たっぷりに萌黄色(もえぎいろ)(かみ)をかきあげた。


ようやく(おも)りから解放(かいほう)されたラグシードは、(かた)をがっくりと()としてうめいた。 


「あやまれよな……?」


「あら、あんたたちを(たす)けにきたのよ?感謝(かんしゃ)されても、非難(ひなん)される筋合(すじあ)いはないわ」


「……よく()うぜ。じゃあ()くけど、おまえだったらこの悲惨(ひさん)状況(じょうきょう)をなんとかしてくれるんだろうな?」


「ふっふっふっ……。()てなさい!エルフとっておきの精霊魔法(せいれいまほう)披露(ひろう)してあげるわ」


自信(じしん)たっぷりに微笑(ほほえ)んでから、リームは集中力(しゅうちゅうりょく)(たか)めるために(ひとみ)()じた。


すばやく口火(くちび)()った精霊魔法(せいれいまほう)詠唱(えいしょう)とともに、周囲(しゅうい)熱気(ねっき)()ちこめる。


火焔(かえん)(あやつ)火蜥蜴(サラマンダー)よ!灼熱(しゃくねつ)(ほのお)万事(ばんじ)()()がして!!』


たちどころに熱波(ねっぱ)()()こり、大気(たいき)高熱(こうねつ)()びはじめた。


すると、何処(いずこ)からか(あらわ)れた巨大(きょだい)火蜥蜴(サラマンダー)が、全身(ぜんしん)(ほのお)(つつ)まれた圧巻(あっかん)体躯(たいく)(あば)れはじめた。


(おお)きな四肢(しし)縦横無尽(じゅうおうむじん)にふりかざし、(みずか)(はっ)する紅蓮(ぐれん)(ほのお)()ける(しかばね)()()くしてゆく。


最後(さいご)尻尾(しっぽ)旋回(せんかい)させたときには、その()にいた死霊(しりょう)一体残(いったいのこ)らず殲滅(せんめつ)()えていた。


「すごい……!」


(いき)をのんでその光景(こうけい)見守(みまも)っていたロジオンが、感嘆(かんたん)したようなため(いき)をもらした。


あとには石畳(いしだたみ)点在(てんざい)する(のこ)()が、くすぶった(けむり)四方(しほう)()げている。


「……なんつーか、この(すさ)まじい威力(いりょく)は、やっぱり(とし)(こう)……?」


ラグシードから(はっ)せられた無神経(むしんけい)一言(ひとこと)は、長命(ちょうめい)(ほこ)るエルフ(ぞく)のリームには、いたく神経(しんけい)にさわったらしい。


「あんたはいつも一言余計(ひとことよけい)なのよ!」


彼女(かのじょ)癇癪(かんしゃく)とともに、火蜥蜴(サラマンダー)(のこ)()天井(てんじょう)から()ってきて、ラグシードに(ちい)さな火傷(やけど)()わせた。


──自業自得(じごうじとく)である。


その(あいだ)にも周囲(しゅうい)瘴気(しょうき)()くなってきている。


(つぎ)なる()()つために、サルヴァルが(やみ)念力(ねんりき)増幅(ぞうふく)させはじめたのだ。


太陽(たいよう)女神様(めがみさま)貴女(あなた)(せい)なるベールで(あわ)れな子羊(こひつじ)をお(まも)りください』


独断(どくだん)(てき)反撃(はんげき)()ると()んだグランシアが、俊敏(しゅんびん)動作(どうさ)防御結界(ぼうぎょけっかい)()りめぐらせる。


「これで(すこ)しは時間(じかん)をかせげるはずです」


小休止(しょうきゅうし)とばかりにロジオンたちは、荷物(にもつ)から霊草(れいそう)()()した。


各自(かくじ)(くば)ると(くち)にふくみ、(きず)ついた箇所(かしょ)(いや)体力(たいりょく)回復(かいふく)させた。


「……ナイスフォロー。なんだか(ぼく)たち女性陣(じょせいじん)(たす)けられてばっかりだね」


リームとグランシアを交互(こうご)()つめ、ロジオンが苦笑(にがわら)いする。


するとラグシードの背後(はいご)にいたリームが、するりと(かれ)(まえ)(おど)()た。


「あらためて(はじ)めまして。あなたのことはアナベルからいろいろ()いてるわ」


彼女(かのじょ)好奇心(こうきしん)()ちた(ひとみ)で、興味津々(きょうみしんしん)といったふうに()(まえ)少年(しょうねん)をながめた。


「ところで……そちらにいる(かた)はどなた?」


とつぜん自分(じぶん)話題(わだい)をふられ、グランシアは(すこ)(おどろ)いたように自己紹介(じこしょうかい)した。


(わたし)はアトゥーアンの修道女(しゅうどうじょ)でグランシアと(もう)します。信者(しんじゃ)()()られた(いもうと)(たす)けるため、ロジオンさんたちに同行(どうこう)させてもらっています」


「なるほどね、だいたいの事情(じじょう)はのみこめたわ。それにしても、あの(とき)(わたし)(うらな)い……。やっぱり()たってたわね」


(こおり)のごとくひんやりとした双眸(そうぼう)でラグシードを()つめる。


女難(じょなん)(そう)ってか?ちょっとは反省(はんせい)して(つつし)もうかな」


()(くすり)もないって(かれ)のような(ひと)のことをいうのかしら。ロジオン(くん)、こんな(やつ)じゃなくて、もっと優秀(ゆうしゅう)護衛(ごえい)をつけたら?」


もはやあきれを(とお)()して言葉(ことば)もない、といった(なげ)かわしいようすでリームが進言(しんげん)した。


「ところで、さっきの(ぼく)(つた)えたいことって、いったいなんですか……?」


「そうだった!アナベルに()ってきたんだろ。彼女(かのじょ)のようすはどうだったんだ?」


「あのね……。二人(ふたり)とも()()いて()いてね」


次の瞬間(しゅんかん)(かれ)らの余裕(よゆう)がそくざに()()ぶような事実(じじつ)が、リームの(くち)から(はっ)せられた。


「あなたたちが旅立(たびだ)ったすぐあと、(わたし)はマインスター()屋敷(やしき)(おとず)れたんだけど……。そこへいきなり侵入者(しんにゅうしゃ)(あらわ)れて、アナベルがさらわれてしまったの……!」


瞬間(しゅんかん)さっと、ロジオンの(かお)から大量(たいりょう)()()()いた。


驚愕(きょうがく)のあまり瞳孔(どうこう)が、最大限(さいだいげん)見開(みひら)かれている。


「………(うそ)………だろ……?」


全身(ぜんしん)(ふる)わせ、やっとの(おも)いで(こえ)(しぼ)()す。


(みみ)(うたが)うような事実(じじつ)に、さっきから感情(かんじょう)がついていかない。


(しん)じたくないのも無理(むり)はないわ。あまりにも一瞬(いっしゅん)のことで……。ただ、その侵入者(しんにゅうしゃ)黒装束(くろしょうぞく)()ていたから、おそらく(くろ)(へび)信者(しんじゃ)でまちがいないと(おも)う」


リームは深刻(しんこく)そうに(まゆ)()せて、ロジオンの(かお)をじっと()つめて()った。


「あなたのことをよく()っているうえで犯行(はんこう)におよんだ──。あまり想像(そうぞう)したくはないけど、アナベルを(たて)によからぬ計画(けいかく)(くわだ)てているのかもしれないわね……」


無数(むすう)(あせ)が、からだ(じゅう)をしたたり()ちていった。


生気(せいき)をうしなった蒼白(そうはく)(かお)で、ロジオンは茫然(ぼうぜん)とつぶやいていた。


「……彼女(かのじょ)()になにかあったら、(ぼく)はどうしたらいいんだ……!?」



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