67.罪人の烙印が刻まれしとき

文字数 3,526文字




視線(しせん)(ちゅう)をさまよい、地上(ちじょう)()いこまれるように落下(らっか)した。


その()空気(くうき)が、一瞬(いっしゅん)凍結(とうけつ)したようにロジオンには(かん)じられた。


『ようするに(おれ)も『フォルトナの末裔(まつえい)』だってことさ。(だれ)だかわかんねぇ(のろ)われた親父(おやじ)と、いにしえの魔法(まほう)(たみ)ルクティアの(あいだ)()まれた子供(こども)。……おまえのもう一人(ひとり)兄貴(あにき)なんだよ……』


無情(むじょう)ともいえるムスタインの言葉(ことば)が、ふたたび脳裏(のうり)によみがえる。


ロジオンは(こころ)がよどんでくるような暗澹(あんたん)とした気持(きも)ちにさいなまれた。


「……ふざけるな……」


(あたま)のなかをさまざまな感情(かんじょう)()けめぐっている。


これが真実(しんじつ)なのか(いつわ)りなのか……(だれ)審判(しんぱん)(くだ)してくれない。


ことの真偽(しんぎ)(たし)かめるのさえおぼつかない混乱(こんらん)最中(さなか)


(かれ)はようやく(こえ)をしぼりだすと、(いか)りにまかせてムスタインを(にら)みつけた。


(しん)じないんだ?(おれ)とおまえじゃなにもかも()ていないからか?……容姿(ようし)性格(せいかく)能力(のうりょく)嗜好(しこう)環境(かんきょう)所属(しょぞく)血縁者(けつえんしゃ)有無(うむ)恋人(こいびと)がいるかどうか……。おまえにあって(おれ)にないものもあれば、その(ぎゃく)もあるか」


「なにが()いたいんだ!?」


「そうイライラするなよ。そんな姿(すがた)()たら、(いと)しのアナベルが幻滅(げんめつ)しちゃうぜ?」


彼女(かのじょ)失望(しつぼう)するかどうかは(べつ)として、(たし)かに(いま)自分(じぶん)は、冷静(れいせい)さをうしなっているかもしれない。


それほど敵対(てきたい)するムスタインが『フォルトナの末裔(まつえい)』であり、(かれ)異父兄弟(いふきょうだい)にあたるという告白(こくはく)は、(おも)わず()(そむ)けたくなるほどの衝撃(しょうげき)をロジオンに(あた)えた。


(あいつが(ぼく)兄弟(きょうだい)かもしれないなんて!!そんな残酷(ざんこく)なこと……絶対(ぜったい)に、絶対(ぜったい)(しん)じたくはない……!!だけどそれが真実(しんじつ)ではないと断言(だんげん)する理由(りゆう)もない……)


もちろんそれが『(くろ)(へび)』の司教(しきょう)から(かた)られたという事実(じじつ)加味(かみ)すると、すべて鵜呑(うの)みにするのは、(おろ)かで危険(きけん)すぎることのように(おも)えた。


「ムスタイン……。おまえが本当(ほんとう)に『フォルトナの末裔(まつえい)』だっていうのなら、(いま)からその証拠(しょうこ)()せてみろ!」


いつになく(はげ)しい語調(ごちょう)でロジオンが(さけ)ぶと、ムスタインはめずらしく困惑(こんわく)したような表情(ひょうじょう)()かべた。


そうしてややもったいぶった態度(たいど)で、返答(へんとう)(おう)じた。


「そうしたいのは山々(やまやま)なんだが、かんじんの写本(しゃほん)教団(きょうだん)厳重(げんじゅう)保管(ほかん)されてるからなぁ……。(おれ)一度読(いちどよ)んだことがあるだけだ。それでも重要(じゅうよう)部分(ぶぶん)だけは記憶(きおく)してるぜ」


ムスタインは得意(とくい)そうな(かお)()ってのけた。


「【フォーチュン・タブレット罪案篇(ざいあんへん)第九条(だいきゅうじょう)、エレプシアの乙女(おとめ)との姦淫(かんいん)禁止(きんし)】」


「…………!!…………」


(なんじ)乙女(おとめ)(むす)ばれしとき、契約(けいやく)(やぶ)れフォルトナの加護(かご)(うしな)う。乙女(おとめ)純潔(じゅんけつ)でなければならない』」


それは恋人(こいびと)たちにとっては、残酷(ざんこく)すぎる制約(せいやく)だっただろう。


(はじ)めて()にしたときの暗澹(あんたん)とした気持(きも)ちを、(かれ)(いま)でも(おぼ)えている。


すべて承知(しょうち)のうえでアナベルと契約(けいやく)()わしたはずだったが、こうして他者(たしゃ)(くち)()りて(みみ)にすると、よりいっそう()()()してのしかかってくるようだった。


(きみ)たち(あい)しあってるのにかわいそうだね。高尚(こうしょう)理想(りそう)のまえには、好色(こうしょく)煩悩(ぼんのう)封印(ふういん)しないといけないなんて、(わか)恋人(こいびと)たちにしてみれば(へび)生殺(なまごろ)しだろ」


(いか)りでふつふつと身体(からだ)(しん)(あつ)くなってくるようだった。


「おまえはどうなんだ?ムスタイン……。おまえも『フォルトナの末裔(まつえい)』なら、(あい)する(ひと)契約(けいやく)をかわさないのか……?」


()っとくけどそれ、(おれ)には関係(かんけい)ねぇんだ。そもそも(おれ)最初(さいしょ)っから(かみ)サマに見放(みはな)されてるもんでね。一応(いちおう)その理由(りゆう)(おし)えといてやろうか?(おれ)親父(おやじ)はフォルトナ一族(いちぞく)でありながら、禁忌(きんき)である【同胞殺(どうほうごろ)し】をやってのけた……いわば一族(いちぞく)皆殺(みなごろ)しにした極悪人(ごくあくにん)なんだよ」


「なん……だって……?」


「あくまで組織(そしき)人間(にんげん)から()かされた(はなし)だけどよ。(おれ)犯行(はんこう)動機(どうき)はまったく()らねぇ。だが殺戮(さつりく)のかぎりをつくした親父(おやじ)も、ルクティアだけは()にかけることができなかった。すべてに絶望(ぜつぼう)し、発狂(はっきょう)した親父(おやじ)(みずか)(いのち)()った。けっきょく(あい)する(おんな)(ころ)されたようなもんさ」


ことの重大(じゅうだい)さ、残忍(ざんにん)さにも(かか)わらずあまりにも淡泊(たんぱく)なムスタインの発言(はつげん)だった。


ロジオンはその事実(じじつ)一人騒然(ひとりそうぜん)としていた。


(なんてことだ……!皆殺(みなごろ)しだなんて……そんな話一度(はなしいちど)()いたことがない!もし、ムスタインの()っていることが真実(しんじつ)だったとしたら、(いま)もまだフォルトナ一族(いちぞく)(かく)()んでいる(さと)があるというアンテーヌの言葉(ことば)(うそ)だということになる……!師匠(ししょう)とムスタイン……(ぼく)はどちらの言葉(ことば)信用(しんよう)したらいいんだ!?)


ロジオンの葛藤(かっとう)(はげ)しさとは対照的(たいしょうてき)に、ムスタインは淡々(たんたん)としたようすで陰惨(いんさん)過去(かこ)()()ちを(かた)ってゆく。


(あか)(ぼう)だった(おれ)は、()まれてすぐ『フォーチュン・タブレット』の写本(しゃほん)(ねら)っていた『(くろ)(へび)』に(とら)われた。これが(ぞく)にいう運命(うんめい)()かれ(みち)ってやつ?両親(りょうしん)ともに『フォルトナの末裔(まつえい)』でありながら、親父(おやじ)(おか)した罪状(ざいじょう)のせいで、(おれ)には()まれつき【罪人(つみびと)烙印(らくいん)】が(きざ)みつけられていた。……その(のろ)いのせいで、(おれ)はフォルトナの恩恵(おんけい)(さず)かれないらしい」


こちらに()せつけるかのように、漆黒(しっこく)()れた前髪(まえがみ)をかきあげる。


すると、それまで(かく)されていた(ひたい)刻印(こくいん)があらわになった。


(ひたい)中央(ちゅうおう)(きざ)まれていたのは、五芒星(ごうぼうせい)(さか)さにした(ぎゃく)ペンタクル。


逆五芒星(デビルスター)か……」


うめくようにロジオンの(のど)からその言葉(ことば)(はっ)せられると、ムスタインは愉快(ゆかい)そうに(わら)いながら、(かぜ)でまとわりついてきた黒衣(こくい)をうっとうしそうに(ひるがえ)した。


「これが悪魔(あくま)象徴(しょうちょう)だってさ。(おれ)危険視(きけんし)した監視役(かんしやく)のばーさんが、継承者(けいしょうしゃ)(あかし)()()げておまえに(あた)えた……。おまえの(くび)()がってるソレは、もともとは(おれ)()(もの)だったんだぜ?」


(おも)わずハッとして、胸元(むなもと)首飾(くびかざ)りを確認(かくにん)する。


それは神秘的(しんぴてき)翠色(みどりいろ)耀(かがや)きながら、星空(ほしぞら)(した)(あわ)発光(はっこう)していた。


「まったく皮肉(ひにく)なもんだぜ。運命(うんめい)は『純潔(じゅんけつ)』な血統(けっとう)(おれ)よりも、『混血(こんけつ)』のおまえを正統(せいとう)なる継承者(けいしょうしゃ)(えら)んだんだ。これが(にく)まずにいられるかってんだ……」


「………………………」


両者(りょうしゃ)のあいだに、底知(そこし)れない(やみ)がわだかまっていた。


(おさな)かった(おれ)がなにをした?(わる)いのはぜんぶ親父(おやじ)だ。(おれ)じゃない。なのに(ひと)(つみ)をなすりつけたまま()にやがった。()まれたときから【罪人(つみびと)烙印(らくいん)】を背負(せお)わされた(おれ)は、いったい(だれ)(にく)めばいい?」


「……ムスタイン……」


そのつぶやきには、いくばくかの(あわ)れみや同情(どうじょう)がふくまれていたのだろう。


ムスタインは無言(むごん)のままロジオンの(かお)見据(みす)えると、いまいましげに(つば)()()てた。


「お得意(とくい)のあわれみはよしてくれよ。侮蔑(ぶべつ)以外(いがい)のなにものでもないことぐらい、おまえの鈍重(どんじゅう)(のう)ミソでもわかるだろ?」


「………………………」


()(まえ)(ひろ)がる殺伐(さつばつ)とした大地(だいち)から、(つめ)たい(かぜ)(なが)れこんでくる。


今度(こんど)はおまえが理不尽(りふじん)運命(うんめい)蹂躙(じゅうりん)される(ばん)だぜ?」


永遠(えいえん)闇夜(やみよ)()()くように、ムスタインの背後(はいご)空間(くうかん)()()出現(しゅつげん)した。


ロジオンは身動(みうご)(ひと)つとれないまま、その光景(こうけい)凝視(ぎょうし)していた。


「せいぜい(いま)のうちに幸福(こうふく)でも()みしめとくことだな。かじっても(あじ)がしなくなったら、たぶんもう手遅(ておく)れだから……」


一方的(いっぽうてき)意味深(いみしん)言葉(ことば)だけを(のこ)し、黒装束(くろしょうぞく)(おとこ)は、漆黒(しっこく)(やみ)()けるようにかき()えた。

        ☆

()てついた空気(くうき)が、ロジオンの(ほお)をつめたく(つつ)んでゆく。


ムスタインが()()ったあとも、(かれ)放心(ほうしん)したようにその()(とど)まり(つづ)けていた。


(……神様(かみさま)はやっぱり残酷(ざんこく)だ……。いつだって(ぼく)(のぞ)まないほうの運命(うんめい)()(まえ)啓示(けいじ)する……!)


絶望的(ぜつぼうてき)なまでに(しず)まりかえった空間(くうかん)に、大地(だいち)()みしめる(おと)がさりげなく(ひび)いた。


神経(しんけい)過敏(かびん)になっていたせいだろう。


ロジオンは反射的(はんしゃてき)攻撃(こうげき)のかまえをとっていた。


だが、その姿(すがた)(みと)めて、はりつめていた緊張(きんちょう)(いと)がふっとゆるんだ。


視線(しせん)(てん)じた(さき)に、()()っていったはずの白金(しろがね)使(つか)()が、いつの()にか合成獣化(キメラか)してこの()にたたずんでいた。


セルフィンは大地(だいち)()()って、無垢(むく)(ひとみ)でこちらをじっと()つめている。


その(ひとみ)(かえ)るべき場所(ばしょ)へ、ロジオンの帰還(きかん)をうかがっているようだった。


約束(やくそく)して……。一分一秒(いっぷんいちびょう)でも(はや)くあたしのところに(もど)るって』


その瞬間(しゅんかん)(あたま)のなかに(いと)しい少女(しょうじょ)(こえ)(ひび)きわたった。


(……(いま)までアナベルのことを(わす)れてた……)


なぜこんな大切(たいせつ)なことを(わす)れていたのだろう?


愕然(がくぜん)とした(おも)いとともに、(こころ)(おく)()()まされた少女(しょうじょ)記憶(きおく)


『またあたしを()()りにするの……?』


そう切実(せつじつ)にうったえた純真(じゅんしん)(ひとみ)が、(いま)はなぜだか自分(じぶん)(きず)つけていく。


たった一人(ひとり)少女(しょうじょ)約束(やくそく)さえ(まも)れない自分(じぶん)


身勝手(みがって)だと(おも)いつつ、ぽっかりと(あな)があいてしまったようなさびしさに()たされた。


自分(じぶん)のことで精一杯(せいいっぱい)だったとはいえ……彼女(かのじょ)はずっと(ぼく)心配(しんぱい)して()っててくれてるっていうのに……)


見上(みあ)げた満天(まんてん)星空(ほしぞら)はしみわたるほど綺麗(きれい)で、いやでも(よご)れた自分(じぶん)姿(すがた)をくっきり()らしてゆく。


(……(ぼく)最低(さいてい)だな……)



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