55.諸刃の十字架を背負う男

文字数 2,810文字

(──全部(ぜんぶ)(みず)(あわ)じゃないか!(ぼく)彼女(かのじょ)()きこみたくなくて、記憶(きおく)封印(ふういん)したのに……!)


少年(しょうねん)絶望(ぜつぼう)(かた)(ふる)わせて、懸命(けんめい)(いか)りを()(ころ)すようにして(こころ)(なか)(さけ)んだ。


「そんなに心配(しんぱい)するなよ、ロジオン。(いま)から救出(きゅうしゅつ)すればいい(はなし)だろ?」


「なにのんきなこと()ってんだよっ!(ぼく)(にい)さんは(やつ)らに(ころ)されているんだぞっ。アナベルが絶対狙(ぜったいねら)われない保障(ほしょう)はどこにある!!」


やり()のない(いか)りをほとばしらせ、この()(おも)いきり地面(じめん)(たた)きつけたくなるような後悔(こうかい)ともどかしさに(かれ)はさいなまれていた。


「わ、(わる)かった。軽率(けいそつ)言動(げんどう)して……」


ロジオンの剣幕(けんまく)にたじたじになりながら、ラグシードが()をすくめて謝罪(しゃざい)した。


「……ごめんなさいロジオン(くん)(わたし)不甲斐(ふがい)ないばかりに、アナベルを(まも)れなくて……」


言葉(ことば)をつまらせながら、気落(きお)ちしたようすでリームはうなだれた。


「あなたのせいじゃないです。一人(ひとり)責任(せきにん)(かん)じないでください。とにかく目下(もっか)優先(ゆうせん)事項(じこう)はアナベルとグランシアの(いもうと)救出(きゅうしゅつ)すること!──みんな異論(いろん)はないね?」


その()にいた全員(ぜんいん)が、無言(むごん)のまま力強(ちからづよ)くうなずいた。


「すみませんっ!そろそろ限界(げんかい)です!!」


結界(けっかい)()っていたグランシアがこらえきれず悲痛(ひつう)(さけ)びをあげた。


『………刑具(けいぐ)鮮血(せんけつ)鉄球(フレイル)


その瞬間(しゅんかん)()っていたかのように、()(そこ)から(ひび)くような重低音(じゅうていおん)でサルヴァルがつぶやくと、(かれ)()(つか)骸骨(がいこつ)(ほね)でできたフレイルが出現(しゅつげん)した。


悪趣味(あくしゅみ)にもドクロの模様(もよう)(きざ)まれている。


(くさり)でつながった鉄球(てっきゅう)には、無数(むすう)(とげ)()()していた。


刑具(けいぐ)とは(くろ)(へび)教団(きょうだん)において、司教(しきょう)クラス以上(いじょう)信者(しんじゃ)だけが()つことを(ゆる)される、強大(きょうだい)特殊(とくしゅ)威力(いりょく)をほこる武器(ぶき)である。


「すげえのが()てきたな」


ラグシードが平静(へいせい)さを(よそお)いながらも、ごくりと(つば)()みこんだのがわかった。


「あんな(のろ)われた刑具(けいぐ)……。普通(ふつう)戦法(せんぽう)じゃとうてい太刀打(たちう)ちできないわよ!?」


相手(あいて)武器(ぶき)にはかり()れない威力(いりょく)(かん)じたのか、リームが焦燥(しょうそう)()ちた(こえ)でつぶやいた。


死霊術師(ネクロマンサー)との対決(たいけつ)か……」


どこか()めた()相手(あいて)凝視(ぎょうし)しながらラグシードがつぶやくと、


(きみ)得意分野(とくいぶんや)じゃないか。()()しみしてないで、そろそろ本領発揮(ほんりょうはっき)してもいいんじゃないの?」


ロジオンはいたずらっぽく微笑(ほほえ)むと、発破(はっぱ)をかけるようにラグシードの背中(せなか)(たた)いた。


本来(ほんらい)ならば(たよ)りたくない(ちから)なんだが……しょうがない。手段選(しゅだんえら)んでる余裕(よゆう)なんてなさそうだからな」


ラグシードは皮肉(ひにく)なもんだと(はな)(わら)うと、なぜか()っていた(けん)(しず)かに(さや)におさめた。


(たよ)りにしてるよ。なんたって(きみ)根源(ルーツ)ともいえる能力(のうりょく)だからね」

        ☆

ラグシードは(ふく)胸元(むなもと)から(ひそ)かに()につけていたロザリオを()()すと、(ひとみ)()じて(むね)(まえ)十字(じゅうじ)()った。


(てん)にまします(われ)らの(ちち)よ。(みち)(はず)れた(あわ)れな息子(むすこ)贖罪(しょくざい)機会(チャンス)(あた)えたまえ………』


(かみ)(いの)りをささげ()わると、(かれ)(ぎん)のロザリオにそっと(くち)づけた。


瞬間(しゅんかん)(あるじ)への(いの)りの(こえ)呼応(こおう)したかのように、はるか頭上(ずじょう)出現(しゅつげん)した一本(いっぽん)(やり)()りそそぎ大地(だいち)串刺(くしざ)しにした。


その銀色(ぎんいろ)をした(やり)形状(けいじょう)は、十字架(じゅうじか)のように二本(にほん)(なが)(ぼう)(みじか)(ぼう)()()わさっているが、その(よっ)つの先端(せんたん)すべてに(するど)穂先(ほさき)がつけられていた──


(あつか)いをあやまると、使用者(しようしゃ)自身(じしん)をも(きず)つける危険(きけん)がある。


『──神具(しんぐ)諸刃(もろは)十字架槍(クロスランス)──。厳重(げんじゅう)()りあつかい注意(ちゅうい)のはり(かみ)つき。俺専用(おれせんよう)のぶっそうな武器(ぶき)さ』


ラグシードは十字型(じゅうじがた)(やり)をにぎり()めると、手慣(てな)らしとばかりに(おお)きく旋回(せんかい)させた。


相変(あいか)わらず使(つか)いにくいったらありゃしねえ。油断(ゆだん)したら最後(さいご)(みずか)らの(にく)()()()しつらぬく……。まるで(てき)(いた)みまで()かち()えって、神様(かみさま)説教食(せっきょうく)らってるみたいだぜ」


その姿(すがた)をあっけにとられて見守(みまも)っていたリームは、とっさに()かんだ疑問(ぎもん)()いたださずにはいられなかった。


「その武器(ぶき)って、もしかして……。聖職者(せいしょくしゃ)にしか使(つか)えないんじゃないの?」


「ご名答(めいとう)!こう()えても(かれ)は、デルスブルクでも高名(こうめい)聖職者(せいしょくしゃ)家系(かけい)。ブルームハルト()息子(むすこ)なんだよ」


意外(いがい)だったわ……」


「こんなに不神信(ふしんじん)なのにね。たしか神学校(しんがっこう)にも(かよ)ってたんだよね?」


「るっさいな!どうせ(しょう)()わなくて、高等院(こうとういん)中退(ちゅうたい)だよ!」


「あら、卒業(そつぎょう)すればよかったのに。もったいない」


(おとこ)ばかりの全寮制(ぜんりょうせい)学院(がくいん)なんだぜ?(おれ)(いや)だって()ってるのに、無理矢理(むりやり)あんな牢獄(ろうごく)みたいな場所(ばしょ)(おれ)をぶちこみやがって、あンのクソ親父(おやじ)!」


「そもそも禁欲的(きんよくてき)生活(せいかつ)反動(はんどう)で、(いま)みたいな性格(せいかく)になっちゃったんだよね……」


()るか!それでも四年(よねん)もがまんしたんだ。もうこれ以上耐(いじょうた)えられるかよ!全部(ぜんぶ)人生(じんせい)墓場(はかば)(おれ)誘導(ゆうどう)しようとした親父(おやじ)責任(せきにん)だ!」


(かれ)のめまぐるしい女性遍歴(じょせいへんれき)は、過去(かこ)のトラウマの反動(はんどう)かもしれないわね……)


リームは腕組(うでく)みしながら納得(なっとく)したように()三度(さんど)うなずいた。


全部(ぜんぶ)(とう)さんのせいにするのはどうかと(おも)うけど?」


「おまえに(なに)がわかるんだ!?(おれ)青春(せいしゅん)(かえ)せえぇぇぇっ!!って、大声(おおごえ)(さけ)びたいくらいなんだぜ!」


(いま)にもリームにつかみかからんばかりの(いきお)いで、(かれ)興奮(こうふん)したように息巻(いきま)いた。


「まあまあ、お(とう)さんだってラグに自分(じぶん)仕事(しごと)()いでもらいたかったんだろ?」


激昂(げっこう)したようすの相棒(あいぼう)をなだめるように、ロジオンは(かる)くぽんぽんと頑丈(がんじょう)そうなラグシードの(かた)をたたいた。


するとふて(くさ)れたような(こえ)(かえ)ってきた。


「そんなの(おとうと)にやらせりゃいいんだよ。あいつのほうが真面目(まじめ)勤勉(きんべん)だから、跡継(あとつ)ぐなら(おれ)より()いてるだろ」


自分(じぶん)だって十二歳(じゅうにさい)まで神童(しんどう)って()ばれてたくせに」


ぷぷっと()()すのをこらえるような仕草(しぐさ)でロジオンが()うと、


「──神童(しんどう)!この(ひと)がぁ!?」


(しん)じられない!といった驚愕(きょうがく)表情(ひょうじょう)で、ラグシードを(ゆび)さしたままリームが(さけ)んだ。


「どうせ(だれ)(しん)じないんだから、この(はなし)はやめろよな」


吐息混(といきま)じりに(かた)()とすと、(かれ)はうんざりしたようすでつぶやいた。


「そろそろ茶番(ちゃばん)()わりにしてもらえないか」


(なが)沈黙(ちんもく)(たも)っていた、グロリオーザの司教(しきょう)(おも)(くち)(ひら)いた。


「ああ、そうだったな。(たたか)いの最中(さいちゅう)にとんだ小芝居見(こしばいみ)せちまって(わる)かったな」


反省(はんせい)したように(かた)をすくめると、ラグシードは()(けっ)してサルヴァルに提案(ていあん)()ちかけた。


「サルヴァルさんとやら、おまえの(ねら)いはロジオンなんだろうが、ちょっと(おれ)との勝負(しょうぶ)につきあってくれよ。見事(みごと)ぶちのめしたら、そのときは遠慮(えんりょ)なく(やつ)()いかけてかまわねえぜ」


「──ラグシードッ!?」


ロジオンの悲痛(ひつう)(さけ)びが石室(せきしつ)にこだました。


「アナベルの行方(ゆくえ)()になるんだろ?グランシアは道案内(みちあんない)につき()ってやってくれ。この()はなにがなんでも(おれ)()()める……!リームの援護(えんご)もあることだし、なんとかなるだろ」


(わたし)からもお(ねが)い!アナベルを(さが)()して(たす)けてあげて。(かれ)なら(わたし)がいるから大丈夫(だいじょうぶ)!」


「……リームさん、ラグ……。ごめん、(さき)()くよ。(かなら)()(のこ)って……約束(やくそく)だよ……」


ロジオンは(まよ)いをふりきるように二人(ふたり)()()けると、地下都市(ちかとし)最深部(さいしんぶ)目指(めざ)して一目散(いちもくさん)(はし)()した。



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