70.複合魔獣アングラータ
文字数 2,160文字
飛び去ってゆく白金の使い魔にむかって、罵倒を浴びせ終わると気がすんだのか。
ジェミニ―は肩からため息をつくと、数歩進んでしゃがみこみ、弾き飛ばされて地面に落ちていた銃を静かに拾った。
かかっていた砂を几帳面にはらい落とすと、銃身をにぎりしめ、背後に向かって標的を狙いさだめてふり返る。
「……やっぱり来てたのね……。すっごいステルス能力。さすが軍人あがりは違うわねぇ」
ジェミニーから皮肉混じりの賛辞をかけられた相手は、彼女が立っている位置から、やや離れた岩陰から姿をあらわした。
黒装束の上からでも遠目でわかるほど、筋骨隆々とした体躯の長身の男である。
しかし、その剛健な身体つきに見合わない飄々とした面構えをしている。
その余裕が鼻につくと、ジェミニーは感じていた。
彼は過酷な訓練で陽にさらされ続けて赤銅色になった肌と、ほぼ似た色味の褐色の髪を無造作にバンダナで巻いている。
「おまえは勝手に人さまの武器を拝借しておいて、お詫びの一言もいえないのか?」
その男が発した第一声には、諦観ともとれるあきらめきった響きがにじんでいた。
「……だって、『刑具』みたいな強力な武器は、司祭には支給されないんだもん。不公平じゃない!」
「だからって、無断で持ち出すやつがあるか……?」
「許可とってるヒマなんてなかったのよっ!ムスタイン様に弟がいるって聞いて、黙ってなんかいられないじゃない」
そんな理由で……というような途方に暮れたようすで肩を落とす。
男は半眼で少女を睨みつけながら、問答無用とばかりに銃を没収した。
「どっちみちおまえみたいな半人前にこの銃はあつかえない。どうせ一度も命中しないで敵に逃げられて終わりだろ?」
図星をつかれて一瞬だけ口をつぐんだものの、ジェミニーは怒りを抑えきれずに叫んだ。
「アンタまでアタシが実力不足だって言いたいの!?」
「……おまえ、影でなんて言われてるのか知ってるか?合成獣研究の権威・グリュード教主の七光り……」
「………っく!?………」
「孫であるおまえが異例の若さで司祭に抜擢されたのは、そういう裏があってのことだっていう周知の事実だ」
「しっつれいしちゃうわね……!!言ってる奴ら片っぱしから捕まえてきて、合成獣ちゃんのエサにしてやるわ!!っていうか、それだけでも足りないくらいよ」
興奮のあまり顔を赤くして憤っている少女を、いつものことだと若干突き放したようなあきれ顔で眺めながら男は言った。
「ムスタインにご執心なのは勝手だが、こっちの足を引っぱるのだけはよしてくれよ」
心の底からうんざりしたとでもいうように、乱れた褐色の髪をかきむしる。
「ウォルターズ……」
「……なんだ?」
「アタシを連れ戻しにきたんじゃないの?おじいちゃんからの命令だったら聞かないわよ。あの一件以来、神経質になっちゃって……また研究所に閉じこめるに決まってるんだから」
その言葉を聞いて、ウォルターズと呼ばれた男の顔が、それまでの緩慢な雰囲気とは一転した。
たちまち陰影をおびた真剣な表情に変化していた。
「おまえの前任者、イベリス司祭の急な変死……」
「……………………」
「動機はまだ不明だが、宗派の内部犯行説までささやかれるようになってから、確かにアングラータは不穏な空気が漂いまくってるからな……」
腕を組んだまま深刻そうにつぶやくと、かたわらのジェミニーが言葉を継いだ。
「アタシも彼女の遺体を見たけど……悪趣味なんてもんじゃなかったわよ」
臓物にまみれた陰惨な光景を思い出し、血の気が引いたように少女は身をすくませた。
それはおそらく、合成獣に喰われた死骸。
だが、本来『複合魔獣アングラータ』の獣が信者の命令に背くことなどありえない。
イベリス司祭ほどの使い手ならばなおのことだ。
ただし例外として、魔獣の使い手が彼女を襲うように仕組んでいたならば……。
そのような黒い噂が、口さがない連中によってささやかれ始めてからというもの。
グリュード率いるアングラータの信者たちは、互いに身内を疑い──
宗派間の者同士で目を光らせ、疑心暗鬼の渦中に囚われてでもいるようだった。
教主の孫ということで、直接的な非難からは免れていたものの……。
イベリス司祭の後任となったジェミニーに、疑いの目を向けている信者も少なからず存在した。
絶えず誰かに監視されているような異様な雰囲気にたえられず、彼女は身勝手な理由をつけて、無意識のうちに研究所を飛び出していた。
その軽率な行動が、さらなる嫌疑をかけられるもとになると知りながら……。
教主である祖父の心配も無理からぬことだった。
「ま、俺は別にグリュード様の命令で、おまえを追ってきたわけじゃない。これさえ取り返せりゃあ後はどうでもいいのさ」
まるで今、宗派内で起きている騒動とは自分は無縁。
だとでもいうように、青年は無責任なほど明るい調子でそう答えた。
流れるような動作で『刑具・放浪の魔銃』を軽々と肩に担ぐと、ウォルターズは飛竜を呼び寄せるために口笛を吹いた。
微笑をふくんだ視線を一度だけ少女に投げかけると、悠然とした動作で背を向ける。
その後ろ姿を、ジェミニーは複雑な胸中で見送っていた。
「相変わらずの一匹オオカミ……司教の自覚がなさすぎるんじゃない?」
少女のふて腐れたようなつぶやきは、砂塵に吹かれて相手の耳に届く寸前でかき消えた。
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