16.アナベルの家庭の事情

文字数 1,576文字




半時間(はんじかん)ほどかかって、ひと(とお)屋敷(やしき)案内(あんない)()えたときのことだった。


「ところで、(きみ)のお母様(かあさま)にもご挨拶(あいさつ)したいんだけど、どこにいらっしゃるのかな?」


なにげなく()られたロジオンの一言(ひとこと)だったが、アナベルの動揺(どうよう)をさそうには充分(じゅうぶん)だった。


「あの(ひと)だったらここにはいないわ」


(れい)()かないように(みじか)返答(へんとう)する。
()のせいかずいぶんと(とげ)のある口調(くちょう)だ。


「どういうこと?」


プライベートに()()るようで無神経(むしんけい)かと(おも)ったが、つい疑問(ぎもん)(くち)をすべって()ていた。


「お金持(かねも)ちの友人達(ゆうじんたち)といっしょに豪華客船(ごうかきゃくせん)(たび)をしてるの。いつ(かえ)ってくるかもわからないわ。いつも()まぐれに屋敷(やしき)(もど)ってきては、短期間滞在(たんきかんたいざい)してすぐにまた()かけちゃうから」


アナベルのようすが、どことなく(さび)しそうに()えたのは()のせいか。


「よくお(とう)さんが(ゆる)してるね」


「………弱味(よわみ)(にぎ)られてるのよ。お母様(かあさま)があんな(ふう)になったのも、お父様(とうさま)(そと)何人(なんにん)愛人(あいじん)(つく)るようになってからだもの。いっこうにやめる気配(けはい)はないしね。どっちもどっちよ」


彼女(かのじょ)視線(しせん)()とすと、わざと無関心(むかんしん)なそぶりを()せてそうつぶやいた。


さばけた(くち)ぶりがかえって痛々(いたいた)しかった。


はげましの言葉(ことば)をかけるべきか(かんが)えあぐねているうちに、いつしか二人は(うつく)しい中庭(なかにわ)(めん)した回廊(かいろう)(すす)んでいた。


手入(てい)れされた植込(うえこ)みには、新緑(しんりょく)(おとず)れとともに(はな)()(みだ)れ、(ちい)さな噴水(ふんすい)飛沫(ひまつ)()げている。


何本(なんぼん)もの(しろ)円柱(えんちゅう)(かこ)まれた心休(こころやす)まるような空間(くうかん)だ。


「もう(すこ)しであたしの部屋(へや)があるの。ちょっと()っていかない?」


少女(しょうじょ)はそう()うと、無邪気(むじゃき)微笑(ほほえ)んだ。


さっきまでの(かげ)りはどこかへ()えていた。


ロジオンはほっとしたが、(はは)不在(ふざい)(ちち)不貞(ふてい)に、(ひそ)かに(むね)(いた)めるアナベルの(こころ)琴線(きんせん)にふれた()がして、なんだかいたたまれない気持(きも)ちになった。

        ☆

「ここからの景色(けしき)がお()()りなのよ」


アナベルは自室(じしつ)(とびら)(いきお)いよく()けると、正面(しょうめん)にある大窓(おおまど)もついでに開放(かいほう)した。


(かぜ)とともに新鮮(しんせん)空気(くうき)が入りこみ、室内(しつない)()きぬけていった。金色(きんいろ)のタッセルでくくられた唐草模様(からくさもよう)のカーテンが優雅(ゆうが)(かぜ)にたなびいた。


「すごいや、庭園(ていえん)一望(いちぼう)できるんだね!」


バルコニーから()()()すと、ロジオンは興奮(こうふん)したように感嘆(かんたん)(こえ)をあげた。


(みやこ)でも有名(ゆうめい)庭師(にわし)手入(ていれ)れしてもらってるの。ちょっとユニークでしょ?」


そう()って迷宮(めいきゅう)のように複雑(ふくざつ)()()んだ、青々(あおあお)とした若葉(わかば)(しげ)庭木(にわき)()さした。


「なんだか冒険心(ぼうけんしん)をかき()てられちゃうね」


【ラビリンスの入口(いりぐち)へようこそ!】


そんな(うた)文句(もんく)石碑(せきひ)(きざ)まれていそうな生垣(いけがき)が、芸術(げいじゅつ)(いき)まで(たか)められ優美(ゆうび)景観(けいかん)となって眼下(がんか)(ひろ)がっている。


さすがアトゥーアン有数(ゆうすう)豪商(ごうしょう)だけあるなと(かれ)(こころ)から関心(かんしん)していた。


「ねえ、そろそろ(なか)(はい)ったら?」


バルコニーにつながる室内(しつない)から、アナベルが手招(てまね)きをする。


彼女(かのじょ)部屋(へや)はさすがに富豪(ふごう)(むすめ)だけあって、広々(ひろびろ)としていて豪華(ごうか)だった。


部屋(へや)調度品(ちょうどひん)もいかにも少女(しょうじょ)らしい雰囲気(ふんいき)統一(とういつ)されている。


()物机(ものづくえ)(うえ)には(あい)らしい(とり)置物(おきもの)や、(いろ)とりどりの(うつく)しい香水瓶(こうすいびん)(かざ)られていた。


花器(かき)には季節(きせつ)(はな)()けられ、ソファーには(ちい)さな可愛(かわい)らしいクッションがいくつも(なら)べられている。


(がら)もさまざまで、きっと店先(みせさき)一目惚(ひとめぼ)れして()ってきては()えているのだろう。


(まさしく(おんな)()部屋(へや)って(かん)じだな………いい(にお)いがするけど、なんの(かお)りだろう?)


ふんわりと(つつ)まれるような女性特有(じょせいとくゆう)(かお)りに、(きゅう)にどぎまぎしてきたロジオンだった。


「どうかしたの?」


「いや、(べつ)に………。それよりアナベル。この屋敷(やしき)図書室(としょしつ)があるって()いたんだけど、よかったら案内(あんない)してくれないかな?」


「いいわよ。あそこはあたしのお()()りの場所(ばしょ)だもの」


()うが(はや)いかアナベルは、自室(じしつ)()()して先陣(せんじん)をきって(ある)きはじめた。


その表情(ひょうじょう)()()きしている。


自分(じぶん)()きな場所(ばしょ)へ、ロジオンを案内(あんない)できるのがうれしくてたまらないようだった。



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