34.禁断の森へ

文字数 2,048文字




まだ日暮(ひぐ)(まえ)だというのに、うっそうと木々(きぎ)()(しげ)るその(もり)は、不気味(ぶきみ)なほどにうす(ぐら)かった。


地元(じもと)(もの)から禁断(きんだん)(もり)()(きら)われるだけあって、本当(ほんとう)悪霊(あくりょう)でも()みついていそうな気配(けはい)濃厚(のうこう)にただよわせていた。


おまけに(さき)ほどから、濃霧(のうむ)がかかったように周囲(しゅうい)木立(こだち)がかすんで()える。


禁断(きんだん)(もり)(あし)()()れた恐怖心(きょうふしん)が、ロジオンの()をかすませているのかもしれなかった。


(おれ)たちの(くに)愚弄(ぐろう)する連中(れんちゅう)が、びびって()()りもしない禁断(きんだん)(もり)()りこんで、一旗立(ひとはたた)てた(あかし)をもってこようじゃないか」


そんな無謀(むぼう)提案(ていあん)をした(あに)は、(おとうと)とは対照的(たいしょうてき)普段(ふだん)()わらないようすだった。


視線(しせん)をはるか前方(ぜんぽう)にすえて、(いさ)ましい(あし)どりをくずさず先陣(せんじん)をきって(ある)いている。


その(たの)もしい背中(せなか)を、羨望(せんぼう)とやや嫉妬(しっと)()()じった複雑(ふくざつ)心境(しんきょう)()つめていると、(きゅう)(おも)()ったように(あに)(うし)ろをふり(かえ)った。


ロジオンは自分(じぶん)内面(ないめん)見透(みす)かされたようでどきっとした。


しかし予想(よそう)(はん)して、(あに)はとっぴょうしもない催促(さいそく)をはじめたのだ。


「なあ、おまえのそれ、ちょっと(おれ)()してくれないか?」


「──継承者(けいしょう)(しゃ)(あかし)のことだったら、だめだよ。(だれ)にも(わた)すなってアンテーヌからきつく()われてるんだ」


ロジオンはそう()うと、無意識(むいしき)翠玉(すいぎょく)首飾(くびかざ)りを(つよ)くにぎりしめていた。


(こば)まれると余計(よけい)()()れたくなるんだよなぁ………って、(うば)いとったりはしないよ。冗談(じょうだん)(つう)じないやつだな」


(あに)苦笑(くしょう)するとロジオンの胸元(むなもと)(かがや)継承(けいしょう)(しゃ)(あかし)を、()(まえ)好奇心(こうきしん)にあふれた(ひとみ)()つめた。


「ただ、ちょっと(まえ)から()になってたんだ。不思議(ふしぎ)(ちから)(かん)じるっていうか、一度身(いちどみ)()けてじっくり()てみたいなと」


まだ(うたが)わしげなようすの(おとうと)説得(せっとく)するために、(かれ)(ひと)提案(ていあん)をもちかけた。


「それで、だ。交換条件(こうかんじょうけん)さ。もし()してくれたら、おまえが()しがってた三日月の曲刀(クレッセント・ダガー)をゆずってやるよ」


その(もう)()には、正直心(しょうじきこころ)がゆれ(うご)いた。


(あに)所有(しょゆう)する屋敷(やしき)(つた)わる名刀(めいとう)で、(おさな)いころから(ひそ)かにあこがれていた垂涎(すいぜん)(しな)だったのだ。


「ほんとに!?」


(おれ)約束破(やくそくやぶ)(おとこ)かよ?」


「ま、(しん)じてはいるけどさ。絶対(ぜったい)だよ?」


ロジオンは(ねん)()してから(くび)にかけた継承(けいしょう)(しゃ)(あかし)(はず)すと、(おごそ)かな()つきで(あに)()わたした。


「すごいな………なんていうか、想像以上(そうぞういじょう)(ちから)(つた)わってくる………」


感慨深(かんがいぶか)げにそうつぶやくと、しゃらんと(おと)()てて(くび)にぶら()げる。


(かれ)はそのまま自分(じぶん)(むね)(かざ)翠玉(すいぎょく)首飾(くびかざ)りを(ほこ)らしげに()つめた。

        ☆

そのまま(ある)くこと十数分(じゅうすうふん)、やがて(きり)()こうに(くず)れた聖堂跡(せいどうあと)のような廃墟(はいきょ)()えてきた。


「──やっと()つけた。いかにも悪霊(あくりょう)(この)んで()みつきそうな雰囲気(ふんいき)だな。(おれ)たち二人(ふたり)悪霊(あくりょう)退治(たいじ)してやろうぜ」


(あに)笑顔(えがお)自信(じしん)たっぷりにそう()いきった。


しかし幾重(いくえ)にも(つた)がからみついた廃墟(はいきょ)鎧戸(よろいど)は、(おも)いのほか堅牢(けんろう)二人(ふたり)()せつけず、()しても()いてもびくともしなかった。


一階(いっかい)(まど)にはすべて鉄格子(てつごうし)がはめられ、(やぶ)って侵入(しんにゅう)するのは不可能(ふかのう)だった。


しばらく探索(たんさく)してみたが状況(じょうきょう)()わらず、兄弟(きょうだい)はそろって(かお)見合(みあ)わせた。


「しょうがない、(あきら)めて(かえ)るか………」


難攻不落(なんこうふらく)廃墟(はいきょ)(まえ)にあっさりとさじを()げ、拍子抜(ひょうしぬ)けしたようすで(あに)()った。


その(とき)、とつぜん(てん)()けたようなどしゃ()りの(あめ)()りそそいだ。


「ひどい(あめ)だな。さっさと退散(たいさん)しようぜ」


二人(ふたり)(おお)あわてで派手(はで)(みず)しぶきをあげながら、(もり)(なか)一目散(いちもくさん)()()した。


どれほど(はし)ったころだろうか。
瞬間(しゅんかん)()(まえ)()(しろ)(ひかり)(つつ)まれた。


そう(かん)じたのもつかの()曇天(どんてん)(そら)から一筋(ひとすじ)稲光(いなびかり)落雷(らくらい)し、(すさ)まじい衝撃(しょうげき)(かれ)らを(おそ)った。


「「うわっ!」」


二人(ふたり)(あいだ)()()くように、大地(だいち)稲妻(いなづま)(はし)った。


(かれ)らはそのあおりを()って、たがいに(はな)れた場所(ばしょ)(はじ)()ばされていた。


「──侵入者(しんにゅうしゃ)、ですか。それにしても(わたし)たちは(うん)がいい。教祖様(きょうそさま)のお()(どお)りに()てみれば、本物(ほんもの)獲物(えもの)がかかっていたのですからね」


首領格(しゅりょうかく)らしき(おとこ)(こえ)合図(あいず)に、漆黒(しっこく)(もり)から()いたように黒装束(くろしょうぞく)(おとこ)たちが姿(すがた)(あらわ)した。


「おまえらの目的(もくてき)はなんだ………?」


「ほう、それほどの衝撃(しょうげき)()けながら、まだ()っていられるとは………。さすがに(むね)(あかし)伊達(だて)ではないようですね」


不敵(ふてき)にほほえんだ黒装束(くろしょうぞく)(おとこ)は、(するど)視線(しせん)翠玉(すいぎょく)首飾(くびかざ)りに(はし)らせた。


それだけで(かれ)らがなにを(ほっ)しているのか、瞬時(しゅんじ)理解(りかい)することができた。


(にい)さん!(みぎ)(おお)きく()けて!!」


ロジオンの意図(いと)をすぐに(さっ)し、(かれ)はその()から即座(そくざ)()びのいた。


『フォーチュン・タブレット第三篇(だいさんぺん)大地(だいち)魔法円(まほうえん)


(だれ)にも(さと)られぬよう秘密(ひみつ)呪文(じゅもん)(ちい)さくつぶやく。


当時(とうじ)はまだ人前(ひとまえ)では、ほとんど使(つか)ったことのなかったフォルトナの魔法(まほう)


そのいにしえの詠唱(えいしょう)が、空気(くうき)(つた)ってこだまする!


黒土(こくど)()るがす大地(だいち)円環(えんかん)! 】


「……っ!!なっ、なんだとぉぉ……!?」


動揺(どうよう)する黒装束(くろしょうぞく)(おとこ)たちを()きこんで、大地(だいち)鳴動(めいどう)地割(じわ)れが()こった。


魔法(まほう)出現(しゅつげん)した大地(だいち)()()に、次々(つぎつぎ)黒衣(こくい)(おとこ)たちが()みこまれてゆく光景(こうけい)見下(みお)ろしながら、(あに)はぼうぜんとその()()んだ。


「………ロジオン………!!」


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