おまけ24 救いはないが、どこか虚しくもせつない『バッドエンド集』

文字数 4,538文字

前回、予告していた通り。

ノベルゲームのように選択肢をえらび、小説本編とはちがうルートを進んだ場合の『結末』をえがいた『バッドエンド集』になります。

複数の結末が可能なノベルゲーム。その展開の自由度の高さに触発され、自分もやってみたいなぁと、遊び半分で『ネタ帳』に書いていたものです。

じっくり読み返してみたら、後味がわるいというよりは救いがないなりに、なにか虚しくも切ない感じがしました。

ともあれ、えらばなかった選択肢の先をえがいてみるのも、通常の小説を書くのとはべつの面白さがあって、なかなか新鮮でした。

        ☆

アナベルの部屋の机上で、金色に光る指輪を見つけた──

A 持ち帰る
B そのままにしておく 

──Aを選択

今でも指輪を贈った光景がまぶたに浮かんでくる。目を輝かせて金色の指輪を見つめ、彼女はうれしそうに僕にむかって微笑んだ。

中央広場の噴水の縁に座って、少女の白い指にはめたあのとき──

これまでの人生にないほどの、幸福な気持ちが自然と胸にこみあげてきた。
だが──

僕はたった今、愛する人の記憶を自らの手でうばったのだ。

放心したように抜け殻になった君の瞳が、僕を通りこして空中の一点を見つめている。

二人の想い出の品だったが、彼女にはもう不要だろう。

なにも感情を語らないそのまなざしが、すべてを物語っていた。

もはや意味をなさない金属の塊を、この場にのこしておくのは忍びなかった。

贈り主のわからない指輪など、不要ながらくたにすぎない──

そうだ。どこか暗くてふかい水の底にでも捨ててしまおう。

そうすればこの胸にわだかまっている、未練のような想いも、君への感傷も、消えてなくなるような気がした。

すべて──泡沫となるのだ。

これで彼女が僕のことを思い出すことはないだろう。

永遠に──

僕は指輪を手にとると、無言でポケットの奥に押しこんだ。

        ☆

46話『封印されし恋心よ眠れ』で、アナベルの記憶を封印したあとの分岐になります。

作中でロジオンがアナベルに贈った金の指輪は、二人の絆の証というか大切な意味がこめられているので。

その後のリームとの対話でも、アナベルの記憶をとり戻すための、直接的ではないにしろキーアイテムになっています。

なので、それが知らぬ間になくなっているというのは、記憶を失ったアナベルにとっては、最後の彼とのつながりを断たれるのに等しい。

というわけでロジオンが下した決断は、ある意味悲しくも非情なものです。

彼女のためを想って、の行為だったんでしょうけど……。

なにかもの悲しいというか、感傷的な空気が漂うバッドエンドを書いてみたかった。

もともと暗い恋愛シーンが書きたくて、この作品を作ったのもあって、こういう展開は思いのほかしっくりきたりします。

次のは61話『グロリオーザ教主の正体』にて、冒頭の途中からの分岐になります。

        ☆

敵の策略にはまって、魔力をうばわれてしまった。これでは、魔法を使うことができない──!?

A この場に残る
B いったん逃げ出す

──Bを選択

僕は隙を見て、なんとか大聖堂から逃げ出すことに成功した。

無我夢中で薄暗い地下通路を駆け抜ける。

かなり走って距離を稼いだところで、こらえきれず足を止める。息が切れ、心臓がばくばくと波打つように鼓動を刻んでいる。

魔力をうばわれた今、このままでは太刀打ちできそうにない。体制を整えて……できれば仲間と合流するのが望ましい。

足止め役を買ってくれた、ラグシードやリームはどうなっただろうか?

無事にいてくれるだろうか?

そして、アナベル──!!

少女のことを想うと、愛情と心痛の板ばさみになり、胸がきりきりと痛んだ。

ムスタインは彼女を置き去りにして空間の彼方へ消えた。とり残された彼女のゆくえが気にかかった。

そのとき、視線を先へ移動しようとして、あるものがぼくの目にとまった。自然と表情はけわしくなった。

床に点々と血痕があったのだ。
まだ生々しい……。

一瞬、生け贄の祭壇に生気をうしなって横たわる、血まみれの彼女の姿を想像して──僕は猛然とかぶりをふった。

──そんなわけない。彼女はまだ生きている──

瞬間、濃密な殺気を感じた。それらが刻々と近づいて自分めがけて襲いかかってくるような、不吉な予感がした。

まずいな……。僕は舌打ちすると、腰に下げた剣の柄に手をかけようとして蒼ざめた。

短刀が鞘ごと消えてなくなっている。

ムスタインに荷物をうばわれたのを、すっかり忘れていた。迂闊だった──

僕は今、魔法が使えない──

グランシアにはめられて、『刑具・罪の教典』によって魔力をうばわれたのだ。

このままでは敵に対抗するすべがないと、大聖堂から逃げのびてきたところだった。

彼女が差し向けた追手が、とうとう僕に追いついたのだろう。

絶体絶命って、こういうことをいうのだろうなと頭の隅をよぎったが、一瞬だった。

鈍い音がして、頭に衝撃が走った。

背後から不意をつかれて、魔物に鈍器のようなもので殴られたのだろう。気づくと僕は石畳の上に力なく倒れ伏していた。

横たわる視線のとおく先に、なぜか見慣れたシルエットがこちらにむかって駆けてくるのがわかった。

──来ちゃいけない!

そう大声で叫びたかったが、声が出なかった。

視界も閉ざされかけて、僕は遠ざかる意識のなか愛する人の声を聞いた。

「──ロジオン!?ねえ、お願い!しっかりして──」

彼女の必死の叫びが、次の瞬間ぞっとするような悲鳴に変わった。

なにが起こったのかは、かんがえたくもなかった。

遠くでなにかが倒れる音がした。

もう、終わりだ。

僕はたいせつな人を守れずに、死んでゆくのだ──

        ☆

まったくもって悪趣味ですね。うん。

でも、絶望的な『死亡エンド』のような文章、一度書いてみたかったんですよね。

小説だとこんな場面書くわけにはいかないので(たぶん)、こういう遊びのような企画でもないと書けないともいえます。

あと小説だと三人称で書いているので、ロジオンの一人称視点で書くというのは、なかなかに面白いです。

次はアナベル視点でのお話。うってかわってずっと先の未来が描かれます。

71話『嘘つきだけれど大切な人』の途中あたりの分岐。人によるとは思うけど若干、後味がわるいと思われる。

        ☆

ロジオンに待たされて、もう何時間も経過していた。このまま不気味な地下都市で待ち続けるのも限界だった──

A 屋敷にもどって待っていよう
B この場所で待ち続ける

──Aを選択

「このままここで待っていても、ロジオンはもどって来ないかもしれない──」

アナベルはそばにいるグランシアを説き伏せると、マインスター家の屋敷にもどることを決心した。

修道女であるグランシアは、ひとまずアトゥーアンの大聖堂に事情を説明して、身を寄せることで話がついた。

ロジオンのことは今も心配で気にかかるが、セルフィンも一緒なのだからきっと大丈夫だろうとアナベルは高をくくった。

彼はあんなにも絶望的な状況だったにもかかわらず、『フォルトナの魔法円』でみごと教主を打ち倒したではないか──

非凡なる大魔法使いのロジオンが、こんな場面でくじけるはずがない。

そんな彼もただの人間にすぎないことを、そのときのアナベルは気にもとめていなかった。

まだ異様な興奮につつまれていて、彼を必要以上に英雄あつかいしてしまっていたのだ。

あの場所にもどってきた彼が、アナベルたちがいないことに気づけば、セルフィンで空をひとっ飛びして屋敷にもどってくるだろう。

幸いにも崩れ落ちた天井の岩が、外に脱出する際に役立った。心細いながらも二人で協力して岩をよじ登り外に出ることができた。

すでに夜明けが近い──

無事に大聖堂にグランシアを送り届けると、アナベルは門扉をくぐり抜けて自分の屋敷にもどった。

地下都市ではあんなに目が冴えていたのに、自室にもどると安心したのか一気に眠りについてしまった。

目が覚めたアナベルを待っていたのは、ロジオンのいない空虚な日々だった。

その後、ロジオンの行方はいっこうに音沙汰なく………。

彼がもどってくることは二度となかった。

ひたすら彼の帰りを待ち続けた彼女も、やがて年頃になって親のいいなり同然に結婚して、子供を産み、その子供がまた子供を産んで………。

気の遠くなるような時間がながれた。

窓の外を眺めるたび、彼女はいつも後悔にさいなまれる。

あのとき、あの場所で彼を待ち続けていたならば──いまごろ自分はどんな人生を歩んでいたのだろうかと。

お婆さんになった彼女は、今でも乙女のように窓辺で空を見上げながら、消えた恋人を待ち続けているのだ。

いつまでも、いつまでも──

それから歳月がながれて、かわいがっていた孫娘も年頃になった。

どこか昔の自分を思わせる無邪気な孫は、恋人もできたようで毎日が楽しそうに見えた。

窓際で遠くを見つめる彼女は、もう誰を待っているのかさえ思い出せない。

そんな老女のもとに、孫娘がせわしないようすで駆け寄ってきた。

「──おばあちゃん、許してね?彼が借金つくっちゃって……このままじゃあたしたち結婚もできない!お父さんはもう一クォーツのお金も貸してくれないの。だから、ごめんね──」

孫はそう言うと、大切な指輪だといってはめていた金の指輪を、彼女の指からなんのためらいもなく抜きとった。

甘やかされて育った無知な孫は、大切なものを金目のものだと結び付けていたのだろう。

指輪をうばうと祖母を放りだすようにして、部屋を飛び出していった。

広いひろい居間に見棄てられたようにたたずんで、彼女は思う。

ああ、自分も若いときに同じあやまちを犯したのだと。

刹那、記憶の彼方にしまいこまれた贈り主のおもかげが、うっすらとまぶたに浮かんだような気がした。

自分が見棄てたあの人は、あのあとどんな人生をおくったのだろう?

ひとり孤独に死んでいったのではないと、そう願いながら………

彼女は左手の薬指を、無意識に指でさぐった。そこに指輪はなく、ただしなびた皮膚が骨に張りついているだけだった。

ひとりとり残された老女の頬を、一筋の涙がつたい落ちた。

もはや彼女は、誰のために涙を流しているのかさえ、わからなかった。

        ☆

バッドエンドというよりは、実はもうひとつのエンディングだったりします。

ここまで悲惨ではないものの、第一部を書いているときに、ロジオンがもどってこない終わり方もちょっと頭をかすめていたのでした。

それじゃハッピーエンドにならないから、即座に却下したのですが。

以降、窓辺にたたずんで、帰らぬ恋人の姿を待っている……というビジョンがずっとわたしの頭に焼きついているのでした。

欠けたパズルの一片を求めながら、埋められない心の空洞を抱えたまま生きる。

救いがないようだけど、ほんとうはこの終わり方のほうが、物語としてリアリティがあるような気がする。

そうしなかったのは、やっぱりたとえ物語であっても、どこか救いがほしいなと当時のわたしが思ったからです。

その決断はやはりまちがってなかったと、わたしは思いたい。

        ☆

☆ ついつい書き足していたら(いつもの癖ですが……)、想像以上に長くなってしまったので、つづきは次回になります!



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