「お
願いっ!リームぅぅ……
話を
聞いてよぉ……!!」
館の
扉を
勢いよく
開け
放つなり、アナベルは
親友の
占い
師に
向かってせいいっぱいの
涙声でうったえた。
「あのねぇ、
休業時間に
押しかけられても
困るんだけどって、
何回言ったらわかるの?ここはお
悩み
相談所じゃあないのよ。
占ってほしかったらちゃんとお
代を
払ってちょうだい」
明瞭な
口調でそう
言ってのけたのは、
萌黄色の
髪をしたエルフ
族の
娘だ。
涼やかな
若草色の
瞳でアナベルのようすをじっと見つめると、
親友の
異変に
気づいたのかしょうがないとばかりに
肩をすくめてみせた。
「あなたには
負けるわね。
友人のよしみで
話ぐらいだったら
聞いてあげてもいいわ。どうせまた
恋の
悩みなんでしょうけど。
今度のお
相手はどんな
男性なの?」
「それがなに
考えてるのか、さっっっぱりわからないんだけど!」
アナベルは
感情にまかせて
机をドンッ!とたたくと、
真剣な
表情でリームにつめ
寄った。
「あなた
前に
男なんて
単純でつまらない。もっと
内に
秘めたミステリアスな
男性に、
翻弄されるような
恋がしてみたいって
言ってたじゃないの。まさに
願ったり
叶ったりね」
「そんな
理想を
抱いてたころもあったけど、
現実は
甘くなかったのよ!」
「──すごい
剣幕ね………。まあ、とりあえず
話してみなさいよ」
リームがうながすと、
怒涛のごとくアナベルはロジオンのことを
語りはじめた。
「
彼……ロジオンっていうんだけど、
出逢った
瞬間、
初対面なのになぜか
懐かしい
気がして、ひと
目で
好きになっちゃったんだ……」
「ふうん。それで?」
「ロジオンは
優しくて
頼りになるし、
暴漢に
襲われた
時も
真剣にあたしを
守ってくれたから、
少しは
期待してもいいのかなって
思ったんだけど………」
「………
違ってたわけね」
「うん………。
正直、
彼があたしのことをどう
思ってるのか
全然わからないわ」
アナベルはお
手上げとでもいうように、
肩をすくめると
頭をふった。
「
昨日だってちょっといいムードになったときに、
急に
彼が
顔を
近づけてきたから、もしかしてキスされるのかなって
期待して………。
思いきって
瞳を
閉じたんだけど、ごめんって
謝られちゃった」
その
時の
光景をまざまざと
思い
出して、アナベルは
少しうちひしがれたような
遠い
目をした。
「こっちはドキドキして
待ってたっていうのに
馬鹿みたいじゃない?
本当に
頭にきたわよ。それに………ちょっと
傷ついた。べつに
好きでもないのに、
妙に
思わせぶりな
態度はやめてほしい」
「それって、たんに
怖気づいちゃっただけじゃないかしら?
若い
男の
子にありがちよね………」
「そうなのかなぁ………。でも、
心を
開いてくれてるなと思うと、
急によそよそしい
態度になったりして、
彼の
気持ちがよくわからないのよね」
「えてして
男と
女はそんなものよ。
恋の
始まりは
特にね。
互いにうまく
距離がとれなくてもどかしいんだけど、
理解できないからこそ
惹かれあい
求め
合う………。いいわねぇ、そんな
恋にめぐり
逢えて」
うらやましいわとけんもほろろの
友人のようすに、アナベルはそっとため
息をついた。
「でも、ロジオンが
秘密主義な
性格だっていうことは、なにも
恋愛に
関してだけじゃないのよね。
今はむしろそっちのほうが
気がかりだったりして──」
「それって、どういうこと?」
恋愛話ではなくなったとたん、
急に
食いついてきたリームに、アナベルは
少しあきれながら
言葉を
続けた。
「ロジオンはあまり
過去の
話をしたがらないの。
以前それとなく
旅の
目的を
尋ねる
機会があったんだけど、なんとなくはぐらかされちゃって。
彼にとって
話したくないことなんだと
思う。
唯一聞かせてくれたのは、
彼がいにしえの
魔法の
民だっていう
話だったんだけど、これは
長くなるからはしょるね」
「ええ、かまわないわ」
リームが
鷹揚にうなずくと、アナベルは
真剣なようすで
話しはじめた。
「ようするに、
一族に
伝わる
秘儀呪文を
完成させるために
旅をしてるってことなんだけど、ロジオンの
本当の
目的はそれだけじゃないような
気がするの………。これはあたしの
勘にすぎないんだけど、このところ
彼の
周囲で
不穏な
空気を
感じるのよ。
街でいっしょの
時、あたしも
事件に
巻きこまれたばかりだし」
「それはまた
物騒ね。でも、あなた
強いからどうせ
撃退できたんでしょ?」
「そりゃあまあ……。でも、
逃げるので
手一杯だったでしょうね。あたし
一人だったら、ちょっと
危なかったかもしれないわ………」
「ふうん。
彼がいたおかげってわけね。それでいにしえの
魔法の
民だっていうけど、そんなに
強いの?」
リームは
長命なエルフ
族だけあって、
自身の
魔法の
熟練度や
力量にもそれなりにプライドを
持っている。
なにより
人間ごときには
負けてはいないという
自負もある。
それゆえか
声の
調子にちょっと
微妙なニュアンスがふくまれていた。
「ロジオンは
見たこともないような
魔法を
使うわ!リームの
精霊魔法にも
引けをとらないと
思う」
アナベルは
両の
拳をにぎりしめて
力説した。
「とにかく!ロジオンの
護衛があまり
屋敷にいないのも、
裏で
諜報活動していると
考えれば
納得がいくわ。
彼らが
二人だけで
話してる
時にあたしが
近づくと、さりげなく
会話の
流れが
変わるの。まるでそれまで
話していた
事柄を
隠すみたいに。
怪しいなんてもんじゃないわ。あたしが
思うに、ロジオンはなんらかの
事件に
直面しているのかもしれない………!」
恋慕う
男を
想うあまり、
饒舌にまくし
立てる
友の
姿にリームは
目を
見はった。
「──アナベル、あなたやっと
本物の
恋に
出逢えたのね」
唐突なリームの
言葉に、アナベルはすこし
鼻白んだ。
「なによ、
今までのは
恋じゃなかったとでも
言いたいわけ?」
「そうねぇ、
例えるなら
子供のお
遊戯みたいだったわね」
「
人のことバカにして………!」
アナベルが
露骨にふてくされると、エルフの
娘はいたずらっぽく
微笑んだ。
「でもそれだけ
深刻に、あなたに
心配してもらえるんだから………
彼って
魅力的な
人なのね。どんな
人物なのか
親友として
非常に
興味があるわ」
普段はクールな
彼女にはめずらしく、
大いに
好奇心を
刺激されたらしかった。
「
穏やかでナイーブな
人よ。でもそうかと
思うと
意外に
大胆で
情熱的だったりして……。なんだかつかみどころがないのよね」
「ふうん。そのうえ
謎めいていて、
人を
拒絶するようなところがあるのね。ついでに
面食いなあなたのことだから、きっと
目が
覚めるような
甘い
顔立ちの
美少年なんでしょうね。まさしくあなたの
好みのど
真ん
中じゃない。
追いかければ
逃げていく、
典型的な
恋の
罠にはまっちゃったみたいね」
「
反論できない………」
落ちこんだようすでアナベルはうめいた。
「ちょっと
攻略するには、
難所がありすぎるような
人物ね。そうとう
手ごわいわよ………。
下手するとすごく
傷つくかも。でも、
本気の
恋にはたいてい
苦悩がつき
物だけどね。──
覚悟はできてるの?」
リームはいつになく
気迫のこもった
視線で、アナベルをひたと
見すえた。
アナベルはやや
気圧されながらも、
真摯な
瞳でこくりとうなずいたのだった。
「そう、ならいいけど。ただ
私が
心配してるのはね、この
恋が
成就したところであなたはもっとつらい
目に
遭うってこと」
すぅっと
息を
吸ったあと、リームはまるでため
息のように
一気に
吐き
出してから、いつもより
数段冷めたまなざしで
親友の
顔を
見つめた。
「
彼は
旅人で………すぐにあなたの
前から
姿を
消すのよ。そんな
相手を
本気で
愛するつもり?」