29.ガールズトークは占いの館で

文字数 2,986文字




「お(ねが)いっ!リームぅぅ……(はなし)()いてよぉ……!!」


(やかた)(とびら)(いきお)いよく()(はな)つなり、アナベルは親友(しんゆう)(うらな)()()かってせいいっぱいの涙声(なみだごえ)でうったえた。


「あのねぇ、休業時間(きゅうぎょうじかん)()しかけられても(こま)るんだけどって、何回言(なんかいい)ったらわかるの?ここはお(なや)相談所(そうだんじょ)じゃあないのよ。(うらな)ってほしかったらちゃんとお(だい)(はら)ってちょうだい」


明瞭(めいりょう)口調(くちょう)でそう()ってのけたのは、萌黄色(もえぎいろ)(かみ)をしたエルフ(ぞく)(むすめ)だ。


(すず)やかな若草色(わかくさいろ)(ひとみ)でアナベルのようすをじっと見つめると、親友(しんゆう)異変(いへん)()づいたのかしょうがないとばかりに(かた)をすくめてみせた。


「あなたには()けるわね。友人(ゆうじん)のよしみで(はなし)ぐらいだったら()いてあげてもいいわ。どうせまた(こい)(なや)みなんでしょうけど。今度(こんど)のお相手(あいて)はどんな男性(だんせい)なの?」


「それがなに(かんが)えてるのか、さっっっぱりわからないんだけど!」


アナベルは感情(かんじょう)にまかせて(つくえ)をドンッ!とたたくと、真剣(しんけん)表情(ひょうじょう)でリームにつめ()った。


「あなた(まえ)(おとこ)なんて単純(たんじゅん)でつまらない。もっと(うち)()めたミステリアスな男性(だんせい)に、翻弄(ほんろう)されるような(こい)がしてみたいって()ってたじゃないの。まさに(ねが)ったり(かな)ったりね」


「そんな理想(りそう)(いだ)いてたころもあったけど、現実(げんじつ)(あま)くなかったのよ!」


「──すごい剣幕(けんまく)ね………。まあ、とりあえず(はな)してみなさいよ」


リームがうながすと、怒涛(どとう)のごとくアナベルはロジオンのことを(かた)りはじめた。


(かれ)……ロジオンっていうんだけど、出逢(であ)った瞬間(しゅんかん)初対面(しょたいめん)なのになぜか(なつ)かしい()がして、ひと()()きになっちゃったんだ……」


「ふうん。それで?」


「ロジオンは(やさ)しくて(たよ)りになるし、暴漢(ぼうかん)(おそ)われた(とき)真剣(しんけん)にあたしを(まも)ってくれたから、(すこ)しは期待(きたい)してもいいのかなって(おも)ったんだけど………」


「………(ちが)ってたわけね」


「うん………。正直(しょうじき)(かれ)があたしのことをどう(おも)ってるのか全然(ぜんぜん)わからないわ」


アナベルはお手上(てあ)げとでもいうように、(かた)をすくめると(かぶり)をふった。


昨日(きのう)だってちょっといいムードになったときに、(きゅう)(かれ)(かお)(ちか)づけてきたから、もしかしてキスされるのかなって期待(きたい)して………。(おも)いきって()()じたんだけど、ごめんって(あやま)られちゃった」


その(とき)光景(こうけい)をまざまざと(おも)()して、アナベルは(すこ)しうちひしがれたような(とお)()をした。


「こっちはドキドキして()ってたっていうのに馬鹿(ばか)みたいじゃない?本当(ほんとう)(あたま)にきたわよ。それに………ちょっと(きず)ついた。べつに()きでもないのに、(みょう)(おも)わせぶりな態度(たいど)はやめてほしい」


「それって、たんに怖気(おじけ)づいちゃっただけじゃないかしら?(わか)(おとこ)()にありがちよね………」


「そうなのかなぁ………。でも、(こころ)(ひら)いてくれてるなと思うと、(きゅう)によそよそしい態度(たいど)になったりして、(かれ)気持(きも)ちがよくわからないのよね」


「えてして(おとこ)(おんな)はそんなものよ。(こい)(はじ)まりは(とく)にね。(たが)いにうまく距離(きょり)がとれなくてもどかしいんだけど、理解(りかい)できないからこそ()かれあい(もと)()う………。いいわねぇ、そんな(こい)にめぐり()えて」


うらやましいわとけんもほろろの友人(ゆうじん)のようすに、アナベルはそっとため(いき)をついた。


「でも、ロジオンが秘密主義(ひみつしゅぎ)性格(せいかく)だっていうことは、なにも恋愛(れんあい)(かん)してだけじゃないのよね。(いま)はむしろそっちのほうが()がかりだったりして──」


「それって、どういうこと?」


恋愛話(れんあいばなし)ではなくなったとたん、(きゅう)()いついてきたリームに、アナベルは(すこ)しあきれながら言葉(ことば)(つづ)けた。


「ロジオンはあまり過去(かこ)(はなし)をしたがらないの。以前(いぜん)それとなく(たび)目的(もくてき)(たず)ねる機会(きかい)があったんだけど、なんとなくはぐらかされちゃって。(かれ)にとって(はな)したくないことなんだと(おも)う。唯一聞(ゆいいつき)かせてくれたのは、(かれ)がいにしえの魔法(まほう)(たみ)だっていう(はなし)だったんだけど、これは(なが)くなるからはしょるね」


「ええ、かまわないわ」


リームが鷹揚(おうよう)にうなずくと、アナベルは真剣(しんけん)なようすで(はな)しはじめた。


「ようするに、一族(いちぞく)(つた)わる秘儀呪文(ひぎじゅもん)完成(かんせい)させるために(たび)をしてるってことなんだけど、ロジオンの本当(ほんとう)目的(もくてき)はそれだけじゃないような()がするの………。これはあたしの(かん)にすぎないんだけど、このところ(かれ)周囲(しゅうい)不穏(ふおん)空気(くうき)(かん)じるのよ。(まち)でいっしょの(とき)、あたしも事件(じけん)()きこまれたばかりだし」


「それはまた物騒(ぶっそう)ね。でも、あなた(つよ)いからどうせ撃退(げきたい)できたんでしょ?」


「そりゃあまあ……。でも、()げるので()(いっ)(ぱい)だったでしょうね。あたし一人(ひとり)だったら、ちょっと(あぶ)なかったかもしれないわ………」


「ふうん。(かれ)がいたおかげってわけね。それでいにしえの魔法(まほう)(たみ)だっていうけど、そんなに(つよ)いの?」


リームは長命(ちょうめい)なエルフ(ぞく)だけあって、自身(じしん)魔法(まほう)熟練度(じゅくれんど)力量(りきりょう)にもそれなりにプライドを()っている。


なにより人間(にんげん)ごときには()けてはいないという自負(じふ)もある。


それゆえか(こえ)調子(ちょうし)にちょっと微妙(びみょう)なニュアンスがふくまれていた。


「ロジオンは()たこともないような魔法(まほう)使(つか)うわ!リームの精霊魔法(せいれいまほう)にも()けをとらないと(おも)う」


アナベルは(りょう)(こぶし)をにぎりしめて力説(りきぜつ)した。


「とにかく!ロジオンの護衛(ごえい)があまり屋敷(やしき)にいないのも、(うら)諜報活動(ちょうほうかつどう)していると(かんが)えれば納得(なっとく)がいくわ。(かれ)らが二人(ふたり)だけで(はな)してる(とき)にあたしが(ちか)づくと、さりげなく会話(かいわ)(なが)れが()わるの。まるでそれまで(はな)していた事柄(ことがら)(かく)すみたいに。(あや)しいなんてもんじゃないわ。あたしが(おも)うに、ロジオンはなんらかの事件(じけん)直面(ちょくめん)しているのかもしれない………!」


恋慕(こいした)(おとこ)(おも)うあまり、饒舌(じょうぜつ)にまくし()てる(とも)姿(すがた)にリームは()()はった。


「──アナベル、あなたやっと本物(ほんもの)(こい)出逢(であ)えたのね」


唐突(とうとつ)なリームの言葉(ことば)に、アナベルはすこし鼻白(はなじろ)んだ。


「なによ、(いま)までのは(こい)じゃなかったとでも()いたいわけ?」


「そうねぇ、(たと)えるなら子供(こども)のお遊戯(ゆうぎ)みたいだったわね」


(ひと)のことバカにして………!」


アナベルが露骨(ろこつ)にふてくされると、エルフの(むすめ)はいたずらっぽく微笑(ほほえ)んだ。


「でもそれだけ深刻(しんこく)に、あなたに心配(しんぱい)してもらえるんだから………(かれ)って魅力的(みりょくてき)(ひと)なのね。どんな人物(じんぶつ)なのか親友(しんゆう)として非常(ひじょう)興味(きょうみ)があるわ」


普段(ふだん)はクールな彼女(かのじょ)にはめずらしく、(おお)いに好奇心(こうきしん)刺激(しげき)されたらしかった。


(おだ)やかでナイーブな(ひと)よ。でもそうかと(おも)うと意外(いがい)大胆(だいたん)情熱的(じょうねつてき)だったりして……。なんだかつかみどころがないのよね」


「ふうん。そのうえ(なぞ)めいていて、(ひと)拒絶(きょぜつ)するようなところがあるのね。ついでに面食(めんく)いなあなたのことだから、きっと()()めるような(あま)顔立(かおだ)ちの美少年(びしょうねん)なんでしょうね。まさしくあなたの(この)みのど()(なか)じゃない。()いかければ()げていく、典型的(てんけいてき)(こい)(わな)にはまっちゃったみたいね」


反論(はんろん)できない………」


()ちこんだようすでアナベルはうめいた。


「ちょっと攻略(こうりゃく)するには、難所(なんしょ)がありすぎるような人物(じんぶつ)ね。そうとう()ごわいわよ………。下手(へた)するとすごく(きず)つくかも。でも、本気(ほんき)(こい)にはたいてい苦悩(くのう)がつき(もの)だけどね。──覚悟(かくご)はできてるの?」


リームはいつになく気迫(きはく)のこもった視線(しせん)で、アナベルをひたと()すえた。


アナベルはやや気圧(けお)されながらも、真摯(しんし)(ひとみ)でこくりとうなずいたのだった。


「そう、ならいいけど。ただ(わたし)心配(しんぱい)してるのはね、この(こい)成就(じょうじゅ)したところであなたはもっとつらい()()うってこと」


すぅっと(いき)()ったあと、リームはまるでため(いき)のように一気(いっき)()()してから、いつもより数段冷(すうだんさ)めたまなざしで親友(しんゆう)(かお)()つめた。


(かれ)旅人(たびびと)で………すぐにあなたの(まえ)から姿(すがた)()すのよ。そんな相手(あいて)本気(ほんき)(あい)するつもり?」



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