25.空と大地の境界線

文字数 1,725文字




空飛(そらと)使(つか)()セルフィンの()二人乗(ふたりの)りして、(またた)()大空(おおぞら)()けあがった。


()てごらん、水平線(すいへいせん)がきれいだよ」


()()れしたさわやかな(こえ)で、ロジオンがうながす。


しかし、(まぶた)()けたいものの、アナベルにはまだ(した)(なが)めるような余裕(よゆう)はない。


セルフィンの騎乗(きじょう)(おも)いのほか不安定(ふあんてい)で、ふり()とされないよう必死(ひっし)にしがみついていなければならなかった。


両腕(りょううで)をロジオンの背中(せなか)()きつけながら、アナベルは浮遊感(ふゆうかん)戸惑(とまど)うあまり、その()にぎゅっと(ちから)をこめた。


「………ごめん、(こわ)いよね?まだ操縦(そうじゅう)になれてなくて………おっと、ぶっつけ本番(ほんばん)みたいな(かん)じだから。二人乗(ふたりの)りは(はじ)めてだし」


心配(しんぱい)(おも)ったロジオンは肩越(かたご)しにふり(かえ)ると、(ひとみ)をつぶったままのアナベルを()てかすかに微笑(ほほえ)む。


そして彼女(かのじょ)(やさ)しく(こえ)をかけた。


「この(へん)気流(きりゅう)安定(あんてい)してるから大丈夫(だいじょうぶ)。アナベル、()()けてごらん」


(はる)上空(じょうくう)(ただよ)いながら、ロジオンにうながされてアナベルはおそるおそる薄目(うすめ)()けた。


すると、まるで地図(ちず)展開(てんかい)したような光景(こうけい)眼下(がんか)(ひろ)がっていた。


ふもとに雄大(ゆうだい)森林(しんりん)(したが)える山脈(さんみゃく)神秘的(しんぴてき)透明度(とうめいど)をほこる湖畔(こはん)


若葉萌(わかばも)える(みどり)草原(そうげん)(まる)水平線(すいへいせん)(えが)広大(こうだい)海原(うなばら)、それに(つづ)港湾(こうわん)


見下(みお)ろしたアナベルは()()はると感嘆(かんたん)(こえ)をあげた。


(しん)じられない開放感(かいほうかん)!ねぇ、(まち)玩具(おもちゃ)みたいに(ちい)さく()えるわ。世界(せかい)って想像(そうぞう)したよりずっとずっと(ひろ)いのね。(そら)がこんなにも(ちか)いなんて!(くも)だって()()ばせばすぐ(とど)きそう」


二人(ふたり)太陽(たいよう)(ひかり)をさんさんと()びながら、()みきった青空(あおぞら)(ゆみ)のような地平線(ちへいせん)()わたした。


(そら)大地(だいち)境界線(きょうかいせん)(はじ)めて()んだとき(ぼく)(おどろ)いたよ。こんなにも自分(じぶん)がちっぽけだったなんて。自然(しぜん)包容力(ほうようりょく)(いや)されたのかな、(なや)みなんか全部吹(ぜんぶふ)()んでしまいそうになった。(はじ)めて世界(せかい)(やさ)しく(かん)じられたんだ」


()(ほそ)めて溌剌(はつらつ)(かた)少年(しょうねん)姿(すがた)に、あらためて(いと)しさが(むね)にせりあげてきた。


背中(せなか)にまわした(うで)(とお)して(つた)わってくる(かれ)(ぬく)もり。


(いま)、すごく(しあわ)せ。でもこの幸福(こうふく)はいつまで(つづ)くんだろう?)


(はじ)まりがあればやがて()わりが()る。


(いま)までの人生(じんせい)散々(さんざん)学習(がくしゅう)してわかりきっていることだ。


終止符(しゅうしふ)()たれることを(おそ)れて、アナベルはか(ほそ)(こえ)でつぶやいた。


「このままどこかに()っちゃいたいな……」


「え?なにか()った?(かぜ)(おと)邪魔(じゃま)でよく()こえないんだ」


「──ううん、なんでもない」


アナベルは(しず)かに(かぶり)をふると、ひたむきな視線(しせん)でロジオンの背中(せなか)を見つめた。


「そろそろ()りるよ。(こころ)準備(じゅんび)はいい?」


瞬間(しゅんかん)少年(しょうねん)(かお)()かんだいたずらっぽい()みに、なぜか(いや)予感(よかん)脳裏(のうり)をかすめた。


「──それって、ちょっとした覚悟(かくご)必要(ひつよう)ってこと?」


「そうとも()う。しっかりつかまってて!いいかい?セルフィン!あの花畑(はなばたけ)急降下(きゅうこうか)だ!」


「ちょっ!?()っ………て、ひぃえぇええええっ!!!」

        ☆

「う………うん………」


うっすらとまぶたを()けると、心配(しんぱい)そうに見下(みお)ろすロジオンの姿(すがた)があった。


「よかった………()がついて。落下(らっか)のショックで意識(いしき)(うしな)ってたんだよ」


わずかの(あいだ)だが失神(しっしん)していたようだ。
彼女(かのじょ)()てロジオンがくすくすと(わら)っている。


「でも意外(いがい)だったな。武術(ぶじゅつ)(すぐ)れた(きみ)()(もの)には(よわ)いなんて」


「あんな()(もの)平気(へいき)なほうがどうかしてるでしょっ!」


(あたしとしたことが()(まわ)されっぱなしだわ。自分(じぶん)ばかり()ずかしい姿(すがた)をさらすのもしゃくだし、そろそろ形勢逆転(けいせいぎゃくてん)したいところね)


空飛(そらと)合成獣(キメラ)変化(へんか)したセルフィンは、すでに(わし)姿(すがた)にもどり大樹(たいじゅ)(みき)羽休(はねやす)めをしている。


そのリラックスしたようすにつられたのか、アナベルはずっと()にかかっていたことを(くち)にしていた。


「ところでロジオン。故郷(こきょう)でその………(おも)(びと)とか、()っている女性(じょせい)はいるの?」


できるだけ平静(へいせい)(よそお)って(くち)にしたものの、脈拍(みゃくはく)はすごい速度(そくど)波打(なみう)っていた。


(これだけ美形(びけい)でしかも貴族(きぞく)出身(しゅっしん)なら、恋人(こいびと)許婚(いいなずけ)がいたっておかしくない。(こころ)()めた女性(じょせい)がいなければ理想(りそう)なんだけど。でも………それって奇跡(きせき)(ちか)確率(かくりつ)かしら?)


そんなアナベルの動揺(どうよう)をよそに、ロジオンは(かた)()とすと皮肉(ひにく)()みをこぼした。


「いたら苦労(くろう)してないよ。(ぼく)はずっと(さが)してるんだ。運命(うんめい)女性(じょせい)を──」


幸運(こううん)女神(めがみ)がついに自分(じぶん)微笑(ほほえ)んだのだと、アナベルは確信(かくしん)した。



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