空飛ぶ
使い
魔セルフィンの
背に
二人乗りして、
瞬く
間に
大空を
翔けあがった。
「
見てごらん、
水平線がきれいだよ」
晴れ
晴れしたさわやかな
声で、ロジオンがうながす。
しかし、
瞼を
開けたいものの、アナベルにはまだ
下を
眺めるような
余裕はない。
セルフィンの
騎乗は
思いのほか
不安定で、ふり
落とされないよう
必死にしがみついていなければならなかった。
両腕をロジオンの
背中に
巻きつけながら、アナベルは
浮遊感に
戸惑うあまり、その
手にぎゅっと
力をこめた。
「………ごめん、
怖いよね?まだ
操縦になれてなくて………おっと、ぶっつけ
本番みたいな
感じだから。
二人乗りは
初めてだし」
心配に
思ったロジオンは
肩越しにふり
返ると、
瞳をつぶったままのアナベルを
見てかすかに
微笑む。
そして
彼女に
優しく
声をかけた。
「この
辺は
気流が
安定してるから
大丈夫。アナベル、
目を
開けてごらん」
遥か
上空を
漂いながら、ロジオンにうながされてアナベルはおそるおそる
薄目を
開けた。
すると、まるで
地図を
展開したような
光景が
眼下に
広がっていた。
ふもとに
雄大な
森林を
従える
山脈、
神秘的な
透明度をほこる
湖畔。
若葉萌える
緑の
草原、
丸い
水平線を
描く
広大な
海原、それに
続く
港湾。
見下ろしたアナベルは
目を
見はると
感嘆の
声をあげた。
「
信じられない
開放感!ねぇ、
街が
玩具みたいに
小さく
見えるわ。
世界って
想像したよりずっとずっと
広いのね。
空がこんなにも
近いなんて!
雲だって
手を
伸ばせばすぐ
届きそう」
二人は
太陽の
光をさんさんと
浴びながら、
澄みきった
青空と
弓のような
地平線を
見わたした。
「
空と
大地の
境界線。
初めて
飛んだとき
僕も
驚いたよ。こんなにも
自分がちっぽけだったなんて。
自然の
包容力に
癒されたのかな、
悩みなんか
全部吹っ
飛んでしまいそうになった。
初めて
世界が
優しく
感じられたんだ」
目を
細めて
溌剌と
語る
少年の
姿に、あらためて
愛しさが
胸にせりあげてきた。
背中にまわした
腕を
通して
伝わってくる
彼の
温もり。
(
今、すごく
幸せ。でもこの
幸福はいつまで
続くんだろう?)
始まりがあればやがて
終わりが
来る。
今までの
人生で
散々学習してわかりきっていることだ。
終止符が
打たれることを
怖れて、アナベルはか
細い
声でつぶやいた。
「このままどこかに
行っちゃいたいな……」
「え?なにか
言った?
風の
音が
邪魔でよく
聞こえないんだ」
「──ううん、なんでもない」
アナベルは
静かに
頭をふると、ひたむきな
視線でロジオンの
背中を見つめた。
「そろそろ
降りるよ。
心の
準備はいい?」
瞬間、
少年の
顔に
浮かんだいたずらっぽい
笑みに、なぜか
嫌な
予感が
脳裏をかすめた。
「──それって、ちょっとした
覚悟が
必要ってこと?」
「そうとも
言う。しっかりつかまってて!いいかい?セルフィン!あの
花畑に
急降下だ!」
「ちょっ!?
待っ………て、ひぃえぇええええっ!!!」
☆
「う………うん………」
うっすらとまぶたを
開けると、
心配そうに
見下ろすロジオンの
姿があった。
「よかった………
気がついて。
落下のショックで
意識を
失ってたんだよ」
わずかの
間だが
失神していたようだ。
彼女を
見てロジオンがくすくすと
笑っている。
「でも
意外だったな。
武術に
優れた
君が
乗り
物には
弱いなんて」
「あんな
乗り
物、
平気なほうがどうかしてるでしょっ!」
(あたしとしたことが
振り
回されっぱなしだわ。
自分ばかり
恥ずかしい
姿をさらすのもしゃくだし、そろそろ
形勢逆転したいところね)
空飛ぶ
合成獣に
変化したセルフィンは、すでに
鷲の
姿にもどり
大樹の
幹で
羽休めをしている。
そのリラックスしたようすにつられたのか、アナベルはずっと
気にかかっていたことを
口にしていた。
「ところでロジオン。
故郷でその………
想い
人とか、
待っている
女性はいるの?」
できるだけ
平静を
装って
口にしたものの、
脈拍はすごい
速度で
波打っていた。
(これだけ
美形でしかも
貴族の
出身なら、
恋人や
許婚がいたっておかしくない。
心に
決めた
女性がいなければ
理想なんだけど。でも………それって
奇跡に
近い
確率かしら?)
そんなアナベルの
動揺をよそに、ロジオンは
肩を
落とすと
皮肉な
笑みをこぼした。
「いたら
苦労してないよ。
僕はずっと
探してるんだ。
運命の
女性を──」
幸運の
女神がついに
自分に
微笑んだのだと、アナベルは
確信した。