17.ふたりきりの図書室で……

文字数 2,405文字




「ここがマインスター()自慢(じまん)図書室(としょしつ)よ」


彫刻(ちょうこく)がほどこされた重厚(じゅうこう)(とびら)()()けると、ドーム(がた)天井(てんじょう)をした大広間(おおひろま)だった。


円蓋(えんがい)のあかり()りの(まど)から西日(にしび)()しこんでいる。


天井(てんじょう)(あお)()ながら、その造詣(ぞうけい)(うつく)しさに(かれ)()(ほそ)めた。


(ゆか)には緋色(ひいろ)絨毯(じゅうたん)()きつめられ、貿易 (ぼうえき)により何世代(なんせだい)(まえ)屋敷(やしき)()ちこまれたであろう、(とお)(くに)のランプには(はや)くも()(とも)っていた。


壁面(へきめん)には()(たか)本棚(ほんだな)がずらりと整列(せいれつ)し、古今東西(ここんとうざい)貴重(きちょう)蔵書(ぞうしょ)()めつくされている。


「これなんか、すごい年代物(ねんだいもの)書物(しょもつ)だな」


感心(かんしん)したように興味(きょうみ)()かれた(ほん)()()りながめる。


ざっと見積(みつ)もって三万冊(さんまんさつ)はあるだろうか。(かれ)屋敷(やしき)図書室(としょしつ)にも()けない蔵書量(ぞうしょりょう)だ。


「ここにあるのは読書好(どくしょず)きだった先代(せんだい)のお祖父様(じいさま)やご先祖様 (せんぞさま)たちが、(なが)年月(ねんげつ)をかけて収集(しゅうしゅう)した書物(しょもつ)のコレクションなの。あたしは勉強(べんきょう)(きら)いだけど(ほん)()むのは大好(だいす)きで、子供(こども)のころからよくこの部屋(へや)にこもって夢中(むちゅう)読書(どくしょ)没頭(ぼっとう)してたわ」


意外(いがい)にも読書家(どくしょか)なのは、マインスター()血筋(ちすじ)なのかな──)


普段(ふだん)どちらかといえば()()きのない印象(いんしょう)だったアナベルの、目新(めあたら)しい一面(いちめん)()たとロジオンは(おも)った。


二人(ふたり)とも時間(じかん)(わす)れ、(おも)(おも)いの(ほん)書架(しょか)から()()しぱらぱらとめくっていると、ふいにアナベルが()った。


「ロジオンも(ほん)()きなんでしょ?子供(こども)のころはどんな(ほん)()んでたの?」


素朴(そぼく)疑問(ぎもん)だったが、本好(ほんず)きには興味深(きょうみぶか)質問(しつもん)だった。


(ぼく)はね、冒険小説(ぼうけんしょうせつ)()きだったな。主人公(しゅじんこう)にあこがれて(たたか)いの真似(まね)をしたりして、無茶(むちゃ)をやったからしょっちゅう(しか)られていたよ」


(おさな)いころを(なつ)かしむように、(とお)くを()るようなまなざしで(かれ)は言った。


「あたしはやっぱり(むね)をときめかせるような恋愛小説(れんあいしょうせつ)かな。夢見(ゆめみ)がちな性格(せいかく)になっちゃったのはそのせいかもね」


そう()って(かた)をすくめてみせると、アナベルは()れくさそうに微笑(びしょう)した。


「それにしても()()くね、この場所(ばしょ)。できれば()(とお)したい(ほん)がまだ何冊(なんさつ)かあるんだけど………。(きみ)のお()()りのスペースに、(ぼく)みたいな新参者(しんざんもの)居座(いすわ)っててもいいのかな?」


(ほん)片手(かたて)微笑(ほほえ)んだロジオンは、(あわ)西日(にしび)()らされて彫刻(ちょうこく)のように(うつく)しく、アナベルはしばし(とき)(わす)れてしまった。


「どうかした?」


「な、なんでもないわ。()にしないで」


「やっぱり………迷惑(めいわく)?」


困惑(こんわく)したようすで、(かれ)はぐいっと(かお)(ちか)づけてくる。


自分(じぶん)真剣(しんけん)()つめる空色(そらいろ)(ひとみ)()いこまれそうになり、少女(しょうじょ)心臓(しんぞう)がどきんと()ねあがる。


(こ、こんな(ふう)()つめられるのって、(はじ)めてかも………)


狼狽(ろうばい)したアナベルは(かお)(あか)らんでくるのを(かく)そうとして、とっさにうつむいた。

        ☆

「あら、お邪魔(じゃま)だったかしら………?」


その(とき)絶妙(ぜつみょう)なタイミングで図書室(としょしつ)(あらわ)れた女性(じょせい)は、ロジオンを()ると(おだ)やかな微笑(ほほえ)みを()かべて()った。


(はじ)めまして。アナベルの(あね)でキャスリンと(もう)します。あなたがロジオンさんね」


「わっ!?お姉様(ねえさま)ったら、いつの()に………」


あらぬ誤解(ごかい)をうけぬよう、二人(ふたり)即座(そくざ)(はな)れて来訪者(らいほうしゃ)のようすをうかがった。


「あ、あの………こちらこそ、よろしくお(ねが)いします」


突然(とつぜん)訪問(ほうもん)にうろたえたロジオンは、ややうわずった(こえ)であいさつに(おう)じることになった。


「お姉様(ねえさま)はなんの(よう)なの?」


二人(ふたり)っきりの親密(しんみつ)時間(じかん)邪魔(じゃま)されて、アナベルは(すこ)しふて(くさ)れているようだ。


「ちょっと(はや)いけど、(うたげ)のしたくができたから()びに()たの。あなたたち昼間(ひるま)騒動(そうどう)でろくに()べてないでしょう?そろそろお(なか)()いてるんじゃないかと(おも)って」


()われてみると興奮(こうふん)していてすっかり(わす)れていたが、空腹(くうふく)はけっこう深刻(しんこく)状態(じょうたい)だった。


(ロジオンの(まえ)でお(なか)(おと)派手(はで)()ったらみっともないわ!)


(わる)いけど、あたし(さき)()ってるから!」


なんとも乙女(おとめ)らしい発想(はっそう)(あたま)回路(かいろ)がつながったアナベルは、あたふたと図書室(としょしつ)から()るとそのまま廊下(ろうか)()()していった。


相変(あいか)わらずあわただしい()。お客様(きゃくさま)をほったらかしていくなんてみっともない!」


乙女(おとめ)()じらいを自制心(じせいしん)のなさと()けとった(あね)は、たいそうご立腹(りっぷく)なようだった。


「でも、彼女(かのじょ)溌剌(はつらつ)としているところに(ぼく)(すく)われましたけど………」


「ほんとにそれだけがとりえなのよ。()のかかる(いもうと)(こま)ってるわ」


不在(ふざい)がちな母親(ははおや)穴埋(あなう)めのように、キャスリンは(いもうと)保護者(ほごしゃ)役割(やくわり)()って()ていた。


しかしアナベルのしつけには、ほとほと()()いているようだった。


「それより、もう一人連(ひとりつ)れの(かた)がいらっしゃると()いたんだけど、夕食(ゆうしょく)はごいっしょしないのかしら?まだ屋敷(やしき)でもお()にかかっていないのだけど」


たずねられてロジオンはやや困惑(こんわく)した。


相棒(あいぼう)自由気(じゆうき)ままな行動(こうどう)が、相手(あいて)失礼(しつれい)になりはしないかちょっと心配(しんぱい)になったのだ。


「ああ、(かれ)ですか………。日暮(ひぐ)れには(かえ)ってくると思ったんですが。外出(がいしゅつ)したまま(もど)って()ないのをみると、夕食(ゆうしょく)(そと)()ませてくるのかもしれません。なのでどうぞおかまいなく」


「それでいいのならこちらはかまわないけど。ところで、その(ひと)はあなたの従者(じゅうしゃ)なの?」


一応(いちおう)は。(ちち)勝手(かって)護衛(ごえい)として(おく)って()こしたんです。………(たの)んでもいないのに。(いま)はもう仲間(なかま)というか友人(ゆうじん)のような間柄(あいだがら)で」


「なんかいいわね、あなたたちの関係(かんけい)従者(じゅうしゃ)なのにそこまで自由(じゆう)(ゆる)してるなんて、ずいぶん信頼(しんらい)してるんだなあと(おも)って」


ぽつりとキャスリンがこぼした言葉(ことば)は、(おも)いもよらないものだった。


なにか誤解(ごかい)をしてるなぁと、ロジオンは戸惑(とまど)いの(いろ)()かべた。


「あら、大変(たいへん)!もうこんな時間(じかん)だわ。今夜(こんや)はシェフが(うで)()るったごちそうだから、()めたらもったいないわ。(はや)()きましょう」


「なんだかすみません。突然(とつぜん)訪問(ほうもん)なのにこんなにご親切(しんせつ)にしていただいて」


「そんなに恐縮(きょうしゅく)しないで。せっかく遠方(えんぽう)からいらしたお客様(きゃくさま)ですもの。丁重(ていちょう)におもてなししなくては()()(はじ)ですわ。それにあなたは(いもうと)のお()()りのようですし」


そう()ってキャスリンはいたずらっぽく(わら)ったので、ロジオンはほんの(すこ)しドギマギした。



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