「ここがマインスター
家、
自慢の
図書室よ」
彫刻がほどこされた
重厚な
扉を
押し
開けると、ドーム
型の
天井をした
大広間だった。
円蓋のあかり
取りの
窓から
西日が
差しこんでいる。
天井を
仰ぎ
見ながら、その
造詣の
美しさに
彼は
目を
細めた。
床には
緋色の
絨毯が
敷きつめられ、
貿易 により
何世代も
前に
屋敷に
持ちこまれたであろう、
遠い
国のランプには
早くも
火が
灯っていた。
壁面には
背の
高い
本棚がずらりと
整列し、
古今東西の
貴重な
蔵書で
埋めつくされている。
「これなんか、すごい
年代物の
書物だな」
感心したように
興味を
惹かれた
本を
手に
取りながめる。
ざっと
見積もって
三万冊はあるだろうか。
彼の
屋敷の
図書室にも
負けない
蔵書量だ。
「ここにあるのは
読書好きだった
先代のお
祖父様やご
先祖様 たちが、
長い
年月をかけて
収集した
書物のコレクションなの。あたしは
勉強は
嫌いだけど
本を
読むのは
大好きで、
子供のころからよくこの
部屋にこもって
夢中で
読書に
没頭してたわ」
(
意外にも
読書家なのは、マインスター
家の
血筋なのかな──)
普段どちらかといえば
落ち
着きのない
印象だったアナベルの、
目新しい
一面を
見たとロジオンは
思った。
二人とも
時間を
忘れ、
思い
思いの
本を
書架から
取り
出しぱらぱらとめくっていると、ふいにアナベルが
言った。
「ロジオンも
本が
好きなんでしょ?
子供のころはどんな
本を
読んでたの?」
素朴な
疑問だったが、
本好きには
興味深い
質問だった。
「
僕はね、
冒険小説が
好きだったな。
主人公にあこがれて
戦いの
真似をしたりして、
無茶をやったからしょっちゅう
叱られていたよ」
幼いころを
懐かしむように、
遠くを
見るようなまなざしで
彼は言った。
「あたしはやっぱり
胸をときめかせるような
恋愛小説かな。
夢見がちな
性格になっちゃったのはそのせいかもね」
そう
言って
肩をすくめてみせると、アナベルは
照れくさそうに
微笑した。
「それにしても
落ち
着くね、この
場所。できれば
目を
通したい
本がまだ
何冊かあるんだけど………。
君のお
気に
入りのスペースに、
僕みたいな
新参者が
居座っててもいいのかな?」
本を
片手に
微笑んだロジオンは、
淡い
西日に
照らされて
彫刻のように
美しく、アナベルはしばし
時を
忘れてしまった。
「どうかした?」
「な、なんでもないわ。
気にしないで」
「やっぱり………
迷惑?」
困惑したようすで、
彼はぐいっと
顔を
近づけてくる。
自分を
真剣に
見つめる
空色の
瞳に
吸いこまれそうになり、
少女の
心臓がどきんと
跳ねあがる。
(こ、こんな
風に
見つめられるのって、
初めてかも………)
狼狽したアナベルは
顔が
赤らんでくるのを
隠そうとして、とっさにうつむいた。
☆
「あら、お
邪魔だったかしら………?」
その
時、
絶妙なタイミングで
図書室に
現れた
女性は、ロジオンを
見ると
穏やかな
微笑みを
浮かべて
言った。
「
初めまして。アナベルの
姉でキャスリンと
申します。あなたがロジオンさんね」
「わっ!?お
姉様ったら、いつの
間に………」
あらぬ
誤解をうけぬよう、
二人は
即座に
離れて
来訪者のようすをうかがった。
「あ、あの………こちらこそ、よろしくお
願いします」
突然の
訪問にうろたえたロジオンは、ややうわずった
声であいさつに
応じることになった。
「お
姉様はなんの
用なの?」
二人っきりの
親密な
時間を
邪魔されて、アナベルは
少しふて
腐れているようだ。
「ちょっと
早いけど、
宴のしたくができたから
呼びに
来たの。あなたたち
昼間の
騒動でろくに
食べてないでしょう?そろそろお
腹が
空いてるんじゃないかと
思って」
言われてみると
興奮していてすっかり
忘れていたが、
空腹はけっこう
深刻な
状態だった。
(ロジオンの
前でお
腹の
音が
派手に
鳴ったらみっともないわ!)
「
悪いけど、あたし
先に
行ってるから!」
なんとも
乙女らしい
発想に
頭の
回路がつながったアナベルは、あたふたと
図書室から
出るとそのまま
廊下を
駆け
出していった。
「
相変わらずあわただしい
子。お
客様をほったらかしていくなんてみっともない!」
乙女の
恥じらいを
自制心のなさと
受けとった
姉は、たいそうご
立腹なようだった。
「でも、
彼女の
溌剌としているところに
僕は
救われましたけど………」
「ほんとにそれだけがとりえなのよ。
手のかかる
妹で
困ってるわ」
不在がちな
母親の
穴埋めのように、キャスリンは
妹の
保護者の
役割を
買って
出ていた。
しかしアナベルのしつけには、ほとほと
手を
焼いているようだった。
「それより、もう
一人連れの
方がいらっしゃると
聞いたんだけど、
夕食はごいっしょしないのかしら?まだ
屋敷でもお
目にかかっていないのだけど」
たずねられてロジオンはやや
困惑した。
相棒の
自由気ままな
行動が、
相手の
失礼になりはしないかちょっと
心配になったのだ。
「ああ、
彼ですか………。
日暮れには
帰ってくると思ったんですが。
外出したまま
戻って
来ないのをみると、
夕食は
外で
済ませてくるのかもしれません。なのでどうぞおかまいなく」
「それでいいのならこちらはかまわないけど。ところで、その
人はあなたの
従者なの?」
「
一応は。
父が
勝手に
護衛として
送って
寄こしたんです。………
頼んでもいないのに。
今はもう
仲間というか
友人のような
間柄で」
「なんかいいわね、あなたたちの
関係。
従者なのにそこまで
自由を
許してるなんて、ずいぶん
信頼してるんだなあと
思って」
ぽつりとキャスリンがこぼした
言葉は、
思いもよらないものだった。
なにか
誤解をしてるなぁと、ロジオンは
戸惑いの
色を
浮かべた。
「あら、
大変!もうこんな
時間だわ。
今夜はシェフが
腕を
振るったごちそうだから、
冷めたらもったいないわ。
早く
行きましょう」
「なんだかすみません。
突然の
訪問なのにこんなにご
親切にしていただいて」
「そんなに
恐縮しないで。せっかく
遠方からいらしたお
客様ですもの。
丁重におもてなししなくては
我が
家の
恥ですわ。それにあなたは
妹のお
気に
入りのようですし」
そう
言ってキャスリンはいたずらっぽく
笑ったので、ロジオンはほんの
少しドギマギした。